デリバリーエラー

千史

デリバリーエラー

 大きな一本道の道路は真っ白で掃除ロボットと数体のデリバリーロボットが音も立てず行き来している。こんな時間にデリバリーするなんて、時計を見ると二時半、お昼時にしては微妙な時間だ。後ろに積んだ商品に気を使いながら目的地まで自転車を漕ぐ。当然人の気配はない。

 1時間ほど漕いだところで、ようやく異変に気がつき始めた。周りを見渡す限り、明らかに工場地帯である。不規則なリズムで漕がれている自転車の音が、規則的に並ぶ真っ白な巨大な壁群に反射してよく響いている。チラッと自転車に搭載された地図アプリを見ると、「目的地付近」と表示されている。まさか、地図アプリが間違っているのか。いや、そんなわけ、仮に間違っているのだとしたら三十年ぶりの発見だ。アプリ会社に報告したら何かしら謝礼の品がもらえるかもしれない。こういう時の相場は大抵『ニュータイプバッテリーvol'2』だ。

 そんなことを考えながらも、一応は地図アプリにしたがって進む。すると一つの工場にたどり着いた。どれも四角い白い建物でしかないので、地図アプリが工場地帯だというアナウンスをしなければ工場だとも気がつかなかっただろう。これは本格的に世紀の発見の匂いがしてきた。それに、工場なんて初めてきたから、多少興奮してきた。

 白い壁に一歩近づくと入口が開いた。多少、壁が擦れる音がしたので、旧型なのかもしれない。だだっ広い空間にピカピカの機械がずらりと並んでいる。工場なんて人が入る場所じゃないのでもっと汚いと思っていた。初めて見たその光景を三秒ほど噛み締めてから、地図アプリのミスを確信し、鼻歌でも歌いながら帰ろうと機械たちに背を向けたその時だった。

「うっそ、今どき人間が運んでくるとかあるの?」

規則正しく並ぶ機械の列の奥の暗闇から悠長に声をかけられた。機械ではなく人間のリズムだ。ビックリして危うく悲鳴が出そうになったが。なんとか抑えて、声の方を振り向く。ずらりと並んだ機械の横を、興奮隠せない様子でこっちに向かってくる白い人間が見えた。いるはずのない人間の登場に戸惑いが隠せない。そして、どうやら向こうもそういった様子だ。

「え? 人間? 人間だよね? 汗かいているし、体は強張ってるし、てかピザ落してるし」

どうやら、白衣を着た女性のようだ。早足で歩きながら、こちらに話しかけてくる。腕を伸ばしたり曲げたり、首を出したり引いたり身振り手ぶりの激しい人だ。こんな感じの人を大昔の映画で見たことがある、確かディ……スティニーとかそんな名前だった気がする。一部熱狂的なファンのコミュニティーチャットを覗いたことがあるが、訳のわからない単語ばかりだったので、それは何かと聞いてみたら、異常者のような扱いを受けたのであまりいい思い出はない。気がつけば、彼女が目の前まで来ていたので急いで汗を拭いてピザの箱を拾い上げる。

「エート、ピザノ配達デス」

ロボットのような発音になってしまった。しかし、体はしっかり人間で汗は止まらないし、目は宙を泳いでいる。人間にスクリーンを挟まず顔を合わせるなんて、何年ぶりだろう。彼女の体温が自分にまで届いているような気がして、体が暑くなってきた。彼女は狼狽えている僕におかましなしに物理的に距離を詰めてくる。機械のメンテナンスのように僕の全身を眺める。僕を点検している間、彼女の息が当たるのがなんだか気持ちが悪かった。なんだか酸素も少ないような気がしてきた。

「あの、これ…」

 自分で頼んだくせにピザそっちのけで僕の周りを回りながら興味津々に眺めている彼女の視界に入るように、ピザの箱を差し出す。

「あぁ、ピザね。ありがとう」

 彼女は僕の体を見つめたまま、ピザを片手で受け取ると、正面に立ってこう言った。

「何も、見た目まで似せなくていいのに……」

「え?」

「あなた、自分をなんだと思ってる?」

「ピザのデリバリーです」

「そうじゃなくて」

「どういうことです?」目の前の女性が呆れてる理由がまるでわからなかった。

「生物学的によ、人間?ロボット?」

 今度は質問の意味はわかったが、意図は未だ掴めてない。

「そりゃぁ……人間ですよ」

彼女の考えていることが分からなさすぎて、こんな明白な事実さえ自信なさげに答えてしまった。

彼女はまた、やっぱりと言いたげな顔をした。彼女の表情は激しく読みやすかった。

「はぁ、こんなこと言っていいのか分からないけどね。あなた、ロボットよ」

唖然としてしまった。いや、正確には唖然とするにも時間がかかった。この会話の何も掴めていない僕を放置して彼女は喋り続ける。

「最近ね、ロボットが人間に対して攻撃的な行動を見せないように、ロボットに人間だと思わせるようにプログラミングするのよ。一昨年のようなテロ事件がまた起こったんじゃ困るからね。でもこんなに見た目も人間に似ているとは思わなかったわ、私初めて見たから驚いちゃった」

きっと彼女は僕に状況を飲ませるために、説明してくれたのだろうが、結果的に僕の脳に新たな混乱のタネを植えただけだった。一昨年のテロ事件? そんな事あっただろうか。まるで、記憶にない。

「あれ? ショック受けちゃった?」

無邪気な人間の表情だ。ショック? ショックもクソもない。僕がロボットだと確証を持っているのは彼女だけで、僕の心の中にはその理屈は全く浸透しない。いや、待て。あぁそうか。そういうことか。これはイタズラだ。ドッキリという地域もあるらしい。久しぶりに人間と会ったせいか、人間がこういった行動をする習性があることを忘れていた。そうと分かればこっちのもん。盛大に笑ってやろう。人間らしく、口を広げて。

「ハハハ」

随分とぎこちない笑い声になってしまった。ここ数分で色々ありすぎて、自分がわざっと笑う行為が苦手な人間であることを忘れていた。これでは、彼女はしめしめと笑うだけだろう。

「あれ? 随分と下手な笑い方ね。そんなはずないのに」

彼女の反応は意外なものだった。意外? 意外とも違う。なんだか気持ちが悪い返答だ。彼女の気持ちが全く理解できない。まるで本当に僕がロボットみたいだ。

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デリバリーエラー 千史 @omorisenji

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