第1-2話 出会い
「分かりました」
と、僕は小さな声で言った。アディーナの要求する値下げを受け入れざる得なかった。確かに、返品の理由を見ると発明品の不良が原因だとすぐに分かった。アディーナの目は、一瞬だけ驚きの色を見せたが、すぐに無表情に変わった。
「ありがとうございます、バークリックさん。これでお互いにとって良い結果になるでしょう。」
僕は、ただ頷くことしかできなかった。心の中では、不安と疑問が渦巻いていた。
(何か、ないのか)
「あの、、、不良の内容については、すぐに改善可能です。不良が減れば、元の価格に戻していただけますか?あと、不良が出ればすぐにお知らせいただければ、ご対応いたします。」
すると、アディーナはコンスタンの顔を見た。
(なんだ、決定権はアディーナ側にはないのか)
「あぁ、そうしましょう。ありがとう。」
コンスタンは、会議の中で張り付いた笑顔を一度も崩すことなく、応答した。
会議が終わり、コンスタンとアディーナはまだ話し合っているようだった。僕は、彼らを後にして部屋を出た。廊下に出ると、足が鈍器を載せられたかのように重くなった。
(少なくとも、返済計画を見直さなければならないが、今日は例の日だ。)
*****
バークリックが会議室から出て、空気に更に緊張感が増した。コンスタンの張り付いた笑顔が落ちて、私とは別の方向を向いて要件だけを話はじめた。
「奴隷としては高い買い物だった。私は普通、奴隷なんて買わないんだ。アディーナ、君にはもっと大きな成果を期待している。」
私、アディーナは奴隷の身分ながら、ビジネスの知見や交渉術を買われて、文字通り買われてこの船に乗り込んできた。彼の欲しい言葉分かっていた。
「分かりました、コンスタン様。私の全力を尽くします」
夜が訪れると、私はローワーの住む街のハズレにあるアポートに戻った。ここは私の新しい家だ。奴隷の身ながら、会社の人以外と顔を合わせる役割をしているので、一定の自由度を与えられている。ただ、乗船してからまだ日が浅く、生活をするための準備が整っていない。特に与えられたトースターの調子が良くなく、今日はパンが丸焦げになってしまった。
(食べるものが十分じゃなければ、出る成果も出ないわ)
ただ、コンスタンに対してこのタイミングで待遇改善を言うにはまだ早い。
(今日は噂に聞いた例の日だ。できる範囲ではあるが、無償で機械を修理してくれるボランティアが現れるらしい。今日はそこで行ってみよう)
私は顔を隠し、夕方の街へと繰り出した。途中買い物をするかもしれない。奴隷が買い物をしたとなると説明がややこしくなるから、バレないことにこしたことはない。街の灯りは柔らかく、夜風が冷たい。
トースターを抱えて、ボランティアがいるという広場について、すでに少し列は出来ていたが、すぐに順番が回って来そうであった。20分後、私の番になった。トースターを渡したあとに気がついた。
(あっ、バークリックさん)
そこには、思いがけずバークリックの姿があった。彼は、今日私の価格交渉をした相手だ。しかし、私は顔を隠しているため、彼は私の存在に気付いていない。彼はただの修理のボランティアとして、ローワーのために働いていた。
「あー、トースターですね。どうされました?」
一瞬言葉に詰まった。
(声を出したら気がつくか)
「えーと、焦げ付くのです。」
必要最小限の要件を伝えた。
「そうですか。少し分解しても、大丈夫ですか?」
首だけでうなずくと、彼はトースターを向いて、分解し始めた。
クイーン・マリア号 〜人生逆転船〜 @KoR89
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