ダイヤモンド

紫雨

ダイヤモンド

 夜になると母は誰よりも強くなる

 顔に白い粉をつける度に表情が消え

 香水をつける頃には誰の言葉も届かない

 僕はロボットと化した母が苦手だけれど

 近所のおじいさんは、美しいと愛でた


 おじいさんの意図は、わからなかったけれど

 たしかに母は美しい物に囲まれている

 数多くの宝石とドライフラワーは

 僕にとってはガラクタ

 どれも偽りでしかなかった


 仕事に行く前にいつも母は

 ダイヤモンドを眺める

 その瞳は何を見ているのかわからぬほど

 透き通っていた


 母がいきなり僕の名を呼ぶ

 家を出るはずの時刻は過ぎ去っていた

 いきなり抱きしめられ

 苦手な香水の香りに襲われる

 暖かい部屋にいるのに

 母の息はかすかに震えていて

 どれだけ抱きしめられても

 僕は冷えるばかりだった

 ごめんなさいと謝る母の声が

 宙に浮いて、彷徨い、消えた


 不安に押しつぶされ

 眠ることすらできない僕が

 助けを求め覗いた部屋で

 母の泣き声が響く

 握りしめられたダイヤモンドには

 母にしか見えない傷がついている

 

 何を思ったのか、何を感じたのか

 母はハンマーを取り出し

 ダイヤモンドを砕いた

 耳を裂くその音と対照的に

 母は急に静かになる

 その場で固まった僕と目が合うと

 粉々になったダイヤモンドをかき集め

 水をすくうように持ち上げ

 僕に差し出した

 僕が反応できないでいると

 崩れ落ちるように泣き

 やがて涙が枯れても

 嗚咽をあげ続けた


 曖昧な記憶の中で

 その日だけは鮮明におぼえている

 ダイヤモンドは今も引き出しの中

 戻ることもなくそこにある

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ダイヤモンド 紫雨 @drizzle_drizzle

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