後編・後日談

 ◆



「それが母ちゃんとの出会いだ」

「えっ!! じゃあママって魔王なの!?」


 父に在りし日の想い出を語られ、二人の間に生まれた娘は思わず声を荒げた。


「やだぁ。元・魔王よ。まぁちゃんも歴史の授業で習ってない? もう魔王軍は滅びているのよ。魔王城はただの観光地だしィ」


 母は艶然と微笑んだ。悪意や怨念を全て浄化され、唯の魔人となった彼女。幸せに生きた年数の証をその顔に皺として刻んでいても、なお美しく在る。


「それに魔族はみーんなパパの美味し~い聖水で浄化されちゃって、魔人として人間と共存してるもの。私の元側近も部下も人間との和平交渉の立役者だしぃ。パパってスッゴいんだから。勇者なんかより全ッ然、世界平和に役立ってる人なのよぉ!」

「やだなあ誉めすぎだべ、母ちゃんはもう~」


 母の手放しの絶賛に、父は顔を赤らめ身をよじる。それらを目の当たりにした娘は、文字通り言葉を呑んだ。


 まさか、学校の宿題で出た質問を両親にぶつけただけで歴史上の壮大な話がでてくるとは。これを学校で明日発表しようものなら、クラスは未曾有の大混乱に巻き込まれるであろう。考えただけでも厳しいと、娘は蟀谷こめかみを揉む。

 ……いや、それよりも、何よりも。


 彼女の名前は昔から嘲笑の対象になりやすかった。娘の身でありながら何故か「王子」「魔王」と揶揄われる事も多々あった。だが、それでも両親が様々な意味を込めて自分の名を考え名付けてくれたのであろうと、これまで彼女はずっと固く信じていたのだ。

 その信じるものが今この時揺らいでいる。自然と彼女の声も揺らいだ。


「じゃ、じゃあ、宿題の答え私の名前の由来って……」

「あぁ、そのまんまよぉ」

「んだんだ」


 魔王子まおこは、がくりとテーブルに倒れ臥した。


「なんでそのまんまなの……」

「だってぇ。ほんとはパパとの想い出の『魔王の涙』を名前に使いたかったんだけど、やっぱり涙って字はどうかと思うじゃなぁい?」

「んだんだ。母ちゃんの言うことはいつも正しいべ」


 ほぼバカップル夫婦の会話を余所に、娘は机に臥したまま、短い爪を突き立てカリカリとやりながら呟く。それは小学生女子から放たれたとは信じられぬ程、重苦しい声であった。


「ぐ……」

「ぐ?」

「どしたべ? まぁちゃん」

「グレてやる……!」

「えっ、まぁちゃん?」

「何言ってるだ?」


 魔王子は顔を上げる。涙で濡れるは青ざめた頬。赤い唇から零れるは地獄からの呼び声の様な言葉とかすれた低い声。


「グレてやる!! なんだよそのまんまって!! ああ、もう一生魔王の子として扱われるじゃん!!」

「元・魔王だってばぁ」

「魔王の子、かっこいいべ!」

「ふっざけんなよ!? あー、かっこいいならそうだ、もう私が魔王として復活するわ! 魔王軍復興しちゃうもんね!!」

「えっ!?」

「まぁちゃん、落ち着いて!」


 流石に慌てだした両親だが、娘の怒りは収まらぬ。その勢いのまま、手元に置いていた魔法の石板タブレットを起動した。この世界は魔法ネットワークにより形成されたSNSが10年ほど前より発展しているのだが、それも元魔王軍の魔人達による功績だと魔王子は知らない。素早くタブレットを操作し写真を自撮りしてSNSにアップした。


『元魔王の娘、魔王子と書いてマオコです。私は新たな魔王となり、この世界を征服します。これからNEO魔王軍のメンバーを募集します』


 写真は挑発的に舌をべろりと出し、目を見張り中指を立てた図である。どこからどう見ても邪悪な姿だと魔王子は満足したが、小学生女子なので若干無理をしている可愛らしさが見えなくもない。


「ほら! もうメンバー募集もネットにあげちゃったもんね! 今日から私は本物の魔王よ!!」

「お前さ、なにしてるだ!」

「今すぐ消しなさい! 学校でネットリテラシーを勉強したでしょう!? 写真や本名を晒すなんて怖いのよぉ!」

「ふんだ! 魔王に怖い物なんてないもんね!」


 魔王子はタブレットを抱きリビングを飛び出し、自分の部屋に閉じ籠った。両親が謝罪しようと懇願しようと、その扉は決して開かれぬ天岩戸の様であった。



 ◆



 魔王子のSNS投稿はバズった。ただし。


「なんでこうなるの……」


 メンバー募集という書き方が誤りだったか。何故か彼女の下に届くDMは、殆どがギタリストやベーシスト、ドラマーからだった。つまり、「NEO魔王軍」というバンドメンバー募集だと勘違いされたのである。


 斯くして、頭に角のある小学生女子がキレて歌いながらライブで聖水を撒く事でおなじみの、伝説級のヘビーメタルバンド「NEO魔王軍」は誕生し、この世界を別の意味で征服していくのであった。




 一方その頃、勇者は場末の酒場で酔いつぶれていた。


「お、俺しゃまは勇者なんらぞ……魔王を倒したんらぞ……」

「出たw おっさんのホラw」

「ひっく。ホラじゃないんらぞ……」

「はいはい。いっつもソレ言ってるよなー」


 元・魔王は浄化された後、人間の王の前に現れ「『魔王の涙』のお陰で私は生まれ変わった! これからは魔人と人間で手を取り合おう!」と宣言した為に、勇者の功績は取り消された。元・魔王の怨念は聖水化された味噌汁で浄化されてしまったが、確りと意趣返しには成功していたのである。

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瀕死の魔王(※美女)、全てを浄化する伝説級の酒造り職人にお持ち帰りされる&その後 黒星★チーコ @krbsc-k

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