第21話  カラダ探し ②

 それ以降時間があれば病院にお見舞いに行ったが、△△は焦点の合わない目で「うばわれた」と呟くだけだった。



「△△君大丈夫なの?」

 学校で人気者だったので、よく事情を知らない人達から聞かれたが曖昧に頷くことしか出来なかった。


「なぁ、『カタカタ』って知ってるか?」


 そんなある日、クラスの男子が話している声がたまたま聞こえてきた。

 

「何だそれ?」

「何だ知らないのかよ。最近流行ってる怪談だよ」

「あー、知ってる。『紫の鏡』とか『黒電話』だろ。だけど、『カタカタ』は聞いたことねぇな」

「ないのかよ。結構有名だぜ」

「へぇ、どんな話なんだ?」

「上半身しかない化け物が下半身を探して回ってるんだけど、その時手で移動するんだけど、伸びた爪が床に床に当たってカタカタ音がするらしいぜ」

「何かよくありそうなやつだなぁ。で、そいつに会ったらどうなるんだ?」

「何でも良い下半身なら千切り取られちまうらしいぜ」

「怖っ! てか、何だよ良い下半身って」

「それは『カタカタ』に聞いてくれ」


 はははっ、と笑い声が聞こえてきたが、それどころではなかった。

 良い下半身なら千切り取られる……奪われる。△△はまさか――


「て、ないない。そんなオバケみたいなのがいる訳ないし。……はぁ、私も疲れてるのかなぁ」


 一瞬過った自分の考えに自嘲気味に笑った。今日はもう病院にも寄らずに帰って、久しぶりに早く寝よう。お見舞いに来る人が疲れてたら、△△だって気を使ったちゃうだろうし。

 そう自分に言い聞かせた。


 午後七時。

 〇〇は学校の廊下を一人歩いていた。

 夜の学校は昼間の学校と違った雰囲気がある。ココにいてはいけない、場違いな感じ。誰の居ない廊下を歩いていても、虫の声、何かの機械音、家鳴りのような音、風の音、色んな音がする。


「はぁ、何でこんな日に限って宿題忘れて帰るかなぁ」


 教室棟の二階の一番端。長い廊下を進んでいく。

 溜息が溢れた。

 確かに最近は注意力散漫なことが多かった。普段なら宿題を忘れたぐらいでわざわざ学校まで取りに戻ったりしないのだが、忘れたのが物理の宿題だったのが悪かった。物理はテストの点数より、普段の授業態度などの方が成績に影響されるのだ。


「はぁぁぁ」


 今日何度目か分からない溜息をついた頃、教室に到着した。

 自分に呆れる気持ちもあるが、何か喋っていないと暗闇や静寂に飲みこなれてしまう錯覚に陥ってしまう。


「あったあった」


 机の引き出しを確認すると宿題はすぐに見つかった。意識して明るい声を出す。


 目的は達した。後はさっさと帰るだけだ。


 教室から出て、静かに扉を閉める。


 再び長い廊下を進む。


 コツコツコツ。


 足音が大きく響く。


 コツコツコツ コツコツコツ 


「――!?」


 それに気が付いてしまった時、身体がビクッと震えた。

 足音にもう一つ別の足音が重なって聞こえた。


 気のせいかもしれない。


 止まっていた足を無理やり動かす。


 コツコツコツ コツコツコツ


――ダメだ。聞こえる。コレはダメだ。


 本能が頭の中で警鐘を鳴らす。


「はぁっ はぁっ はぁっ!」


 呼吸と足が速くなる。


 しかし、足音は変わらず一定の間隔で付いて来た。


 もうダメだ!


 堪らず後ろを振り返った、

 薄暗い廊下で、初めは何も見えなかった。

 しかし、目を凝らしていると廊下の端で動くものがった。


「……人?」


 ソレは人のようだった。

 足があり、胴体があり、手があった。


「――はぁぁぁ。何だ、ビックリしたぁ」


 緊張の糸が切れるとはこの事だ。

 危うく座り込みそうになった。

 勿論、誰かに見られていろのにそんな事はしないのだが。



 しかし、一体誰だろう。部活がある生徒ももう帰宅しているはずだ。だとしたら、宿直の先生だろうか?


 段々近づいてくる影をジッと見つめる。


 そして、距離が半分くらいに縮まった頃。とんでもないミスに気が付いた。日中聞いた『カタカタ』の話が頭にあったのがよくなかった。普通なら見た瞬間にその違和感に気がつけた筈なのにっ!


 その影には、頭部がなかった。

 いや、違う。頭部らしきものはあった。ある位置がおかしいのだ。その影は頭部を小脇に抱えるようにしてコチラに向かってきていた。


 ゾッ!!!!!!!!!!


 全身を鳥肌が駆け巡った。足元から身体、腕、顔へと一気に駆け上がってきた。

 それと同時に背を向けて、走った。

 無様に、必死に、ただ足前へ。


 足音がすぐ後ろで聞こえる気がする。

 振り返りたい欲求を押し殺して、ひたすら前へ。


 すると、少しだけ明るい場所が視界に入った。昇降口だ。


 あと少し。あと少しで、アレから逃げ切れる。一瞬ココロの中に安堵が広がった――


 そして、きっとソレがいけなかった。


『ワタシノ カオヲ シラナイ?』


 耳元で声がした。

 その瞬間文字通り、膝が、腰が砕けた。

 その場にへたり込んだ〇〇の眼前に、ソレの顔があった。顔の半分が何か強い力で潰されたようにひしゃげた顔。


『ネエ ワタシノ カオヲ シラナイ?』


 今度はよりハッキリと。

 そして、そのひしゃげた目と視線があった。


「〜~〜~!!」


 声にならない叫び声が喉からほとばしった。


『ワタシノ カオヲ シラナイ?』

 

 それでも変わらずに聞いてくる態度に、意を決して、言う。

「も、持ってるじゃない」


『アハハハ! コンナ ツブレタ カオガ ワタシノカオヲ ノハズ ナイデショ』


 様子が変わった。狂気が滲み出る。

 

『ダレカガ ジブンノカオト ワタシノカオヲ マチガエテ シマッタノ』


 最早相手が何を言っているのか分からなかった。顔を間違える? 誰かが? 一体何を言っているのだ?


 ――?


 しかし、恐怖中何か引っかかりを覚えた。どこかで似たような話を聞いたような……。


『アナタ キレイナ カオネ』


 そんな事を考えていると、その化け物が何かを言い出した。嫌な予感が体中を支配する。


『アア アナタダッタノ カオヲ マチガエタノハ』


 酷く嬉しそうな、愉しそうな、嗤い顔。

 その瞬間『ガシッ』と顔を掴まれた。化け物が持っていたひしゃげた顔が転がっていく。


 そこで、化け物の視線が外れたことで、初めて化け物の全身を視界に捉えることが出来た。 

 ソレは酷く歪な形をしていた。

 上半身は女性で、腕も細い。しかし、下半身は鍛え上げられた男性のソレだった。

 ツギハギ――そんな印象を受けた。


「その足っ――!」


 そして、その瞬間理解した。

 △△の言っていた奪われたという意味。アレはこの化け物に下半身を奪われたと言う事だったのだ。そして今、コイツは私から顔を奪おうとしている。


「――このっ」


 悔しくて涙が溢れる。

 必死に抵抗するが、ピクリとも動かない。首のあたりがミシミシと悲鳴を上げる。


「―あっ――がっ!――」


 痛みで途切れ途切れに悲鳴が漏れる。


 転がった顔がニヤついている錯覚が見えた。


 痛みで意識が遠のく。ああ、もうダメかも。


 ――――カタ


 意識の端で音がした。


 切れかけた意識を無理やり繋ぎ止め、耳と目に意識を集中させる。


――――カタカタ


 確かに聞こえる。一体どこから?


 視線を動かす。誰でもいい。この状況から助けてくれるのなら!!


 カタカタ カタカタ カタカタ


 音は次第に大きく、速くなっていった。


 そして、ソレが視界に入った。


 廊下の先。暗がりの中、数メートルほど離れた所――廊下にへばりつく様にして移動する上半身にだけの人影。


『カタカタ』


 その言葉が脳裏に浮かんだ時には、その化け物は物凄い勢いで――とても腕だけの力で進んでいるとは思えない速さで突き進んできた。


「ひっ――」


 絶望の悲鳴が漏れた。


 が、ソレは〇〇の口からではなかった。

 目の前の化け物。〇〇顔を今まさに引き千切ろうとしていた化け物がいきなり手を離したのだ。先程の悲鳴は、転がっていた顔の方から聞こえてきた。


 ますが呆気に取られている間に、コチラも物凄い勢い速さで脱兎の如く、落ちた顔を拾い上げ走り去っていった。


「た、助かった、の?」


 〇〇は座り込んだまま動けずに呟いた。

 少し離れたところには、まだ『カタカタ』がいた。

 しかし、恐怖は感じなかった。

 先程よりも距離が近くなった事で、その顔が見えてきた。


「――え?」


 その顔は――――



 その後、〇〇無事に家に帰り着いた。

 今でも△△は入院中で、変わらずお見舞いに行っている。

 やはり、「うばわれた」と呟いており、みんなが首を傾げているが、私だけが真相を知っている。

 △△はあの化け物に下半身を奪われたのだ。あのひしゃげた顔はきっと抵抗した結果だろう。そして、私が同じ目に合いそうになった時に助けに来てくれた。あの時現れたカタカタの顔は△△だった。

 勿論、△△本人はその時病院のベッドの上にいて、一人では動けなかったということも分かっている。アレはきっと生霊のようなものだったのではないかも思っている。

 △△が助けてくれた。 

 私はそう思うことにした。



 

 

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百物語 菅原 高知 @inging20230930

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