五臓の怨

@aiba_todome

五臓の怨

 手術は成功した。

 一瞬だけ飛んだ映像が、再び再生されるように、私は眠りから覚めた。もう既に5分の1は別人なのだが、当然自覚はない。

 意識とは便利な仕組みで、肉体の変化を実感しながらも、私の統一感を納得させる。腸の底から湧き上がる復讐心が、自分自身のものだと信じさせてくれる。


 起き上がると隣に銃があった。触ったことはなかったが、内臓に記憶させた復讐機構は、求められる技法を全てを保管している。グリップをつかむと初めは冷たかったが、すぐに体温になじんだ。

 通路は細く曲がりくねっている。できるだけ人とすれ違わないよう、大量の分岐があるためだ。


 全世界で流行したウイルス性の内臓疾患は、絶え間ない変異の中で加速し、ついに人間の生理的限界を凌駕した。ワクチンの開発は続けられたが、副反応が終わらぬうちに新型株が現れるようでは、対処しきれるものではない。


 基本的な捜索方法は匂いだ。咽頭の奥まで臨時で嗅覚細胞が新造され、近辺の神経網が発達して疑似的な嗅球となる。代償として一部のゼリー食以外は文字通り喉を通らなくなるが、捜査には支障ないことだった。

 病院を出ると、左右に細かく頭を揺らす。臭いの微妙な濃度の差を見極めながら、雌を追う蛾のように不確かな歩みを進める。


 風香ふうかが私。他の四人は未花功した。

 一瞬だけ飛んだ映像が、再び再生されるように、私は眠りから覚めた。もう既に5分の1は別人なのだが、当然自覚はない。

 意識とは便利な仕組みで、肉体の変化を実感しながらも、私の統一感を納得させる。腸の底から湧き上がる復讐心が、自分自身のものだと信じさせてくれる。


 起き上がると隣に銃があった。触ったことはなかったが、内臓に記憶させた復讐機構は、求められる技法を全てを保管している。グリップをつかむと初めは冷たかったが、すぐに体温になじんだ。

 通路は細く曲がりくねっている。できるだけ人とすれ違わないよう、大量の分岐があるためだ。



 全世界で流行したウイルス性の内臓疾患は、絶え間ない変異の中で加速し、ついに人間の生理的限界を凌駕した。ワクチンの開発は続けられたが、副反応が終わらぬうちに新型株が現れるようでは、対処しきれるものではない。



 基本的な捜索方法は匂いだ。咽頭の奥まで臨時で嗅覚細胞が新造され、近辺の神経網が発達して疑似的な嗅球となる。代償として一部のゼリー食以外は文字通り喉を通らなくなるが、捜査には支障ないことだった。

 病院を出ると、左右に細かく頭を揺らす。臭いの微妙な濃度の差を見極めながら、雌を追う蛾のように不確かな歩みを進める。



 風香ふうかが私。他の四人は未花みはなとも神奈かな水穂みずほ

 会えるというのは普通のことではない。面と向かって話すのは、感染のリスクを高める行為だ。だから五人。一緒に遊ぶという行為が情緒にもたらす影響と、悪疫の蔓延の危険を秤にかけ、その均衡点と判断された数。仲がいいという言葉では表し切れない。一心同体の五人だ。小学校から高校卒業まで、この五人で生きていく。

 智とつかみ合いの喧嘩になったのは六歳の時。五人組を作った最初の一年で、3回ほどやった。一番仲が悪かったはずなのに、十歳を超えるころには一番よく話すようになった。


 提供者ドナーが殺されたのは、私が肺を病んでしばらくしてのこと。脊髄に電極を刺されて丁寧にされていたらしい。

 死亡後の臓器提供は市民の義務だ。培養臓器の生産力は、消費にとても追いついていないから。ゆえに疫禍以来、臓器目当ての殺人は絶えない。罰するための檻が足りなくなったことで、政府は処罰の民営化を決めた。誰にとっても分かりやすい仇討ち制度。被害者が犯人を殺すのだ。

 臓器には記憶が宿る。体液、ホルモン、神経組織。その通信の相互作用の中に。それらをより鮮明に残すため埋設された記録腫が、宿主の命の危機に際し、その感情を、殺すべき敵の印象を焼き付ける。死んだ者によって生き残った受領者は、臓器と共に記憶を受け継ぎ、当然の対価として復讐を実行する。

 これは義務であり権利だった。五臓の内の一つは本人なのだから。



 車も用意してある。ハンドルなんて握ったこともない16歳に、大したプレゼントだった。とはいえほとんどはAIの制御下にあり、私のやることはといえば、行先の指示くらいのものだ。運転手というのもおこがましい。嗅覚センサーがいいところだろう。

 当たり前だが、犯人は追手が来ることを知っている。すでに遠く離れたところにいるだろう。だが海外までは行けないはずだ。殺害して取り出した臓器を移植するには、まず記録腫を取り除く必要がある。その際、周辺組織が反応して一種のフェロモンを産生するようになる。

 港や空港にはこれを検知する警察犬ドローンが徘徊しているから、まず侵入することはできない。そして地続きで移動する限り、私は犯人を追い続けることができる。




「風香はやりたいこととかあんの?」


 智がこちらを向いた。肩にかからないくらいの髪。肌は焦がした麦色。ハーフだかクオーターだかは、今時むしろ多数派だ。

 確か13歳ごろの記憶だった。臭いは記憶に深くつながるという。私の顔も見えるのは臓器の記憶と混ざっているからだろうか。学校というのも、私たちより前の世代のそれとはずいぶん変わった。たまに見るアニメでは正気を疑うくらいの人数が小さな部屋に押し込められている。そのアニメを見せてくれたのは智で、二人で爆笑したものだ。


 智とは性格は合わなかったが、なぜだか本の趣味が近かった。図書室で似たような本ばかり借りるので、待ってるのも面倒だからと共有するようになった。物理書籍は画面で見るより記憶の定着がいいので、本はしぶとく生き延びていた。とはいえ勢力の減退は隠しようがなく、図書室に入り浸っているような人間は私たち以外にはいなかった。

 

「いま本読んでるんだけど、そういうんじゃなくて?」


「じゃなくて。ほら将来の夢とか、聞かれるじゃん。なんて答えてる?ああいうの」


 智とは性格が合わなかった。智は明るく、楽天的で、それこそ臓器から湧き上がってくるような陽気さがあった。本も明日への希望を育むために読んでいるようで、ひたすらに物語に耽溺たんできする無気力な私とは正反対だった。


「小説家って答えてる」


 無意味な質問に対する無意味な答えだったが、智はなぜか目を輝かせた。


「え!書いてるの!」


「まさか。私が本好きって先生も知ってるからそう言ってるだけよ。書いてるとこ見たことある?ずっとここにいるのに」


「そうなんだけどさー。でもそういうのってなんかいいじゃん。そういうの」


 あまりよく分からなかった。現代の主な産業は保険だ。私も両親の保険金を運用して暮らしている。利益の半分は私の保険の支払いにあて、細々と、しかし過不足なく食っていく。それが一般人の暮らしだ。

 もちろん大人になれば勤労の義務がのしかかってくる。しかし人口も減り、移動はもっと減って、インフラ維持の必要性も薄くなっては、必要な仕事というのは案外少ない。私に待っているのは半導体工場の設備点検とか、臓器処理施設の管理業務とかの、あまり輝かしくはない毎日だろう。


 けれど智の目にはもっと色とりどりのものが見えていたらしい。


「別に普通の仕事が悪いってわけじゃないよ。僕も結局そういう仕事につくかもしれない。でも昔の人はいろんなことに憧れて、でも大部分はそうなれずに普通の仕事に行ったわけでしょ?僕らだって憧れるぐらいしてもいいじゃん」


「……じゃあ智は何になりたいの?」


「えー、……先生とか?」


「普通じゃない」


「いや先生はけっこう特別でしょ!」


 やはりよく分からなかった。その日は騒ぎすぎて先生に怒られた。あんな職業が目標になるものなのだろうか。



 

 臭いは道路を外れて山へと続いていた。これは予想できたことだった。道には必ず終点がある。逃げ続けるならどこかで道を外れなければならない。

 夏も終わりが近づき、木陰は肌寒い。温暖化が解決したのは十年ほど前だろうか。人間が息切れすると、自然は万事よくしてくれた。

 それでも動く脚は、憤怒に燃える内臓は私から汗を搾り取る。決して真っすぐ追わない。真っすぐな動きは速いが脆い。そんな追跡を振り切る手段はいくらでもある。ふらふらと迷うように歩けば、必ず痕跡が見つかり、相手を追い詰めることができる。

 

 懐の拳銃を確かめた。敵は反撃してくるだろうか。復讐機構の発動により、筋力も増大しているのでそうそう負けはしないはずだが、油断はできない。臭いは強くなっている。




「智と付き合ってるの?」


 神奈がそう聞いてきたのは、中学も卒業間近の自分だったか。意味を咀嚼そしゃくし切るまで、たっぷり十秒はかかった。


「……なんで?」


「いや、いつも一緒じゃん。そう思うって」


「女同士だけど」


「ん?そういうの気にする派なの?じゃあ違うのか」


 神奈はがっかりしたようにため息をつく。身勝手なものだ。智だけ先生に呼ばれていなかったので聞いたのだろう。未花と水穂も、そっぽを向いているようで聞き耳をたてている。さっきまでおしゃべりしていたのに、教室は痛いくらい無音なのだから、鈍い私でもさすがに気づく。


「なんか智の方が色気づいてるからさ。ついにくっついたのかと思ったんだけどなー」


「私はどう見えたの?」


「変わんないけど」


「じゃあ違うでしょう?」


「あんたは変わんなさそうじゃん」


 視界の端で未花と水穂が頷いていた。勝手なものだ。

 しかし思い返すと、確かに智は変わっていた。いつも一緒だったので変化に気づかなかったが、髪が少し伸び、顔にはうっすら化粧さえ乗っていた。

 趣味が変わったのかもしれない。私は相変わらず本の虫だが、そういうこともあるのだろう。


「あと三年ちょいで卒業だからね。あんたも思い残すことが無いように、もっとやりたいことやったら?」


 思い残しなど無かった。私には何もない。穏やかでかび臭い物語の世界で生きてきたし、これからもレールに沿いながら、道草を食って生きていく。


 そう思っていたが、レールが途切れるのは案外早かった。この三ヶ月後、高校に入ってすぐに肺が壊れた。私は入院し、死の縁をさまよい、そして蘇った。五臓の五分の一が求める復讐のために。




 いくつか飛ばしていたドローンが、不自然な画像を認識した。送られてきた空撮映像を見るに、原始的なくくり罠のようだ。狩りのためか、あるいは私に向けてのものだろう。

 わざわざこんなものを作るのは、逃げ切るのは不可能と判断してのことだ。敵は近い。


 分かりやすい獣道は避け、藪をこぎながら進む。音はするが、地形図から見てこの先は川だ。追い詰めることができる。もし逃げられても追い続ければいいだけだ。

 足元や頭上に注意しながら近づく。木々の隙間から光をとらえた。まだ正午を少し回った時刻。垂直にそそぐ日光は、貪欲な木の葉に呑まれて薄暗い。人間の作る光。火だった。


「先生」


「風香さん。久しぶり」


 肺に入る空気が刺すように冷たい。吐く息は夏の空気を焼くアスファルトのように黒かった。内臓が復讐を求めている。先生は穏やかに微笑んでいる。

 私と同じ顔は15年分大人びている。私と同じ18235ロットのクローンの顔だ。




「あの、ね。智、先生と付き合っているみたいなの」


 未花が困ったように切り出したのは、入院してひと月たったあたりだった。へえ、という感想だった。


「へえ」


「あんまり、言っちゃいけないかとおもったけど、何も知らないって、ひどいことだから」


 気の弱い未花だが、こんなに泣きそうな顔を見たのは初めてだった。


「良かったかしら。年の差って。未成年だし」


「その、付き合うだけなら。先生も十年以上付きっきりだから、そういうことはけっこうあるって」


 智は見舞いには来なかった。先生はたまに来ていたが、浮かれやすい智はそういう既知が不足しているのだろう。不快と言えば不快だが、彼女らしかった。


「まあ、近況が知れたのは良かったわ。ありがと」


 簡潔に感謝を述べて、読書に戻る。本は重くて持てないので、網膜投射の映像だった。未花は鼻をすすって、私の手を包んだ。手先が冷たいのでありがたかった。


 その二か月後に智は先生に殺され、私の一部になる。




「智を殺したのは、私が妹だからですか?」


 拳銃を胸に照準しながら聞く。そのまま撃っても良かったが、復讐とは納得だ。けりをつけたと思えなければならない。

 遺伝子の多様性は特に疫病に対して効果を発揮する。ホモサピエンスの99%が死滅しても、耐性を持つ生存者が新たな世界を作り上げる。それが進化だ。だがそれは人類としては滅亡したも同然だろう。それに効率が悪い。

 どうせほぼ死滅するのなら、あえて多様性を減らして互換性を持たせ、死んだそばから新しい部品を調達する。それが人類社会の出した結論だった。私たち五人組も、遺伝子的には姉妹かそれ以上に近い。


 先生は私と完全に同一の遺伝子を持っていたが、それが理由でひいきしたことは無かった。確かに優秀な教師だった。智が憧れるのも分からないではない。


「ぜんぜん違うわ。遺伝子が同じなだけの別人だもの。そこまでする必要なんてある?」


 答えも分かり切っていた。先生のドライなところは私と似ている。それが遺伝子のせいなのかは分からない。


「ではどうして」


「撃てないの?」


 先生がおかしなことを聞く。いや、おかしくはないのか。知らぬ間に息が乱れていた。内臓の記憶が混乱している。


「あの子は、私を愛していた。私もそう。あなたが入院してからすぐにね。私の肝臓がダメになっていたのよ」


「それで殺した?なんて自分勝手」


「そうじゃないわ。あなたこそ、ずっと分かっていない。あの子は無二の親友と恋人を同時に失うのよ?あの子は憔悴しょうすいしてた。ひどい有様だったわ。それこそ私より先に死んでしまいそうなくらい」


 想像がつかない。暗い顔とは無縁な人間だった。そういう部分があるのは当然だが、私に見せたことはない。先生は知っているのか。そう思うと肺が胃液を吸ったように酸っぱくなる。 


「未花はそんなこと言っていませんでした」


「あの子なりの気遣いでしょう。もし智が自殺でもしようものなら、その臓器はあなたに行く。親友の命で助かったと気に病むくらいなら、いっそ憎んでしまった方が、ということよ。未花さんは、考えすぎるところがあるわね。悪いことではないんだけれど」


 未花が気を回しすぎるのはよくあることだった。うざったく思いながらも好意として受け取っていたが、一度は強く言うべきだったかもしれない。

 腕はいつの間にか下がっている。銃を保持するのは疲れるが、復讐機構の強制力はそうやわではない。力が入らないというのは、復讐機構そのものが弱まっているということだ。


「例えば、私たちが二人とも死んで、智も死ぬか、あるいは再起不能になるかしたらどう?誰も助からないわ。でも智を使って、私とあなたが生き残れば、二と五分の二。はるかに多くのものが生きていける」


 下らない算数だ。そんなもので人が死んでいいはずがない。


「智はあなたを恨んでいました」


 知った風な口を利く。私は結局のところ、一番の友人のことを知ろうともしていなかったのに。


「愛憎というものよ。自分を殺すものを憎むのは当たり前。でも愛は人を殺すでしょう?そういうものよ。現にあなたは私を撃てない」


 胸の内の復讐心がしおれていく。どれだけ憎んでも消えてくれないのだから、愛とは厄介なものだ。親友の意志はもうぽっきりと折れたらしい。


「先生に口では敵わないみたいです」


「それはね。年の功ですから」


 先生が微笑む。授業中と何ら変わりない。優しいけれど作ったような顔。

 肺臓の意志が折れたのなら、やはり残り五分の四の考えに従うべきだ。


 腕がまた上がった。


「あの子は親友だった」


 腕が跳ねる。やはり筋力を増強していないと反動が抑えられないようだ。手首が痛い。

 先生はわき腹から血を流していた。致命傷かは分からない。もう一発撃ってみるべきだが、さすがに気分が悪くなってくる。先生は私の先生でもあった。


 反撃はできたはずだが、先生は焚火の横に寝ころんだ。何となく、その隣に座ってみる。


「本当はね。嘘。全部嘘よ。智を殺したのは嫉妬。あなたは気づけるはずもないけど、智はあなたの所に何度も来ていたのよ?眠っているところを見計らって」


 投げやりな台詞。私は思わず先生の顔を覗き込んだ。

 もう笑ってはいない。瞳は新月の夜の猫のように黒かった。


「隙間風みたいな息をしているあなたにキスしてたの。犯罪よね。よくないわ。殺した私が言えることじゃないけど」


「嘘です。意味が分からない」


 臭いをたぐって記憶を掘り返す。だが思い出は砂漠の砂のように軽くって、暗さや湿りけとは遠く離れていた。


「あの子と私はそんな関係じゃなかった」


「本当に好きな人は肉欲では見れない。そういう人もいるのよ」


 そうなのかもしれない。あの子は明るすぎた。決して裏側を見せない月のように。あるいは臓腑を見せぬ肌のように。

 だとすればひどいことをした。ひどいことをしたのか?気持ちをおもんばかりもせずに、ひたすら置物のように扱ってきたのか?

 肌寒さが広がっている。知らぬ間に手足が凍えていた。


「わ、私は、智に、なんてひどいことを……」


 視界が濡れている。涙の味が舌から鼻の奥へと下る。この臭いには覚えがあった。


「懐かしいわね。智とあなたが仲良くなった時もそうだった。あなたが怒って鉛筆を振り回すから、智が怪我をして、血が出て……。あなた、ずっと泣いて謝っていたわね」


 声が遠い。臓器と脳がそれぞれに記憶を再生し、智の笑顔が、教室が、先生が血を流し、復讐の臭いが。


「言ってくれたら、分かったのに……」


「だから言いたくなかったんでしょうね。あの子はあなたと一つになりたかったのよ。言葉なしに伝えたかったから」


 何だそれは。気持ち悪い。でも智はいい子だった。私よりずっと輝いていた。それなのにひどい仕打ちをしてしまった。お腹が重い。呼吸だけはやけにしっかりしている。

 過去球を起こさずに立ち上がれたのは、智の肺のおかげだった。


「助けを、ぐす、呼んできます。もう仇討ちは終わりました、から」


「いらないわ。もういいの」


「でも」


「ようやく一つになれたのに、また入れ替えるなんて嫌だわ」


 先生は穏やかに、智の肝臓をなでている。目は閉じられて、まぶたの裏の星空を眺めていた。


「風香さん。他の臓器が感染したら、私のものを使ってちょうだい」


 それは誰と誰になるのか。先生と智が混ざり合ったその臓器は。

 迷っている私の背中を押すように、先生はつぶやいた。


「あの子は私を愛していたわ。あなたと同じ、私の顔を」


 頸椎を破壊するように、首元を向けて撃った。あまり顔を傷つけたくなかった。


 ごめんね。智。あなたのこと、よく知らなかったみたい。


 今も呼吸を繰り返す智に向けて語りかけた。気持ちを伝えるのに、もう声は必要ない。

 先生の遺体は30分以内に回収されるだろう。臓器は冷凍保存され、次なる移植の機会を待つはずだ。


 先生は満足しているふうだったが、もし私以外の人に移植されたらどうなるだろうか。やはり恨んで殺しに来るだろうか。仇討ちに対する仇討ちは禁止されているが、死人には無意味な法で、実際は珍しくもない。

 もし私を殺しに来る人がいるとすれば、それは先生か、智か、あるいは混ざり合った、私の先生で親友なのだろうか。


 その日を思うと、吐き出してしまいそうな私の五臓は束の間落ち着く。


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