月曜日
月曜日。
僕ら兄弟は全員、自宅近くの同じ公立中学校に通っている。大抵の双子なども多分そうなように、クラスはバラバラにされている。クラス決めの際に一番初めに決められたんじゃないだろうか、一斗兄さんの一組からまんまの順番で、聡四が四組だ。ただ、別々の学級でも、やたらと比べたりする人は必ずいるし、他の三人の情報はだいたい耳に入ってくる。
休み時間、僕はやはり養子の投票に関することを考えていた。
僕は他の三人のように目立つ長所はない。だけど、一人だけ際立って勉強ができないといったこともない。自分だから評価が甘くなる点を差し引いても、出来が悪いと見られ過ぎているように思う。
でも、駄目に思われる理由もわかってはいる。今日はともかく、僕は休み時間は自分の席でしょっちゅう寝ているし、家でもよく眠る。寝るのが好きというより、頭の中でいろいろ考えるクセがあるから脳が疲れるんだと思う。それに、その考える習性のせいで判断や決断が遅いし、口数が少なかったり、何かをするとき兄弟に遠慮して最後にやることが多いから、理解力が劣っているとか無気力といったイメージがあるのだろう。
今この状況になって、誤解されてると訴えたり、良いところを見せようとしたら、「養子に選ばれたくないから急に頑張りだしやがった」ともっと印象を悪くしそうだし、三人はすでにやっているかもしれない陰で味方をつくろうとするのも、最もやらなそうなぶん、同様に悪く思われてマイナスに作用してしまう気がする。
つまり、僕は厳しい立場にいながら、現状を打破しようと何かをすることも難しいわけだ。
このまま成り行きを見守って、幸運を祈るしかないのだろうか。
放課後になり、一人で帰り道を歩いていると、後ろから「おい」と呼ぶ声がした。振り返ると、カバンを持って同じく帰宅する途中の慎二兄さんだった。
並んで一緒に帰るかたちになり、少しすると、兄さんが口を開いた。
「明日だけど、お前、誰に投票するか決めたか?」
「いや、まだ」
僕は首を横に振った。
「そうか。なら聡四に入れろよ。俺も入れるからさ」
え? まったく予想にない言葉だったので、顔には出さなかったけれど、かなり驚いた。
「お前、あいつのこと、どう思ってる? みんなは優しいとかいい奴とか思ってるんだろうけど、とんでもないぜ。そう受け取られるような行動は全部、自分が評価されるためにやってるんだ。計算だよ。兄弟が四人もいるなか、母さんに一番好かれたくて始めたんだろう」
そう言うと、慎二兄さんは急に勢いよく後ろを振り返った。
気配でも感じたようだけど、誰もいなかった。
「じゃあ、そういうことだから、わかったな。入れろよ!」
他の二人に聞かれたらまずいと思ったのか、そう言い残し、走って先に帰っていった。
しかし、まさか慎二兄さんが聡四をそんなに嫌っているとは思わなかった。確かに聡四は母さんが好きで、甘えるような態度をとることもあったけれど、それが気に入らなかったのか? でも、基本的には他の人に対してと変わらず明るく接していただけだったし、母さんも兄弟みんなに同じ振る舞いで、嫉妬したりする部分はそんなになかったと思うけどな。
とにかく、仮に言われた通りにすると、慎二兄さんと僕が聡四に入れて二票。一斗兄さんが僕に投票しても、聡四が僕以外に票を投じてくれれば、養子行きを免れる。
だけど、それは聡四に悪い気もする。
それなら聡四と組んで、どちらかの兄さんに二票入れれば、僕と聡四が一票ずつだから二人とも助かる、という方法もある。それに、うまくやれたら、こっちのほうが確実だ。
ただ、聡四がその誘いに乗る確証はないし、休み時間に思ったように、かえって状況を悪くしてしまう可能性もある。どうしようか……。
もうすぐ家に着くというところで、後ろから今度は「兄ちゃん」と呼ばれた。顔を向けると聡四で、やはり学校からの帰りだった。
「後で僕の部屋に来てくれない? ちょっと話したいことがあるんだ」
「え? ああ……」
似ていなくても、さすがに兄弟。慎二兄さんと同じように、誰に票を入れようといった話をするつもりだろう。今まで自ら動けないことをマイナスに感じていたけれど、みんな、主体性がなくて言うことを聞いてくれそうに見える僕をまずは味方にしようと考えがちっぽいし、良い立場なのかもしれない。
何にせよ、それですっきり投票する相手を決められればいいけど。
聡四の部屋に入って、びっくりした。呼ばれたのは僕だけと思っていたが、二人の兄さんもいたのだ。
「座って」
聡四に促され、また僕らは円になって腰を下ろした。
「それで、何なんだ? 聡四」
一斗兄さんに言われて、聡四は答えた。
「うん。今日、学校の帰りにさ、慎二兄ちゃんが三槻兄ちゃんに、僕に票を入れようと話しているのを聞いたんだ」
え? あのとき、いたのか。慎二兄さんが気配を感じたのは正しかったんだ。
「チッ」
慎二兄さんは焦った顔で舌打ちをした。
「何だ」
「そんなことか」と続く感じのしゃべり方で、一斗兄さんはまったく驚いたりしなかった。
「実は昨日の朝、お前らに会う前に、俺にも同じことを言ってきたんだよ」
そうだったのか。てっきり外に誘って何かしら話をしたのは一斗兄さんのほうだと思っていた。
「慎二。もういいだろうよ、三槻で」
……。一斗兄さんはとにかく僕にしたいらしい。
「だから、こいつは偽善者なんだよ! いい奴のふりしてるだけなんだって!」
慎二兄さんは聡四を指さして訴えた。
聡四はショックな表情になって返した。
「ひどいよ、兄ちゃん。なんでそんなこと言うんだよ」
「うるせえ! 俺は幼い頃からそういう奴じゃないかと思ってたけどな、この前はっきり見たんだぞ! お前、放課後にクラスの奴らと西側の校舎にいたときあったろ。あっちのほうへ放課後に行く奴あまりいないし、遅い時間だったから俺たちみんな帰ったと思って、油断したんだろうな。そのとき言ったことを再現してやるよ!」
慎二兄さんはものすごく悪そうにしゃべり始めた。
「お前のところなんかまだいいじゃん。俺の兄弟なんて、ほんとクソだもん。慎二は勉強バカでひねくれてるし、三槻は何の役にも立たねーし。何より、一番うぜーのが一斗だよ。俺たちには威張るくせに、親父には頭が上がらないで、何でもはいはい言うことを聞きやがって。あいつさえいなきゃ、まあまあ楽しく暮らせるのによー」
そして元の状態に戻って、一斗兄さんと僕に言った。
「作ってないよ。大げさじゃなく、本当にこんなふうだったんだから」
さらに、一斗兄さんに対して続けた。
「わかったでしょ。こいつ、兄貴に入れるつもりなんだよ。腹黒いんだから。養子に出しちまったほうがいいって!」
「本当か?」
一斗兄さんはキレる寸前の雰囲気で聡四に尋ねた。
「噓だよ、兄ちゃん。信じてよ」
慎二兄さんは畳みかけた。
「お前、この期に及んで芝居してんじゃねーよ! 一緒にいた奴もわかってんだよ! そいつらに確かめれば、俺が正しいってわかるんだからな!」
聡四は動揺した顔になり、少しの間黙った。
「てめー、ふざけんなよ!」
聡四は豹変して、そう言葉を吐いた。慎二兄さんがまねしたままといった態度で、反撃しだした。
「嫉妬してんだろ! 自分が友達いねーから、俺によ! 劣等感にさいなまれるんで、俺を追いだしてーんだろ!」
もちろん今までも怒ったことはあったが、こんな聡四は初めて見た。
「だいたい、てめーこそ兄貴のこと、自分よりバカだって見下してんだろうが!」
「なに? そうなのか?」
一斗兄さんの怒りの矛先が慎二兄さんにも向かいそうになった。
「ふざけんな! 何を根拠に言ってんだ!」
慎二兄さんは素早く聡四に言い返した。
「テストの後で兄貴の点を知ったとき、いつも鼻で笑ってるじゃねーか! 『バカな奴』って、はっきり口にもしてるだろ! 全部知ってんだよ!」
「お前、テキトーなこと言ってんじゃねえ!」
「テキトーじゃねえだろ! ごまかすなよ!」
慎二兄さんと聡四が立ち上がって揉めだし、そこへ一斗兄さんも加わった。
「お前ら二人とも、ふざけんな!」
どうにも手がつけられない状況で、僕は一人座ったまま茫然としているしかなかった。
しばらくして、帰ってきた父さんがうるさいと言ってきて、僕らは各自の部屋に別れた。
僕は自分の部屋に入ると、すぐにベッドに横になった。
あー。うまいこといきそうなときもあったのに、これでどうなるかまったくわからなくなった。
どうしよう。明日か。
疲れた僕は、まぶたを閉じた。
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