第8話 大団円

 美亜が自殺を図ってから、4日が経った。「医者から、

「面会謝絶の期間が終わった」

 と教えられたので、刑事はやってきた。

「ただし、15分が限度です。それ以上はドクターストップです。それに私も一緒についていますので、もし、棄権だと思うと、その瞬間に、面会は打ち切っていただきます。いいですか、あくまでも面会としてお通しするのであって、事情聴取ではないということをお忘れなく」

 と、少々きつめに、医者はそういったのだ。

「だったら、もう少し回復してからでも」

 と刑事は思ったようだが、医者の方としても、

「ここまでは回復しても、ここからは、ほとんど変わらない日が続く。ということであれば、いつ面会してもらっても同じことだ」

 ということであった。

 そのことは、刑事にも伝えられ、刑事の方も、

「そんなに、厄介なんですか?」

 といわれ、

「そうですね、精神的なショックはひどいものです。何と言っても、中学生の女の子が、自分で毒を用意して、それを服用するということをやってのけたんですよ。それだけでも、相当な神経の痛み方をしているはず。こんなことは不謹慎だということを分かって、敢えて言わせてもらうのですが、この子は、死んでも地獄、助かっても地獄なんですよ。こんなことなら、一思いに死んでいた方が、彼女によってはよかったのではないかとまで思えるほどなんです」

 と医者がそこまでいうのだった。

 その医者は、梶原先生で、刑事も、

「若いのに、ここまでよく言い切れるな」

 ということであったが、この気持ちは、きっと、若先生と話をした時に感じたことだったのだろう。

 梶原先生には、子供の頃、苛められていたという記憶はなかった。ある意味、順風満帆で友達に関しては、恵まれていたといっておいい。

 しかも、人生の仲での節目に関しても、失敗は一度もなかった。

「高校受験、大学受験、医者の検挙の取得」

 と節目節目では、底辺んお心配などありえないほどの、優秀な成績で、やってこれたのだった。

 それを思うと、

「いつもまわりから羨ましがられるタイプ」

 であったのだ。

 しかし、彼本人とすれば、それがプレッシャーであった。なんでも、こなせて人よりいつも前にいるということは、もし何かの挫折を招いたとしても、まわりは、相手にしてくれるわけはない。

 せめて、

「ああ、あいつも人間だったのか」

 ということで、ほんの少し、親近感を得られるというだけで終わってしまうことだろう。

 そうなると、

「俺は、絶対に先頭でないといけないんだ」

 ということになる。

 それを分かっているから、

「俺の気持ちは誰にも分からない」

 という思いが一番強く、

「何か悩みがあるか?」

 と、もし聞かれると、

「このどうしようのない孤独感」

 と答えることだろう。

 実際に、高校時代に、自分のまわりにそんなやつがいた。何をやらせても、絶対に一番、彼の辞書には、

「1番か、それ以外かしかないのではないか?」

 といわれるほとであった。

 実際にその友達から、

「先頭を走る人間のとんでもないほどの無限を味わうほどの孤独感、絶対に分からないさ。どうせ、皆は、それを皮肉にしか見えないのさ。それは、俺に対して、嫉妬しかないからな。だけどな、俺から見ると、嫉妬というものがどういうものか、よくわかるのさ。それがいかなるものかということになるわけで、そこは誰にも分からない。何といっても、この俺にすら分からないんだからな」

 と、今まで見たことのない興奮でまくしたてるのであった。

 それを思うと、

「平凡な人間から上であっても、下であっても、橋の方にいけばいくほど、その先が無限にしか見えず、その恐ろしさに震え上がるということなんだろうな」

 ということであった。

「そうか、上には上の苦しみがあるんだな」

 と思うのだったが、

 その苦しみを、最近のパンデミックが示しているようだ」

 と思っていた。

「伝染病も罹ってみないと、分からないのと一緒で、人が自殺をするという気持ちも同じようなものなのかも知れない。そういう意味で、自殺をしたくなるような病気があるとしても不思議はないだろう?」

 という、おかしな意見を持っているのが、この梶原先生だった。

 梶原先生は、ある程度のところまでは、美亜の気持ちを分かっていたようだ。しかし、そこで終わりなのか、まだまだ果てし撒く続くものなのか分からない。それはあくまでも、「上下の限界が見えない」

 ということでの苦しみに似ていると分かっているからではないだろうか?

 そして、彼が思ったのは、今回の自殺が、そんな菌に犯されているからで、

「その菌に、抗うことはできない」

 という考えであった。

「逆らうということと、抗うということでは違う」

 ということを、梶原先生は分かっているようだった。

「逆らうというのは、気持ちが逆らおうということで、身体を動かす場合であって。抗うというのは、気持ちに関係なく、身体が反応して、拒絶するものではないか」

 ということであった。

 その菌には、

「抗うことはできても、逆らうことはできない」

 のだった

 それを、無理に、

「逆らおう」

 とするならば、

「そこに無理があり、その無理に今度は抗うという意識が働き、自殺のようなことを考えるのではないだろうか?」

 ということであった。

 つまり、自殺菌という名前の菌があったとすれば、それは、

「二段階構成になっている」

 ということではないかと思うのだった。

 つまり、

「彼女の場合もこの自殺菌に犯され、その菌の影響が、イシダ老医師に出たのだとすれば」

 ということを考えるようになった。

 そもそも、この自殺菌という発想は、学生時代に、若先生が提唱したものだった。それを聴いて、

「そんなバカな」

 と口では言っていたが、その時の梶原先生の目が真剣であったことを、若先生は憶えていたことで、この間、話にいった時、敢えて、

「親父が毒薬を渡したんじゃないかと思うんだ。だけど、その時の状況であれば、もし相手が親父じゃなく、俺だったとしても、いや、お前だったとしても、抗えなかったのではないかと思うんだ」

 と言っていたのだろう。

 息子としては、相当言葉を選んだつもりだったのだろう。

「それ以上でも、それ以下でもない」

 という回答を、若先生はしたのだった。

「そっか、あの時にいっていたのは、こういうことだったのか」

 とばかりに、梶原先生は、思い返したのだった。

「なるほど、そういうことか」

 といろいろ納得をしながら、刑事を彼女のところに連れていく。

 美亜は、刑事に対して何を答えるのかということが、梶原先生には、手に取るように分かっていた気がする。

 もちろん、刑事としては、

「聞きたいことが利けたような気がしないな」

 とばかりに、話のほとんどが、

「分かり切ったこと」

 としか聞こえないのだ。

 それに、少し梶原先生の中で意外だったのは、彼女の口から、今回流行っている、

「世界的なパンデミック」

 の話が聞かれたことだった。

 彼女であれば、

「必要以上のことを話すはずがない」

 ということは分かっていたはずだ。

 それなのに、何を言いだすのかと考えたが、よく聞いてみると、その意見には一理あるものだった。

 というよりも、

「前から俺が言ってきたことではないか」

 ということだったのだ。

 その内容というのは、

「今回のパンデミックでは、その副作用として、二重人格になってしまうんですよ」

 と言いだしたのだ。

 刑事も、そこまでくると、話が飛躍しすぎたと思ったのか、

「ああ、いや。もういいです。ありがとうございました」

 と相手から話を打ち切るほどだったのは、梶原には意外だったのだ。

 刑事が帰っていくと、梶原先生は、若先生に連絡を取った。

「君のいう通りだったよ」

 というと、

「いや、君が俺の気持ちを分かってくれたからさ。たぶん、俺の話を聴いた時よりも、実際に彼女が刑事と話をする時には、どんどん見えてきただろう? 俺たち医療従事者はこれでいいのさ。下手に政府が推奨するようなワクチンよりも、ちゃんとした薬を作ることができると思うのさ」

 と、若先生はいう。

「そうだな」

 と話しながら、梶原刑事も分かってきたが、それがどういうことなのかというと、

「今回のパンデミックの特効薬というのは、身体の中にあってしかるべきものなのさ。それをいかに、うまく利用するかということさ」

 と若先生がいうと、

「かあ、お前の親父さんは、そのことも分かっていて、敢えて毒薬を仕込んだということなのか?」

 と梶原先生がいうと、

「少なくとも、俺はずっとそう思っていくだろうな」

 というではないか。

「ところで今、お前の親父さんはどうしている?

 と聞かれた若先生は、

「ああ、親父だったら相変わらずさ。治療に忙しい毎日だな」

 というので、

「そうかそうか、きっとお前の親父さんのことだから、毒の出どころは絶対にいわないだろうな。それは、もちろん、保身のためなんかじゃなくね」

 と梶原先生がいうと。

「それはそうだろうな、だから、俺もこれは墓場まで持っていくつもりだ」

 と若先生はいう。

「俺もだよ、後知っているのは、美亜ちゃんだけということになるが、美亜ちゃんが話すということはありえないからね」

 と、梶原先生は言った。

「ん? それはどういうことだい?」

 というので、

「あの薬には、さらに副作用があるのさ。自分が誰を一番頼りにするのか、あるいは、誰が好きなのかということが、ハッキリと分かるというような副作用がね。彼女はそのことを分かっていて、敢えて飲んだと思うんだ。心の中で、これによって、自分が救われるという気持ちの上でね」

 と梶原先生は言った。

 この二人、話せば話すほど、この事件の。いや、しいていえば、今回のパンデミックの、いや、さらには、その上の大きな問題を解決できる人間だったということなのであろう。

 パンデミックが収まって、他のウイルスがまた流行りだしたが、それまでの類似のウイルスが二度と出てくることはなかったのは、この二人、さらには、老先生や美亜という女の子の力があったということを、知る人は少なかったであろう……。


                 (  完  )

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パンデミックの正体 森本 晃次 @kakku

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