3/4サバイバル

柿井優嬉

土曜日

 母さんが死んだ。病気で。

 僕たち家族を知る人は、本当に病気が原因なのか疑うかもしれない。でも嘘じゃないし、その人は我が家のことをそこまで深くは理解していないのを表している。

 母さんの子どもは全員男の四つ子で、現在中学一年生。僕はその三男で、名前を三槻という。

 優しかった母さんの死で、僕ら四兄弟はとても大きなショックを受けた。

 だというのに、衝撃的な出来事はそれで終わりではなかった。葬儀などで慌ただしかった日々から一段落ついたある土曜日、全員をリビングに集めて、父さんが言った。

「お前たちのなかの一人を養子に出すことにした」

「え?」

 僕らはほぼ同時に声を漏らした。唐突な話で驚いたが、父さんは平然とした顔だ。

「今の日本で四人もの子どもを養うのは、無謀と言えるほど経済的に大変なんだ。お前たちもそれくらいのことはもうわかる歳だろう。少し前から考えていて、睦美が猛反対したから思いとどまっていたが、あいつの稼ぎもなくなってしまったしな。お前たちだってこの先、行きたい高校や大学を金がないから諦めなければならなくなったりしたら嫌だろう」

 睦美は母さんの名前だ。近所のスーパーでパートをやっていた。でも、外で働きたかったからで、お金のためという感じではなかったと思う。それに父さんは、僕らに仕事について何も話さないからよくわからないけれど、証券会社に勤めていて、けっこう偉い立場のはずで、うちの家屋は大きくてうらやましがられたりするし、本当にそんなにお金の心配をしなければならないのだろうか。

「いいな?」

 嫌でも、そう口にできる雰囲気ではなく、全員無言で、容認した感じになった。

「まあ、安心しろ。北海道で、遠くに行くことにはなるが、面倒を見てくれる夫婦はそんなに悪い人たちじゃないからな」

 何なんだろう、その言い回しは。善い人でもないということなのか、全然安心できない。ちなみに僕らが今いるのは東京だ。

「それでその一人だが、三日後の火曜日に、お前たち自身の投票による多数決で決めることにした。もし全員が一票、あるいは二人が二票で並んだ場合は、そのなかから俺が決める。そういうことだから、誰に一票入れるか、よく考えておくんだな」

 言い終えた父さんは微笑んだ。僕らは軽く顔を見合わせた。

 僕は、父さんらしい選び方だなと思った。もしかしたらそれをやりたいがために、一人を養子に出すことを思いついたのかもしれない。

 父さんの名前は総吾。背が高くて腕力があり、目つきが鋭くて怖い。初対面の人にも愛想を振りまいたりしないから、良い印象を抱く人はほとんどいないだろうし、なぜ母さんは結婚したのか不思議だ。初めに、本当に母さんは病気だったのか疑う人がいるかもしれないと述べたのは、父さんが何かしたんじゃないか怪しむかもという意味だけれど、父さんは例えば頭に血が昇るようなタイプではない。冷酷という言葉がぴったり合う人で、道を大きく踏み外すことはしない。母さんと仲むつまじい状態ではなかったが、嫌ってはいなかったし、内心は邪魔などと思っていたとしても、危害を加えるといった自分の身を危うくするようなことは絶対にしないのだ。だから、僕ら兄弟の一人の養父母になる人も、安心はできないものの不安を感じ過ぎる必要もない人を選んでいるはずで、そこは救いだ。

 僕らの年齢がもう少し上だったら、こんな薄情で暴君的な父親から離れられるほうを望んだのかもしれない。でも十二歳の現時点では誰も養子になりたがっていないのは、四つ子の一人としてわかるし、みんなの様子を見ても間違いなかった。

 そして、今のところ養子に選ばれる可能性が一番高いのは僕だ。僕はどうにかして養子に出される危機から逃れることができるだろうか。


「明日の午後三時に、とりあえず俺の部屋で話をしよう。だから、個別に誰々に票を入れようなどと話し合うのはなしだ。いいな?」

 父さんが去った後、長男の一斗兄さんがそう言い、みんな一応受け入れた感じになって、各々の部屋に別れた。僕らは全員、個室を与えられている。

 僕は自分の部屋に入ると、ベットに腰を下ろした。

 僕ら兄弟は述べているように四つ子だが、性格や特徴はバラバラだ。他の三人にはそれぞれ優れたところがある。だけど僕だけは取り柄がなく、お荷物的な存在だ。あんなことを言っておきながら、今この間にも三人で、養子は僕で決まりだなと確認し合ってるかもしれない。

「ハー」

 ため息をついた僕は、べットに横になり、目を閉じた。

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