お気に入りいずれ飽きる宣言

石衣くもん

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 音楽プレイヤーのプレイリスト「お気に入り」には、自分で選んで買った曲の中から、さらに選ばれし曲が集っている。

 何度も聴いて、歌詞も諳じることができる、まさしくお気に入り。けれど、不思議なもので、完璧に歌詞を覚えるとそれらはお気に入りではなくなる。飽きるのだ。


「で、そのお気に入りいずれ飽きる宣言を、私はどう捉えるべきなんでしょう」

「君に飽きてきた」

「わお、無慈悲な単刀直入」


 仕方ないじゃない、だって本当のことなんだもの。


 私は、顔が美しい。造詣が整っている。これは自信過剰なわけではなく、自他共に認められた特徴である。

 以前、私に悪意を持って 


「美人は三日で飽きるって説、あるじゃない? そう言われてフラれたことってある?」


と聞いてきた女がいたが、飽きっぽい私より先に、私に飽きた人がいなかったため


「三日で飽きられたことは今のところないかな。ちなみに、中の下ってどれくらいで飽きてフラれるもんなの?」


なんて、聞き返した。こんな風に私のことが嫌いな人でも、美人だと認めてはいるくらいの顔立ちなのである。


 まあ、その質問返しに対しては


「本当顔以外終わってんな、性格ブスが!」


と、ぶちギレられたわけだけど。


 勘違いしないでほしい。私だって喧嘩を売られない限りは、買えないのだ。ムカつく性格ブスを生み出しているのは、そちらなんですが。


 そんな私の最近のお気に入りだったのが、目の前で憤慨している小動物のような彼女だ。


 大学の二個下の後輩で、般教の宗教論Ⅰの講義で隣の席に座った時に、


「え、嘘、現実? 美しすぎない? 顔」


と、声に出して言われた時の、驚いたような、どこか怯えた顔が面白くて


「ありがとう、あなたもかわいいわよ、子うさぎみたいね」


なんて返した。

 すると、顔を真っ赤にして


「とりあえず、まずはお友達にしてくれませんか?」


と懇願され、


「とりあえずなら、いいよ」


などと答えて、今に至る。


 以来、たまに学内でご飯を食べたり、今日みたいに外のカフェでお茶したり、メッセージでやり取りしたりする程度の友情を築いた。その関係性はゆるくて、ぬるくて、初めは心地良かったのだが、マンネリ化も早く。飽き性の私は、もう終わりにしたいと思ったのだ。


「だって、君、本当に私の顔にしか興味なさそうなんだもん」

「そんな、人をルッキズムの権化みたいに言わないでくださいよ」

「違うって言い返せる?」


 彼女は会うと必ず、私の顔を暫く眺めている。よく飽きもせずにと思いながら、特に何も言わなかったわけだが、お互いのことを知っていく中で、どうやら彼女は私の顔以外にはあまり興味がなさそうだと判断した。


「逆にどこでそう思われたのか教えてほしいですけどね」

「でたでた、分が悪くなると質問を質問で返す奴」


 軽い口調で煽れば、大抵の同性はムキになって私を悪し様に言う。けれど、彼女は肩を竦めて


「わからないので教えてくださいと言える素直で謙虚な後輩になんて高圧的な態度。でも顔が良すぎて女王様気質だと取れなくもないです」


なんて煽り返してくる。こういうところが、気に入っていた。


「そうやって、私が意地悪言った時も顔が理由でスルーするところ」

「まあ! 意地悪を言った自覚があったんですねぇ」

「後、最初も『友達になりましょう』じゃなくて『友達にしてください』なんて卑屈な態度だったし」

「だって独りが好きそうだったんですもん、現にあん時も一人だったし。友達になりたくて下手には出ましたけど、卑屈になったわけではないですよ」


 こんな風に、ああ言えばこう言う、生意気な後輩。

 だから、対等な関係だと思っていた。


「もういい、とにかく、飽きたの。もう連絡してこないで」

「いやです」


 言い逃げしようと立ち上がった私の手を掴んだ彼女は、まっすぐこちらを見て拒否した。


「そもそも、さっきのお気に入り飽きる宣言と矛盾してます。先輩は私のこと、すべて諳じられるほどまだ知らないじゃないですか」

「……知ってるわよ」


 いつもこうやってカフェで会う時は、ブラックコーヒーを選ぶこと。お腹が空いてなくても学食に付き合ってくれる時があること。

 メッセージのやり取りをしてても、22時過ぎたら寝ちゃうこと。それでも必ず、翌日メッセージを返してくれること。


 たぶん、私のことが恋愛対象として、好きなこと。


「私が、先輩の顔しか興味ないと思ってるのに?」

「……手を離して」

「私が先輩の顔を見てるのは、美しいからだけじゃないんですよ」


 あなたが、何が好きで、何が嫌いで、何に喜んで、何に傷付いているのか、表情から読み取ろうとしていたから。


 わかってる、知ってるよ。君が熱心に私の顔を見ているのは、私の様子を伺うためだって。

 だって、私も同じくらい君を見てるんだから。


「……君が」

「はい」

「君が先に、私に飽きるかもしれない……そんなの、堪えられない」


 美人は三日で飽きられる。

 しかも、性格は悪い。


 彼女といるのが心地良いと思う度、その言葉が呪いみたいに何度も蘇ってきて、これ以上深入りしたくないと思ったのだ。


 この関係は、私か、彼女が飽きてしまえば終わる。

 ならば、自分の手で終わらせてしまえばいい。これ以上、深く傷つく可能性が高まる前に。


「……先輩、私、びっくりしてます。顔面の美しさだけでなく、中身もこんなに可愛い先輩が、なんで一匹狼でいれたのか」


 また、出会った時みたいに、驚いたような、どこか怯えた顔をした彼女は、呆けた声でそう言った。

 

「なにそれ」

「とりあえず、脈アリなら私のこと、恋人にしてくれませんか?」


 なぜ、このタイミングで告白してきたのか、今度はこちらが驚く番だった。

 自分のためにも、彼女のためにも、断らないといけない。そう思ったのに。


「……とりあえずなら、いいよ」


と、口を吐いて出たのは、真逆の、本心の言葉だった。

 きっとこの先、私か彼女か、どちらかが相手を「お気に入り」じゃなくなってしまう時がくるだろう。その時まで、とりあえず、怖がりながら飽きるまで一緒にいたいと思う。

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