エピローグ 蓬莱三姉妹
「げ、もしや今月赤字じゃない?」
とある休日の蓬莱家。
リビングの机でレシートを整理しながら電卓を叩くのは長女の杏菜だ。
休みだと言うのにオフィスカジュアル風の私服にきちんと着替え、ブローされたショートヘアがさらりと靡いている。開いている家計簿も数字の羅列が寸分違わず罫線に沿って並んでいる。
「かんちゃんを呼ぶ口実に買ったビールが痛手だったなぁ……」
「全く、姉さんは……」
杏菜の独り言に対し、ため息を吐いたのは、台所で夕飯の仕込みをしている透花だ。
「流石に飲み過ぎだと私も思ったよ?お金もったいないって普段から全然お酒飲まないんだから」
淡い色のシフォンスカートを履き、ストレートの黒髪を頭の後ろでおだんごで纏めている。鍋で煮込むのは手製の筑前煮。美しく飾り切りされた野菜たちが、煮えたぎる鍋の中で踊っている。
「カンタローとやけに距離も近かったし」
「それは透ねぇも!」
透花の呟きに、洗濯物を畳んでいた蕗愛が返す。
「透ねぇも色々やってたじゃん!ろあも、貫にぃとイチャつきたかった!」
そう嘆く蕗愛の姿は、ビビットな色のミニ丈のTシャツとショートパンツを見事に着こなし、爪には鮮やかなマニキュアが光る。かき上げられた前髪から見える愛らしい顔は、ばっちりとメイクが施されていて少し大人びた印象だ。一言で表すと『ギャル』だ。
「い、いちゃつくって……もう少し言い方──」
「貫にぃの前では下ネタばっか言うじゃん!」
「それはっ……カンタローと、仲良くしてたいから仕方なくッ……それに蕗愛だって、カンタローと、か、間接きす、したでしょ!?」
「あんなの間接キスのうちに入りませ〜ん
!」
物腰柔らかな口調で喋る透花。猫を被っているのではなく、この口調こそが透花の素なのである。
「ほら、2人とも喧嘩しない」
杏菜は冷静な口調で妹らを制す。
絵に描いたようなしっかり者の長女。
それこそが、蓬莱杏菜という人物。
「かんちゃんの事が好きなのは皆同じでしょ?だから少しでも関わりを持っていたくて、皆そうしてる。利害は一致してるんだから。あとろあちゃん、また無駄遣いしたでしょ」
「ちょ、杏ねぇ急に飛び火してくるじゃん」
「知ってるんだから。少しずつ変なフィギュアが増えてるの」
「変なフィギュアじゃないから!可愛いっしょ、ぶすおくんって言うの。めっちゃ流行ってんだよ?」
そう言って蕗愛はポケットから、しわくちゃの赤ん坊のような見た目の到底可愛いとは形容詞がたいフィギュアを取り出し、語り始めた。
無口とは無縁の、明るくお喋りな姿こそが本来の蕗愛のキャラクターだ。
「てか、杏ねぇもろあの『あーん』に乗じて貫にぃにやろうとしてたじゃん!」
「……あれは酔ってたから」
「嘘つけぇ!」
「そ、そうよ!私知ってるんだから。姉さん、酔ってもあまり変わらないってこと!」
彼が居ない蓬莱家は、今日もどこか騒がしくて落ち着かない。
ただ一つ違うのは、彼女達はポンコツでないこと。
掃除も、洗濯も、料理も。
生活していく上で必要なことは彼女たち自身で出来る。
それでもなお、彼女達が彼に甘える訳。
彼女達から見た、彼の存在。
彼女達の想い。
鈍感な彼がその真意を知ることは、まだ遠い未来の話になるだろう。
彼がそれに気付くまで。彼女たち──蓬莱三姉妹は、今日も抜けてるふりをするのだ。
蓬莱三姉妹は、今日も抜けてるふりをする ヨダカ @no-gen-kaiotk
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