背中に抱きつかれる感覚
あばら🦴
背中に抱きつかれる感覚
「ねぇ京子、あの噂知ってる?」
「なになに?」
「この街でさ、急に誰かに後ろから抱きつかれるんだってよ」
「なにそれ。不審者じゃん」
「それが、抱きつくのは生きてる人じゃないんだって。この世ならざるものらしくて、それで人を連れ去っていくらしいの」
「こわっ! 都市伝説? 本当なの?」
「実際に遭遇した人がたくさんいるし、そのせいで行方不明になったって噂の人もいるよ。それでね、後ろから色々話しかけられるんだけど、絶対に反応しちゃダメなんだって。あと絶対に振り返っちゃダメらしいよ」
「らしい、らしいって、それどうやって分かるの? なんかおかしくない?」
「いやね、生き残った人はみんな反応しなかったらしいのよ。最後まで振り返らないで家に帰った人だけがその話をするから、じゃあ反応したり振り返っちゃダメだって分かったんだって」
「へぇ〜。じゃあ、遭遇しても家まで帰れば生き残れるんだ」
「それもあるんだけどさ、噂によると、誰でもいいから人と出会えば離れていくんだって。一人きりだと狙われるらしいよ」
――――――
よく見知った道だけど、昼と夜だと雰囲気がこうも違うのか……。
夜九時なんて女子高生が一人で出歩く時間じゃないけれど、友達との遊びがつい盛り上がってしまったから仕方ない。
……いや、やっぱり早めに切り上げるべきだったな。怖いってほどでは無いけど、街灯が心許ないように感じてなんだか不安になる。
あの曲がり角からとか、あの電柱の裏からとか、何かヤバいのが出てきたりしないよね、なんて……。
……!!
「ひっ!」
な、何!?
後ろから、誰かに抱きつかれた!
それに何か変だ! なんだか軽いような……。後ろに人がいるっぽいんだけど、大きな風みたいに感じる!
もしかして……、振り返っちゃいけないやつ!?
私の心拍数がドクドクと上がっていくのを感じる。
だいぶ前の話だったけど覚えてて良かった。
本当に私の後ろに何かが抱きついているんだ。
それなのに脚は問題なく前に動かせるらしい。実際に重いわけじゃなくて、抱きつかれてる感覚だけがあるみたいだ。
ゆっくり歩いていこう。
走ったら反応したことになるかもしれないから。
誰かに会えればゴールらしい。最悪誰にも出会えなくても、家に着ければ絶対ゴール。
無視すればいいだけなんて簡単じゃないか。
落ち着け……。落ち着け……。
一歩ずつ歩く……。
すた、すた、すた―――
『顔見せて?』
……!!
話しかけてきたっ?!
女性っぽかった!
無視だ、無視。歩け、歩け!
『なんで見せてくれないの?』
今度は男!?
どうなってるの?
いや、振り返っちゃダメだけど……。
『ねぇ、どうして』
『見せてよ』『こっち見て』
『返事して?』
い、色んな歳の、色んな声が話しかけてくる!
後ろに何がいるの!?
てか、なんでこういう時に限って誰とも出会わないの!
『話聞いて?』『何もしないからさ』
何もしないならなんで抱きつくのよ……。
なんだかだんだんと背中が重くなっているような気がする。
いや気の所為じゃない。明確に重く感じる。感じるだけで実際には重くないのが気持ち悪い。
『見てくれないんだ』
『聞こえてないのかな』
『じゃあ仕方ないよね』
……? そこで止まらないでよ。
なんなのほんと、迷惑なんだけど―――
……!!
頭を掴んできた!
「んぅっ!」
両耳から両手で頭を挟まれてる!
見えないから分からないけどそんな感覚! 頭の両サイドを包まれてるみたいな……。
何もされないよね? 本当に家まで帰れば大丈夫なんだよね!? 声出ちゃったよ……!
『いいのかな?』『いいの?』『見ないままでいいの?』『どうなってもいいの?』『顔見せてよ』『どうなってもいいの?』『いいの?』
な、何!? 一斉に喋ってきた!
それに背中がめちゃくちゃ重いように感じるし!
こ、これ、言うこと聞いて振り返らないとダメなんじゃないの? だ、だって、言うこと聞かなかったら何されるか分からないし!
振り返らなかったらどうなるのよ、私……!
いっそもう振り返って、素直に従った方が―――
……いや、落ち着け! 落ち着くのよ京子!
何か出来るんだったら今もう何かをやってるはず!
だって既に私の後ろに来てるんだから! 絶好の機会なのに今ここで何もしないってことは、つまりやりたくても出来ないとしか考えられない。
後ろのヤツがなんなのか分からないけど、振り返らない限り、きっと何もできないんだ!
歩け、歩け!
心臓の音も後ろのヤツもうるさいけど、構わなければいいんだ。家までもうすぐ。十分くらいで着ける。背中はだんだん重くなっていくけど歩きにはなんの問題もない。
……ん?
あっ! あれって人じゃない!?
ちゃんと動いてるからなんかの看板でもないし!
服装的にランニング中の男の人っぽい! そういうルートなのか私の方に走ってくる。良かった……!
あっ! あの人が近づいてくる度に背中が軽くなってきてる。声もだんだん小さくなっていってる。……助かった! 私、助かったんだ!
……居なくなった!
あの人とすれ違ったら、完全に背中の重さが消えた。
終わったのかな……。でもまだ心臓はドクドクしてる。怖かった。ちょっと立ち止まろう。というか、今の今までなんで誰とも出会わなかったのよ!
それにしても、噂は本当だったんだ。明日みんなに絶対話そ。
もう振り返ってもいいよね。
本当になんだったんだろ―――
えっ、顔? 真っ白で、大きい顔……?
私の肩の上に? なんで?
こ、呼吸が、しづらい……! 叫び声も出ない……!
なんか、蛇みたいな、長いにょろにょろのやつの先端に、顔が……。それが、私の肩の上に……。
口がでかい。耳まで、裂け目がある……。
「えぇ、ひぇ……。ひっ、なにこれ……」
あっ、口、開けた。裂け目がばっくり割れた大きい口が、私の顔に迫ってくる。ギザギザの歯が多い。
耳元をがっしり掴まれてて、首を動かせない。
足を動かそうとしても、重くて動かせない。
逃げられない……。
――――――
「京子、どこ行ったと思う?」
「家出とか夜遊びする子じゃないもんね。急に行方不明なんて……。確かあんた、最後に会った友達だから警察に話聞かれたんじゃなかった?」
「うん。でもあの日に京子の様子がおかしいなんてことはなかったのよ。何かに巻き込まれたとしか考えられない。私はさ、最近噂になってるあの怪異が関係してると思う。知ってる? 背中に抱きつかれる話」
「知ってるけど……。反応したり振り返ったりしないで、誰かと出会えればいいんでしょ? それだけなら行方不明にはならないんじゃない? もしかして京子、知らなかったの?」
「いや知ってるはず。覚えてればだけど。でもそもそも、なにかおかしいのよ。なにか……」
「考えすぎだってば」
「だってさ、考えてみてよ! 生き残って話を広めた人はみんな最後まで振り返らないで家に帰ったのよ? なら振り返らないで家に帰るのが対処法になるはず。誰かと出会えれば怪異は離れていくって噂、誰が広めたのよ!」
背中に抱きつかれる感覚 あばら🦴 @boroborou
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