乳青色へ過ぎゆく、貴方の白砂
鳥兎子
―― 懐古した、儚い夢の中へ ――
早朝を吸い込んだ目覚めは、ミルクのような幻味がします。私を囲うのは、凍て晴れへ抜ける白亜の砂壁でした。ここは雪の大谷を
なだらかに降り立った私は、雪融け水に成りたいのです。その仄かな香りは、吐息によって変わってしまいます。それでも、空から舞い降りた時点では同じ天使。無言劇を踊りましょう。
スリットに左脚を引き、目覚めに伸びをするように右脚の前重心へ。手首を交差し、両腕を上げる最中、閉じた拳を小指から順に広げ、ぱっと咲く
―― 私は、再会の約束を忘れていませんか? 迎えに来ると、彼に告げたはずなのに ――
左肘で外弧を描きながら、手首のまぁるい尺骨頭で顎から上へなぞり、小首を傾げて耳から下へ切り返す瞬間。ベール透ける向こうに、ビスクドールのように洗練された青年を見ました――見開かれた
―― ルシアン。私は貴方を名付けました ――
脈動に融けたい。胸を張り、かくりと一瞬天を見る。肩を回し、手の爪を後方で合わせ、膝を曲げ伸ばす。お行儀よく礼に腰を引き、足首から脛を爪と視線で上へとなぞりゆき……胸を通り両肩から弧を描いて両手を離す。胸を張り、かくりと再び天を見る! 光は鮮烈に脳裏を刺激した!
―― 揺籃に跪いた私は、天使の前で涙を流していました。桃色の壁紙に、花の絵画。牧歌的な家の中、彼が私の肩を抱いてくれます。喜びと悲しみが重なる泣き声は、私の物ではありません ――
鍾乳石の揺り椅子へ、私はうたた寝するように両腕を組んでしなだりかかる。重心をかけて椅子の前脚側を浮かばせ、身体を起こし、左手で
―― 無邪気に微笑んだ天使は、揺り椅子に座る私の膝に縋りつきます。私の錆び付いた咳に、
手放した揺り椅子が前倒に揺らぎ、手首を交差した私は肩を抱いて廻る。座り込んだ私は、四葉形に広がるスカートへ俯く。それでも、脈動に顔を上げるのを止められない。手首の交差を解くと同時に両手の指先で揺り椅子の背をなぞり、ゆるりと立ち上がった私は腰を落とし、息を吐く。揺り椅子を越える、前宙!
着地後に、上半身の前倒にて重心をかけ、両腕を水平に広げ、後方に右脚を上げる。右脚を右に振り上げ、風車のように、四肢と身体を天へ旋回! 広げたまま、交互に上げ回す両腕と共に天を煽り見ながら、右脚・左・右・左脚と、同位置で高く振り上げ回す!
―― 私の身体は軽くなるばかり。私の天使は、『死』を理解出来ません。
ベール翻す振り向き様に、私の涙が散る。風化硝子の鈴が祝音を謡い、私を呼んでいます。左手を差し向ける
「幽玄なる貴方は、俺を連れて行ってくれますか? 」
貴方の左手に違和感を覚え、私は小首を傾げます。揃いの指輪が無いのです。それだけじゃない……貴方の和らいだ瞳は、天使と同じ
「貴方は……ルシアンね。私の可愛い天使」
染まる頬を撫でてあげても、ルシアンは幼気に微笑めませんでした。泣くのを我慢しているのね。
「母さんが思い出さなければ、俺は写し身で居られたのに。行ってください……本当に迎えが必要なのは、俺じゃない」
静かに微笑んだ私は、約束を果たす為に頷きます。白薔薇のアーチを潜れば、開け放たれた白木の出窓に風化硝子の鈴が鳴りました。高鳴る期待に作法も忘れ、私は軽やかに飛び込みました!ベッドで横たわる『彼』は、老いた左手に揃いの指輪を嵌めています。柔らかな皺に埋もれても、金緑の瞳で優しく微笑むのは『彼』だけです。その左手に触れれば、私の胸は締め付けられていきました。
「待っていたよ、私のヘレーネ」
「ごめんなさい、帰って来るのが遅くなってしまって」
手を取り合った私達が振り向けば、庭に立つルシアンは膝から崩れ落ちました。その胸のシャツごと、拳が私の慈愛を鷲掴みにするのです。ルシアンは
「僕らの天使はいつか、二度目の恋に救われる」
透明に割れた双星は、凍て晴れに微睡む
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*❅°┈┈┈┈┈𓊆挿絵𓊇┈┈┈┈┈°❅*
乳青色へ過ぎゆく、貴方の白砂 鳥兎子 @totoko3927
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