第四話:American Idiot

《ゼムバルタ・イーワン》

 これは現実なのだろうか?


 それとも幻想なのだろうか?


 消毒液の残りが漂う、この真っ白な解剖室で台の上に乗せられた茶色の遺体。


 人の死は千差万別と言っていい。

 自分にある事柄(病気等)で死んだのか、もしくは他者に殺されたのか。

 それで言えば、この白い解剖室で自らが死んだことを色濃く告げる遺体は後者に当たると言ってもいい。


 では誰に殺されたのか?

 家族に殺されてしまったのか、赤の他人に殺されたのか?

 その問いはどちらも違うと言える。


 この女性だった遺体は……怪物に殺されたのだ。


 何故そう言い切れるのだろうか?


 その問いは、この解剖室で入室を許可された少女……使い捨ての解剖衣を身につけ、ただ遺体を見つめるもの……彼女が答えであった。


 彼女は見ていた。

 


 ふと彼女は天井を見上げた。


 そこは白い天井。

 解剖室を照らす照明。そして感染拡大を防ぐ為の大きな換気システム。

 普段見られない光景が、母が死んだことを実感させる。


 そう、これは逃れられない現実。

 現実からは逃れられない。


 上半身と下半身を切り離され、その上でしわくちゃに干からびた茶色の遺体から。


 ♢

 

『実に嫌味な事件だったな』


 都市部を離れ、県境の山間部に設立した施設がある。

 広大な森を人間の都合で切り崩し、まるで人が神に反旗を翻すバベルの塔のように巨大な格納庫を構え、広大な滑走路が切り開かれた場所。

 そして格納庫の付近には施設が点在し、それぞれに役割が与えられている。

 その中にある、まだ出来て間もない白い施設が存在する。

 通称は《研究棟》と呼ばれ、《グレティオルド》関連の事柄から《レプリオルター》関連の事柄まで幅広く業務が行われている。


 しかし大字おおあざは言う。


 蔑称べっしょう、《イスの館》と。


 イス。

 これは《イス種人しゅじん》と呼ばれる異星人の名前である。

 ……最も彼(?)に肉体は存在しない。

 代わりに存在するのは、彼自身が開発を主導した人工臓器と人工筋肉をふんだんに使用した、人間に瓜二つの人形であるが。

 

 その男が研究棟の中に持つ自室。

 部屋の中は白を基調としているが、自らの考えを押し付けるように、その部屋の中は色とりどりに本が並んでいた。


 六畳ほどの大きさにも関わらず、緑の重量棚を等間隔に並ばせ、壁沿いにもそれはある。

 そこに埋まっているのは全て本。人類に関する事柄を千差万別に、それでいて種目が正確に分けられた千差万別の、本。

 それはさながら人類と地球をサンプリングするように置かれている。


 棚のおかげで幅は狭く、人間が歩くには一苦労する。

 だがそこを抜けなければ彼に会うことはできない。

 文字通り肩身の狭い思いをしながら、鉄製の森を抜けると、簡素なパソコンデスクと回転する丸椅子に座る、この森の主に会える。

 

 その彼こそが《イス種人しゅじん》。

 頭皮のない頭にすっかり痩せこけた顔、170センチほどの細身の体に黒いスーツを身に纏った異星人は、鉄製の森を抜けた冒険者に語りかける。


 ……人生の冒険者、カズキと大字おおあざに。


「俺もお前と同意見だ、《イス種人しゅじん》。だからお前の意見を聞きたい」

『私の意見?』


 無骨なカズキの表情とは違い、感情を無くしたアンドロイドのように無表情な面持ちで《イス種人しゅじん》は椅子に座りながらカズキを見上げた。


「今回の事件、どうにも腑に落ちないことが多すぎる」

「それは俺も同感だ、まるでプロデューサーが敷いたレールの上で流行りの音楽を掻き鳴らすバンドみたいな感じだな」

「……つまりどう言うことだ?」

、たとえばそうだな……あの黒髪の幼児おさなごとかな」


 その独特の例えに《イス種人しゅじん》は「ふむ」と頷き、唸った。


怪物グレティオルドはなんと言ってるのかね?キミは報告によれば吸収した怪物と対話できるのだろう?』

「対話じゃない、あれは一方的に聞こえてくるだけだ。俺がこの左腕でその力を使えるのも、彼らの了承を得ているわけじゃない。一方的に俺が使役しているだけだ」

「あれだな、ランダム再生されるサブスクの音楽みたいなもんだ。そんで、たまに聞こえてくる音楽が好みだったからノリに乗ってやろうって感じだろ?」

『キミの話は聞いていない、黙っていろ。考えなしで撃ちっぱなしの人間以下な猿が』

「俺もてめえに言ってねえよ。考えることしか能のない、人のツラ被った寄生虫が。そのジェイソン・ステイサムに似た顔も鮫の餌にでもしてやろうか?」


 そう言って大字おおあざは右手で拳銃のジェスチャーで構えると「バンバン」と撃つそぶりを見せるが、カズキにその腕を掴まれる。


大字おおあざ、俺たちは喧嘩しに来たわけじゃない。話をこじれさせるな」


 そうたしなまれた大字おおあざは「わりいわりい」と口に出しているものの、舌を出しながらさも茶目付けを出してから軽くあしらうばかりで反省は何もしていなかった。


「《イス種人しゅじん》。あなたの問いかけだが、難しい。ずっと眠りについているのだから」

『そうか、残念だ。どうしてあんなことをしたのか、じっくり聞いてみたかったのに』


 その声色は自動音声のような無機質さがあるものの、まるで自らの欲を満たしたいと願うような切望的な感情もカズキには感じられた。


『だが、これだけは間違いないだろう。これは悪意の連鎖によって引き起こされた悲劇……だとな』


 《イス種人しゅじん》は一息に深呼吸をすると、椅子を回転させパソコンデスクに置かれたデスクトップのモニターを眺めた。


 モニターには《レプリオルター》のデュアルアイを通じて録画された動画が映し出されていた。


 ……巨大な鋏を構える、セミのような顔のアンバランスな怪物を。


「…………まるでパルプフィクションみたいな感じだな」


 大字おおあざのその例えに、カズキは首を傾げるしかなかった。


 ♢


 20××年10月31日の夜。


 その舞台の幕は上がった。


 日本有数の欲望と闇をごった煮にさせたネオン街を有する都市。とはいえその街も近年では浄化の一途にあり、誰しも訪れるような場所へと変わってきている。

 そのネオン街の中央にある作り物の怪物の顔を屋上に設置した巨大ビル。

 その顔の真上は通常、人間は誰も立ち入ることはできない。そも立ち入ったとて、手綱等がなければ怪物の顔から擦り落ちて、死ぬ。

 

 だがそれは人間の場合、と言えよう。


 正真正銘の怪物であれば、その限りではない。


 だから怪物グレティオルドは……作り物の怪物を侮蔑するように立っていた。


 その飛び出た黄色い眼球は……地上を見下ろしている。


 ビルの真下には夜というにも関わらず、多くの人々が歩き、時には立ち止まっていた。


 その眼球で遥か真下の地上に目を凝らし、獲物を選別する。


 二足歩行の人間の形は当然として、両腕にはまるで蛇のように巻き付いた巻貝を装飾させながらもその手は蟹のような鋏を持つ。

 胸部から腰部にかけてはまるで鎧でも纏っているように肥大になっている。しかしそれは蟹の裏側のようにも見える。

 しかして、その顔は蜘蛛であった。口吻こうふんが口髭のように生えているが一本一本が分厚く、その数は八本。赤い眼球はやはり蜘蛛と同等に飛び出ており、人間の目の位置から真後ろにかけて等間隔に並んでいる。まるで蜘蛛がそのまま顔になっているようであった。


 混沌を象徴するような怪物グレティオルドが前二つの目で視界をぼやけさせながらも、遂にその獲物を特定した。


 ……それはそのビルのレストランから今しがた出てきた女性であった。

 

 蜘蛛の目はその姿ははっきりと認識していた。

 二人並んだ女性。

 一方は少々古臭い上着を羽織った眼鏡の女性。

 もう一人は今時の服装を身に纏った眼鏡の女性。

 二人の顔つきは少し似ているものを感じる。それは当然のこと。関係は親子。

 古臭い上着を羽織った母親の方は少し楽しげに娘に声をかける。

 だが娘の方は母親と一緒に歩くことに抵抗があるのか、どうにも気恥ずかしげといった感じだ。

 しかし誰の目から見ても、それはごく一般的な家庭の姿に見えるだろう。


 怪物グレティオルドにとっては、それは違う。

 まさしく獲物。待ち望んでいた獲物。


 その作り物の怪物の顔から……本当の怪物は歩き、そして───落下した。

 

 それはまさに日常に放り投げこまれた非日常。


 その見た目通り、重々しい怪物の体は急激に落下していく。


 最初は誰も気付かなかった。

 いくらネオン街の明かりがあり、作り物の怪物の顔さえも照らされていたとはいえ、白黒に彩られた怪物グレティオルドの姿は日常に溶け込みすぎていた。


 やがて人々は気付く。

 落下していく怪物の姿を。

 無論その親子も。


 一気に落下していく怪物の姿を見上げる。


 だが見上げた時には遅かった。

 

 怪物グレティオルドは幻想の垣根を超え、現実にるようにして……舗装された地面にひび割れを起こし、ライフル弾が撃ち放たれたような轟音を放ちながら、着地した。


「きゃあッ!?」

「綾!?」


 怪物グレティオルドは親子の目の前に飛び降りた。

 そして直立したまま、じっくりとぼんやりした視界で見つめる。


 その地面への激突の衝撃により後ろに倒れた娘。

 倒れそうになりながらも、娘を心配し、庇う母親。


 《グレティオルド》は見つめた。

 その視界をじっと凝らし、そして特定した。


「あ───」


 一瞬だった。


 その左腕の鋏で庇う母親を首から掴んで持ち上げ、その右腕の鋏を大きく開けて、母親の腰を掴んだ。


「あ───」


 母親は何を言おうとしたのか。

 あっけに取られて呟いたのか、もしくは愛する娘を最後まで心配してその名を告げようとしたのかは分からない。


 ───その鋏によって母親の上半身と下半身は文字通り真っ二つになった。


 娘は……唐田綾からたあやはその光景をはっきりと覚えながらも、母親の悲鳴は覚えていない。それは聞いたこともない母親の声であり、人間が苦痛に苛まれ発する断末魔の悲鳴だったから彼女の心の制御装置が自動で働き、その記憶を封じたのかもしれない。


 このネオン街を再び闇に染めるような叫び声を。


 大腸と小腸がだらりと伸びる上半身からは、毒々しい赤い血が流れ始めた。亀裂の入った地面、その亀裂を渡り全体へ、娘の足元へと。

 非日常が忍び寄るように流れた血は綾の白い靴を汚すには十分だった。靴裏を汚し、スカートを汚し、そして綾の体を穢すには十分だった。


「……お母さん!!」


 それは綾が生きた母に向かって叫んだ最後の声。


 怪物は上半身の首を左腕で掴み、しゃがんで右腕で器用に下半身を挟むと……跳躍した。

 その見た目とは裏腹にどうやら怪物グレティオルドの体は身軽らしい。

 一気に作り物の怪物の顔まで到達すると、太い足で軽く踏みつけてから再び長い距離を跳躍した。


 母親を失った綾を非日常に捨て置きながら……。


 そうして怪物グレティオルドはビルからビルへと飛び移り、跳躍して移動していく。合間に合間にその母親から撒き散らされる赤い血は小雨のようにして、街にばら撒かれている。

 事件を知らぬものにはこの赤い血が何か、分かることはないだろう。


 それが真っ二つになった母親の血であることを。


 だが……残酷なことに未だ死ぬことはできなかった。


 その傷は人間にとっては間違いなく致命傷である。

 ……残念なことだが、致命傷があっても人はほんのわずか生きている場合もある。

 それは人間の心というものが自動的に最後まで生きたいという本能を増幅させているからだろうか?

 

 それは肯定とも取れるし、否定とも取れる。

 なぜなら母親は生を渇望する以上に……娘のことを心配していた。

 父親と離別し、親族とも縁の無くなった母親は必死になって娘を育ててきた。娘を、綾を今後は誰が支えていくというのか?

 それは他ならぬ自分しかいない。とも

その想いは強く抱かれていた。


 その母親の胸の内の中で、怪物はふと一つのビルで着地すると、母親の上半身と下半身を硬い地面へと、風呂敷を敷くようにして捨てた。


 上半身にある脳はその痛みも無論流したが、下半身がない感覚と腹部に感じる引き裂かれたような、あるいはジリジリと焦がすような痛みを感じているので、もはやその痛みは小さすぎる小石を踏んだ程度の痛みになっている。


 怪物グレティオルドは……そんな母親の上半身の肉体を、しゃがみながらも両腕の鋏で器用に掴み………頭部に喰らいついた。


 顔にある八本の口吻の先端に長い針が現れ、母親の脳にまで物理的に届くまで突き刺さる。

 その痛みは針でずっと刺されている頭痛の種類に形容できる。

 ただ形容できないのは……まるで全てを吸い尽くされているような感覚。

 体中に流れる血はもちろん、その水分、体を構成するものがまるで吸い尽くされているような感覚を痛みと共に母親は感じていく。

 その段階で母親の視界は

 母親は……それでも綾の名前を呼び続けた。

 涎さえもでず、舌も回らなくなろうと、最後まで怪物に懇願するように綾の名前を呼び続けた。


「ァ───」


 話せなくなる最後の時まで。

 それはせいの終わり。

 母親の上半身は古臭い上着を羽織った茶色の木乃伊ミイラへと変わった。

 心から生まれ出るせいへの渇望も終わりを告げ、上半身は動かなくなった。


 それを見届けると、残飯を捨てるように怪物グレティオルドは上半身を捨て……今度は下半身を掴む。

 

 そうして怪物グレティオルドは黙々と食事に取り掛かる。

 怪物とてせいへの渇望があるのか、はたまた《何か別の目的》があるのか、それはこの段階では判別はできない。

 しかして《グレティオルド》は食事をあっさり終えた。

 その口吻こうふんで下半身にある栄養分を吸い終えると、再び捨て、立ち上がった。


 これでまた《生きれる》。そう思わせるように力強く、地面を踏み込もうとした時。


 怪物にとって日常に放り投げられる非日常がやってくる。


 それはまるで戦車の砲塔から弾丸が出るほどの轟音。


 コンクリートの地面が一気に割れるような勢いで、怪物は───降りたたった。


『………』


 地面に膝をつき、やがてはゆっくり立ち上がる。

 骸骨と蛸を合わせた炎の仮面に炎の鎧、剛腕で巨大な左腕を持つ怪物の戦士……《グレティネイト・ワン》。あるいはカズキ。


『……遅かったか』


 目の前にいる名も知らぬ怪物グレティオルドを尻目に《グレティネイト・ワン》は地面に転がった遺体を見つめる。


『すまない、名も知らぬ人間……。俺たちがもっと早く到着していれば』


 悔やむ声を上げる《グレティネイト・ワン》の横に、断続的なピストルのように足音をたてた機械塗れの戦士が並ぶ。


『チッ……嫌な気分だ。ロックンローラーが必死で作り上げた反戦歌の譜面で、座るしか能がねぇ政治家のクソッタレ共がトイレットペーパーみたいにケツのクソを拭うみたいな感じだ……』

『俺も似たような気持ちだ』

『そうだよな。無性に腹が立つ』


 すでに血が昇っている《グレティネイト・ワン》はその左腕をすでに解放し、強化外骨格レプリオルターを纏った大字おおあざはアサルトライフルを構え……その引き金を引いた。


『くたばれ、似非スパイディ!』


 侮蔑の言葉を吐きながら、粒子の光弾こうだん怪物グレティオルドへと反骨の火炎瓶の如くぶち込まれるかと思えた。


 だが怪物グレティオルドは───消えた。


『あぁ!?』


 かと思ば怪物グレティオルド大字おおあざの背後に現れた。


『てめぇッ!?』

『どいてろ』


 解放した触手で《グレティネイト・ワン》は反骨のパイプを振り回すかの如く、横一閃よこいっせんに振り回す。

 

 狙いは無論グレティオルド

 

 大字おおあざは寸での場面で上半身を後ろに逸らすように避けながら、《グレティオルド》は再び消えた。

 蟹のように分厚い装甲を纏いながらも、残像など残すことなどせず、一瞬で。


『どうなってんだ、今回の《グレティオルド》は!?まるで忍者じゃねえか!?』

『忍者じゃない。俺と同じ怪物だ』

『同意しにくい事を言ってんじゃねえよ、カズキ!!』


 強化外骨格レプリオルターのデュアルアイから投影される景色からも怪物グレティオルドを追いかけることは不可能だった。

 なにせ本当に消えたと思えるほどに怪物グレティオルド特有の反応は消えている。

 ただ、反応がないだけで怪物グレティオルドはここにいる。

 それを証明するように、怪物グレティオルドは遺体の前に姿を現した。


『出やがったか、クソッタレがッ!てめえのその汚え蜘蛛の顔を《ウィアードテイルズ》お手製の銃口ぶち込んでF××K───』

『待て、何かおかしい』


 怪物グレティオルド


 そして身震い。


 まるでクソッタレの政治家がついに民衆の前で本性を晒すように。


 その鎧は───解き放たれた。


『おいおい……忍者かと思えば今度は侍かよ!?』

『……』


 大字おおあざは目の前の出来事に声を荒げ、《グレティネイト・ワン》はすぐに触手を収束させ左腕へと戻す。


 怪物グレティオルドはその全てを脱ぎ捨てた。

 顔は先ほどと同じような顔でありながらもその頭部からは自らを曝け出すように、脳のしわのような皮膚が曝け出されている。

 体の細身はさも、干からびた木乃伊のように細長い。

 間違いなく違うのは……背中から生えた蜘蛛の脚のような八本の触手。

 両腕を鋏ではなくのこぎりに似たを携えた鋭利な先端を持つ刀剣。


 ───幼虫から成虫へと変態するように、怪物グレティオルドは姿を変えた。


『ーーーーーーー』


 硬い殻を持つ虫の動く音に似た鳴き声で唸り、《グレティオルド》は再び消えた。


 そして───現れた。


 《グレティネイト・ワン》の目の前に。


『捕まえ───』


 《グレティネイト・ワン》がその左腕を向けると同時。

 すれ違いざまのように怪物グレティオルドはその背の八本の触手で───貫いた。


『カズキッ!』


 大字おおあざはアサルトライフルを構えながら叫んだ。

 《グレティネイト・ワン》の肩、てのひら大腿だいたい、足を固定するように貫通させ……その腕の刀剣で逆に捕まえた者の腹部をその刀剣で貫いた。


『こいつ……』

『離れろ、クソッタレ!』


 これは逆にチャンスであった。

 《グレティネイト・ワン》が動けないように、今は怪物グレティオルドも動くことはできない。

 大字おおあざはデザートイーグルへと構えなおし、怪物グレティオルドの背後へと瞬時に回った。


『───くたばれ、偽スパイディ』


 そして引き金を引いた。


 確かに引いた。


 拳銃の乾いた発砲音は確かに聞こえた。


 確かに弾は射出された。


 確かに当たった。


 《グレティネイト・ワン》の胸部の装甲に。


『ッ!?カズキ、すまねえ!』

『問題ない』


 とはいえ胸部の装甲を貫くことはなく、薬莢はくしゃりと

 《グレティオルド》はまた消え、《オルティネイト・ワン》の傷口から青い血が流れるだけであった。

 ……最もその傷口はすぐに再生するが。


『あいつ……まだ忍者気取ってやがる……反戦歌歌ってたロックバンドが、政府万歳ってプロパガンダまみれの曲作り始めたみたいな感じだ』

『言ってる場合か。また現れるぞ』


 その推測の言葉を吐いた瞬間。


 《グレティオルド》は現れた。


 目の前に一体。

 ……いや二体。

 ……いや三体。

 …………いや、無数に。


 現政府に反旗を翻す民衆を囲む軍隊のように、《グレティオルド》は《オルティネイト・ワン》と大字おおあざを取り囲んだ。


『おいおい……分身までできるのかよ!?』


 この分身もまた《グレティオルド》であるらしい。

 その証拠に《レプリオルター》のデュアルアイの反応からは分身全てに該当の反応が出ている。

 つまり、どれも本物であり、どれも偽物であると言える。


『カズキ!いつものを使ってくれよ!』

『無茶を言うな。こんな得体の知れない相手に左腕が通じるとは思ない』

『だったらどうするんだよ!』

『お前ならこの状況どうする?』

『あ!?あー……』


 取り囲む全ての分身が腕の刀剣を重ね合わせるように構えた時、大字おおあざは苦し紛れに言い放った。


『……全部攻撃して本物を見つけるっていうのはどうだ、カズキ?』


 むしろそれしか大字おおあざには思いつかなかった。

 なにせ反応は全て怪物グレティオルドなのだ。

 今この状況で出来ることは……戦うのみ。


『分かった』


 《オルティネイト・ワン》はその左腕を解放し、その肩のを広げた。


『おあえつらえ向きのゲストがいる』


 そう言うと、その《口》をコンクリートの地面に向けた。


『《ゴジュラ・モラソム》、《試練の時だ、火をつけろ》』


 その言葉に呼応するように夜空まで響かんとする咆哮。


 その次の瞬間───大量の骨がこれでもかと、ぶち込まれた。

 軍に抵抗する民衆を支える解放軍のように、その骨はつなぎ合わされ、一体一体が独立し、形成していく。

 ……人型にも見える髑髏の怪物を。


 髑髏の戦士たちもまた、《オルティネイト・ワン》らを輪のように囲む。

 その背を見せるように。


『おいおい……アルゴ探検隊の骸骨剣士みたいなやつが……』

『こういう時は人間は人海戦術というものを使うと聞いた。使えるものは使う、それだけだ』

『ま、過去の遺恨は今だけ忘れてやるよ』


 そう言葉を吐き、大字おおあざは拳銃を腰部のベルトに仕舞い、背負った白銅色の大型ライフルを構えたと同時に───骸骨の怪物ごと目の前にいた《グレティオルド》を撃ち貫いた。


『カズキ×大字おおあざマドカfeaturingアルゴ探検隊の髑髏剣士、開演だ』


 目の前の骸骨の骨は以前とは違い、骨の節々ごとにばら撒かれ、怪物グレティオルドの一体は光線に貫かれたと同時に消えた。そしてまた、新たな一体が現れる。


 だが、そんなことはどうでもいいのだ。


『行け───』


 その言葉を言い放ったのはカズキだった。

 静かな号令と共に政府の犬である軍の人間対自由を求める民衆と解放軍の最終決戦のような混沌とした戦いは幕を上げたのだ。


 しかしその表現は誤りである。


 正しくは……政府の犬となったロッカーが自分を取り戻し、再び反戦歌を喉が潰れるまで歌う行為。


 シンバルを腕がちぎれるほど叩き、バスドラムをペダルで脚が激痛に苛まれるほど踏み続けるドラムのように、大字おおあざが大型ライフルを四方八方に撃ち込み。


 指のが潰れ血が出るほどギターを掻き鳴らすように骸骨の戦士たちは《グレティオルド》たちに掴みかかり、崩れ、再び形成し、掴みかかり。


 そして誰に何を言われ、邪魔をされようと、反戦歌を歌い続けるように、《グレティネイト・ワン》は刀剣と八本の触手に串刺しにされながらも、自らの触手を振り回し、分身たちを消し続ける。


『逝け───』


 《グレティネイト・ワン》は青い血を垂れ流しながら、戦い続ける。

 とは言え、その闘争本能が消えることはない。

 どれほど苦痛に苛まれようと、《グレティネイト・ワン》もまた───怪物なのだ。


 正面から怪物グレティオルドに刀剣で貫かれ、背後もまた怪物グレティオルドに貫かれる。


『カズキ、撃つぞ!』

『俺ごと撃て』


 大字おおあざは躊躇うことなく引き金を引いた。

 四角の銃口から放たれる粒子状の光線は最も容易く怪物たちを貫く。


 怪物グレティオルドは手応えなく消え、《グレティネイト・ワン》は胸部に風穴が空きながらも生きながらえていた。

 しかし通常ならすぐに癒える傷も、《グレティオルド》に通用する武器の影響か、すぐに戻ることはなく、じわじわと戻っていく。


『カズキ───』

『構うな、撃ち続けろ』


 その言葉、そして覚悟に大字おおあざは頷き、再び引き金を四方八方に撃ち続ける。


 そうしたがむしゃらな反戦歌により、戦況は怪物グレティオルドに不利になってきていた。


 怪物グレティオルドの分身は消えては現れを繰り返すものの、その数を少なくしていた。


 反戦歌におびひるみ、後退していく軍のように。


 その内に一体の骸骨の戦士が怪物グレティオルドを捕まえた。


 この戦いであれば、すぐ消えるのがセオリーだろう。


 だが怪物グレティオルドは消えることが出来なかった。


 なぜなら一体……二体、三体と骸骨の戦士が飛びかかり、怪物グレティオルドをがんじがらめに絡めているのだ。


 そうするとどうだろう。


 反戦歌に屈し、後退していく軍のように、分身は全て消えた。

 分身が現れることはもうない。


 あれだけ分身で手こずらせた怪物グレティオルドが、無数の骸骨に掴まれ動けなくなってしまっていた。

 しかし最後の抵抗と言わんばかりにその触手と刀剣をなんとか動かそうとしている。


『さっさとをやってくれ。もうそろそろライフルの粒子残量も底を尽きそうだ』

『あぁ、俺もそろそろ限界だ』


 いまだに胸部に風穴を開けた《グレティネイト・ワン》はその左肩の怪物グレティオルドに向けた。


『さっさと消えろ、クソ野郎』


 侮蔑の言葉を吐きすててから《グレティネイト・ワン》はその《口》で、地面でのたうち回る《グレティオルド》を───骸骨諸共、喰らった。


 それは腐り切ったクソッタレの政治家に、拳を一発ぶち込むボーカルのような行為だった。


 は肩幅よりも大きく開き、そのまま《グレティネイト》を飲み込んだ。


 勢いはある。

 だが……終わりは静かで……それで凄惨なものであると言えよう。


 骸骨たちもまた全ての中に自ら戻っていき、この夜空の下に残されたのは……満身創痍の《オルティネイト・ワン》、そして実は残弾も底を尽きていた大字おおあざ


 ……そして体中の水分と血液、養分を全て奪われた遺体のみであった。

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クトゥルギア 那埜 @nanosousa

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