コンビニの妖精
橘ささみ
コンビニの妖精
「コンビニ行こ」
ちょい飲みという名前のチューハイを飲んでいた俺は急につまみが欲しくなりコンビニに行くことを決意した。時刻はもう少しで午前2時を回ろうとしている。しっかし午前2時でも開いてるコンビニはすごく便利だな、と思う。
俺はボロいスニーカーを履くと玄関の扉を開け、外に出た。今は冬も半ば、外はちらほらと雪が降っている。
今から向かうのは近所のコンビニ、LEWSONだ。「宅カフェ」なるLEWSON独自のブランドを掲げ、ポイントカードの特典なども充実しておりコンビニメーカー上位に君臨しているコンビニである。
「手袋とレッグウォーマー持って来ときゃよかった、ミスったなこりゃ」
道路は霜で覆われており踏み鳴らすとジャリジャリと音が立つ。ちょっとでも気を抜くと滑って転びそうだ。そして冬お馴染み、息を吐くとまるで口から煙を吐いてるようになる。寒い。LEWSON着いたらホットカフェラテでも頼むか。
家から近所のLEWSONまでは歩いて10分ほど。そこまで遠くはないが、防寒具を装着していない今、少し長く感じる。
「おっ、見えてきた」
青を基調とした看板に白い哺乳瓶のマーク。あれがLEWSONである。「恵方巻き予約受け付け中」という垂れ幕が下がっており、もう少しで節分を思わせる。
コンビニには季節感があると思う。クリスマスならばクリスマスケーキを、ハロウィンならカボチャスイーツを、という風に季節のイベントをいち早く取り入れるからだ。
俺は歩を進めると店の中に入った。中は暖房が効いており、暖かい。
「いらっしゃいませ」
新人バイトの声が店内に響く。新人だと分かるのは彼女の胸ポケットに付いている名札に初心者マークが付いているからだ。新人バイトはFDC(食糧集配センター)の納品をしていた。こんな夜中も納品があるコンビニバイトって大変そうだよな。
俺は入ってすぐの栄養ドリンクコーナーを右に曲がり、生活用品コーナーを素通りする。今回俺が買いに来たのは酒のつまみ。ちなみにこのLEWSON、酒のつまみも種類が豊富なのである。ここのコンビニの店長、もしくはオーナーが酒好きなのかいつも万全の状態で並べられている。
「やい!そこのお前!」
とその時、何故か頭上から声が聞こえた。酒の飲みすぎで遂に幻聴を…?と思ったが俺はアルコール3%のちょい飲みを3本しか飲んでいない。ちょっと気になって上を向くとそこに小さな女の子がいた。
「え!?お前、オレが見えるのか!」
「?」
どれくらいの大きさかと言えば、夜に紫外線に集まってくる蛾より少し大きいくらい。もしかしたら女の子ではないのかもしれない。蛾の見間違えか。
「はやくつまみ買って帰ろ」
「おいテメェ無視すんじゃねぇ!ぶっ転がすぞ!」
「なんなんだよお前は!」
見間違えじゃなかった。思いっきりデコピンされて思わずキレてしまった。ってか意外と痛い。さっきの新人バイトがこちらを怪訝そうに見ているので俺は軽く会釈して誤魔化し、小さい女の子を見遣る。ってかこいつオレっ娘かよ。しかもぶっ転がすってなんだよ。某MTHのぶっ生き返すみたいな勢いだな。
「オレはLEWSONの妖精だ」
「は?LEWSONの妖精?」
「何度も言わせんなよ」
小さい女の子はドヤ顔のままふんぞり返っている。ってかこいつがオレっ娘のせいでどっちが話してるのかわかんねぇ。マジでなんなんだコイツ。さっきの流れからして、このLEWSONの妖精とやらは俺以外には見えないらしい。だから極力小声でこいつと話さなければならないのだが。
「お前と話す必要あるの?俺」
「はぁ?たりめーだろ?んなの」
「たりめーじゃないと思うんだけども」
「オレは暇、お前も暇、なら話そうぜ」
「勝手に暇って決めつけんな!いや暇だけれども!」
暇だと言えば暇だ。暇なんだけれども。こいつと話すといっても周りにはこいつが見えないわけだから、俺が一人でぶつぶつ話してる変質者になるだけだし。やっぱり無視を決め込むのが一番か。
「おい、そこのお前。オレと話せば良い情報をやるぜ」
「さて、ツマミのコーナー行くか」
「待てやゴルァ!」
「アベバッ!!」
案の定こいつは通してくれなかった。本当に妖精なのか?悪魔とかじゃないの?ってか本当デコピン痛いんだけど。
意図せず声を上げてしまい、また新人バイトがこちらを見ているため会釈したが、新人バイトの目は「次なんか変な事したら警察呼ぶからな?」っていう目をしていた。ってか今気づいたけど夜勤に新人バイト一人とかシフトどうなってんだよこの店。
「はいはい、で?良い情報ってなんだ?」
「まぁそう急かすなよ、雑談でもしようぜ」
少し話してみて分かったが、こいつの名前はミミッティ・ケイナス・ァ・ツァルティ・フォールトと言うらしい。名前長ぇしどこにもLEWSON要素が無くてうんざりしたわ。ってかどこの国の人間ってか妖精だよこいつマジで。
「時にオタク陰キャコミュ障野郎」
「なんだよオタク陰キャコミュ障野郎ってのは!」
ってか話まだ終わってなかったのかよ。もうこの店に入ってきて10分ほど経過してるんだけど。話が10分っていうと短いように感じるだろ?だが、それは深夜のコンビニで客は俺一人、そして俺の話し相手は他の人には見えない。そんな状況で10分だ。もう帰りたい。
「それがお前の名前だろ?」
「いやお前それ、わざとやってんならマジで殴るぞ?」
「失礼、噛んだわ」
「俺の名前野上なんだけど。どこ噛んだの?」
「まぁいい、聞け。良い情報をやる」
「やっとかよ」
「実はな、お前は知ってるかもしれないがLEWSONのチケット販売機があるだろ?あのleppyってやつにポイントカードをスキャンすると、支払うポイントに応じてそのポイント分の商品引換券が手に入るんだ。すげぇだろ?ちなみに日にちごとに交換出来る商品は違うから、店内に置いてあるleppyのチラシを確認してみろ。んじゃ、またLEWSON来いよ。待ってるぜ」
そう言って小さい女の子は消えていった。正確にはリーチイン(ドリンクや酒を並べてる冷蔵庫)の方に飛んで行った。
leppyにそんな機能あったのか。俺はさきいかと追加のちょい飲みを3缶を持ってレジに向かう。
「こちら4点で564円ですね」
「あ、あとホットカフェラテのMサイズで。砂糖一本お願いします」
「かしこまりました、あちらでお渡し致しますね」
新人バイトがホットカフェラテを作ってる間、レジの隣に置いてあったleppyのチラシを手に取った。そこには日付毎に交換出来る商品が載っており、今月のボーナスポイント商品まで記載されていた。
「お待たせ致しました、ありがとうございます」
「どうも」
チラシを小脇に抱え、俺はドリンクコーナーの方を向いて小さく「また来るよ」と呟く。そして俺はLEWSONを後にした。後ろからついてくる蛾のようなものを無視して。
コンビニの妖精 橘ささみ @Sa_33
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