第4話
ミデオアティラス王国の都には数多くの貴族の邸宅が建ち並び、都市全体の豪華絢爛さを際立たせていた。
貴族はその階級に見合う邸宅を建て、飾らねばならず、豪華すぎても、控え目にしすぎても貴族社会の笑い者となってしまうため、“己の立場を弁えた家を構える事こそ貴人の一歩”とすら言われる程であった。
そんな貴族社会に近年、風聞の絶えぬ家があった。
それこそが、ハルツノイローン伯爵家である。
今日もまた、その風聞が一つ増える見込みであった。
「父上、なぜお隠しになられたのですか!ロノクリフが試験を突破できずとも、また来年受けさせれば良かったではありませんか!」
ハルツノイローン伯爵家長子ベルドニクスは声を荒げた。
「確かに、目覚めたばかりの俺には衝撃が強すぎる話だったかもしれません!しかし、こんなのはあんまりではありませんか?!なぜ…なぜ、こんな事を…!」
ベルドニクスは落胆激しく、肩を落とした。
永らく眠りに着いていた彼にとって、憧れの存在であった父が、どす黒く底意地の悪い存在に思えてならなかったのである。
「それは誰から聞いたのだ?ロノか?」
「いえ、アルバート様からです」
それを聞くと父であるハルツノイローン伯ザイヅゴルドは椅子から立ち上がり苦虫を噛み潰したような顔をした。
「貴様…我が家をどこまで侮辱すれば気が済む?」
ザイヅゴルドは嫌悪の眼で息子を睨んだ。
「目覚めたばかりと思って、大目に見てきたのが仇となったか。ベルドニクス、その話はな、五年も終わった話なのだ。貴様の行為はそれをただ、蒸し返しただけの事。愚息にも程があるわ」
父は吐き捨てるように、静かな怒りを息子にぶつけた。
「お前にはアントワルプに会わせていないのはなぜだと思う?」
父の口から出てきた母の名に、ベルドニクスは困惑した。
「スゲンで病気の治療を…」
「スゲンに診療所は無いわ!!」
父の怒号にベルドニクスはただ、眼を丸くして萎縮するしかなかった。
「お前が自ら魔法を制御できず、暴走させ、氷漬けになった時、私はあの平民の首を斬った。当然の報いだ。奴が付いていながらお前は氷漬けになったのだからな。ノルバディアを優秀な成績で卒業したのにも関わらず、家庭教師としての責務を果たせなかったのだからな」
ベルドニクスはこの事を知らなかった。知る事など出来なかった。彼は凍り付いていたし、生還後に自身の眠り付いていた頃、何があったか等を聞くにしてもその真偽を確かめる術はなかっただろう。
「お前が凍り付き、それを目の前で見ていたロノクリフは精神を病んだ。しかし、嫡子となったからにはそれ相応の力を身に付けねばならなかった。私もアントワルプもロノクリフに期待を寄せた。だが、ロノクリフは魔力が制御できなくなってしまった。お前の一件からな」
ザイヅゴルドは眼を見開き、ベルドニクスを凝視しながら止まる事無く言葉を重ねた。
「そのせいでアントワルプは親戚中から出来損ないしか産めない女となじられた。社交界に顔を出す事も出来ず、塞ぎ込み、心を病んだ。スゲンにあるのは貴族専門の療養所だ!」
ベルドニクスは自身が知らなかった真実に打ちのめされる他無かった。
自分のせいでここまで、家族を追い詰めていようとは、ベルドニクス本人は理解していなかった。
「お前のせいだよ。お前のせいで、ロノクリフは魔法が使えなくなった。魔力の制御も出来ず、出来たのは魔方陣と魔導文字の筆記だけ!それでノルバディアに受かるものか!だから、私が金にものを言わせて、入学させたのだ。来年?来年もまた同じ結果だったら?それこそ、恥の上塗りだ!そう簡単に恐れを克服する事が出来るものか!!」
父の叫びがとどめだった。ベルドニクスは膝から崩れ落ち、焦点も定まらぬまま、床に視線を落とすだけだった。
「なぁ、ベルドニクス。お前はアルバート第二王子殿下に直接、事の顛末を聞いたのか?」
「はい…そうであります…」
か細い声でベルドニクスが答えたのに対し、低い声で父は言った。
「その第二王子殿下が自ら事の真相を暴き遊ばされたのだ。お前がやった事は、我が家の醜聞を思い出させ、あろうことかそれを更に増やす行為だ」
「申し訳……ありません…」
さっきまで父を問い詰めていたのが、今思い起こせば我ながら痛々しく思える。
ベルドニクスは父の優しい嘘の中で過ごしていたのだ。そして、それを自ら破壊した。
凍り付いていたとは言え、とんだ愚か者であった。
「愚息よ。お前は目覚めたのだ。たいそう長い眠りからな。お前は必ずや我が家を継げ。魔導師でも魔術師でも魔法使いでも構わん。ノルバディアを卒業し、貴族としての責務を果たせるよう尽力せよ。そして、必ず…我が家を守れ。それが、残されたものの務めというものだ」
そういうとザルヅゴルドは椅子に座り、机の書類に眼をやった。
もはや、息子の事など眼中にはなかった。
ベルドニクスはそれから少しして、よろよろと立ち上がり、茫然自失といった様子で父の書斎を出ていった。
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