第22話 魔力修練 - 初めての魔法とフライト

 今日は初めての魔法の修練を行うことになって、パパと2人で誰も近寄ろうとしない岩場と草原がまばらに入り混じる穴場スポットにやってきた。


 なぜ人が近寄らないかというと、少し奥に進んだ厳しい岩場付近には、ハイエナやその他の猛獣が潜んでいる確率が高い場所だからだ。マコも一人では絶対に近寄らないところだ。


 今日はパパがいるから、全く不安はない。一応、念のための銃もパパが携行しているが、パパいわく、魔力の扱いの修練にちょうどよい練習相手になるらしく、襲ってくることを期待しているとのこと。それに、今日は大きな音を立てることになるから、たぶん近寄らないだろうと言ってた。まぁ、パパの言うことはいつも間違いないから、修練に集中することにする。


 あまり触れてこなかったけど、ママのことはそれとなく察していたらしいパパだったけど、今回のマコの相談をキッカケに、ママとマコが魔女であることを公然の事実として、話題にすることができるようになったらしいパパからのひとこと。


「魔女の定番はほうきにまたがって空を飛ぶことなんだよね?」

「そうそう、実はマコも知ったばかりだから詳しいことはよくはわからないのだけど、飛ぶことにはすごく興味深々なんだ。マコも魔女らしく飛べるかなぁ?」


 パパ自身は魔女と関係ないから、自分で飛べるわけじゃないけど、パパも興味深々らしい。でも、その前に確認したいことがあるそうだ。


「うーん、飛ぶことの前に大事なことだと思うから話するけど、魔女認定されると、たぶんこの時代でも迫害される可能性は大きいと思うよ」

「あぁ、先日の家族会議でも同じようなことを聞いたね。でもアニメとかでは魔女が愛される側のキャラだったりするよ?」


「確かに昔よりは親しみがあるかもしれないけれど、どんな時代でも必ず騒ぎ出す人はでてくるんだよ」

「そうなの?」

「そして人は、わからないもの、特に得体のしれないもの、それらに異常なくらい敏感に反応して怖がったり、意に添わぬものは排除したがる生き物なんだ」


「うん、ママも、シャナも言ってた。器ちっちゃ過ぎだよね」

「そぅ。基本的に人間は臆病なんだよ。パパもママもマコトも含めてね」

「マコは怖くないよ!」


「ん、そだね。でも怖いと思う感情は、“知らない”から生まれるもので、知っていて、不安要素の対応ができているなら、何も怖がる必要はない」


「あ、そっか。マコも知らないのは怖いかも。マコの場合、海が怖い。何がいるかわかんないもん。でも陸はたぶん平気。自分の目で見えるから。それにサバンナのライオンもまともに闘ったら負けて食べられちゃうけど、早く見つけられるし、習性も知ってて、必要な武器や道具とマコの脚力があれば、絶対逃げられる自信がある。だからライオンが怖いとは思わない……。でも普通は怖いと思うよね。それでも檻の中のライオンなら近付ける。これは檻があれば危険が及ばないって知ってるからだ。サバンナのライオンも、マコは危険回避できる術を知ってるからだ。あー、あー、あー、そーゆーことかー。うん、確かに知らないは怖いね。パパはやっぱり凄いね~。うん。納得」


「さすがマコト。理解が早くて助かるよ。話を戻すと、アニメのキャラの場合、もうすでにほとんどの視聴者は、キャラクターの心模様に至るまで良く理解して、というか、もう感情移入までしちゃってるんじゃない? キャラに共感できてるなら、たとえ悪魔であろうと魔女であろうと、キチンと理解した上で、たぶん応援してるんじゃないかな?」


「ほぉ~、うん、確かにそうだね」

「じゃあ、話を戻して、ある日、ほうきにまたがった人が空を飛んでいるのが目撃された。ふつうの人はどう感じるかな?」

「え? あぁ、「魔女?」とか、「誰だろう?」とか?」


「うん、近代のアニメや物語に通じていると、そういう反応かもしれないけど、そうじゃない、たとえば太古の人なら、人が空を飛んでいることに驚愕や畏怖の感情でたぶん大騒ぎになると思う」

「あー、ナルナルー、そうかもしれないね」


「だからね、魔女ってことを知られることはできる限り避けた方がよいと思う。魔女裁判の歴史も知ってるはずだから、恐れおののく人達がどれほどの狂気を振るうかも計り知れないと思うよ。逆にもしもみんなに上手く知ってもらえたとしたら、知らないことによる狂気が無くなるかもしれないけど、今度は別の厄介な問題が浮上すると思う」

「別の問題?」


「そう。今度は正しく理解した上で、その特殊な力を軍事利用しようとする輩が出てくることになる。人殺しに利用されるのも嫌だし、その研究のために実験動物にされかねない」

「人殺し? 実験動物? ……。イヤー! ありえない。ありえない。ありえない」

「まぁ、どう転んでも、魔女って知られることがよいことにはならないって、わかってくれたのならそれでいいよ。マコトもママも、パパの大事な宝物なんだから。もう誰かに打ち明けようなんて思わないでしょ?」


 パパの思いにくすぐったさを感じながら「うん」って呟くマコ。頬がニヘッと、目もへの字だ。


「あとね、パパは「魔女」って言葉があまり好きじゃない。まぁ、いまや定着して、通りも良いから、パパも使うけど、この「魔」って文字は「悪魔」のことなんだよ。悪魔との契約によって、仁智を超えた力を得たものと見なされているから、宗教世界で忌み嫌われる対象になっている。でもママもマコトも、悪魔なんて会ったこともないでしょ?」


 全く関係ないのに魔女呼ばわりされていることが納得のいかないところだね。


「それと、ただ飛ぶだけなら飛べると思うよ。人に見られなければいいのだから、アフリカの草原は見通しが良いし、マコトの超視力なら、10km先のものが何かくらいわかるんだよね? それに加えて、マコトの気配感知? じゃない、オーラだっけ? それなら人とそれ以外もカンタンに色識別できるってことなんだろう? でもね、現代は飛行機の登場とそれに関わる進化が激しかったせいで、迂闊に飛んだら、ぶつかる危険もあったり、航空法にも抵触するし、空は航空管制という世界で常にレーダー監視されているから、見つかったらいろいろ大変なんだよ」


「うぇーっ、がんじがらめの金縛り状態だね」

「スクランブルなんてかかったら、国家レベルの問題に発展するかもだし……。昔は人が空を飛ぶことなんてありえなかったから、こっそりひっそり飛ぶこともできたけど、今は飛行機の飛ぶ速度間隔と空間間隔でひっきりなしに飛んでいるから、航空管制をキッチリしないと空中衝突の危険があって、管制レーダー網がビッシリ張り巡らされている時代なんだ。特に日本なんかはレーダー管制圏でほとんど覆われているから、自由に飛べる空域はほぼ皆無といえるくらい。そんなだから、迂闊には飛べないというのも理解できるだろう?」


「飛べない魔女ってわけかぁ……」

「諦めるのはまだ早いよ。パパだって、本当は自分も飛んでみたいけど、できないものは仕方ないし、そこは割り切ってて、こんなに間近に存在する魔女の起こす奇跡を素直に感動したいんだ。だから飛べるようにサポートするつもりだから、たぶん大丈夫。それと、その不思議な力がいくらすごいとしても、未知の新しい力とはいえ、そこに影響されるものは自然の摂理から逃れることはできないはずなんだよ。そこに物理の法則が適用されるのなら、パパにも力になれることがあるはず。魔力? というのか、その不思議な力を闇雲に振るっているのはすごくもったいない話だと思うからね」


「なんか難しそうに聞こえるけど、それってどういうこと?」

「魔女のこと、パパはほとんど知らないから、わかるとすれば、最初に言ったほうきにまたがって空を飛ぶって話くらいかな? その路線で説明した方がわかりやすそうかな? それで魔女はどうやって飛ぶのかな? って、考えてみたんだ」


「ほぉ。それでそれで?」

「いったん魔女の話は置いといて、普通に飛ぶためにはどんな仕組みが必要かというと、誰でも思い付くことだけど、翼か羽根が必要だよね」


「鳥や昆虫にあるそれは、そんなに大掛かりには見えないよね? 鳥も昆虫も身体が軽いから、自分の力だけで羽ばたけるんだ。それに対して人間は大きく重いから、羽ばたけるには大きな翼と筋力が必要なんだけど、かなり厳しいよね。大きくても空を飛べた恐竜が大昔にいたみたいだけど、体はガリガリだった。鳥なんかだって、毛がなければかなりガリガリだよ」


「もし人間が鳥のように自分の翼で飛びたいなら、ガリガリにならないと軽くならないし、寒くても重たくなるから服は着れない。それがクリアできたら翼ありの進化も可能かもしれないけど、それ、もはや人間じゃないよね」


「アハハハ、そだね」

「それで、昔の人は鳥の翼を真似た動きの飛行機を作ったけど、やはり構造や強度に無理があってね。人間とさらにそれを支える構造物の重さがドンドン増しちゃうからね」


「そこでたどり着いたのが、空力的浮揚の方法なんだ。高速の空気を纏う翼の上下の気圧差で浮力が生まれる特性で、エンジンで推力=前へ進む力を得て、スピードで浮力を得て、梶を切って思い通りに飛行する、という寸法さ」


「でも、その結果、飛行機は小さくない。その代わりに大きくすればたくさんの人を運べることと、スピードもさらに速くすることができた。ただ、その分沢山の推力が必要だから、エンジンも燃料も、どんどん大きく重くなっていった」


「それともう一つ、推力重量比というのがあって、進む力と重さの比率なんだけど、重さよりも推力の方が大きいと、ロケットみたいに天に向かって進むことができるんだ」


「おぉ、そういうことか」

「でも、ほとんどの飛行機はそこまでパワーがないのが普通で、一部の戦闘機くらいかな? 垂直上昇ができるのもあるにはある」

「ふーん」


「何が言いたいかというと、浮く、ということが難しいから、翼が必要という話になるけど、浮きさえすれば、翼は必要なくなるよね」

「なるほど。でも、魔女が飛ぶのに翼なんて使ってるっけ?」


「そう、それで本当に飛べる、ということは魔力で浮いている、ということ。これはおそらく魔力で斥力を付与できているのだとみている。そうであれば、すごい飛行が可能になる」


「ほうきに浮く力を与えているってことなの?」

「うん、そういうことになるね。ほうき自体に特殊な力があるとは思えないし、たまたま周りにあるものの中で、跨がるのに都合がよかったのじゃないかな?」


「じゃあ、パパ、別にほうきじゃなくてもいいってこと? そうなら、マコはエアボードができるようになりたい!」

「うん、それいいかもね。お手軽感もあるし、なんか、サクッとカッコいいね。パパの見たてが正しければ、たぶん実現できると思うよ」


 マコがやってみたいのは、映画やアニメでも登場したことのあるエアボードだ。まるでスケボーで地面を走らせるような感じで、地表スレスレだけれど、宙に浮いたまま滑るように進むアレ。実際にアレを実現する機械の開発は、今の科学じゃ絶対にムリだと思う。


 パパの説明を聞く前は「できないのかな~? できたらいいなぁ」の疑問系的願望だったけど、これまでに聞いてきた機会学習も併せて、説明を聞いた後の今なら断定できる。「無理。不可能」っと。


 詳細な理屈はわからないけれど、いろんな物の性質や量、そこに加わる力の性質や向き、速さ、強さがあるとすると、それらのザックリとした概念の関係図のようなイメージを持てるようになってきた。


 そして真っ直ぐ考えればできないことも、知恵を使えばできることが多いこともわかってきた。例えば、紙の紐が一本あり、穴に落ちた三人の子どもを救いたいけれど、それほど時間は残されていない。紐はひとりの子どもを引っ張る途中で切れるほどの強さしかない。


 適切な例ではないかもしれないが、何ができて何ができないのかの見極めが重要になる。何がどの位できて、できない理由はこうだから、と突き詰めていけば、自ずと答えは浮き彫りになって還ってくる。


 特に力を考える場合は、見た目のイメージだけでは測れないことわりを知っているかどうかが成否を分けることになる。言い換えれば、ことわりに基づくイメージを持てるかどうかだ。さっきの例は、原始時代なら早々に諦める案件だ。


 しかし現代人なら、いくつかの技を既に知っている。紐に長さがあるなら、二本、三本に束ねればよい。もっと余裕があるなら、編むこともできる。船を繋留する頑丈なロープも解けば細い糸からできている。


 そう、知恵と工夫でいろいろ解決できることは多い。穴が深いときは、長い紐と括り付ける木と滑車のようなものが利用できるなら小さな力でも引き上げ可能だ。他に利用できるものがあれば、別に紐にこだわる必要もない。梯子や踏み台があれば、それを投げ込んでも解決できるかもしれない。浮き輪や水があれば浮力も利用可能だ。


 知恵と工夫と言ったが、それは発芽できるイメージ力なのだと思えるようになってきた。


 森羅万象、すべての物事には、常に「ことわり」が作用する。なぜ飛行機があれだけの大きさなのかを考えれば、自ずとわかることだが、浮力を得るためにはヘリコプターやロケットなどの垂直方向の推力を得るか、飛行機のように高速度から浮力を得るかのどちらかしかないが、そのどちらもスケボーの大きさでは十分な浮力は得られない。人が乗らないなら、さらに軽量化を重ねたうえで、マルチコプタ方式での浮揚も可能かもしれないが、人を浮かすためには巨大化は避けられないし、機動性などはまったく期待できるものではない。それがスケボーが人を乗せて宙に浮かぶのを阻害する常識的なことわりだ。


 でも、マコたちのこの特殊な力なら、浮力と機動性を確保できるのではないかと思う。そう、常識的な理には、この魔女の不思議な力は加味されていない。磁石の同極の場合に反発する力のような「斥力」を使えるのなら、浮力問題は解決して、翼やエンジンを含む大型化は考慮不要となるはずだ。


「パパの見たてって、魔女の不思議な力をことわりに加味して考えた結果、ってことでしょう?」

「お? おおぅ、まさにその通り。マコト!! おまえ凄いな! 驚いたよ」

「エヘヘっ、パパの娘だもん。当たり前だよ」


 ちと嬉しい。誇らしくなってくる。


「ママの頭脳の優秀さにも驚かされるけど、ママは物理系は得意じゃないんだ。マコトはパパに似たのかな? うんうん」

「うーん、ママにも同じようなごとを言われたよ? たぶん両方に似たんだよきっと」


「そ、そっか。嬉しいような、ほんのちょっとだけ寂しいような」

「あれぇ? パパはママが可愛くって仕方なくて、一目惚れで即日プロポーズしたって聞いたよ? だったら、マコもママに似たほうが嬉しいんじゃないの?」


「そ、そうだけど、パパの娘でもあるんだから、パパに似たところもあったっていいじゃん?」

 アハハハ、パパ、膨れっ面で拗ねてるよ。ママの言った通りだ。弄りがいがありそうだよ。あ、いかんいかん、脱線してしまう。


「パパとのお話も、けっこう楽しそうなことがわかったから、また今度お話ししようね。今日は、こっちの方が大事だから、話を戻すね」

「お、おぅ、そうだったね。で、マコトのいうことわりとは、どんなイメージなんだ?」


「あはは、さっきパパが少し言ってたことだし、そのほかもパパの受け売りなんだから、目新しいものはないと思うけど、パパの見たての基になっているのは、斥力が使えて、揚力にとって代われるのなら、翼もエンジンも必要ないから、大きくならなくて済む。その理屈なら、エアボードでも問題なく空を飛べそうだということなんでしょう? でも、どうしてそこに思い至ったの?」


「マコト、お見事。パチパチパチ。そうだな。根幹にあるのは、一番最初に確認した『魔女の定番はほうきにまたがって空を飛ぶ』っていう一言だよ。ほうきにもともとそんな機能が備わっているはずはないから、魔女が力を付与するしかないかなって思うんだ」


「ほうほう、それでそれで? それが斥力なの?」

「お? よく知ってるね!」

「うん、でも、それ、さっきパパが言ってたじゃん?」


「そうなんだけど、興味ない人の心には残らないよ。マコトはキチンと聞いて認識して、使いどころを間違えていないのは、概念的に理解しているってことだよ。それを嬉しく思ったんだよ」


「ん、まぁね。でもパパの娘だもん。当たり前だよ。ウフン」

「嬉しいこと言ってくれるね。でね、そう、さっきまでパパも、斥力が働いているのかと思ってたけど、うん、やっぱり違うね」

「ほぅほぅ」


「斥力は引力の対極にある力で、磁石が一番わかりやすい例なんだけど、重力に対する斥力は観測されたことはないんだよ。言葉としては「反重力」という名前もあるみたいだけど、観測はされたことがないらしい。斥力が存在するのは、引き合う部分を極とする、その対極が存在する場合の同極同士の間なのだけど、星や物同士が引き合う重力の場合は、対極が見つからないからね」


「ほぇ~。そーなんだ。斥力って言葉があるくらいだから、磁力以外にも存在するのかと思ってたよ。マコも初めて知ったよ」


「仮に斥力が利用できるとして、その得たい反発力に相応の現実的な大きさの引力といえば、地球の重力くらいしかないことと、磁石の反発の仕方を見ればわかりやすいけど、離れるほどに力が弱まるし、力の分布が不安定だよね。だから、魔女のそれには、存在するとしても斥力は向いてなさそうかな? という結論なんだ」


「そうか~、なるほど」

「それを受けて考えられるのは、物を向かわせる力だと思う。念動力とか、サイコキネシスとかの名称で呼ばれている、いわゆる超能力のことなんだけど、やっぱり、というか、まぁ、行き着くところはそれなのかな?」


「なるほど。というか、なんか残念そうだね、パパ」

「まぁ、これまでもそうなんだけど、ここから想像、パパの見たてで話するんだけど……」

「おぉ、まるで推理探偵。それでそれで?」


「まず念動力には、サイコキネシスとテレキネシスというのがあるらしく、サイコキネシスは物体にエネルギーを与えて、テレキネシスは見えない触手みたいなものを使って、それぞれ離れた物体を動かすというものらしい。これ覚えておいてね」

「了解」


「で、アニメや映画なんかのサイコキネシスで、周囲の物体を乱暴に投げ飛ばす描写が多いけど、見ただけで操っているのは、あり得ないと思うんだ。少なくとも何かしらの方法でその物体に干渉しないと、エネルギーなんて伝わるはずがない。たぶんテレキネシスみたいな方法でエネルギーを送ったり、操ったりが必要だと思っている。そこでだ。マコトが言ってたオーラが関わってくると思うんだ」


「オーラが見える、ってやつ?」

「そう、それ。自分のオーラって、マコトはどう見えてるの?」

「うん、いつも見てるから、見慣れて気にならないレベルだけど、うっすら纏ってる感じだよ。それはパパも同じように見えてるけどね」


「そのオーラ、広げたり、戻したりできる?」

「うん、やってみる。あ、できた。戻してみる。あ、できた。こんな感じ?」


「お! スゴいスゴい。自由自在だね。それ、どうやってやるの? パパにもできるかな?」

「パパもやってみるですか? アナタモマジョナカマ、OK? あはは、マコも賛成だよ」


「先日の話を聞いてから、ずっと思ってた。マコたちにとって、エネルギーを補給できるくらい高い親和性と、その保有量も計り知れないパパは、普通の人とは一線を画しているでしょ? あとは使い方をマスターできれば、パパにも不思議な力が使えるんじゃないかな? って思ったの」


「マコトもそう思う? あはは、パパももしかしたら~、なんて淡い期待を持ってたりして。あはは」


「うん、思うよ。それも強くね。普通に考えると、魔女にはできるけれど他の人にはできない。これは当たり前なんだけど、パパの場合はママと同調したとかで、ママにできることが共有できた、って言ってたじゃない? たぶんそのせいで、魔女因子を取り込めたんじゃないかとマコはみているの。だから、それが成長して、オーラも見えたり、放ったりできるようになったのではないかなぁ? そうだとすると、もしかすると、もしかするかもよ?」


「そ、そっかぁ。マコトは優しいね」

「ほら、マコトも初めての特訓なんだから、パパも同じ視点で一緒に悩みながらマスターしようね」


「わかった。ありがとう。えっと、オーラを広げて、お、お、こういうことか? おぉ、できたできた。戻してみる。おぉ、こんな感じなんだな」

「パパ! いけそうじゃない?」


「ありがとな。じゃあ、本題に戻るぞ。この小石を持って、手のひらの上で浮かすことができるかやってみて?」

「こんな感じ?」


 小石がオーラに包まれて、ホァっと灯っているように見えたと思ったら、宙に浮かび停止する。


「さすがだな。ホントに魔力を行使できるんだね。ホントはオーラに包まないでの挙動を確認したかったのだけど、そこまで自然に包めるようならそのままでいっか」


「あ、そうだったの? ごめんなさい」

「あぁ、大丈夫。じゃあ、パパがオーラに包まないでやってみるよ。これができれば、他もできそうな気がするから、ちょっと緊張するなぁ」


「落ち着いてやれば大丈夫よ。パパ」

「おぅ。やってみるよ?」


 お、浮いた? っと思ったら、どこかにフワッと弾け飛ぶ。


「よし、もう一回」


 またフワッとどこかに弾け飛ぶ。


「よし、OK」

「パパ、ドンマイ!」

「あ、あぁ、うまくいってないと思って心配してくれてるのか?」

「うん」


「違うよ。バッチリ想定通りだよ。もう一度やってみるよ。今度はマコトの目にもうまくいっているように見えると思うよ。ほら、マコト、どうだ?」

「うん、きれいに空中静止してるね。でもどういうことなの?」


「うん、先に弾け飛んでたのは、オーラに包まないで浮かそうとしてみたけど、うまく静止できなかった。最後のは、マコトと同じようにオーラで包んでやってみた。全部思った通りの結果で満足したよ」


「いやいや、わかんないよ。何がどう想定通りなの? パパ」

「んふふ、気になるかい?」

「うん。もぉ、焦らすのはなし。早く教えてっ!」


「あいよ。えっとね。オーラで包まないと、浮かそうと加えるエネルギーのベクトル、あ、力の矢印みたいなものがただ刺さって弾け飛ぶんだ」

「ほぅほぅ」


「普通に小石を指先に留めるのって難しくない? 力は一点に向かうのだから、ホントは針でやるのがより近い状況になるんだけど、そっちのほうが難易度が高くなるのもわかるでしょ?」

「うんうん、なるほど?」


「さらにオーラなしで空中静止させるには、重心真下から正確に射抜くように合わせた上で、飛ばず落ちずの微妙なコントロールが必要になる。まぁ、精緻な制御の練習したいならおススメだけどね。まぁ、例えるなら、細く高速に噴出する水の上に停止させるようなものかな?」

「なるなる。そういうことだったのね」


「今度はオーラで包むほうだけど、包むことで小石の重心はあまり気にしなくても良くなるし、オーラで繋がった状態に等しいから、力をぶつけるのではなく、離れる近付くの細かな制御と感知が可能になるから、とても簡単に空中静止させられるって寸法さ」

「おぉぉ、スゴい、なるほどぉ。理屈が通っていて、しかもわかりやすい。さすがパパだね」


「そっか? ついでに言うと、オーラに包まないほうは、もろ、サイコキネシスの説明になるね。オーラで包むほうは、サイコキネシス+テレキネシス+α、って感じかな?」

「スゴーイ、わかりやすい。パパ頭いい。その+αが肝心なところっぽいけどね」


「おぉ、理解が早いね。じゃあ、今日はもう一つ挑戦してみようか?」

「そうしよう、そうしよう」


「せっかく小石を扱ったのだから、そこに関連して、「つぶて」を練習してみようか?」

「あ、なんか日本の時代劇の忍者が使ってたような?」

「お? よく知ってるねぇ?」


「ンフっ。でしょ? パパ秘蔵コレクションの時代劇もののビデオ観たことあるもん」

「い、いつの間に!? ととと、というか、パパの秘蔵コレクションって、ど、どこからそんなものが?」


「アハハハ、その慌て振り、怪しいナァ。8ミリビデオが引き出しに並んでるでしょ? 手前から順番に観てるの。だって奥の方はきれいなお姉さんの写真付きだから、あんまり興味ないしね。『男の人は綺麗な女の人を観るのが嬉しいものなのよ。だから観ないであげてね』って、ママもいうから観てないよ。でも、ママより綺麗な人いないし、マコトだって可愛いでしょ? なんで他の女の人なんかみたいのかな?」


 マコの言葉に大慌てだったのが、今は胸を撫で下ろしてる。ん? ヤッパリアヤシイ? 


「とと、友達が貸してくれたやつで汚したらダメなやつだから、触っちゃダメだよ。っていうか、パパの秘蔵もの、勝手に観ちゃダメ」


 あぁ、やましい系かぁ。


「だって日本と違って楽しみ少ないんだもん。アニメのビデオがたくさんあればいいんだけどな?」

「わ、わかった。今度仕入れておくよ」


 ぬぉーっ! あんなに面倒臭がられてた案件がこうもすんなりといくなんて……こ、これは使える! これが交渉というものか? うん、決してユスリではないからね。うん、交渉だよ、交渉。

 次回に繋げるにも今はコトを荒立てないのが得策かもだから、このまま濁しちゃえ。さぁ、次、次。


「でも、つぶてって、危険じゃないの?」

「あぁ、危険だよ。だから、むやみに使うものでもない。ただ、相手が銃や剣、刀を持って襲ってくる場合など、やむを得ない事情があるときだけ使えばいい。そうしなければ、自分や誰かの命が失われるかもしれない。たとえば、ママに銃が向けられて、今まさに引き金が引かれようとしている。そんなとき、マコトは何もしないで指をくわえて見ていられるの?」


「できるわけないよ。マコの大切なパパママの命を狙うのなら容赦はいらない。そんな相手なら死んだってかまうもんか。……でも、殺すのは怖いな」

「そうだろ? 誰だって殺すのは怖いよ。それに別に殺す必要はないよ。相手に殺されないこと、それが絶対条件で、それさえ回避して逃げ切れれば、条件は満たされるだろ?」


「うん、マコはそれで十分。襲われたことは腹が立つけど、何も失わないで済むのなら、それくらい水に流したっていい」


「そうだな。マコト、エラいぞ。それで、そのための策。まずは威嚇。近くの誰にも当たらないところに撃ち込む。武器があるのはおまえたちだけじゃないぞ、って示す。なるべく撃つところは見られないほうがベター。もし狙えるのなら、相手の武器を弾き飛ばす。武器に直接当てても弾かれて終わる可能性があるから、武器持つ手や指を狙うんだ。追いかけられる可能性があるなら、足を狙うといい。まぁ、正確に狙えなくても、顔と心臓以外なら、どこを狙ってもいい。それならケガしてもいずれ治るから、心は痛まないだろ?」


「うん、それなら怖くない」

「よし、じゃあ、実際にやってみよう。パパも初めてやるし、すべては机上の論にも過ぎないから、うまくやれるかどうか。まず、小石を親指の爪の前の位置で、人差し指の第2関節で挟み込むように握り込む。撃つときは、ストッパーになっている人差し指の第2関節を乗り越えるように、親指を押し出しながら、小石を弾く」


 ピョーーン。ポトッ。


「魔力無しの素でやると、こんなもんだ。当たっても痛くも痒くもない。それどころか多分相手に届かないよね」

「アハハハ、ホントだね。それぐらいが優しくてよいね」


「じゃあ、ここからが本番。あのね、魔力行使ってね、イメージできるかどうかが大きな鍵だと思ってるんだ。だから、できるだけ正確にイメージすることが成否を分けると思ってる。ここ重要なところ! テストに出るからね~」

「テ、テスト?」


「あ、冗談冗談。マコトはまだ学校に行ってないからわかるはずないね」

「あ、そういうこと? わかるよぉ。マンガでも、よくそういうフレーズあるもん」


「アハハハ、そっか。そうだったな。マコトはマンガオタクだったっけ?」

「オタク? ち、違うよぉ……? あぁ、違わないかも? アニメ・マンガ、大好きだしね。というか、まだ学校にも行ってないマコにとっては知識の宝庫なんだからね? もしマンガが無かったら、言葉も文字も知らないから、パパとこんなに喋れないんだからね」


「そっかぁ。あぁ、パパも好きだから、偏見あるわけじゃなくて、むしろ感心して出た言葉だよ。ゴメンゴメン。じゃあ続けるよ。撃つ前に、小石をオーラで包んでおく。撃つ前にどこを狙うのかを決めて、親指と狙うところを結ぶ直線をよーくイメージする。指の弾く動作で初速を与え、このはじく瞬間に直線通りに弾き出すイメージで加速する。実際にやってみるよ? 周囲に人や動物はいないね? じゃあ、的は目の前の岩。てぃ」


 ドーン。

 大きな音を立てて、岩が割れ、直撃部分が砕けちらばる。


「おーっ、スゴいパパ」

「思ったよりもうまくいったな? これなら銃にも対抗できそうだろ?」

「マコにもできるかな~?」


「うん、まぁ練習次第かな? 重要なことは3つ。照準、初速、打ち出す力だと思う。目と、打ち出す位置は違うから、その脳内補正する、これが矯正。手のひらの静止した小石でも、同じように打ち出せるけど、ほら、最初のグズグズ感とともに打ち出しが遅れる感じになるだろう? 物理的な話になるけど、ものが動くためには加速する必要がある。0からの加速が大変なのは今見たとおりで、それを補うために弾き出しでできるだけ勢いを与えてやる、それが初速。撃ち出した後に、脅威の瞬発力を思いっきり与えてやる。これはそのため魔力量にもよるし、イメージ力にも大きく影響される、これが打ち出す力だ。わかったかな? 試しにやってみてごらん」


「うん、照準、初速、打ち出す力、っと」


 ひゅん。ひゅーっ、ポテッ。


「まぁ、最初はそれでいいよ。徐々に力の込めどころと、流れるような動きが身に付けばOKだよ。じゃあ、ちょっと応用ね」


 パパは何度か両手を見つめながらグー、パー、グー、パーしたあと、オーラを纏わせながらふんわりと握りしめる。キュッ、キュッっと固めるように握った固まり? を左、右、とさっきみたいに打ち出した。


 シュッ、シュッ、パスっ、バァァンッ。

 左手分は岩を軽く揺らすが、右手分は岩を割った。


「な、なな、何したの? 小石じゃないよね?」

「お! 正解。空気砲だね。堅い岩だから強めに当てると割れるみたいだけど、空気だから、人に当たっても強く殴られた程度で、殺傷能力は低いよ」


「く、空気って? 小石もいらないってこと?」

「うん、できるか不安だったけど、使えそうだね。ただ、予備動作が必要だから、咄嗟には使えないけどね。そのままの空気じゃ当たってもすり抜ける、というか、風が吹くだけだから、事前に圧縮しておく必要がある」


「マコもそれがいいな?」

「そうか気に入ったか? でも、ちょっと勉強が必要かもな? 理科と、その先の物理の。ちと難しいぞ?」

「マコ頑張るよ」


「わかった。その意気やよし。じゃあ、さらに応用。できるかな~? 成功したら誉めてよ」

「わかった。なになに?」


 今度はバスケットボールくらいの大きさを両手で描くように形作りオーラで包む。っと、ギュウギュウに押し込めるようにたぶんピンポン球くらいに固めたものを手のひらに持って軽く包み込むように握る。


「誰も近くにいないね。安全確認OK。じゃあやるよ? パパの右手とあの岩を見てて?」

「うん、わかった」


 これから何が起こるのか、ドキドキだね。パパは、的の岩と右手の空気の固まりを交互に見た後、軽く深呼吸。次の瞬間、ピンポン球大の塊を握り込んだと思った瞬間、親指で弾き出す。


 手から放たれたそれは、この一瞬のうちに焔となり、バンっと軽い爆発音とともに岩が砕ける。瞬間的に燃え上がったが、岩は燃えないため火はすぐに消える。この当たった瞬間的の空気の炸裂音が派手な気がして、見た目にはとてもカッコ良かった。


「スゴーい、スゴい、スゴーい。なにをしたの? どうやったの? パパスゴいよぉ! カッコ良かった」

「おぉ、そ、そうか? カッコ良かったか」


「これ、炎魔法とか、爆裂魔法とかなの?」

「それって、アニメとかで、魔法の属性の水とか火とかがあって、その上位に炎とか爆裂とかのランクがついたやつ。それって、そのアニメ・マンガの原作者が作り出したやつでしょ? 本当にあるの?」


「えぇ? そうなの? そんなのないの?」

「うん、特に一番面白げな日本のアニメなんて、和製ファンタジーとも呼ばれていて、空想の世界をどんどん広げていってるんだよ。特に宙にうかぶ魔法陣なんて、和製ファンタジーそのものなんだけどね。あ、ごめん。夢壊しちゃったかな?」


「ううん、薄々はわかってたから大丈夫」

「そっか、でも、ちょっとデリカシーなかったかもだから、ちょっと反省。でも、パパは和製ファンタジーな日本アニメ大好きなんだ。わかりやすいし、見てて心地良いし、楽しいし、おもしろいよね」


「そうだよね~。いくら本当のことでも、難しかったり、わかりにくかったりだと、見てて楽しくない。和製ファンタジーを発明した人たちに感謝だよ。面白いエンタメありがとう、って」


「だな。で、その炎魔法がどういうものかも、そもそも魔女の使う魔法がどういうものかもよく知らないから何とも言えない。ただ、パパは空をとべるような不思議な力を使って、それ以外の世界で培われてきた物理的思考を掛け合わせただけだよ。もしかしたら炎魔法というのが実際にもあって、でもその中身はパパと同じことをしてたのかもしれないね。ただ、大きな違いは、たぶん××魔法って、呪文を唱える必要があるんでしょ? パパのは森羅万象のことわりに従っただけだから、呪文なんて必要ないんだ」

「あ? そういえば、呪文なんて、何も関係なさそうだよね」


「そう。まぁ、それはいいよ。それで、どうやったのか、だけど。今度は、ちょっと大きめの空気を集めて、あらかじめ圧縮しておく。弾き出す瞬間に一気に豆粒くらいまで圧縮して弾く。うん、違いはそれだけかな? この一気に圧縮することで、断熱圧縮という状態になり高熱を発する、という現象を利用しているだけなんだ。まぁ、宇宙から隕石が落ちるとき、火の玉になるのと大体同じ理屈だよ」


「うぉーっ、パパすごい。なんでそんなこと知ってるの? 学校に行けば習うことなの?」

「おぅ、ありがとう。うーん、高校の物理か、気象が含まれる科目で、言葉と模範的な説明文は習うかもしれないけど、先生も含めて、多分本質的には理解できるやつはそうはいないかな?」


「そっかぁ、でも、爆裂魔法モドキできるんじゃん! おー、かっこいい!」

「こらこら、そんな動機で使っていいものじゃないからね! わかってる?」


「わかってるよぉ、もう。できるようになったらママに自慢しなきゃ。ウキウキ」

「まぁ、もしもハイエナたちが襲ってきたら、良い標的になったんだけどな」


「さんざん爆発音が聞こえてただろうから、もう出てくることはないと思うよ」

「今までの魔力操作ができれば、おそらく飛ぶための準備は、浮くだけなら8割方完了かな? まず基本として、ほうき。は無いから、この棒を代わりにしよう。まず手にとってオーラで包み浮かすイメージ。持つ手に重さが感じられなくなったら手を離してみる。一緒にやってみようか?」


「うん。手にとって、オーラで包み、浮かす。手を離して、できた。っけど、あぁぁ、墜ちていく」


 カタン、カタン、カタン


「えぇ? どうしてパパのは浮いてて、マコのは落ちたの?」

「ああ、イメージの持ち方? 力の与え方が違うんだと思うよ。マコトは、手に持ってるときの重さを打ち消すだけの力を与えたのだと思う。対してパパの場合は、持ち続ける間に与え続ける継続的な力、そう、持続する力をイメージして与えたから、暫くは勝手に浮いているはず」


「パパはいちいち、なんかめんどくさいことをしてるんだね? だから今、浮き続けてる棒があるわけだけど、うーん、そうしたほうがいいの?」


 マコが面倒臭そうにそう尋ねるとパパは答える。


「いや、そんなことはないけど、今はそうすべきかな? と思ってそうしてるだけだよ。今自分と共に在ろうとしている棒の行く末? というか、継続的な時間の次のシーン? そのときにどう在って欲しいかまでをイメージしているだけだよ。必要がないと思えば、マコトみたいに用が済んだら落ちちゃうことになったと思うよ」


 棒はパートナー? 未来の心配? 頭の中に「?」フラグが立つ。


「ふぅん?」


 わかったような、わからなかったような曖昧返事にパパは付け足す。


「ただね。今は止まっている状態だから、落としても、そう問題にはならないけど、歩いたり、走ったり、ましてや飛んでいたりするときのものだったら、手を離した瞬間に、どこかに置いてきちゃうじゃない? もちろん一緒に動いているだけで位置エネルギーや慣性エネルギーがあるから、少しは保持しようとするよ。さっきのマコトの棒もゆっくりめに落ちていたのはわかる?」


「?」が「!」フラグに変わった。ウズウズ。猫がヒラヒラに興味持ってそわそわし出す感じだ。自分を猫に例えるのも変な感じだけど、今のマコはそんな猫と同じだ。


「あっ、わかるかも。空気ごと一緒にまっすぐ進んでる車の中でボールを軽く上に放り投げても、止まっているときと同じように手元に戻ってくる。これが保持されてる状態だよね? でも窓の外側で同じように放り投げると、後ろに行っちゃう。でも、これを車外から見ると、車の勢い分前に進みながら落ちてくよね」


「お、そうだな。そこまで理解しているなら話も早そうだな? たとえば、マコトは、スケボーを浮かせて乗りたいんだろう? そこで何かに飛び移ったりするときに不便な状況が生まれるんじゃないか? あっ、そうそう、映画でもそんなシーンがあったな。トラックや機関車が走るのに合わせて浮いているエアボードのシーンで、自分が乗ってない状態で、前方や、車の下を潜らせて反対側にスライドさせるシーンだったかな? そんなことができるためには、さっき言った、持続的なイメージが、必要になると思うよ」


 おぉ、映画のワンシーンが蘇ってきたよ。少しやる気が満ちてきた。ヒラヒラを捕まえ、むふぅ、っと、チョッピリ満足気な猫が、次のヒラヒラを探してる感じだ。


「その例、わかりやすいね。マコもできるようになりたい」

「先に進むよ?」


 うん? 次のヒラヒラ? ワクワクしてきたよ。


「どうぞ~」

「じゃあ棒に跨がってみよう。それができたら10cmだけ浮いてみようか? ほら、こんな感じかな? カンタンにみえるかもしれないけど、意外に難しいぞ? やってみてごらん?」


 パパが事も無げにやってみせる。カンタンそうだ。なら、マコもサラッとやってのけたい。


「はーい。えー? たぶんマコならできると思うよ? 運動神経だけは凄いんだから」

「ホントに? そう思うならやってみなよ。10cmの高さで静止するだけだからね」


 マコの運動神経、見せ付けてやる。いくぞ、とぅ。


「お、浮いた! けど、オッ、トッ、トッ、トッ、うわーっ、止まらない。わ、どうしよう、パパーっ、助けて~」


 あれっ? おかしい。動いた結果に頭が追いつかない。どんどん振れが大きくなっていく。あー、もう収拾つかない。こ、こんなはずじゃ……。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう。あー、もう。自信なくすなぁ、もう。大きな口をたたいただけに恥ずかしい。なんでパパはそんなにかんたんそうに乗れるのよぉ? おかしい、おかしい、こんなにできないはずないのにー」


 もう涙目だ。ホントにこんなはずじゃなかったのに。顔から火が出そう。身の程知らず、とはまさにこのことだ。


「アハハハ、難しいって言った意味、実感できたでしょ。そもそも、アニメなんかでカンタンに飛んでるシーンしか見たこと無いと思うけど、それは作者たちが飛んだ経験が無いことの証明なんだよね。特に並んで飛ぶシーン。編隊飛行っていうんだけど、あんなにカンタンに並んで飛べるはずないんだよ。しかも、よそ見やおしゃべりなんて、もっとありえない。まぁ、日本じゃ自衛隊のパイロットしか許されていないくらいだから、作者たちがわからないのも無理はないけどね」


「そ、そーなんだ」


 うぅ、静止するだけで、こんなだ。パイロットも憧れた道のひとつだけど、むぅーっ、険しそうだね。


「もう一回チャレンジしてみる? パパが支えて停止している状態で手を離すから、その状態を、うん、30秒かな? 保持してごらんよ。できそうかな?」

「うん、それくらいならなんとかなりそうかな?」


 さっきは少し慌てたから、より悪い方向に発展していった気がする。今度は慌てず、舵が大きくなりすぎないように注意したら、30秒キープなら、なんとかなるのでは? 


「そっと肩を支えているから、そぉっと浮いて停止してごらん?」

「わかった。高さはこれくらい?」

「うん、いいよ、その高さでパパの手が触れているのが分からないくらいに微調整して停止してごらん」

「うぅん、難しいねぇ。今ぐらいなら停止してる?」


「うん、いいよ。じゃあ、手を離すからその位置と高さを30秒キープだよ? 準備はOK?」

「OK!」


「じゃあ、スタート!」

「お? 大丈夫そじゃない? オットッ。オットットットッ。あー、トットッ」


 出だしは悪くなかったのに、均衡が崩れ始めると、また止まらない。なぜーっ? 


「はい、10秒」

「まだ10秒? っと、あーん、止まってぇー、トットッ。ヨイショ、トットッ、あーー」


 あぁ、やっぱり無理なの? 末路は変わらなかった。すこしだけ慌てないでできたかどうか、くらいだ。と、思ってたら、パパに止められた。


「はい、ここまで。17秒かな?」

「どうしてうまくできないのかなぁ?」

「自分ではどうしてだと思ってる?」


「どんどん動いて離れていくから、近付ける動きをすると……」

「それを当て舵って言うんだ」

「そう、当て舵が大きすぎるのかな~?」


「うーん、まず制御方式はどうしてる?」

「制御?」


「あぁ、動きのコントロールなんだけど、ふつう、飛行機やヘリコプターだと、基本は姿勢の傾きで調整するんだ。これをAとする。でも、宇宙で活動する船? の場合は、あらゆる方向への噴射機構があるから、力で強引制御できる。こちらをBとする。基本、力を自由に制御できるはずの魔女はABどちらでも選択可能だよ」


「あー、なるほど、力で強引制御もできたのかぁ? でも、それはそれで大変そうだね。マコはAの姿勢制御方式かな?」

「うん、正解。Bだと、さらに複雑な制御感覚がないと無茶苦茶になると思うよ。じゃあ、Aの姿勢制御方式を前提に話するよ」


 地上では、地面を拠りどころとする動きに慣れてるけど、空中では、拠るところがないから難しいんだね。

 それにしても、パパの知識や考え方には驚かされる。マコと同じ初めてのことなのに、知識・経験から導く推測を元に、とても初めてとは思えない最適解を弾き出す。

 パパがマコのパパで良かった。パパにはこれからもずっといろんなこと教わりたいな。そう、マコの生涯の先生だね。尊敬。ついてゆくよ、パパ。


「先生、よろしくお願いしま~す」

「よろしい。こほん。まぁ、いろんな教え方もあるから、これが正解とは言わないけど、ひとまずパパ方式を信じて付いてきなさい」


「パパ先生、了解であります」

「あぁ、まぁ、普通でいいよ。そういうの疲れるから」

「りょ」

「……それなに?」


「りょうかいの略したの。普通でいいって言ったから」

「省略しすぎじゃない? まぁ、いいや。ざっくり説明するよ。まず姿勢制御の基本は、変化に対して、①当てる、②戻す、③待つ、の3つだ」


「当てる、戻す、待つ、ね」

「そうだ。その前に周りの状況、例えば天と地の方向や水平線などを見て、中立の状態の姿勢がどうかを決めておく。それを基準に、当てる、戻す、待つ、の繰り返し。できるかな?」


「えっ? たったそれだけなの?」

「うん、それだけさ。ただね……」

「ほぅらきた。「ただね」なに?」


「うん、まず①当てる、は、当て舵のこと。今いずれかの方向に動こうとしているのを止めるんだけど、どのくらいかを判断して、決めた「このくらい」の傾きだったり速さだったりの「舵」を当てるんだ。これを当てっぱなしにしちゃいけなくて、当てた後にはすぐ戻す。これが②戻すだ。戻したら③待つだ。この②③はカンタンそうに思えるかもしれないけど、実はとても重要なんだ。戻すのは、最初に決めた基準姿勢に正確に戻すし、①の操作の結果はすぐにはわからない。だから変化が現れるまで待つ。マコトの悪いところはこの②③がないからなんだ」


「ふーん? そうなの?」

「まだピンときてないな? ①の結果どうなったか? ③で判断する。①の当てる操作で必ず変化は現れる。もし流れる勢いが止められていないのなら足らなかったのだから、さらに当てて戻して待つ。止めすぎて反対に流れるのなら大きく当てすぎたのだから、今度は反対に当てて戻して待つ。この繰り返しなんだ。それと、この修正の当て方にも注意があって、最初にどのくらいの当て方かを判断する、っていったところが関わってくる。例えば当てすぎて反対に流れる動きへの修正のために当てるのが同じ量だと、いつまでも収束しないだろ? だから修正の当ては適量がわからなければ、ひとまず半分の量だけ当てるんだ。これを半量修正と言うんだ。そうやって繰り返せば、いつか収束して変化は止まるはず」


「なるほど」

「ひとまず、そうやって止めることに専念してまずは止める。止まったら、今度は位置を正しいところまでゆっくり移動させて行けばいい。そのやり方はもうわかるな?」


「うん。ほんの少し近付く方向に当てて戻して待つ。その位置に近づいたら、停止位置に止まるだけの余裕を見て、止まるように当てて戻して待つ、で合ってる?」

「おぉ、200点。完璧以上。お釣りが来たよ。さすがはマコトだね。でも、頭ではわかってても、やるのは難しいよ。やってみるか?」


「うん」

「慌てないことが肝心だからな?」

「わかってるよ。よし、いくよ。ふよよ、トットッ、当てて、戻して、待つ、あぁ、ちょっと大きかった。当てて、戻して、待つ、おぉ、もう少しだけど、かなり安定してるね」


「おぉ、ウマイウマイ」

「でしょ? 当てて戻して待つ、おっと、ほんの少し当てて戻して待つ。ねぇ? これいい感じかな?」


「OK、合格だ。なかなか筋がいいぞ、マコト。次は同じ要領で高さも一緒に制御しようか」

「うん。宙に浮かぶのって、なかなか難しいね?」


「地上にいるのとは全く勝手が変わるからね。空間では、慣性を制御しなきゃいけないからね。飛行機ならもっと難しくなるよ。今日の授業はここまでにするか。お疲れさま」

「あれっ? そういえば、パパも魔法初心者の同じ立ち位置だったはずなのに、なぜか先生と生徒の関係だ。むー、なんかおかしいけど、パパがすごすぎるんだね。先生、ありがとうございました」


「ん? オレはひとつも魔法なんて教えてないぞ? 物理を応用するアイデアと、空中の慣性の扱いくらいか?」


「あ、そういえばそうだ。魔法の引き出し方を二人で試して、なんとなく出るようになっただけで、あとは物理の授業を受けてた気がする」

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