第8話 訪れる分水嶺
おおよそ調査員の中でもo3の存在を知っている者は極々少数に限られる。そもそもo3とはマフィアだ。
マフィアの歴史は人類の歴史を辿れば分かる。
ホモ・サピエンスが宇宙へと進出し、ワープ航法が生まれた頃に
宇宙進出や人工知能などの発達に伴い明確な倫理を求めることが不完全になったことから、宇宙法に抵触している可能性のある組織を
つまり
これまで地球内では、ある程度の活動に監視をする仕組みや枠組みが完成していたことから──法律や、宗教、科学技術によって──悪を罰せた。
しかし、宇宙では、組織や企業の監視を行うことは難しい。存在することを歴史や物証によって証明することは出来ても、それらが存在しないことを証明することはよっぽど難しいからだ。ワープ航法が実用化されてから、ますますそれは顕著になった。ワープ航法を承認したのは地球側なのに宇宙企業から反抗されているのは何とも皮肉な話である。
地球側はそんなホモ・サピエンスは証明できない法則を利用した。宇宙で急速に規模を拡大させる組織や企業に対して、「宇宙は広く活動を監視する事が難しい。お前たちは急速に利権を拡大させており、何かしらの法に抵触している疑いがある。」と意見したのだ。もちろん、イチャモンだ。だから、いくつもの組織や企業は、地球側から監視の目が入ることをスパイの可能性があると睨み、断固として地球側の意見を聞かなかった。
ただ、これらの地球側の意見は、意見ではなく警告であった。警告を何年も無視した宇宙企業は、地球の監視外で大きく発展した。
宇宙。地球から遠く離れた発展した銀河系にて。年中暴雨が降る渓谷だらけの惑星は外界から見る色合いのみで言えば地球に似ていた。
全体的に地表が多い。常に雨風が激しい為、低木や茂み、異様に発達した苔類が隆盛を極めていた。轟々と流水のうねりが反響する渓谷の斜面。人工的な建造物は洞穴から結晶が生えたようにそびえ立つ。コンパスのように鋭い頂点には、宇宙から来る船を待つ誘導灯が付いていた。灯台のように鈍い光が点灯しており、グレア現象によって建造物は隠されていた。
珍しく弱い風。いつも通りの雨が降る。急速に成長する苔は大地を覆う。陸の珊瑚とも言える巨大な苔は、ヒダの一つ一つが触手のように空を求めていた。港に1台の船が着くと周囲の苔は大きく揺れる。身震いするかのように水滴が飛び散り、濁った水が拭われた綺麗な緑の円形な絨毯が船の周囲には敷かれた。扉が開き、2人の女性が現れる。
「そこで止まれ。何者だ。」
気付いたら多くの武装兵が銃を構えながら陣形を組んで囲んでいた。場は一瞬にして緊張感が生まれる。
彼女たちは恐れることなく武装兵をゆっくりと見回し立ち止まる。首を傾げた。
「これはサプライズなの? ユニーク・ジーニア局長。」
少しおどけたような口調で。真っ直ぐな声はどこまでも遠く。彼女は洞穴のような建造物の入り口を睨んだ。
コツコツと靴の響く音が聞こえてくる。それは雨粒が金属や苔岩を叩くより鮮明に鼓膜から脳へと伝った。
「警戒を解いてくれ。ファミリーだ。」
そう男は言うと武装兵たちは2歩、3歩と後退る。武装兵の陣形は泡が弾けるように崩れていく。
「よく来た。物騒な歓迎ですまなかった。」
男は両手を広げる。軽く会釈した。太い腕と背広な体躯が場にドッシリとした重圧を感じさせる。どんよりと黒い空から垂直に降る雨は男の直前で歪曲し、珍しい灰色のスーツには1つの水滴すら当たっていなかった。
「いいのよ? セキュリティ・クリアランスが充分に機能している証拠じゃない。マネジメントも。」
「そう言ってくれるとありがたい。最近は宇宙警察も躍起になっている。地球は終わりだよ。」
「その話は後でにしましょう?」
「すまんな。こっちだ。」
その男こそ、ルールズ商事 戦略情報部 戦略情報局長のジーニアである。彼女たちは彼の後に着いていった。
o3所属の狂犬アンシーと黒曜アンジェリークが来たとなれば武装兵が武器を構えるのも致し方ないことだ。2人の雰囲気は女性らしい美しさで魅了もされるが、同時に蛇に睨まれるような本能として恐れる刺激も纏っている。無意識にトリガーを引かないだけ優秀だった。恐れに立ち向かえるという能力は広くて深く冷たい宇宙に置いて重要なものだ。大抵、出来ないものは「
「私たちがわざわざ来た理由は分かる?」
高速歩道で地下へと向かう途中、お喋りなアンシーがコロッとした口調で話しかけた。数秒、ジーニアは額にシワを寄せて思考は纏まり、考えを口にする。
「分からん。君たち2人がこの星にいてくれれば、まだリモートでの意思疎通でも良かったのだが……、常に違う星か宇宙にいる君たちと通信することなど不可能だろう? そうなると何か新しい仕事が舞い込んできたということかな。そういえば先日、私のところに船から配送が来た。これだよ。」
「あら、とぼけるのね。」
放り投げられた物理メモリをアンシーは冗談めかしながら受け取った。それを手首の
「当たってるだろ? 俺は何でも知っているわけではない。全てを知る必要なんかない。こういうのは”筋”が大事なんだ。」
「大正解。これが貴方が次に行う任務よ。
「……ん。」
高身長で無口な為、やや圧のある雰囲気を纏うアンジェリークは静かに宙を指でなぞり始めた。
スラッとした背中で存在を示す刀。なにか彼女の琴線に触れたら2つに分かれると思うとゾッとする。それはジーニア局長でさえ抱く畏怖であった。噂はかねがね聞いている。惑星の1つを壊滅させたとか、宇宙で悪徳を働く組織を解散させたとか──存在すら幻想だと一時期思っていた。
この物理メモリが届くまでは。
「アクセスしたぞ。このファイルだな。」
「さすが戦略情報局長。開いてみて。」
言われた通り、宙をスライドする。
1枚の作戦計画書が添付されていた。ジーニアの眼孔が見開く。そこには惑星メザラと記載されていた。噂は耳にしたことがある。ただ、実在するとは彼でさえ信じていない。
計画書に触れている指が震えた。上層部が作戦計画書として形作られたという事は、おとぎ話や妄想ではなく確かに実在するという事だろう。
「これは……正気か?」
思わず言葉が漏れた。予想する”筋”の範疇を遥かに超えている。アンシーはニコリと笑みを浮かべた。
「えぇ、本当よ。」
ジーニアの顔のシワは更に深くなった。戦略情報局長という身分のジーニアよりも、o3である彼女たちの方が先に情報が知られていたという事実に関しては、この際どうでもよい。それよりも、この情報を知ってしまったが問題である。その目的は何かと考えを巡らす。
もしや、それは。
すると、アンシーが口を開いた。何一つ勿体ぶらずにその目は穏やかだった。
「ジーニア局長。貴方も同行するのよ。私たちと共に。」
「っ……?」
思わずジーニアは目を見開いたままアンシーの方を見る。彼女は無邪気に微笑んだ。
「ふふ、本当よ。この惑星からビーニーニーの方向に向かうと特殊な
「遂に彼らを使うとでも言うのか!??」
「もちろん。今使うのよ。」
ゾワッと冷たく纏わりつくような殺気がジーニアの背中にへばりついた。嫌な汗がじんわりと額にへばりつく。
ジーニアは落ち着いてまぶたを閉じた。まだ殺気は辺りを漂う。生唾を飲み込み、気にせず思慮を深め始めた。彼のDNAは少々特殊だ。脳細胞に過負荷が掛かると分裂していく。1つから2つ、4つと理論上は指数関数的な変化が起こる。
そうして今まで収集してきたあらゆる情報から万回の思考を経て1つ1つの情報の粒が分子レベルで人体内で高速化する。この惑星は雨が多く湿気が多い。処理で熱くなった皮膚に触れた空気中の水分子が蒸発していく程であった。全身から勢いよく蒸気が溢れ出し、瞬く間に室内が沸騰する。
「……もぅ、あつい。」
ボソッとアンジェリークは呟き、無造作に上着を脱いだ。艶やかな白い肌が見える。上半身は
やがて部屋の蒸気は薄まっていった。急速な換気が起動して、ジーニアの身体から漏れが止まる。血管が浮き出た筋肉とあらゆる不純物が削ぎ落とされたような冷酷な表情をする先程とは別人のような顔をしていた。爪、牙、外骨格。限りなく、獰猛な獣。
「同行願う。後で添付してくれ。」
「返答が遅いのよ。
「その名前はよせや。最近、使う必要も無かったんだ。全て作戦は順調だったんだぜ? お前らが来なかったらよ……。」
いくつもの惑星メザラの作戦計画書から、ジーニアは1つだけピックアップする。思い切りズームさせると、この惑星の名前が記されていた。宇宙区域と、自称管理国の地球育ちの警察の名前。この惑星まで警察を引き連れてきた狂犬と黒曜の名前。これからの未来。
「お前ら……連れてきたな?」
「えぇ」
「敵が外に居るんだろ?」
「えぇ」
道理でアンシーの機嫌が良いわけだ。舌打ちの1つでもしたくなった。刹那、敵船の位置情報をキャッチする。
「───ジーニア局長!! 敵襲です!!」
武装兵の通信が入った。ドミノ倒しのように建物内にアラームが響き渡る。直ちに
「お前らも働け」
「えぇ。作戦計画書に記載。その1。貴方は部下に命令するだけ。手出しはしてはいけない、どうしてビースト化したの?」
さきほどピックアップした資料をもう一度スキャンして見た。確かに彼女の言うとおりだ。何も言い返すこともできない。
「はぁ……たく。仕事に着手する。」
「頑張って。多分守るだけで問題ないはずよ」
惑星を包むように網状に配備された宇宙船を確認する。特定を進めているうちに警察の船が次々と勝手に落ちていく姿を捉えた。
「何ごとだ……? いや、あの船は他のマフィアのトレード……マークだと?」
驚くのもつかの間、1人残らず滅ぼす勢いで警察の船は駆逐されていった。
「あら。思ったよりも早かったわね、彼ら。警察はgreat geneのシマを踏んだのよ。」
「……それは何ともまぁ、馬鹿な奴らだ。」
赤い流星が落ちてくるように眩い光が空に映った。それらを眺めながらジーニアはいくつもの疑問が浮かぶ。しかし、口にはしなかった。恐らく遠くない未来に分かることだろうし、作戦に参加することが明確だからだ。
「スクラップは回収しておけ。」
「局長。great gene……ggから連絡が来ております。」
「いつも通り返しておけ。」
「了解。領宙金を多めに支払われました。」
「それでいい。」
ため息を吐いてジーニアに綱渡りをさせてきた2人を見る。彼女たちは施設の機器類を眺めていた。まるでこの惑星の天気のような奴らだ。
隔世原始航行 白湯游 @anello5515
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