日曜日

 日曜日。 

 朝、洗面所で顔を洗ってタオルでふいていると、後ろから声がした。

「兄ちゃん」

 振り返ると、弟の聡四がいた。

「ちょっと、外、行かない?」

 そして、いつもと変わらない、愛想の良い笑みを浮かべた。

「ああ」

 断る理由はないので、了解した。

 並んで家の近所を歩くと、少しして聡四が口を開いた。

「ねえ、やっぱりおかしいよ。いろいろ手を尽くして、もうどうしようもないっていうならともかく、いきなり我が子を養子に出すなんて。父さんに考え直してもらおうよ」

「……ああ」

 積極的に賛成な気持ちではなかったけれど、同意する感じの返事をした。

 四男の聡四は、兄弟のなかで一番優しくて、明るく社交的でもあり、必然的に友達も最も多い。本音ではどう思っているかわからないものの、僕に対しても三人のなかで一番良くしてくれている。だから、そんなにしょっちゅうではないが、何か困ったことがあったら、僕は聡四をまず頼りにする。

「あっ」

 聡四が出した声で、前方に目をやると、歩いている道の少し先に二人の兄さんがいて、向こうもこっちに気がついた。避けることもないし、そのままそばまで行くと、一斗兄さんが僕らにしゃべった。

「何だ、お前ら二人で。まさか、誰に票を入れるか相談してたんじゃないだろうな?」

「してないよ、そんなこと。そっちこそ、二人で組んでんじゃないの?」

 聡四が言い返すと、一斗兄さんが一瞬、隣の慎二兄さんを見た気がした。

「まあ、いい。とにかく、後でな」

 一斗兄さんのその一言で自然と会話を終えた僕ら四人は、皆微妙に距離をとって、無言で家に戻った。その間、僕はいろいろな考えが頭に浮かんだ。

 聡四はああ言ったけれど、あの父さんが一度決めたことを、それも僕らの訴えで改めるとは思えない。

 聡四だってそれくらいはわかっているはずだ。でも、駄目元でお願いしたいのかもしれない。その気持ちは理解できる。

 それにしても聡四はなぜ、一番頼りないであろう僕にそんな話をしてきたのか。指摘されたように、本当は手を組みたかったんじゃないだろうか。

 アクが強いとも言える兄さんたちよりは、僕のほうがいいと思ってくれたのかもしれない。

 もし、そうで、実際に組むことができたら、兄さんたちが僕に入れるとして二票、そして僕と聡四がどちらかの兄さんに投票して二票で並ぶ。おそらく父さんは一番役に立たないということで僕を選ぶだろうから、それでもまだアウトだけれど、少しは希望が見えてくる。


 帰宅後、ほどなくしてトイレに入った。出ると、慎二兄さんが待っていたように立っていて、僕に話しかけてきた。

「おい、さっき聡四と何話してたんだ? 誰々に入れようって約束してたんじゃないのか?」

 一斗兄さんも口にしたことを、よっぽど気になるのか尋ねてきた。

「してないよ」

「本当だろうな?」

「うん」

「……そうか」

 まだ何か言いたそうだったが、やめた様子で、トイレに入っていった。きっと不安で疑心暗鬼になったりしているのだろう。

 二男の慎二兄さんは、兄弟のなかで一番頭が良く、成績はクラスどころか学年全体でも上位のレベルだ。しかし、そのせいもあってかプライドが高く、友達は少ない。僕に対しては、普段ほとんど話さないのでどう思っているのか全然わからないけれど、少なくとも学力面に関しては見下した気持ちでいるんであろうことは肌で感じられる。ただ、他の二人への振る舞いも、僕とさほど違いはない。


 約束の三時になり、僕らは一斗兄さんの部屋に集まり、円になって座った。

 兄弟がお互いの部屋に入ることはめったにない。僕はせいぜい聡四のところに、はっきり用があるときくらいだ。だから一斗兄さんの部屋は久しぶりで、見慣れない物も多かった。

 当然のように、まず一斗兄さんが口を開いた。

「話し合おうと言ったが、よく考えてみたら話すことなんて何もないよな。誰がどうだとか口にしだしたらケンカになるだけだし、各自の判断で投票しよう」

 そう言っておきながら、直後に僕をチラッと見て、続けた。

「でも、まあ……だいたいわかるよな」

 他の二人に、僕に票を入れるのが妥当だろと伝えるような態度を示した。そういう気持ちだろうなと予想していたものの、いきなりで驚いたし、やっぱりショックだった。

 すると、聡四がしゃべった。

「なに? 僕、わかんないよ」

 もちろん本当はわかっていて、反論するような口調だ。

「ねえ、養子に出されるなんておかしいよ。父さんに言って、考え直してもらおうよ」

 その声を一斗兄さんは突っぱねた。

「無理だろう。親父が俺たちの言うことを素直に聞き入れたことなんて今まであったか? もし機嫌を損ねて、一人じゃなく全員を養子にするとかになったらどうする。親父はいいとしても、友達なんかと離れたくはないだろう? だから余計なことは口にするんじゃねえぞ」

 その話は一斗兄さんに分があるように思われた。

 長男の一斗兄さんは、兄弟のなかで一番強く、まとめ役だ。言ったら怒りそうだけれど、父さんに最も似ていて、何でも自分の思い通りにしようとするところがある。僕らは同い年だからもう少し対等でもいいのに、上下がはっきりしているのは、一斗兄さんによる影響が大きい。そして僕に対しては、日頃から冷たい態度をとることが多い。

 結局、父さんに再考を促すことはしないという結論に至った。それは投票の実施を完全に受け入れたのを意味するが、僕を含めた一斗兄さん以外の三人はまだ決めていないと言って票を投じる相手を表明せず、たいした進展はなくその集まりは終了した。


 僕は自室でベッドに横になり、考えた。

 一斗兄さんは僕に投票するとはっきりした。

 こうなると、聡四も下手なことをして標的が自身に移るリスクを負うくらいなら、僕でいいかと思ってるかもしれない。同じように慎二兄さんも。

 あるいは、そんなのは関係なく、二人とも最初からずっと僕に票を入れるつもりかもしれないけれど。

 あと二日か。

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