第5話

何の因果か、俺は目覚めてしまった。人を不幸にするだけして、何もしてやれない。

自分の存在価値など一切無いように思えた。

ロノクリフが学校を退学になり、勘当される状況を作ったのも、母がスゲンから帰ってこないのも、全て自分のせいだ。

俺が自分の魔力を制御できれば、魔法を暴走させなければ、氷漬けにならなければこんな事にはならなかったのだ。

全てにおいて、始まりは自分のせいだったのだ。


ベルドニクスが自分の部屋に戻る途中、階下で騒がしい声が聞こえた。

下に降りてみると、邸宅の警備兵が足早にたくさんの部屋をしらみつぶしにと言わんばかりに机の下や棚の中を調べていた。

「何かあったのか?」

ベルドニクスは警備兵にそう声をかけた。

「あっ、ベルドニクス様、実はお庭に不審物が見つかりまして、一応侵入者が居ないか調べておるところなのです」

「不審物というのは?」

警備兵は敬礼をしたまま、答えた。

「はっ、現在、警備隊長殿と執事殿が書斎に持っていかれました」

「そうか…どんなものだった?」

警備兵は顔を上げ、少しだけ首をかしげながら口を開いた。

「…いえ、それが、私は実際に見ていないので何とも言えませんが…矢文のようなものだったと。何分、民草の投書とも思えないとの事で…しかし、だからといって侵入者がいるとも思えず、こんな事は無駄なんじゃないかと…」

ベルドニクスは警備兵の言葉にはっとした。それと同時に不可能だとも思った。

しかし、それでも、ベルドニクスは一縷の希望にすがりたかった。

「矢文が見つかったのは?」

「つい先ほどです」

という事は入れ替わり立ち替わりである。

ベルドニクスは駆け出した。

階段を駆け上がり、父の書斎へと、先ほどまでいた、絶望を知った場所へと。

ドンドンドン

「父上!矢文は、矢文はどこですか?!」

乱暴なノックと共にドアを開けるとそこには文を読む父と父の執事、そして邸宅の警備隊長が居た。

「…ロノクリフからだ。お前当てだよ」

父は文にやっていた目線をベルドニクスにやった。

「もう、必要はないだろうがいち…」

「いえ、読ませていただきます!」

ベルドニクスは父の言葉を遮って、文を引ったくるように手に取った。


拝啓 親愛なる私の兄上ベルドニクス様

私は元気にやっております。特段困難を抱えている訳では無いため、ご心配無きよう。

兄上の手紙に記されていた事は私の退学の件でありましょう。あれは、完全に私が悪いのです。魔法も魔術も私は実技はろくに出来ず、試験官に鼻で笑われるほどでありました。そのため、父上が気を遣って、私に内緒で学校側にお金を払ってくれたのでしょう。そのお陰で私はノルバディアに入学できたのです。ノルバディアでの日々は決して、良いものではありませんでした。私は魔法がからっきしでしたから、馬鹿にされ、友達は一人も出来ませんでした。各学期の試験でも、実技はいつも最下位だったものです。入学から三年がたってからアルバート第二王子殿下による学校への調査で私が賄賂によって入学試験を突破した事が白日の元に晒され、私は退学処分を受けたのです。

全ては私が魔力の制御が出来ず、魔法を発動出来ず、魔術を顕現させる事が出来ないがために起きた事なのです。

兄上、どうか、父上を責めないでやってください。私が悪いのです。貴族に産まれながら、魔力が制御できない私が悪いのです。貴族の責務が果たせぬものは貴族ではありません。父上が私を勘当なさったのも無理はありません。

そして、兄上、貴方様にも罪はありません。兄上はただ、魔法を上手に使えるように、父上に誉めて貰えるように懸命に努力なさっていただけなのですから。決して、ご自分をお責めにならず、卑屈になる事無く、お過ごしください。せっかく、目覚める事が出来たのです。あの日、天才と言われるあの方に兄上の話をしておいて良かった。氷漬けになった兄上を救える魔法をあの方は思い付かれたのですね。なんと、喜ばしい事でしょう。私は果報者です。兄上と文とはいえ、やり取りが出来るのですから。

しかし、私はもう、御屋敷には戻れませぬ。私が戻れば、また噂が立つでしょう。そうなれば、せっかくお目覚めになられた兄上の人生に泥を塗る事になってしまいます。兄上、私はもう、ハルツノイローンの者ではありません。ただのロノクリフで御座います。どうか、私の事などお忘れください。

そして、どうか、どうかお幸せになってくださいませ。それが私のたった一つの望みで御座います。

   兄上に愛されるロノクリフより


目覚める事が出来たのに、最愛の弟はどこにも居ない。

ベルドニクスは歯を食い縛りながら嗚咽を漏らすしか出来なかった。彼は現実に対してあまりに無力であった。

そんな息子を見て、父はなにも言わずに、警備隊長と執事に出ていくよう合図し、自分も書斎から出ていった。

それと同時に書斎からは慟哭とやり場の無い怒りの咆哮が聞こえた。

悔恨の念が頬を滴る涙と共に、自身の胸の中に広がって、ベルドニクスは身悶えた。

ザルヅゴルドは黙りこくって、ドアの前に立ち尽くすのみであった。



ベルドニクス・ファルス・ハルツノイローン

ミデオアティラス王国建国以前から存在する魔導貴族の名門、ハルツノイローン伯爵家出身。

魔法研究者として意思伝達系統の魔法の開発に従事。

双方向意思伝達魔法の開発に成功し、学会から高く評価された。

29歳の時、鍛冶屋の娘に一目惚れし、駆け落ちした。

その後は妻と共に工房都市モトレーノで魔法使いの杖の修繕や魔道具の製作を行っていた。

妻とは3男1女をもうけたものの、長らく氷漬けになっていた事から身体全体が脆くなっていた事が原因で病に罹りやすい体質となっており、46歳でこの世を去った。


ロノクリフ・ファルス・ハルツノイローン

ベルドニクスの弟。

4歳の時に兄が目の前で氷漬けになるのを見てしまい、それがトラウマとなって魔力の制御が出来なくなった。

傭兵隊の洗濯係を勤めていたが、傭兵隊が戦争で壊滅状態となり、解散されたため、ナバ地方で洗濯業を営んだ後、農村で凶作回避の魔方陣を作って回り、慈善家として知られる。

30歳の時に一代貴族カッペン男爵の娘と結婚し、2女をもうける。

38歳の時に魔導文字の完全解読に成功し、属性別ではなく、用途別の魔導書の作成を行った事でも知られる。

45歳、兄の訃報を聞き、モトレーノに向かう道中落石事故で馬車ごと落ち潰され死亡。


兄弟の運命は別たれた。


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