第32話

 しまった。

 完全に油断していた。


 鬼は俺の体を掴むと、力を込めて思い切り俺を握り潰そうとした。

 まずい。全身が万力で締め上げられるように痛い。

 桃太郎の飛ばされていった方向を見るが、起き上がって俺を助けてくれる様子はなさそうだ。

 俺は何とか残りの魔力を振り絞って鬼に氷で攻撃するも、先に俺の方が潰されそうだった。


 痛みを通り越して徐々に意識が消えかけていく中で、突如、鬼の頭が大きな火球に包まれて吹っ飛んだ。


 俺はその瞬間、何が起きたのか理解できなかった。

 見ると、鬼の首から上がなくなっていて、首の断面から先ほど倒した鬼と同じマグマのような体液が流れ出ている。


 なぜ突然、鬼の頭が吹っ飛んだのだろうか。

 俺は桃太郎が飛ばされていった方を再び見る。

 桃太郎はまだ林の中に倒れていて、起き上がって鬼に攻撃したような気配は全くない。

 となると、残るは。


 俺はかぐや姫の方を見た。

 かぐや姫は笑顔で俺の顔を見返す。


「やった!私も鬼をやっつけちゃった!」


 俺は鬼の手から何とか抜け出ると、かぐや姫に向かい走っていった。


「助かったぞ!礼を言う。召喚獣か何かを使ってくれたのだな」

「え??しょうかん……何、それ??」


 俺はその言葉を聞いて驚いた。


「そなた、先ほど召喚魔法を唱えて何かの召喚獣を発動したのではないのか?」

「なんかよくわかんないけど、そのしょうかん何とかってのは使ってないよ」


 かぐや姫はそう言って手を突き出し、強く念じた。


「んん、スマホ出てこい!」


 例のポン!という音とともに、スマートフォンが出現する。


「スマホの代わりにデカいマグマを鬼の頭のところに出現させたんだよ」


 ああ、なるほど。

 俺も物質生成のスキルを使った攻撃でそんな可能性も考えたな。

 それをうまく実現してくれたと言う訳か。

 この娘、技の応用も自分でできるようになってきている。


「そういうことか。改めて礼を言う」

「いいってことよ!それより、桃ちゃん大丈夫かな?」

「そうだ、桃太郎」


 俺とかぐや姫は桃太郎が飛ばされた林へと向かい、地面に倒れている桃太郎を揺すった。


「大丈夫か、桃太郎よ」


 桃太郎は唸りながら起き上がった。


「いってぇー。畜生、あの鬼め……って、あれ?」


 桃太郎は俺たちの顔を見てとぼけた表情になった。


「鬼はどしたの?」

「かぐや姫がとどめを刺して、二匹とも倒したぞ」

「マジで!!すごいじゃん」

「でしょ!」


 かぐや姫は得意げにポーズを決める。


「でもどうやって倒したの?」

「鬼の頭のところにでっかいマグマの塊を作ったの。さすがに頭をマグマに突っ込まれたら生きていられないと思って」

「なるほどねー!かぐやちゃんの力、敵を倒すのにも使えるんだね!」

「そうそう、すごいでしょ」


 かぐや姫が再び得意げな顔をしているところで、俺はふと連れてきたポチと猿がいなくなっていることに気がついた。


「時に桃太郎よ、ポチと猿はどこへいった」

「あれ、そーいえばアイツらいないね」

「……まさか、鬼にやられたのではあるまいな」

「そんな弱くないから大丈夫だと思うけど、鬼デカすぎてビビって逃げたのかな」


 だとしたら桃太郎の家来としての意味がないが……。

 とはいえ、あの鬼が相手では、彼らの力では太刀打ちできなそうだ。

 逃げたとしても無理はない。


「俺、アイツら探してくるわー」


 そう言って桃太郎は林の中へと消えていった。

 俺はその隙にかぐや姫に話しかけた。


「かぐや、今ステータスがどうなっているか見せてくれ」

「え?いいけど」


 かぐや姫がメニュー画面を開いた。


----------

■ステータス


名前:なよ竹のかぐや姫

レベル:56


体力:650 / 650

魔力:320 / 900

攻撃力:790

防御力:550


ロール詳細はこちら >

装備詳細はこちら >

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 先ほどの鬼にとどめを刺したのでレベルアップしてステータスの各項目も上がっているようだが、俺は魔力に注目した。

 あれだけのマグマの塊を作り出すのには、かなり魔力を消耗するようだ。

 あまり連続して出せる技ではないな。

 というか、せっかく召喚魔法を使えるのだから、できるだけそちらを使うよう、かぐや姫に戦い方を教える必要がありそうだ。


 その時、鬼の首の辺りから何やら甲高い呻き声が聞こえてきた。

 俺とかぐや姫は一気に緊張し、いつでも戦える構えを取ってそちらへと振り向く。

 しかし、鬼が襲ってくる気配はない。

 そもそも頭が吹っ飛んで死んでいるので、動きようもないはずだ。

 では、先ほどの呻き声は、一体——


 鬼の首を良く見ると、何やらモゴモゴと蠢いている。

 やがて鬼の首を突き破り、中から小さな何かが飛び出してきた。


 それは、鬼に飲み込まれてやられたと思っていた一寸法師だった。

 一寸法師は地面に着地すると、鬼の消化液と思われるものを払った。


「いやー、一巻の終わりかと思ったわい」


 俺は一寸法師が無事なのを見て安心した。


「一寸法師よ、生きておったか」

「いや、昔話の通り飲み込まれて内部から倒そうと思ったのだが、こやつの胃袋が分厚すぎてびくともせんでな。そのまま溶かされて死ぬかと思ったわ。いやー、助かった。ほんに礼を言う」


 一寸法師は俺に向かって頭を下げた。


「余の力だけではない、今ここにはいないが、桃太郎、それからこのかぐや姫のサポートあってこそだ」


 かぐや姫は一寸法師を覗き込んではしゃいだ。


「わあ!ホントに一寸法師だ!かわいいー!」


 一寸法師はかぐや姫の方を見て驚いた顔をした。


「なぜかぐや姫が桃太郎と行動を共にしているのじゃ?」

「色々と事情があるのだが、余が鬼退治のサポートメンバーとしてスカウトしたのだ。おかげで今、余もこうして生きていられている。それに、彼女も転生者だ」


 一寸法師は改めてかぐや姫を驚きの表情で見た後、感心した様子で見つめる。


「ほお、そなたも転生者とな。同じ転生者として、よろしく頼むぞ」

「あ、一寸ちゃんも転生者なんだ!よろしくね」

「それにしても、鬼を倒すほどの実力を持っているとは……」


 俺は一寸法師に説明した。


「彼女は元々、月の都の者だからな。我々とはそもそも使える能力が格段に異なる」

「ああ、そういえばそうじゃった」


 俺は一寸法師へ質問した。


「時にそなた、これからどうするのだ。物語上は鬼を追い払って姫を助け、打ち出の小槌で大きくしてもらう流れだったよな」

「ああ、だがそもそもこの鬼ども、打ち出の小槌なんぞ持っているようには見えなかったぞ」

「いずれにせよ、このままではそなたの『一寸法師』の物語は完結せんな」


 一寸法師は頭を抱えていたが、ふと思いついたように俺の顔を見た。


「そうだ。そなたたちの鬼退治に、拙者も加勢させてはもらえんか?クエスト達成には少なくとも鬼と戦った実績が必要だろうし、何よりどこかで打ち出の小槌を見つけないと通常の大きさになれん。もしかすると、鬼ヶ島の財宝の中に打ち出の小槌があるかもしれんから、拙者はそれを探しにいきたいのじゃ」


 いきなりの頼み事に俺は驚いた。


「まあ、余は構わんが……」


 かぐや姫は嬉しそうにはしゃぐ。


「いーじゃん、仲間は多い方が楽しいし!」

「桃太郎が何と言うかの」


 その時、ちょうど桃太郎がポチと猿を引き連れて林の中から帰ってきた。


「おー、お待たせ。やっぱりコイツら、あまりの鬼の迫力に怖くなって逃げちまったらしい。後で叱っておかないとなー」


「それより桃太郎。話があるのだが」

「ん?どしたの」


 俺は桃太郎に一寸法師を紹介した。


「この侍は例の鬼退治を志す一寸法師だ。先ほどは食われてしまったが、我々と同じく鬼退治を志す者だ。先ほど我々の仲間に加わりたいと申し出たのだが、構わないだろうか」


 一寸法師は俺に続けて桃太郎へ懇願した。


「何卒仲間に加えていただけると嬉しい。拙者、悪者の鬼を退治して、鬼が持つという打ち出の小槌を獲得し、人間の背丈まで大きくなった後であの姫君を幸せにしたいのじゃ」


 桃太郎はその話を聞いて大きくうなずいた。


「うん、いーんじゃねぇの?」


 一寸法師は途端に明るい顔になった。


「かたじけない!この一寸法師、鬼の討伐で手柄を上げて見せますぞ!」


 一寸法師は刀の代わりの針を振り回した後で、ふと思い出したように言った。


「そういえばこの隊、何という名なのじゃ」


 桃太郎もふと気づいたように手を打った。


「あーそういえば、オレらの隊の名前ってまだ決めてなかったなぁ」


 そう言って、桃太郎は俺の方をチラ見してきた。


「ちょっと頭脳派ツルちゃんさー、なんかいいアイデア出してよ」


 飲み会の「お前なんか面白い事言えよ」的なウザいフリすんな。

 だが、パーティー名くらいは決めておいたほうが良いかもしれない。


「……急に言われても分からんが、桃とか強さとかに関係する漢字を入れるのはどうだ」

「んー、なんか、イマイチだよね。ありきたりっつーか」


 何だこいつ。人に聞いておいて……


「オイラにいいアイデアがありやす!」


 突然、桃太郎の隣で、猿が甲高い声を出して叫んだ。

 誰かと思ったら……お前!……喋れたんか。

 しかも、声、高っ。


「お、テツオ!なんだよー久しぶりに口開いたと思ったら」


 しかも、テツオ。ニホンザルのテツオ。

 お前そんな名前だったのか。

 ていうか、桃太郎もコイツに名前あって喋れるなら早く教えろよ……。


「いつかこんな日が来るかと思って、ずっと温めてたアイデアっす!」

「なになに、言ってみ?」

「はい!オイラたちって、鬼を成敗しに行く隊じゃないっすか」

「うんうん、それで?」


 俺はこの時点で胸騒ぎがした。


「『鬼』を、『殺』しに行く、『隊』っすよね。だから、漢字を取って」

「あー、なるほどね!鬼○隊!」

「そうっす!○殺隊!」

「カッコイイじゃん!それ、採用!」


 著作権とか商標とか知的財産関連で色々と問題がありそうなので、とりあえず俺の方で自主規制しておく。


「鬼○隊、猿柱、テツオ参上!ってか」

「はい!○殺隊、人柱、桃太郎参上!って感じっす!」


 その時、桃太郎がいきなりサル——もとい、テツオの胸ぐらを掴んだ。


「……『さん』をつけろよ、デコ助野郎」


 テツオはすっかり萎縮して、再び貝のように口を閉ざした。

 ポチが久しぶりに俺の足に腰を擦り付けて激しく動き出す。


 ……このパーティー。本当に大丈夫か。

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先日助けていただいた転生者の鶴(元魔王の美少女)ですが、婚約破棄されたのでバグった異世界で前世のスキルを駆使して桃太郎と鬼討伐した後、再転生します 潮風 吾空 @shiokaze_gk

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