ACT5


「やあ、待っていたよ......綾原クン?」


 メイドさんに案内された客間にて。ソファにだらしなく体を預けていた一人の男がこちらの存在に気が付くと、そんな言葉を静かにこぼした。


 何故俺の名前を......、脳内にそんな疑問が浮かび、それを口にしようとしたが、それよりも先に男の口が開いた。


「まあ、とにかく座りなよ。色々と困惑があるだろうからねぇ」


「さあさあ」と、図々しく促してくる男。この男が客なのか?と疑うが、俺の後ろで控えているメイドさん———この部屋に案内してくれたメイドさんとは別のメイドさんで、もの柔らかい目つきと腰元に届くくらいの茶髪が特徴的な女性———の態度からしてそれは間違いないのだろう。


「......。」


 半信半疑、というか七割は疑いながら、俺は男と対面する形でソファに腰をかける。


「———綾原クン、であってるよね?綾錦アヤニシキの綾に、野原の原で『綾原』」


 やけに細かく繰り返されたその名前は、間違いなく自分の名前だった。


「なんで知ってるんですか。......俺とあなたは初対面ですよね、少なくとも俺はあなたの事、知らないですよ」


 誰がみても明らかなほど敵意を丸出しに、俺はジロリと男を睨め付けた。が、男は何を気にするでもなく、何ならニヤニヤと口元を歪ませて笑っていた。


「———キミのことは全て知っているよ? 県内の高校に通う十七歳、中学三年生の妹『綾原奈央アヤハラナオ』と二人暮らし、両親は長期海外旅行中......それに、静海奏シズミカナとの件についても、ね」


「———っ!?」


 言葉を紡ぐ男の口が、声が———それらを含め視界からの情報全てに、頭をガツンと思いきり殴られたかのような鋭い衝撃を覚える。男の放った言葉は、俺の心臓を強く跳ね上がらせるにはあまりにも充分すぎた。想定の斜め上......否、想定なんて出来なかった現状に言葉を失い、唯一喉から音として飛び出たのは「———なん、で」という何とも間抜けな言葉だった。


 そんな俺の態度の何が面白いのか分からないが、男はケラケラと笑い、「まあ、そうなるよね」と小さく呟いた。それからさらに、男の口から言葉が続く。


「安心して、全部説明できるから。キミが理解できていない部分を、ぜーんぶ」


 手を大にして、男は大袈裟な態度でそう口にした。その口元は一貫して笑顔のまま。


「———、正直、アナタの事は疑ってます」


 恐る恐る、という表現が正しいだろうか。とにかく今の俺に余裕など微塵も無く、未知なる存在のこの男に恐怖という一つの感情を感じていたのは間違いない。だから発した声は震えて、酷く弱々しかった。


「んー、だろうね」


「でも」と間髪入れずに男は言う。


「キミに選択肢は一つしかないよ、『僕に聞きたいこと全部聞く』っていうね」


「......そもそも、アナタ誰なんですか。も、目的は......」


「さぁ、なんだろうね。———あぁ、紹介が遅れたね。僕は田中澄タナカスミ、キミたちの住む世界と多くの共通点を持つ世界、つまりは並行世界って場所から来た、探偵さ」


「はあ?  並行世界って......」


「あ、絶対信じて無いでしょ、その顔」


「いや、だって..........その、普通に考えて、見知らぬ人から『並行世界から来ました』とか言われて信じる人、いないでしょ」


「見事な正論だ! あはは、面白いっ」


「......。」


 何故、何故この男———田中澄は常に笑っているのだろうか。ケラケラと、嘲笑と爆笑が入り混じった不快な笑い声をあげて......。


 だが、この人の言っている事を信用するのなら、カナさんの記憶について何か知ることができるのではないか?


 そんな、側から見れば一抹的な可能性が脳内に浮かび上がり、だが俺はその一抹的な可能性に縋るしか方法は無いと、無意識に理解していた。だから、俺の口は何の躊躇いもなく開いた。


「———カナさんの事っ、何か知ってるんですか!」


 革のソファから身を乗り出し、自分でも驚くほど声を荒げると、澄は「おお、いきなりだね」とこぼして微笑した。かと思えば、今度はやけに慎重な顔つきで俺の瞳を直視し、「落ち着きな」と宥めてくる。そのテンションの変化についていけず、俺は声にならない困惑を心の内にしまい込むことしかできなかった。


「———じゃあ、キミも落ち着いたことだし、説明しようか。......キミを巻き込む全ての現状を」


 そんな建前を置いてから、澄はペラペラと饒舌多弁に話し始めた。


「まずは、そうだな。この館のについて説明しようか。———キミと静海奏が通ってきた『間』、あれが何を意味するか分かるかな?」


「......。わかり、ません」


「だろうね。———いいかい、『間』っていうのは、言って終えば一つの世界だ。キミ達が存在している世界と並行する『別世界』、僕はそう認識しているよ」


「......その、さっきも言ってましたけど、並行世界とか別世界とか、それは本当なんですか......?」


「あぁ、嘘偽り無い。僕は虚言が嫌いだからね、聞かれたら何でも答えるよ。———とまぁ、そんなことは至極どうでも良い。話を戻すけど、とりあえず『間』っていうのは今までとは違う世界だってことを理解しておいて」


「了解、です。でも......一つ良いですか?」


「構わないよ、是非聞いてくれ」


 再び足を組み直し、ソファにだらしなく寄りかかりながら言う澄。『虚言は嫌い』という言葉を信じ、俺は己の心の内に秘める疑問をぶつけてみた。


「『間』っていうのは一つの世界なんですよね?」


「そうだね」


「......俺の記憶が正しければ、『間』はこの場所......つまりは『ミステリの間』含めて五つ存在することになります」


「ああ、『ミステリ』『審判』『偽善』『学園』『終焉』の五つだね。......もうそこまで調べたのかい?」


「はい。『ミステリの間』に入る前にこの館は一通り確認しました、———それで、この五つの間は何か意味があって存在してるんですか?」


「......へぇ、的確な疑問だね。自分の現状を理解して、聞きたいことを明白にできてる。———まあ、キミの言葉は合っているよ。五つの『間』には意味がある」


「どんな意味が?」


「んー、その前にもう一つ説明しておかなきゃ。じゃないと混乱するからね」


 人差し指を立て、右目を瞑ってウインクした澄は、相変わらぬ不気味な笑顔で言葉を紡ぐ。


「僕もそうだけど、メイドさんとかが何でこの『間』に居るのか分かる?」


「......いや、言われるまでそんなこと思いもしませんでした。言われてみれば分かりませんね」


「だろうね。———ちょっと、そこのメイドさん来てくれない?」


 俺との会話をいきなり止め、部屋の隅に控えていたメイドさんを手招きする澄。その言葉に一瞬戸惑いを見せたメイドさんだったが、すぐさま澄の元に近づき、「どうかしましたか?」と要件を聞いてきた。


「キミさ、名前は?」


「......私の、名前でしょうか」


「うん、キミの名前を教えて」


「......?———承知しました」


 突然の指示に疑問を隠せず、首を微かに傾げていたメイドさんだったが、これもメイドという役職のサガなのだろうか、客人である澄の指示に逆らう選択肢など思考の範疇外......つまり、承知の判断しか脳内には無かった。


「———泉有栖イズミ アリスと申します」


 無駄のない洗練された動作でお辞儀するメイドさん———もとい泉有栖さん。彼女の名前を知ることができたのは、個人的に気になっていたので良かったとは思っている。だが、彼女の名前と五つの間にどんな関係があるのだろうか。


「さあ綾原クン、彼女の名前に何か疑問を感じないかい?」


「えぇ......いや、違和感って言われても...。それに、そんな言い方したら有栖さんに失礼なんじゃ...?」


 出会ったばかりの人にいきなり名前を聞いて、尚且つ「違和感がある」とか言ってしまったら、流石に失礼じゃないのか────。そんな意図を言葉にすると、それに答えたのは澄さんではなく有栖さんだった。


「いえ、構いませんよ」


 言葉通り、別段気にした様子が無い有栖さん。それに便乗して澄さんが何度か首を縦に振って頷き、


「まぁ、今のは僕の言い方も悪かったけどさ、少し考えてみてよ。彼女の名前」


 と催促してきたので、俺は今一度思考という深い海に体を預けてみた。




 ———彼女の名前は、泉有栖。泉って苗字は別に珍しくないとは思う。まぁ和泉の方がしっくりくるけど。......じゃあ、重要なのは『有栖』って部分か。有栖って言えば、ルイスキャロル作「不思議の国のアリス」が真っ先に出てくるな。


 ———ミステリの間にアリスがいる......。これが偶然じゃなかったら?いやでも、『不思議の国のアリス』はミステリでは無いし......。




「———えっと、彼女の名前が有栖......そして、この場所がミステリの間なので、『不思議の国のアリス』、細かく言えば小説に関係した名前、ということでしょうか」


 たった今己の脳内で考え出した一つの推論をそのまま口にすると、澄さんは「おー」と、まるで玩具を買って与えられた子供のような態度で拍手を送ってきた。


「さすがだね。———その通り、彼女の名前とこの間には関係があるんだ。ついでに言ってしまえば、泉って苗字も泉鏡花って文豪から来てるんだよ」


「泉鏡花って......確か、夜叉ヶ池を書いた作家ですよね。———ん? 澄さんと有栖さん、初対面ですよね......?」


「うん、彼女とは数時間前に会ったのが初対面だよ」


「同じように記憶しております」


 澄さんに続いて有栖さんがそう言った。間髪入れずに、俺は疑問を提起する。


「———じゃあ、何で澄さんは彼女の名前の由来なんて知ってるんですか?」


「そう! そこが一番重要!」


 指をパチリと鳴らし、やや前のめりな姿勢でさらに言葉を続ける澄さん。


「良いかい?この館には、君たちの世界での常識は全く通用しない。だから今から僕が言うことも、当然君達には理解出来ないと思う。でもそれが事実だってことを忘れないで」


 やけに回りくどいというか、変な言い回しをする澄さん。その言葉の意味を頭の中で噛み砕いて理解し、俺は静かに頷く。「分かった」という意味を込めて。


 その意図が伝わったのか、澄さんは一度小さく呼吸すると、「コホン」とわざとらしく咳払いし、それから一言———。




「———キミと静海奏以外、つまり僕と有栖ちゃんを含めたこの館の人は皆......人間ではない」




 後頭部をガツンと殴られたかのような、落雷に直撃したかのような、見知らぬ人にいきなり暴言を言われたかのような———。とにかく、衝撃的だった。澄が嘘をつくような人物ではない......、それを知った後にこの言葉を聞けば、心の内が複雑に絡まって混乱するのも無理はないだろう。


 呆気に取られ、俺の脳内はクエスチョンマークに埋め尽くされる。


「え、いや......、澄さんと有栖さんが人間じゃないって、その、どういう意味で......?」


 思考がうまく纏まらず、口からこぼれたのはそんな腑抜けた疑問だった。


「そのままの意味さ。僕達は綾原クンとは別の存在、まぁ細かく言えば、器のない魂が具現化した存在なんだ。創造主ってのがいてね、その人によって僕らは創り出されたワケ」


「......一体、何のために?」


「んー、これに関しては説明がしずらいんだけど......。僕達は一人一人に『使命』を与えられてこの世界に現界してるんだ。僕の場合は『迷い子らに善道を与える』って使命が。有栖ちゃんは確か『迷い子に安寧なる日々を与える』だったかな?」


 会話の矛先が有栖さんに向かうと、有栖さんは澄さんをじっと睨みながら、


「......お客様が私と同じ境遇なのは分かりました。ですが、私の『使命』を何故知っているのです?」


 と疑問をぶつけた。


「僕の使命は『善道を与えること』だからね、この世界のことも、他の間のことも知識として脳内に刻まれているのさ。......だから綾原クンのことも静海奏のことも、有栖ちゃんのことも知ってるんだ」


「ですがお客さ———澄様は私に名前を尋ねられましたよね」


「あぁ、あれは確認だよ。自分の知識が正しいものなのかを判断する、最終チェック」


「......左様ですか」


 そんな二人の会話の内容は、全くと言って良いほど理解できなかった。いやまぁ、理解できないのは俺の理解能力の低さも関係しているだろうが......。


「———なるほど、大体のことは理解できました」


 俺が話の内容を理解できないことに対して悶々としている間に、どうやら有栖さんは疑問を解消したらしい。小さく言葉をこぼした彼女は、納得した様子だった。


「あの、全く理解できないんですけど」


「......まぁ、そうだよね。弱ったな、僕はあまり説明が上手くないし......、ねぇ有栖ちゃん、説明できる?」


「そうですね、このままでは旦那様も混乱が拭えないでしょうし。......それに、澄様はやけに回りくどい物言いをされるので」


「あはは、よくそんな感じの文句言われるよ」


「至極当然の文句かと」


「毒舌だねぇ」


 有栖さんの皮肉がこもった言葉に対し、澄さんは変わらない笑顔を見せつけていた。個人的に、こういう「普段何考えているのか分からない系の人」はあまり得意ではないので、澄さんに対する印象があまり良くないのが本音だが......、この人からもっと情報を聞き出して、この世界についてだったりカナさんについてだったりを知らなければならないため、努めて平然でいるよう心に決める。


「———では、澄様に変わって私が説明いたしますね」


 説明をする上で話しやすいから、という理由で澄さんの横......つまり俺と対面になる形でソファに腰を下ろした有栖さんは、そんな丁寧な建前を置いてから話し出した。


「まず、先ほど澄様が仰った通り、私と澄様、そしてこの館に存在する全ての存在は人間ではありません。私達の事は......そうですね、ゲームとかそういった類でいうところの『CPU』である、と認識してもらえれば結構です」


「......なるほど。了解です」


「まぁ正確には違うけどね」


「澄様、混乱を生むので言及は避けてください」


「はいはーい」


「......続けますが、私達はこの世の断りが通用しない存在なんです。なので、『五つの間には意味がある』という先ほどの澄様の言葉は、私達の存在と創造主に関係している......という事です」


「......とりあえず、その創造主?って人の事はよく分からないんで聞きませんけど、五つの『間』にいる人が普通の人では無いってことは分かりました」


「はい、その認識で大丈夫です。———そして、『間』についてもう少し説明すると、五つの『間』にはそれぞれ特徴があります」


「特徴、ですか」


「はい。『ミステリの間』では———」




 有栖さんは澄さんよりも圧倒的に説明が上手で、『五つの間』についても分かりやすく説明してくれた。その内容はこうだ。


『ミステリの間』では、洋館で必ず何かしらの事件が起こり、それを解決するまで『間』から出られなくなる。


『審判の間』では、用意されたお題に対して有罪、無罪の判決を決め、それが終わるまで『間』から出られなくなる。


『偽善の間』では、いくつかの問題を解き、それによって己の心のうちに秘める『偽善』の感情を引き出す仕組みがあり、全て解き終わるまで『間』から出られなくなる。


『学園の間』では、学園生活を送り、学園に潜む一つの課題を解決するまで『間』から出られなくなる。


 そして、残り一つである『終焉の間』では———。




「『終焉の間』だけは、私も澄様も情報を持ち合わせていないんです。なので、一体どんな役割をもった『間』なのか分かりません......」


 そう申し訳なさそうに目線を下に向ける有栖さん。


「———。」


 そんな彼女にかける言葉が見つからず、一人あたふたしていると、有栖さんが再び口を開いた。


「『間』についての説明は以上になりますが、何か疑問点などありますでしょうか」


「あ、一つ良いですか」


「どうぞ」


「......えっと、この『間』を作った創造主さんって、この館と何か関係がある人物なんですか?」


 ———そんな質問は、我ながら確信を突いた良い質問だと思う。話の方向性を変えすぎずに自分の聞きたいこと、つまり『カナさんの記憶』に関連する情報を聞き出せる質問だからだ。


「そうですね、一概にそうだとは言い切れません。ですが、この館の主は創造主様とかなり良好的な関係を築かれていたそうですよ」


「......そうですか。ありがとうございます」


「———では、次の説明に移りますね。澄様が説明せずに終わった、私の名前とこの『間』の関連性についてですが......、これも簡潔に言いますと、この館のメイドは皆、名前に文豪———世界各国の作家の名前、もしくは作家に関係する名前が付けられているんです。ミステリの『間』における法則だとお考えください。

 ———私が『和泉鏡花』と『アリス』の二つを付けられたように、あなたをこの部屋にお通ししたメイドにも『綾辻深月アヤツジ ミズキ』という、『綾辻行人』と『辻村深月』......近代文学作家の名前が付けられています」


「そうなんですか......。じゃあ澄さんも、誰かの名前が由来なんですかね」


「いや?僕にはそんな格好良い文豪の名前なんてつけられなかったよ?だから僕の苗字は田中なんて平々凡々な名前だし」


「澄様、全国の田中様に謝罪した方がよろしいかと」


「わー怖い」




 そんな感じでやり取りが続き、最終的に俺は有栖さんから多くの情報を説明してもらうことができた。この館の仕組みはもう完璧......とまではいかずとも、かなり理解したし、これから俺とカナさんが何をすべきかも既に決めている。———結果的に、有栖さんには返しても返し足りないくらいの恩が出来てしまった訳だ。


「———いやホント、有栖さんのおかげでなんとかなりそうです」


「私としては十分な対応が出来ず不甲斐ないですが......、せめて綾原様と静海様がこの『間』から出るまでは全力でサポート致しますので、ご安心を」


 そんな頼もしい言葉と共にお辞儀する有栖さん。その姿がとても格好良くて、美しくて———、おそらくこの場に二人っきりにでもなっていたら、恋の一つや二つでもしていた可能性がある。というか絶対に好きになってる。百パーセント恋愛対象になってしまう。———そう考えると、これまでなんの役にも立っていなかった澄さんの存在がありがたく思えてきた。


「ありがとうございます。———違って、有栖さんは優しいし頼もしいし、ホント感謝してもしきれませんよ......」


「いえ、私は綾原様のお力添えをしたいだけですから。......でも、違って配慮や対応には自信がありますよ」


「......なんか僕の扱い酷くない??いつの間にそんな連携攻撃(精神的ダメージ)を覚えたのかな??え?泣くよ?泣きますよ?」


「大の大人がそう安易と泣いてしまったら示しがつきませんので、やめて下さい」


「恥ずかしいですよ澄さん」


「......労基でも行くかな、うん」


 反ベソをかいて拗ねる澄さん。この人弄りがいあって面白いな......。


 とまぁ、そんなこんなで時間は経過し、気がつけばもう二時間ほど三人で会話していた。有栖さんが壁にかかっている時計にちらりと目をやり、それから一言。


「———説明は十分に出来たかと思われます。綾原様は一度カナ様と合流した方がよろしいかと」


「ですね。———お二人は、これからどうするんですか?」


「......私は午後の業務が無いので、綾原様に同行致します」


「僕はちょっとだけ外すけど、すぐ戻ってくるよ」


「分かりました」


「じゃあねぇ」


 そんなやりとりを終え、ゆるゆると手を振りながら部屋を出ていった澄さん。騒がしい人がいなくなると唐突に訪れる虚無感が、何となく面白い。


「俺らも、行きましょうか」


「———はい」


 二人で部屋から出て、廊下の突き当たりに位置するもう一つの部屋———つまりカナさんが休んでいる(フリ)をしている部屋まで歩く。道中、この館の内装ってかなり綺麗だな......なんてことを考えながら。


 そうして部屋の前までたどり着くと、有栖さんが慣れた手つきでドアをノックする。コンコン、コンコン......と丁寧に四回。だが、ノックに対しての返事はない。


「———静海様、いらっしゃいますか?」


 その呼びかけに対しても、やはり返事は無い。ここは俺が、と前に出て声をかけてみるも、返ってくるのは静寂だけだった。


「......居ない、のかな」


「とりあえず入りましょう」


「ですね」


 有栖さんに促され、俺はドアを開けて部屋に足を踏み入れる。すると、まぁ大方の予想通り、部屋にカナさんの姿は見当たらなかった。


 ———まぁ、二時間も待たせちゃってるし、暇つぶしに館内の散歩にでも出向いているのだろう。というのが俺の予想だ。


「......綾原さん、見て下さい」


 俺が脳内で思考していたそのタイミングで、有栖さんが俺の名を呼んだ。彼女の方へ反射的に顔を向けると、その端麗な容姿が目に入る。可愛らしい瞳と桃色の唇、全体的に整った顔立ちが何かに怯えているような気がして———。


 そんな彼女が指差す方向———彼女の足元に目線を向けると、そこにあったのは......。







 深紅の鮮やかな血にまみれた、人間の指だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Choice 涼波 @NanaSuzunami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ