クイーン・マリア号 〜人生逆転船〜

@KoR89

第1-1話 出会い

 軋む木製の床板が、僕の足音に応えながら、ゆっくりと開いた船室の扉が、今日の始まりを告げている。朝の光が窓から差し込み、鉄と塩の香りが混じった海風が、部屋の中をゆったりと流れる。この船、 クィーン・マリア号に乗り込んでから、もう何年経ったかな?


「バークリック、ちょっといいかい?」


 ジホの声が、背後から響く。彼はサム・ワン株式会社の担当者で、僕の借金のことでいつもうるさい。僕は振り返りながらため息をついた。


「何だい、ジホ。今朝は早いね。」


 彼は厳しい表情で、

「返済の件だ。お前、ちゃんと計画通りに返せるのか?」

 と詰め寄ってきた。


(この男、いつも同じことばかり。)


 僕が返事をする間もなく、キャサリンが静かに部屋に入ってきた。彼女もまた、ジホと同じくサム・ワンの人間だ。


「バークリック、あなたの発明、売却を考えた方がいいわよ。」


 彼女の声はいつも冷静で、僕を落ち着かせる効果がある。僕は首を横に振った。


「いや、そんなことはできないよ。この発明は、僕がこの船に乗り込むきっかけになったんだから。もし、売却したら会社ごと売らないといけなくなるだろう。そうしたら、この船にも乗っていられない。」


 キャサリンは無表情のままで、僕の目を見据えながら詰め寄る。


「私達の会社は、あなたの発明を高く評価しています。実際に取引があるのに、なぜ利益にならないのか。」

「その点については、顧客も私の発明の重要性は分かってくれている。今日、相手の社長と話を付けてくる。当然、値上げをしてもらうつもりだ。」


 ジホとキャサリンは互いに目を見合わせて、「そしたら、また」と言って出ていった。ジホとキャサリンが去った後、僕は深いため息をついた。今日は社長のコンスタンとの大事な会議がある。しかも、今日はめずらしく部下を連れてくるらしい。

 僕は窓の外を見ながら、今日の会議で何が起こるのかを考えていた。窓から見える海の青さが、心を落ち着かせてくれる。


(それにしても、突然の呼び出し、部下の登場、一体なんだろう?そして、今日の会議で何が待ち受けているんだろうか。)


 コンスタンが経営するアヴァで受付を済ませて、会議室の扉を開けると、そこにはいつもにない緊張感が満ちていた。一番奥の席には社長のコンスタンが、そしてその隣には、今まで見たことのない女性が座っている。彼女はすっと、立ち上がると名前を言った。彼女の名前はアディーナといった。


 彼女の目は、深い知性と計算された冷静さを湛えていた。多分年齢は私よりも10歳くらい若いのだが、若さの美しさだけでなく、何かを秘めた雰囲気があった。挨拶を終えると、コンスタンの隣で彼女はただ静かに座っていたが、その存在感は異質だった。


 「やぁ、バークリックさん。毎月悪いね。」


 コンスタンは、いつもの張り付いたような笑顔で僕を会議室の席に座るように促してきた。私のような零細企業お社長のような立場が相手でも態度を崩さないのは、彼が百戦錬磨のビジネスマンだからだ。

 会議は、いつも通りの取引内容の確認から始まった。来月の注文量、納期、そして品質の話し合い。全てがルーティンのように進んでいく。


(これなら電話か、手紙で十分だったな。)


 僕が、いつ値上げの話をしようかと機を伺っていると、突然、アディーナが静かに口を開いた。


「バークリックさん、価格について話し合いましょう。少し値引きを...」


 彼女の声は、若さ特有の甘い響きがあったが、その中には確固たる意志が感じられた。


(やられた。先に言われては、値上げを交渉するのが厳しい)


 僕は驚いて、彼女を見つめ返した。


「値引きですか?それはちょっと... こちらも借金の返済もあるし、そんな余裕は...」


 すると、アディーナは無表情のまま、過去の不良品の実績を表にして出してきた。


「御社の部品の不良品の問題で、弊社が納品した製品のいくつかを再度納品しました。ご存知ですよね?御社の製品によって、品質が上がっているのは事実ですが、不良品で思った通り、その利益が通りに出ていないんです」


(たしかに、そういう話は前に言われたが。)


 彼女の言葉には重みがあり、それが交渉の流れを決定づけてしまった。僕は一瞬、言葉を失った。彼女は、ただの女性ではない。彼女は、ビジネスマンの目をしていた。

 僕は深呼吸をして、アディーナが用意してきた一覧表に目を落とした。アディーナの視線が、僕を突き刺すように感じられた。一覧表を見ると、返品とその原因が細かく書かれていた。


(この交渉は簡単にはいかないだろう。僕も負けるわけにはいかない。)

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