火曜日

 火曜日。

 夕方過ぎ、全員が集まったリビングで、父さんが言った。

「三槻が、自分が養子にいくと名乗りでたから、投票はなしだ」

 三人の兄弟はみんな驚いている様子で、僕のほうにチラッと目をやった。

 父さんは三人に微笑んで続けた。

「お前ら、よかったな。まあ、俺としては、どういう投票結果が出るか見れる楽しみがなくなって残念だけどな」

 言うほど残念そうでないのは、名乗りでたのが僕だったからなのか、それはわからない。


 バラバラに別れて少し経ち、僕は散歩でもしようと玄関まで行ったものの、気が変わって引き返した。

 自分の部屋へ向かい廊下を歩いていると、途中にある慎二兄さんの部屋から一斗兄さんの声が聞こえてきた。

「いろいろあったが、冷静になれば、あいつで妥当だったろ?」

「うん。そうだね」

 今の声は聡四だ。

「兄ちゃん、ごめん。僕、いつのまにかあの駄目な兄ちゃんの面倒を見る係みたいになってたから、イライラが積もり積もって、つい八つ当たりで悪く言っちゃったんだ」

「そうか。まあ、そういうこともあるよな」

 あの一斗兄さんがずいぶんと穏やかな優しい口調で返した。

「俺も悪かった」

 今度は慎二兄さんだ。

「確かに、聡四に少し嫉妬してたんだ。ある奴から『勉強がなかったら、お前は三槻と変わらない』ってなことを言われたのもあってさ」

「そんなことがあったんだ。そんなしゃくにさわる発言をされたら、ムシャクシャもするよ」

 同情している感じで聡四は応えた。

「よし、丸く収まったな。今までのことは水に流して、仲良くやっていこうぜ」

 一斗兄さんはすごく嬉しそうだ。

「もう邪魔なだけのゴミもいなくなって、すっきりするわけだしよ」

「そうだね」

「うん」

 聡四と慎二兄さんも満足そうだ……。

 僕は気づかれないように静かにその場を後にした。


 あるのは自然だけと言っていい、空気のおいしいところだ。僕には東京よりもこっちのほうが合っているんだろう。それとも、そう思い込もうとしているのだろうか。

 僕は今、迎えにきてくれた、養父になる新太さんが運転する車の助手席にいる。

 車が停まり、自宅に着いたようだ。これまでの家よりもかなり小さいけれど、全然構わない。それより、この木造の家屋も自然の一部のようで、住むだけで癒やされて健康になれそうだ。

 車を降りると、新太さんが玄関のドアを開けて、僕に先に入るよう促してくれた。

「失礼します」

 そう声を出すと、奥から養母になる怜子さんが速足でやってきて、僕に笑顔で言った。

「いらっしゃい」

 この夫婦は二人とも五十歳くらいだろうか。とても優しくて善い人たちそうだ。いや、間違いなく善い人だろう。そう感じる。

「よろしくお願いします」

 僕は怜子さんに頭を下げた。

「遠慮しないでいいからね。思ったことは何でも言ってちょうだいね」

 怜子さんは姿勢を低くし、下からの目線で話してくれた。

「あ、はい」

「さっ、上がって」

 そう口にして怜子さんは先に行き、僕は新太さんに誘導されて荷物を置いてからダイニングルームへ足を運ぶと、テーブルに豪華な料理が用意されていた。

「座って」

 怜子さんが椅子を引いて僕を座らせてくれ、その後で二人は僕の正面に腰を下ろした。

「今日は疲れてるでしょうから、食事が終わったらお風呂に入って、早めに休むといいわ」

「ありがとうございます」

 おじぎをしてから見ると、二人は目を合わせて幸せそうに微笑んでいた。

「いつもこんな食事じゃないのよ。今日は特別。だから、明日からもって期待はしないでね。それより、お口に合うかしら? 嫌なものがあったら言ってね。この先、気をつけるから」

「まあまあ。冷めちゃうから、それくらいでいいよ」

 怜子さんを制した新太さんが、続けて僕に優しい顔で言った。

「さあ、食べようか」


「三槻さん! 三槻さん!」

 寝室のドアを激しくノックしながらそう言う声がして、僕は目を覚ました。

 直後に怜子さんが入ってきて、僕は体を起こした。

「明日話そうか迷ったんだけど……落ち着いて聞いてね」

 怜子さんはしゃがんで、僕と視線を近くした。すごく動揺しているのがわかった。

「東京の三槻さんの実家が火事になって、家族の方たちと連絡を取ろうとしているんだけど、つながらないの」

 ドアのところに新太さんが立っていて、続けてしゃべった。

「なんとか連絡を取れるようにするから。きっと大丈夫だから。難しいだろうけど、落ち着いて。ね?」

 そう言う新太さんに落ち着きがまったくなかった。

「ああ、なんでこんなことに」

 怜子さんは祈るように顔を伏せた。

 僕は、兄弟のなかで唯一取り柄がないと思っていたが、そうではなかったようだ。

 僕は予知夢を見ることができる。

 でも、どれが予知夢で、どれが普通の夢かの区別はつかないから、間違えて、またみんなから駄目な奴と思われるのが怖くて、口に出せなかったんだ。

 みんな、ごめんね。

 僕はみんなの無事を祈っているよ。

 窓の外を見ると、満月が輝いていた。

 とても綺麗だった。

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3/4サバイバル 柿井優嬉 @kakiiyuki

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