第23話 魔力修練 - 触手とボード

 なんとなくのフライト? まぁ、浮いてみただけだけどね。それに成功した昨日に引き続き、今日もパパと修練だ。


「マコト、今日はスケボーを忘れるなよ?」

「了解であります」

「じゃあ行くか」


 そう、今日は待望のスケボーを使った修練。昨夜はなかなか寝付けなかったくらい楽しみにしていたことだ。昨日はただ浮かぶだけなのに思わぬ苦労にへこたれそうになったけど、その先にスケボーを乗りこなす自分の姿を思い浮かべることで頑張れた気がする。乗り越えた今日は新たな気持ち。そのせいか、マコの目には走り出す軽トラもどこか軽やかに映るみたい。


「昨日と同じ場所で良いよな? 今日はウルサくしないから、ハイエナたちがやってくるかもしれないけど、昨日のあれで撃退できそう?」

「あれってつぶてのこと?」


「うん。つぶてでも、爆裂魔法でも、なんなら棒に跨がって蹴散らしてもいいよ。昨日はいい塩梅で暴れる動きができてたから、ヤツらもきっとびっくりして逃げて行くよ」


 皮肉混じりのパパの言葉。よほど昨日の光景は面白かったのか、そこをイジってくるパパ。思い出すと恥ずかしくなって少し火照ってそうだ。


「もぉ、言わないで~。いじわる~」


 そういえば随分楽しそうに笑いながら見られていた気がするよ。それを思い出すだけで、口は軽くつぐむし、マコの右頬は膨らんじゃう。うーん。今日はそうはならないぞぉ! パパめ、絶対見返してやる!


「大体今日はきっと安定するから蹴散らせないと思うよ?」


「アハハハ、そうかそうか、すまんすまん。よーし着いた。今日も頑張るぞー」

「「オー」」


 ちょっとした空き地のような広場に軽トラを停めて、地に足を下ろす。風はあまりなく、程よく乾いた土が主体の地面に大小の小石が疎らに落ちている。わりと広めの平地だけど、この付近には人家はなくて、少し離れたところは岩山や大地の起伏のせいでその向こう側がよく見えない状況だね。でも、それでも半径30mくらいには動物なども見当たらない修練にはベストな状態の広場みたい。周囲を見渡し危険がないことが確認できたら、まずは息を大きく吸い込み気持ちを高めているところにパパからの最初の指示。


「さあ、まずはつぶて用の小石を10個くらい拾おうか? 今日はハイエナたちもやってきそうだから、いつでも撃てるようにポケットに入れて備えておこう」

「了解!」


 そうそう。一応、備えの石ころは必要だよね。ちょうどよい大きさの小石を拾ってポッケに詰め込まなきゃ。マコは手が小さいから小石もちっちゃめだけど、ちっちゃすぎると上手く飛びそうにない気がするから、直径1cmくらいの丸くて固くて重そうな石をチョイスしとくよ。


「続いて、まずはオーラの扱い方をやってみよう。手からオーラを多めに出してみて。テニスボールくらいかな?」

「こんな感じ?」


オーラとは生体エネルギーのことで、無色透明なため普通の人の目に止まることはないけど、それを認識するマコたちには、透明だけどその輪郭部分が薄っすらと知覚できるんだよね。オーラに意識を向けて手のひらから炙り出す感じでジワっと浮き出てきたところで、その形をイメージしながらボールのような球体に整えてみよう。


「オ! いい感じ、そうそう、大体そんな感じ。それを細く長く紐状に伸ばせる? ひとまず5mくらいかな?」


 パパの指示を受けて、テニスボール大のオーラの塊の頂上から直上方向に紐を引っ張り出すように指より細い紐状のオーラを紡ぎ出す。初めてやることだから、太さが均一にならないけど、伸ばしながらちょいちょい太さをなめしていき、結構な長さの紐状オーラが完成だ。パパの身長のだいたい3倍だけど、マコから見たらざっくり10倍の長さになるから、見上げると、ひょえーだよね。


「できた。こんな感じで良い?」


「いいね。そうだ。そんな感じ。それを動かすと、人や物に当たってもすり抜ける? それと、その重なりを感じることはできる?」

「うん。すり抜けるね。あ? 重なり? うーん。ちょっとわかりにくいかも」


「そうか、じゃあ、感じられるように、意識を集中してみて。特に生き物に対して。相手にも何かしらのオーラがあるわけだから、オーラが触れるときに、目で見るときのオーラの色が見えるみたいに、何か判別はできないかな?」


「ちょっと待ってて。そういう視点での判定方法ね? あぁ、なんとなく、まだ少しぼんやりだけど、さっきよりは知覚できてきた気がする」


「試してみようか。目を瞑ってパパの動きを捉えてごらん。はい、瞑って。パパの方向を指差してみて。変化の都度ね。できれば、大体の距離をm単位で、さらにできれば近付いているのか、遠ざかっているのかも、言ってみて!」


「わかった。近付いてる2mくらい? あ、遠ざかった? 4mくらい」

「はい、OK。大体合ってるけど、認識の遅れがあるみたいだね。まぁ、慣れていけば精度は上がっていくのかな? それで、識別はうまくできてるのかな? オレ以外にも虫なんかもいるわけだけど」


「あぁ、えっとね、大きさの違いがわかるから大丈夫っぽい。大きさ以外にも、なんかノイズのような波長のようなものの違いがあるみたいだから、慣れていけば識別できるようになるかも?」


「おっ、そうか、それは心強いな。じゃあ今度は、その紐状の長さを20m位に伸ばせる?」

「うん。できた」

「それで周囲に他の動物はいないかい?」


 伸ばした紐状のオーラをグルッと360度、ゆっくりと回していく。草木や虫以外、特に動物の存在は感じられない。


「うん。いないみたい」

「じゃあ50mに伸ばせる? 伸ばせたら周囲チェックしてみて」


「うん。できた。できたけど、回転する外側部分の速さが速くなると、チェックが雑になるから回転も遅くならざるをえないかな?」


 そう言いながら、さっきよりもゆっくりと紐状オーラを回転させていく。ん? 何か反応があるみたい。その前方向を少しだけ念入りにスキャンだ。


「あぁ、仕方ないね。でどう? 何かいた?」

「野良猫かな? それが数匹いると思う。マコの1時の方向45mくらいにかたまってる」


 たぶん四つ足の動物かな? うろうろとうごく様子は、こちらを警戒しているのかな?


「大きさは小さいの?」

「あぁ、でも遠いから小さく思うけど、もしかしたらハイエナたちかもしれない?」


「よし、じゃあ、どうしたい? このまま近付くのを待って迎撃の訓練をするか、今、このまま浮上して、威嚇弾で近付いてこないように蹴散らすか?」

「うーん。迎撃も楽しそうだけど、まだうまく使いこなせていないから、一旦威嚇して蹴散らすでいい?」


「んじゃ、そうしよう。つぶては準備できてる? 一発目は準備する余裕があるから、例の爆裂魔法? やってみるか?」

「あ、それいいね。でもうまくできるかな?」


「ん。だから、今練習するんだろ? はい、棒に跨がって、空気玉を準備して!」

「うん、そうだね。練習練習。こんな感じ?」


「おぉ、いい感じだ。そのままギュゥーッと圧縮して!」

「そう、撃つ直前に豆粒大まで一気に圧縮して撃つのがポイントね。準備できたら、反対の手で棒を持ってゆっくり浮上しようか? 10mくらいまで」


「わかった。リフトオフ。このくらいの高さかな?」

「OK。あぁ、やっぱりハイエナたちだね。威嚇が目的だから、少し手前を狙うよ?」


「わかった。じゃあ撃つよ」

「ファイヤー!」


 ボッ、ゴォーーッ、ドォーン。ボワッ。

 チリチリチリ。

 ハイエナの手前で派手に炎が弾け、ハラハラと散り消える。

 ハイエナたちは慌てて離散するのが見えた。


「うまくいったな、マコト」

「うん。ナイスでしょ?」


「あぁ、正直凄いなお前。普通は目線と実際に打ち出す手の位置の違いからくる照準のズレがあるから、そのイメージ補正が難しいし、そのイメージ通りになるような撃つ挙動も難しいんだ。だから、最初はうまくいかず、その摺り合わせの練習が必要なはずなんだが、一発目で何でそんなにうまくいくんだ? マコト」


「エヘヘ、すごいでしょ。まぁ、特別なことはしてないよ。風がないから、その補正がいらない分、楽だよ。目と目標を結ぶライン通りにそれに平行な射線で撃つだけだし、目と手の位置の幅分だけズラした位置を狙うから、平行線が目標に一致するだけだよ」


「なるほど。というか、それができないから、みんな難しいんだよ」

「テヘッ、マコ天才?」

「ああ、末恐ろしいほどにな」


「え? マコが怖いの?」

「いや、そうじゃない。マコトは相変わらず愛狂おしくて可愛いよ。そんな娘の才能に興奮して震えがくるだけだよ。嬉しいんだ」


「そっか、喜んでくれたのならいいや」

「さっきの爆裂魔法? 放つスピードが増せれば、もっと威力も増すし、放つ時にねじ込むイメージで回転を入れられれば、それこそマコトの言う爆裂魔法らしくなるんじゃないか?」


「え? 本当に? 元をちっちゃめでやってみる。こんな感じで、っと、ファイヤー!」


 ギュルギュル、ドーン!


「わ? 凄い。これならちっちゃくて済むし、すこしなら連射できそう」

「何でもすぐできちゃうんだな、マコトは」

「エヘヘ」


「よし、下に降りよう」

「うん」


 ゆっくりと地表に降り立つ。


「さっき、紐状のオーラを回したけど、これっていわゆる二次元レーダーなんだな」

「あー、よく映画なんかで丸い画面を時計の針みたいにゆっくりと回る光の線のやつね。なるほど」


「もしも紐状のオーラを四方、八方、16方って増やせるなら遠くでも細かく走査できるし、方向が定まってるなら、その方向だけに増やすのもいい」


 例の救出のために忍び込んで探すときのスキルかな? 


「なるほど。知らないところへ潜入する時なんかに使えそうだね」

「お? 勘がいいね。もしもマコトの応用力が高いのなら、この紐状のものを目的の方向に螺旋を描くように放って絞り込むと、逆円錐状の探知もできるかもな?」


 あ! なんか新体操のリボンくるくるってやつじゃない? 


「なるほど、お? こんな感じ?」

「なっ? な、なんですぐにできちゃうんだよ」

「エヘヘ、器用でしょ?」


 イメージ湧くなら、何でもできそうだな? 


「まったく。紐使いがうまいんだな? じゃあさ、今度はその紐状の先っぽだけ、すり抜けないで何かに触ることはできる?」

「う、うーん? むーん。ムズい。むむぅ……」


 すかっ、すかっ、すかっ、すかっ。あれっ? なんかどうしたら良いかのイメージがまったく湧かないや。


「触るってことは、実体化するってこと? すり抜けちゃうね。むむぅ……。オーラを通じて、対象のものを浮かす、みたいなことはできそうだけど。ほらこんな感じで」


 ズゴッ、ドカッ。石が一瞬浮かび、そして落ちる。


「珍しく苦戦中だな? じゃあ、パパがやってみるよ」

「パパはできるの?」


 マコトがこんなにもできないのだから、パパだって苦戦するに決まってるよ。そもそも、そんなことができるの? 


「うーん? どうかな? 初めてやるからやってみないとわからないけど、なんとなくなイメージはある」

「じゃあ、うん。がんばれ、パパ」


 もう、できるはずないけど、諦めるなパパ。


「よっと」


 急にイスに腰掛けるパパ。早くも疲れたのかな? って、どこから持ってきたの、そのイス。っと、あれっ? 軽トラの荷台のパパのバッグが勝手に開いて、ペンとノートが飛び出してきた、と思ったら、勝手にペンが何か書いて、あ、ノートだけマコに向かって飛んできた。


「パパぁ、もしかしてできたの? え? ノート? え? 何か書いてあるの?」「こんなかんじ?」


「ぎゃあ、なんでできるの? というかスゴい。字まで書けるんだ。まぁ、汚い字だけど、でも。パパだけズルいよぉ」


「アハハハ、だからイメージはあるって言ったろ?」

「いや、そうだけど。マコ、あんなに頑張ったのに、何も掴めなかったんだよ? やっぱりパパのほうが本質的にはスゴいんだね。一体どうやったの?」


「うーん。まず触手のようなイメージ? オーラからたくさんの手が伸びて、そう、さきっちょは手のイメージ? それと、そのままではすり抜けちゃうから、今度は触る対象をよーくイメージする。たぶんそれだけでもダメで、触る瞬間の触る対象の最初に触れる一点を強く、本当に強くイメージするんだ。そうするとオーラと対象のチャネルがリンクしたみたいに触れられるようになったよ。ヒントは少し前に見た映画で、殺された男が成仏できずに幽霊になるのだけど、危険が迫る恋人を助けるために、触れない現世の物に触れるために特訓するシーン。まさか今、その記憶が役に立つとは思わなかったけどね」


「えーっ、そんなことをする必要があるんだ。めんどくさいね。でも、確かに触れたい物を意識するのは、大事っちゃあ大事だね」


 ひゅん、ペチッ。


「あーっ、当たったよ、当たった。わーい。パパありがとー」

「よかったな、マコト。じゃあ、パパと同じようにあのペンでそのノートに書いてみなよ」


「パパは平然とやってのけたけど、なかなか難しげな課題だね。よっと。まず握って。あれっ? 難しい。あっ落っこちた。拾ってと、握り直す。むぅ、意外に難しいね」


「あぁ、オーラで描く手が見えるわけじゃないから、よくイメージして、対象と手の立体イメージがうまくマッチしてないと失敗するよ?」


「あぁ、なるほど触れる感覚? 肌を押し返すレスポンスがないのが厄介だね」

「まぁ、慣れるしかないな」

「でけた」


 書いたノートをパパに見せるべく、パパの顔の前に開いた状態で移動させる。


「わっ! 近い近い、びっくりするだろ!」

「あっ、ごめんなさい」

「お、おう。顔への接近は誰でも危険を感じるから、いったん遠目の位置に持っていってから、ゆっくり近付けるといいよ」

「はーい」


「よーし。ここまでできたら、ようやく待望のエアボードにかかれるよ」

「え? 今までのは、エアボードへの布石だったの?」


「あぁ、そうだよ。やっぱり気付いてないよね。昨日だって同じで、まぁ、つぶては別途身に付けておきたかったスキルではあるけど、棒に跨がって浮く、という目的のために進めていたんだよ?」


「あー、そういえば、段階は踏むけど、徐々にできるようになっていったのは、パパの教育シナリオのおかげだったわけだ。じゃあ、今日のは、どんな風にエアボードに繋がっていくの?」


「マコトは弥次郎兵衛って知ってる?」

「あっ、なんか聞いたことがある。えーと、確か、日本の古い玩具で、一点しか接していないのにバランスを保って倒れないやつでしょ?」

「おっ、正解。よく知ってるね。そう。こんなやつ」


 おもむろにバッグから取り出し、自分の指の上に乗せた。


「え? 何? 持ってたの? パパ」

「あ、いや、マコトに教えるために作ったんだよ」


「へーっ、器用だね? パパ」

「ま、まぁな。で、マコト。例えばペンは直ぐに倒れるのに、なんで弥次郎兵衛は倒れないんだろ? こんな風に倒れるように仕向けても、勝手に戻るよね?」


「バランスを保とうとするから。片方が上がると、位置エネルギーが増えて、バランスを保つために下がろうとするから」


「はーい。半分正解。間違いじゃないけど、説明足りてない。もしかしたら理解不足かもしれない? 前から見るだけならその説明が近いけど、横から見たら? それに上下反転した弥次郎兵衛でも同じことが言える?」


「あっ、重心だ。重心が支点より下にあるからだ」

「正解。じゃあ重心はどこにあるの?」


「重しとなってる二つのボール?」

「うーん。残念。重心は一点です」


「あ、じゃあ、ボールとボール、その中心を結んだ線の中間点。何もない空間上の点」


「正解。大正解。解答の仕方が抜群だね」

「やった、誉められた」

「本当はもう何ステップか、段階を経て学んでいくべきだと思うけど、マコトの場合、モノの考え方の基礎がキチンとしているようだから、少し飛ばすよ?」


「大丈夫。もしも、躓いたときには教えて欲しいけど、基本的にパパの教え方は分かり易すぎるから、そのくらいがマコにはちょうど良いかも」


「わかった。今日は時間が掛かりそうだったから、助かるよ。まず、覚えておいて欲しいこと。それは、すべてのものは中立を求めようとする、ということ」


「はい、先生、質問です。中立なのですか? 安定ではないのですか!」


「うん、いい質問だね。この場合は状態を表す言葉として、どちらも同じ意味でいいと思うよ。安定=釣り合い=中立。ただ、パパ視点で厳密にいうと、安定はサ変動詞になって、安定する=安定した状態に向かう、というニュアンスが含まれると思っている。これに対して、中立という言葉には、安定しているかどうかなんて関係ないから、例えば、昨日みたいな当て舵が大きすぎる場合、更にその当て舵も大きくなるわけだけど、それを繰り返して、結果的に位置を保持できていたとしたら、それも中立の位置にあると言える。全く安定はしてないけどね。少し激しいけど、これも中立を求めようとする状態だよね。こっちは動的で、安定は静的なね。それに、中立を求めようとする、ということは、ある状態に向かって落ち着こうとする向きの挙動になるから、広義での安定とも言えるけどね」


「なるほど、完全理解には概念が難しい気がするけど、ニュアンス的にはなんとなくわかった気がする」


「あ、ごめんごめん。ちょっと難しかったよね。うん。それくらいの理解で充分。話を続けるね。水平面にペンを立てるときの支点に対して、重心は常に支点よりも上にあるから、不安定ですぐ倒れようとする。これに対して弥次郎兵衛は、支点よりも下側に重心があるから、安定してその状態を保持しようとする。じゃあ、質問。ほうきに跨がるとき、ほうきに接するところが支点だとすると、重心はどの辺になるかな?」


「えーと、人の体型にもよるけど、大体お尻の位置くらいかな?」

「うん、まぁ、そうだな。そうなんだけど、あることをすると重心位置が変わるんだけど、わかる?」


「立つとか、ぶら下がるとか?」

「あぁ、それもあるけど、跨がったままで」

「足を広げるとか、閉じるとか?」

「あぁ、惜しい。けど、たぶん違う」


「あっ! わかった。足を曲げて縮める」

「うん、縮めるとどうなる?」

「あー、えーっと、縮める、ということは重心位置が上がる?」


「うん、そうだね。足を縮める以外で重心位置を変化させるには?」

「えーと、上半身を丸めるとか? 手をバンザイするとか?」


「あぁ、まぁ、それも効果はあるね。でも、バンザイは危ないね。ふーむ。ちなみにマコトは、てこの原理って知ってる?」


「知識的には知ってるよ。でも、実践が伴わないから、理解がなんとなくで自信を持って知ってるとは言いにくいけどね。ただ、パパが言いたいのは、回転の、力のモーメント? の話ではないの? これは、滑車を使った例で理解したつもりだけど、応用できるほどの理解ではないの。その延長線上にあるものをパパは求めてる気がするんだ。違うかな?」


「うん。いや、その通り。合ってるよ、マコト。そういえば、まだ未就学児なんだよな。なのに何を話しても受け答えできるもんだから、うっかり中学生くらいのつもりで話してしまってた。申し訳ない」


「あ、ううん。謝らないで、パパ。そのつもりで接してくれて大丈夫だよ。マコはまだまだたくさん知りたいの。ただ、そうすると、知識だけ溜まっていって、経験が追い付かないんだ。経験するには、それに合った状況下であることが必要だから、例えば今が貴重な経験が得られる「その時」なの。だから、遠慮なくしごいてくれると嬉しい。あっ、でも優しくおしえてくれると、もっと嬉しいよ。誉めてくれると、すんごく嬉しい。よろしくね、パパ」


「お、おぅ、わかったけど、やっぱり恐るべきキャパなんだな。ママの驚異的な高校・大学の飛び級の話。疑ってはいないけど、おっちょこちょいなママを見てると、国によって基準が違うからとか、いくらか差し引いて考えてたけど、マコトを見てると思い知らされるよ。これが漆黒の魔女の本領的スペックなのかもしれないな」


「パパぁ、脱線してるよ?」

「あぁ、すまんすまん。マコトも滑車がわかるのなら、あとはわかったも同然だよ。てこも弥次郎兵衛も滑車も、直線的な力と、回転軸を支点とする回転力との力交換に過ぎないんだ。支点、力点、作用点でいうところの支点からの距離による影響の違いだな。重心に話を戻すと、支点の近くに重心を持っていくと、回転への影響力がその分減少するから、足を縮める場合は不安定さが増す。これは回転軸との距離が問題なのだから、上半身の場合、お辞儀するように、軸に沿わせるくらいに近付けるだけで、軸との距離は縮まるから、グッと重心を下げることができるワケなんだ」


「なるほど、重心の位置はそういう観点で変えられるんだね。それと、力のモーメントは、うん。確かに。直線と、回転との、力交換の仕組み、って聞けば、うん。たったのそれだけなんだね。そう考えると、スッと頭に入ってくるよ。そういえば、変速機付き自転車がそうだよね? ペダルを踏む、直線的な力を回転に変えて、チェーンで繋がる別の歯車? ギア? の大きさを変えることで、踏む重さや回転する速さを変えてるんだもんね。チェーン自体も前後のギアの回転と、直線的な力の交換だもんね」


「おぉ? そうだな。そういう例のほうがわかりやすかったか? そうなんだよな。理解するためにこういう系の解説書を見ると、やたらと小難しい数式が並んでて、見るだけでも気が滅入るからなぁ。こういう方程式なんかは、受験のための勉強や、完全理解・研究をする人たちにはとても重要な内容だけど、本質的概要を知りたいだけの人には、かなりハードル高いからね。でもね、この重心とモーメントにの概念については、呼吸するくらい、自然な理解をしてほしいんだ。数式なんかじゃない、目に見える世界で、ここを踏むとヤバいとか、壊れて崩れたバランスを直すにはこうしたほうがいいとか、をイメージできる概念的理解かな? それができないなら、特にエアボードは諦めたほうがいいくらいだよ」


「わ、わかった。エアボード、乗りたいもん。マコ頑張るよ」

「あ、そうそう、重心っていうと、引力に引っ張られる、物体の重さの総合的な中心、って理解していると思うけど、これから言うことが同じなのか違うものなのか、オレもよくわかってないけど、例えば浮力に対するときも同じような考え方になるんだ」


「浮力?」

「そう、海やプールにサーフボードを浮かべて、それに乗りたいとき、何も知らない子どもじゃなければ、端っこに乗る人はたぶんいないよね。これは本能に近い感覚で、端に乗るとボード面が傾いて転覆して落ちてしまうことを認識してるんだと思う。そうならないためにはどうすればいいと思う?」


「あぁ、こういう面でも重心っていったほうがいい気がするね? 同じなのかな? で、面の重心位置を見つけてそこに乗れば転覆しないってことだよね?」


「うん。そういうことだね。で、その面が丸や四角だったら、その中心点はわかりやすいけど、歪な形だったり、例えば2人以上で同時に乗る場合とか、その適正位置は、重心とモーメントの考え方が適用できるんだ。まぁ、実際には浮力以外の様々な影響も受けるから、それだけではだめなのだけど、一番考えなければならないところはそこだな」


「あ? もしかして、エアボードを選んだから、パパはしきりに重心とモーメントを強調して教えようとしてくれてるんだね」

「あぁ、まぁな」

「あぁ、この小うるさい感じは、優しさと思い遣りの裏返しだったんだね。ニヘッ」

「こ、小うるさい?」

「あ、失言。パパ、愛してる」


 パパに抱きつくと、パパは顔をそむける。……けど、耳が赤い。たぶん顔は真っ赤かな?


「お、おぉ。整理するよ。エアボードに乗る、ということは、ただ乗るだけでも、重心位置が高くなる=かなり不安定なうえ、乗る場所を間違えると簡単に転覆してしまう特性がある。さらにそれを高速飛行させるのだから、重心の変化もかなり注意する必要がある。危険度もかなり高いぞ?」


「それ、あまりにも難易度が高いから、やめたほうがいい、という勧告なのかな?」

「ん? あぁ、もしも軽い気持ちで言ってるのならやめたほうが無難だな」

「やっぱり?」


「いや? それを踏まえてなお、エアボードでいきたいなら、その意志は尊重したいし、不安定は必ずしもデメリットではないからね」

「どういうこと?」


「うん。飛行機を例にいうと、高翼機のセスナ機なんかはすごく安定していて、操作を多少間違えても、最悪手放しでも、勝手に水平飛行してくれるくらい安定してるんだけど、安定性が高い=機動性が低い、という関係性があるんだ。無茶な機動をしようとすると安定性がそれを妨げる方向に働くんだ。だから、戦闘機なんかは機動性を上げるために敢えて不安定な設計をしてるぐらいだよ」


「そ、そうなの? 知らなかったよ」

「だから、エアボードで高機動を求めるなら、不安定なままのほうがいいんだ。もし潜入救出することを想定するなら、のほほんと飛んでいられるはずもなく、むしろ見つからないための、ムチャクチャな機動が求められる場面もあるから、この不安定さを乗りこなす必要があるのかもしれない。覚悟を決めて、暴れ馬を制する覚悟があるなら頑張れ。まぁ、乗りこなせたら、ムチャクチャカッコいいけどな?」


「だよね? ヴーッ、やるぞぉ、マコは頑張るぞぉ!」

「うむ。その意気やよし。じゃあ、スケボー持ってきて! あ、ちょっと待った。自分は動かないで、その位置から一本釣りで」

「うん。やってみる」


 ひゅーん。ちゃっ。

 軽トラの荷台から、スケボーが飛び出して、マコの手に収まる。


「うん。申し分ないね。お見事!」

「エヘヘ」


「これからやりたいことは、スケボーにいつでも乗ったり降りたりできるけど、乗ってるときは足にくっついたまま簡単には離れない、ある一定以上の衝撃が加わるか、外したいときに即外れるが、どこかに飛んでいかない、そんな仕組みを作りたい」

「なんか難しそう?」


「イメージはスノボーで、ブーツをボードに装着して滑るけど、転倒したり無理な力が加わるときに外れる仕組み。これがないと大ケガする可能性があるから重要なんだ。空を飛ぶ以上、落とすのは絶対にダメだから、これも重要ね」


「あぁ、そういうことね」

「で、実際にどうするかだけど、最初に練習した、紐状のものを出してボードに巻き付けるか、ボードに纏わせるオーラから紐状で脚に巻き付かせるか、または紐に拘らず足を拘束する仕組みをオーラから創り出すかのいずれかと、落とさないための長さに余裕のある紐状のもので括り付けておく、ということを考えているのだけど、できそう?」


「うーん、ちょっとやってみる」


 まず、スケボーをオーラで纏い、その上に乗ってみる。位置はこれでいい感じかな? スケボー側から無数の紐状のオーラでくるぶしくらいまで包んで固定。うん、できた。抜けないし、ガタガタもしないね。続けて、ボードの末尾から一本、ペットのリードのようなものを余裕を少し持たせて左手首に繋ぐ。


「よしっと、できたよ、パパ」

「じゃあ、ちょっと試してみようか?」

「うん」

「今、ボードに乗って、安定して立っている状態だな?」


「そのまま、その場ジャンプしてみて? できるだけ膝を高く、着地のタイミングでは元の姿勢くらいまで戻して接地する感じで。2、3回跳んで、接地は少し強めに打ちつける感じがいいな。さぁ、やってみて!」


「はい、ジャンプ。接地」ガン。

「接地」ガン。

「接……あっ」ガシッ。


 タイミングを誤ってボードが少し斜めの状態で接地してしまい、足を固定していた紐状のオーラが解け、転びそうになるが、パパが素早く近付き抱きかかえてくれた。ボードは離れる方向に跳ねていくところが、リードに阻まれ足下からそう離れないで停止する。


「マコト、大丈夫か? ケガは? 痛いところはない? 捻ってないか?」

「だ、大丈夫。パパが抱えてくれたがら、なんともないよ」


「ホッ、良かった。今のはどうして解けたの? 自分で意図して解いた? それとも衝撃が強かったから解けたの?」

「あ、うん。パパが言ってた、強い衝撃の場合に解けるイメージで固定してみた。どのくらいの強さかはわからなかったから、なんとなくのイメージでね。こんな感じで合ってる?」


「パパはバッチリだと思うよ。やっぱりマコトはなかなか良いセンスを持っているな?」

「ホントに? パパの言葉に嘘・偽りはないから、いつも信用してるけど、さっき、マコは「誉めてくれると嬉しい」って言った気がするから、それで少しオーバーに誉めてくれてるのかな?」


「いやいや、そんなことはないよ。お世辞でもなんでもなくて、マコトのやることなすこと、全部すごいんだよ。だから、もっと誉めるべきところなのに、あんまり誉めないから、パパは冷たい、とか思われてるんじゃないか、って心配してるぐらいだよ」


「あははは、そうなの? じゃあ、さっきのは喜んでいいんだね。失敗しちゃったかと思ってたから、嬉しいな」


「あぁ、転びそうになったことを気にしてたのか? あははは、それ、パパの想定通りなんだよ? 大体ジャンプするのに、ムチャクチャ空気抵抗がある方向に大きくジャンプするなんて、ふつうはうまくできるはずがないんだよ。ところが、いつもマコトは上手くやってのけるんだ。しかも初めてやるのにだよ。だから、数回跳ぶように言ったんだよ。そうすると若干の疲れから、空気抵抗を大きく受けるボードの傾きにも変化が生まれるから、さっきみたいに、ようやくパパの意図する衝撃脱着の検証ができたわけさ」


「なぁんだ、またパパの手のひらのうえだったわけか。ちぇーっだよ」

「そういうな、マコト。そうでもしないと本当の検証にならないだろ?」


「うそだよーっと。パパがそうやって真剣に検証してくれた分、マコたちが守られているのはわかってるよーだ」

「どこまでも可愛いな、マコト」

「エヘヘ」


 チリンチリン♪


「おっと、電話だ。ちょっと休んでて!」


 パパは車に駆け寄り、車横で携帯で話し始めた。


 でも、結果的にずぅっとパパの手のひらの上だったなんて、なんかマコは孫悟空みたいだね? マコは、孫悟空を思い出すのと、リードで繋がれたスケボーを見て、なぜか筋斗雲を連想してしまった。「きんとうーん!」って呼んだら来るかな?

 マコのスケボーは、オーラのリードで繋がれている。それを細く長く伸ばしながら遠ざかる方向へ離陸させて、遠ざけて、グルッと回って遠くからやってきたかのテイでマコに向けて進入させる。


「あっ、来たぁ。ヨシヨシ筋斗雲」


 ぷよよよよーって、減速しながら、目の前で停止させて、ふよふよと浮かせてみる。なんか生きてるみたいで可愛く思えてきた。


「あっ、そうだ」


 スケボーの底面から、無数の細い糸状のオーラを伸ばし、スケボーの縁の外側から上、内側へと、巻き込むように包み込む。そして、その糸の透過率を少しだけ下げてやる。すると、どうだ? まるで雲。


「パパぁ、でけた。雲デコ、筋斗雲。どう? かわいいでしょ?」


 パパが電話を終えてやってくるのに合わせて、マコの筋斗雲をコッソリ飛ばしておいて、さっきみたいに、ぷよよよよーって、減速しながら、目の前で停止させて、ふよふよと浮かせてみる。


「ぷははーっ、なにコレーッ、くくくくっ。あははは、それ、き、筋斗雲なの? あははは、お腹が痛い、あははは」


 ついでに、あのわっかみたいなのも、オーラで自作して、少し光らせて頭にはめている。


「あははは、そんで、それは孫悟空のわっか? お腹が、お腹が、痛い痛い、あははは、はぁはぁはぁ。はぁーっ。はぁはぁ。これ何の罰? 一気に疲れてしまった。でも、なんか生きてるみたいで可愛いね、筋斗雲。元はスケボーなんでしょ?」


「カモフラ&デコで、そうは見えないでしょう?」

「うん。すごい上手、くふふふ。でも、この生きてるかのような微妙な動きはどうやってるの? 可愛さ倍増だね? くくくくっ」


「あぁ、それはマコが操縦してるからだよ。①当てる、②戻す、③待つ、のうちの①と②を適当に混ぜながらね。大雑把にだいたいの舵取りがいい塩梅な動きに見えるみたい」


「じゃあ、今日の残りの修練のテーマは「筋斗雲に乗るぞぉ」だな?」

「あ、ソレがいいね。賛成!」


「あぁ、元々スケボーでやるつもりのものだから、そう変わらないけど、ちょっとだけ趣向を凝らそう」

「う、うん? なにやら楽しげな感じ?」


「あぁ、あとで説明するよ。じゃあ、再開するよ。まずは基本的なところの確認ね。操縦の方式は、飛行機と同じ姿勢制御でいいかな?」

「うん、それでいい」


「飛ぶための媒体というか、スケボーを主体でいいんだよね。まぁ、スケボーが操れるなら、他はだいたいできそうだけどね」

「うん、スケボーがいい」


「わかった。じゃあ、スケボーに特化したお話をするよ。スケボーは、散々話したように、立つこともあって、重心位置が高く不安定。前回練習した棒に跨がるときの姿勢制御では、身体全体で舵取るための傾きに神経を集中していたと思う。しかしスケボーの場合は、それが足元になるから、究極的には足元だけをちょいちょい操作するだけで制御できてしまうかもしれない。いろんな場面ではそういった小手先操縦も在ってもいいと思うけど、基本的には自分の重心をスケボーの面にキチンと預けられるような操縦を心掛けて欲しい」


 まずは心構えみたいな話だね。


「どういうことかというと、安定静止状態なら動かしたい方向に身体の重心を移動させると身体がその方向に傾く、その傾きが、スケボー操縦の姿勢制御になるわけだ。一段階挟んだ、やや鈍重な感じがするかもしれないが、これを蔑ろにすれば、重心の関係があやふやになるから、気を付けること。ただし、位置の微調整なら、その結果、重心の関係が保たれる前提で足元でちょいちょい修正はありだよ。次に動的な移動や姿勢変化の場合は、せっかく、不安定=機動性が高い、という特製があるのだから、その特性をフル活用したいから、スケボーの裏に高出力の噴射器があるつもりで、身体全体、特に腰から下を充分にしならせて、噴出器を操る感じかな? もちろん噴射器としての高出力、かつ柔軟な出力調整が必要になるわけだ」


 噴射器かぁ、やっぱり飛行機とは少しかけ離れる感じだね。


「例えばどんな動きかというと、急激な横移動したいときに、直立の安定静止状態から、噴射器ハイパワーで上向きの力をいなすように膝を曲げてボードを引き寄せる感じ。引き寄せながら、身体をしならせながら移動したい反対側に向けて、移動方向への行き足がつくタイミングでフルパワー、上半身はしなりの戻りに合わせて移動方向へと向ける。移動が始まったら噴射器の出力調整と、ボードの前方向への力に切り替えつつ、進行方向への飛行スタイルに移行する感じかな?」


 なるほど。しなる感じがなんかカッコよさげ?


「反対に急停止するときは、進行方向への力をストップして、重心移動と身体のしなりを効かせてボードを前方に向け、進行方向に対するハイパワーの逆噴射をかける。減速度合いに合わせて徐々に重心移動と身体のしなりをうまく使って通常の静止状態に移行する感じかな?」


 おぉぉ、うまく止まれたなら決まるなぁ。


「うん、だいたいニュアンスはわかった。跨がる飛行スタイルからすると、ちょっと乱暴な感じがするけど、このダイナミックさがエアボードの醍醐味かもね?」


「大事なことは、不安定だから、重心の制御をロストすると危険であることを忘れないこと。ただ、センスがあれば強引に整えることもできると思うけど、そこは臨機応変にな。あと強引な制御は自分のためにもならないから、多用は禁物だよ」


「わかった。まぁ、たぶんセンスはあるから大丈夫」

「そうか。なら、次は今日のこれからの修練内容な?」

「おぉぉ。待ってました」


「うん。じゃあ、今日の修練の特別テーマ「筋斗雲に乗るぞぉ」の説明をするよ」

「はーい。お願いしまーす」


「あぁ、特に筋斗雲とか関係なくて、航空機の離発着訓練、いわゆるタッチアンドゴーをやってみたいと思ったんだ。これは滑走路の延長線にある離着陸経路と左右どちらかの方向に直角に旋回する第一旋回、ファーストターンで第一レグへ。一定高度に達したらレベルオフ、水平飛行。そして一定間隔開いた滑走路の反方位となる第二レグ、ダウンウインドに旋回し、滑走路を横目に一定距離過ぎてから第三ベースレグへ旋回するベースターン。と同時に降下開始。滑走路の延長線上の最終進入経路ファイナルアプローチへと旋回するファイナルターン。そして接地ポイントまで徐々に進入する、といった矩形レクタンギュラー場周経路トラフィックパターンの訓練で、タッチアンドゴーだから、着陸しては離陸する、をひたすら繰り返す訓練なんだ。飛行機の場合、高さやパターンの幅は、数百から数千メートルだけど、この訓練の場合は、高さが5~10メートル、矩形の幅と、最終進入経路ファイナルアプローチの長さを大体30メートルくらいに設定しようか?」


 たくさんのニューワードだ。頭が付いていけるかな?


「グッと小さいサイズだけど、それでも結構広いね?」

「うん、まぁ、様子を見て、もう少し小さくしてもいいかもな? この訓練は繰り返し行うことにより、地表への接近と離脱の対地感覚を掴むこと、特に進入では進入角、パスの保持、減速などが難しいから慣れて感覚を掴むこと、上空からの地表物の見え方を掴むこと、など、けっこう修得するものは多いよ」


「うぅ、覚えること盛り沢山だね。頑張る」

「それで、離着陸なんだけど、ここからが筋斗雲バージョン。何をするかというと、乗り降りをする。まず、誰も乗っていない筋斗雲を離陸させ、場周経路トラフィックパターンを回って、進入し、ここで停止する、または徐行。そこに乗り込み一周して進入し、ここで停止する、または徐行。そこで降りて、無人の筋斗雲が一周する、この繰り返し。とっさの乗り降りと、無人の筋斗雲の操作にも慣れておくのが、追加の観点だね」


「頭の中の整理が追い付かないよ。ちょっと休憩していい?」

「あっ! そうだな。疲れるよな。それに、いくらマコトが優秀だからって、初めてのことがポンポン頭に入るはずがないよな」

「そ、そーだよ。経験のない名前はイメージが湧かないから、どっかに飛んでいっちゃうよ」


「悪かった。それに飛ぶこと事態が危険な行為なのだから、一度は手本を見せたほうがわかりやすいもんな? じゃあ、今から縦並びタンデムで遊覧飛行と洒落込むか? 実際にその目で見てから休憩すると吸収も早いと思うからな」


「えっ? ホント? やったぁ。パパとデートフライトだね?」

「あははは、そだな。可愛いマコトと一緒に飛べるなんて、パパも嬉しいよ」

「マコも!」

「じゃあ、スケボーじゃなかった、筋斗雲、借りるよ?」

「OK、いいよー」


「あ、そっかぁ、マコトのオーラでデコっているから、うまくできないかもだけど、あ? 大丈夫かも。オーラの相性がいいみたいで、パパのオーラで丸ごと包み込めるみたいだ。ボードにホールド完了。マコトはパパの太ももに座って、よし、ホールド完了。ゆっくりホバリング。筋斗雲では必要ないけど、せっかくだから、ここが飛行場だった場合の管制塔との模擬交信も交えてみようか?」


「えっ? パパはそんなことできるの? やったぁ、やってみて、パパぁ」

「じゃあ、滑走路に入る前から。

 『管制塔Tower 筋斗雲きんとうん №1』

すると管制塔から、

 『筋斗雲きんとうん 管制塔tower 風向wind210degrees5ノット 離陸許可cleared for takeoff

 『了解roger 筋斗雲きんとうん 離陸許可cleared for takeoff

じゃあ離陸するよ?」


 ゆっくりと滑り出すように発進だ。


「エアボードのスタイルだと、抵抗が凄くて、あまり速度は出せないし、練習でもあるからゆっくりめでいくよ?」

「はーい」


「はい、右回りでいくね。右側ライトサイドクリア、右旋回ライトターン。大体これくらいの高さがいいかな? 水平移行レベルオフ。高さ8メートルくらいかな? 右側ライトサイドクリア、右旋回ライトターン。今この区間レグ風下向きダウンウインド区間レグ


「空にあがるとね、方向すらもわからなくなるから、前後左右に遠目の目標を見つけておくといいよ。今だいたい仮想滑走路の真横くらいかな? 飛行機で本物の飛行場なら、ベースターンで管制塔と交信するんだよ。こんな風にな。

 『管制塔Tower 筋斗雲きんとうん ベースへ旋回中turning to base 連続離着陸訓練touch and go

すると管制塔から

 『筋斗雲きんとうん 管制塔tower 風向wind240degrees7ノット 連続離着陸訓練 許可cleared for touch and go

と承認されたら、

 『了解roger 筋斗雲きんとうん 連続離着陸訓練 許可cleared for touch and go

と復唱するんだ。あとはファイナルターンでしっかり滑走路にアラインして、コースとパスの高さ、スピードに注意しながらアプローチしていく。タッチアンドゴーだから、接地したら直ぐに離陸に移行するよ。これは筋斗雲だから接地はしないけどね。はい、接地ポイント。引き続きテイクオフ」


 発進アンド上昇だ。前回と同じ要領でダウンウインドまで進める。


「今度は着陸ね。

 『管制塔Tower 筋斗雲きんとうん ベースへ旋回中turning to base 着陸停止full stop

 『筋斗雲きんとうん 管制塔tower 風向wind190degrees10ノット 着陸許可cleared to land

 『了解roger 筋斗雲きんとうん  着陸許可cleared to land

このまま着陸するね?」

「うん」


 接地ポイントに向けてゆっくりと沈んでいく。接地ポイント直上でホバリングとなるような流れるような減速動作で停止し、ゆっくりと高度を下げ接地する。


「ほい、着陸っと。お疲れさま。あぁ、飛行機、飛行機って言ってたから、つい滑走路をイメージした説明だったけど、むしろヘリコプターで、滑走路じゃなくヘリスポットのほうがイメージは近かったね。じゃあ、休憩しよう」


 マコは興奮気味で、目からたくさんの星が零れ落ちそうな、瞳キラキラな表情だ。


「パパ、パパ、パパ、パパ。パ、パイロットだったの? すごすごすごーい。マコ、パイロットが憧れなんだよ? なんで教えてくれなかったの?」


 マコは感激してるけど、少し不満顔だ。


「えっ? 言ってなかったっけ? 前から飛行機関連の話やパイロットしか解らないようなことも沢山話してきてたはずだけど、気付いてなかったの?」


「んみゃーん。言ってないよぉ。ぴえーん。だって、パパはいつもなんでも知ってる風な感じでしょ? してくれた話っていうのなら、パパは宇宙飛行士なの? 警察官なの? 弁護士なの? お医者さまなの? それとも学校の先生? 天下の大泥棒? いろんなことを詳しく話せるパパの正体が、そのどれかだなんてわかるわけない。だいたい研究職の調査員じゃなかったの?」


「あー、ごめん、マコト。そう怒るなよ。そういやキチンと話す機会はなかったかな? 細かくはまた話すけど、パパは操縦士の資格も持っている。今はそれだけで充分だろう? マコトがパイロットに憧れていることも知っているから、それに関連する、教えられる機会があれば教えたい、そう思っているから、さっきも交信例をやって見せた。そこまで動揺するのなら、そういうのは控えようか?」


「だ、だめーっ。怒ってるんじゃないよ? びっくりして、ちょっと興奮しちゃったの。大好きなパパが憧れのパイロットだったと知って、本当は嬉しくて、ドキドキして、感動しているの。ごめんなさい。パパの機会教育は、いろいろ中身が詰まってるから、聞いてて楽しいし、いろいろ知れて嬉しいんだ。これからもいろいろ教えてね? パパ? ムギューッ」


 感極まったのを抑え込むように、パパに強く抱き付くマコ。するとパパはおでこにキスをくれる。そして相好を崩しながら、それを悟られないようにか、強く抱き締め返す。


「当たり前だろう? さぁ、一休みしたから、疲れも、頭の中の混乱も回復した頃だろう? 今日やるのは場周経路トラフィックパターンの修練のみ。ひたすら繰り返せば、なんてことはない基本的な操作の流れであることがわかると思うよ」


「頑張った分だけ、ごはんもおいしいぞ。頑張るぞ! 「おー!」」

「ママのごはんはおいしいぞ! 「おー!」」


 そうして、マコは修練を始める。パパはそれを見守り導いていく。


 力を蓄える修練、という名の、繰り返される、父と娘の温かき交流の一幕。

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