断罪の勇者
アベリアス
断罪の勇者
――天狼625年・春
この日、王都中央広場にて勇者は断罪の時を待っていた。
犯した罪の名は“魔王の封印”
魔王討伐の命を受け旅立った勇者は、魔王を討たず封印を施し帰還した。なぜ封印に留めたのか。
その理由も話さず、勇者は無抵抗のまま罪を受け入れ、現在に至る。
「愚かな。せめて命乞いでもしてはどうか? さすれば先延ばしにしてやっても構わんのだぞ? 勇者カオス・ジュエイン」
「何事も早い方が良い」
ニヤリと笑い処刑人の顔を見つめると、血管を額に浮かび上がらせ、怒りに震える処刑人の姿が滑稽に映った。
この処刑人にとって、勇者を処断する任は栄誉とも言うべきなのだろうが、想像していたものとは掛け離れていたのだろう。
「早くしろ、貴様の望むような泣き叫び、許しを請う気は微塵もないぞ?」
「小癪な若造が! 一思いに断ち切ってくれるわ!」
ギロチン台から風を切るような鋭い刃音が首筋に迫って来る。
首を落とされる直前、勇者の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
――天狼624年・冬
魔王討伐の命を受け4年、勇者カオス・ジュエインは最果ての廃城、絶獄にて魔王と邂逅する。
互いの力が互角などという奇跡は存在しない。全力でぶつかり合い、ほんの僅かでも力の勝った者が勝利する。そんな熾烈を極める戦いだった。
「魔王よ、勝敗は決した。何か言い残す事はないか?」
「……私を殺したところで、人々から恐怖は永劫に拭えぬぞ」
魔王の首元に突き付けたジュエインの剣がピクリと反応する。
「その意味に気づき、知りながらここまで辿り着いたというのか。長く辛い旅路であったであろうな」
そう言葉を残した魔王は眠る様に瞳を閉じた。その意図を汲み取り、ジュエインが首を撥ねようとした時、物陰から囁くような声が聞こえ、刃を止めた。
「父様……?」
物陰から現れたのは、二人の幼い少女だった。
「アルファ、デルタ、こちらに来るでない」
魔王の制止も聞かず、倒れた父の傍に寄り添う少女達。
銀髪に碧い瞳、そして褐色の肌。一件、魔族に見えなくもない容姿だが、特徴的な角や牙、尖った耳は見受けられない。
さらにアルファは左腕を、デルタは右腕を二の腕から失っていた。
「人間……か?」
ジュエイン思わずそう口を吐いた。
「この子らもまた、人々の恐怖により造り上げられた被害者だ」
ジュエインは荒れくれた大地に剣を突き刺し、その場に座り込む。
人々の脅威と恐れられていた存在、魔族。
しかし、本当の彼らは人間と同じような心を持ち、とても人々に恐怖を与えるような存在ではなかった。
ある魔族は仲間を庇い自ら命を差し出し、またある魔族は命を乞い、地面に頭を擦り付けた。
それでもジュエインは殺し続けた。
何故なら魔族は、余りにも人間に近い存在であり、故に憎悪や復讐心といった、人間の醜い部分も同じように持ち合わせているからだ。
しかし、魔王に寄り添う2人の少女を見て心が揺らぎ、罪の意識さえ芽生えてくる。
「魔王よ……魔族と人間は同じ生物か?」
「数々の魔族を打ち倒し、この場に辿り着いた其方なら既に理解しているであろう」
ジュエインは言葉を失った。同じ生物ではある筈がない。
4年もの間、魔族の命を奪ってきたのだから。
「教えてくれ魔王よ、俺は間違っていたのか?」
「万人の願いを受け、勇者として
「勇者として人間らし……く?」
「しかし、その度に
いつの間にかジュエインの瞳からは、熱い雫が頬を撫でるように流れ落ちていた。
「……今からお前たちを封印する。」
腰に結び付けた小袋から、手のひらに収まる程の球体を取り出す。
淡く青みがかった水晶のような球体だ。
「これは封印球。もし魔王を討ち損じてもいいように持たされた物だ。これを使えば500年は安泰だろう」
「良いのか? そんなことをすれば、其方の身に何が降り掛かるか解らぬぞ」
「この身がどうなろうと構わない。最後に自分らしさを取り戻させてくれた礼だ」
「……そうか。アルファ、デルタ、この男に礼を言いなさい」
「お兄ちゃん、ありがとう」
2人の小さな頭を両手で優しく撫でると、ジュエインは封印の呪文を唱え始める。
「封印と言っても、この球体の中で眠り続けるだけだ。そして誰も辿り着けない場所に安置する! 心配しないでくれ!!」
魔王の安らかな表情と、2人の屈託のない笑顔を見届けたジュエインは、絶獄の底と呼ばれる
「神の信託により発覚した勇者の罪は裁かれ、封印球の在り処もお告げになられた!」
勇者を貶める怒号と歓喜が地響きを立てる。
「魔王を討伐せぬ限り、我らから死の恐怖は無くならぬ! 腕に自信のある者よ!
人々が本当に畏怖を抱くべき存在は、何者なのか。
――とある異国の聖書には、こう記されている。人間の死は、神の救いにより与えられると。
断罪の勇者 アベリアス @kk6225014jps
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