第31話
俺のその言葉に桃太郎もかぐや姫も戸惑った様子で顔を見合わせた。
「海の中に鬼ヶ島って……ツルちゃんそれ、マジで言ってんの?」
「余も信じがたいが、そうだとすると地図上に島の影が見えなかったことも合点が行く」
かぐや姫が眉をひそめる。
「そうかもしれないけどさー……てか、だとしたら、どうやって鬼ヶ島まで行くの?」
「かぐやにまた協力してもらう必要があるかもしれん」
「え、私に??」
かぐや姫は驚いた表情で俺を見返した。
「もし本当に鬼ヶ島が海中、いや、海底などにあるのであれば、潜水設備が必要になるだろう。かぐやの能力でそれを生成してもらうことになる」
「でもさぁ、その状態で戦わなきゃならないワケでしょ??」
「それは改めて考えなければならんな。まずは鬼ヶ島の実態が掴めただけでも良しとしよう」
桃太郎が頭を掻きながら俺を見た。
「でもよぉー、鬼って人間襲う時には陸上にいるよね。魚じゃないのに、海ん中で生きていけんのかな」
「それもわからん。やはり明日、鬼の実態をしっかり調査する必要があるな」
「そうだねー。いや、でも事前にこういうの調べておいてよかったわー。改めてツルちゃんにマジ感謝」
珍しく腰が低い桃太郎に俺は戸惑ったが、感謝されて悪い気がするものではなかった。
そうこうしているうちに、もう日暮れ近くになっていた。
思っていたよりも鬼ヶ島の場所調査に時間がかかったが、想定外の収穫、というか課題がわかっただけでも価値はあったか。
夕食の間もかぐや姫がスマートフォンで鬼や鬼ヶ島の情報を引き続き調べてくれたが、一般的な話ばかりで討伐に役立ちそうな情報は特に出てこなかった。
「んー、やっぱりあんまり参考にならないねー」
「鬼が海にいるといった情報はあるか」
「えーと……ちょっと待ってね」
かぐや姫はしばらくネットで調べていたが、その表情を見る限り目ぼしい情報が見つからなかったようだ。
「ダメだねー。海に住んでる鬼なんて情報、どこにもないね」
それに桃太郎が反応する。
「もしかして、あの攻撃は鬼じゃないのかもしれないねー」
「でも、ツルちゃんの聞いた噂でも、アプリのマップでも同じ場所っぽいから、ここに鬼ヶ島があるのは間違いないんじゃね??」
俺の方は嘘なのだが、今さら訂正するのも面倒なので、まあいいか。
「やはり、とりあえず明日に一寸法師の後をつけて鬼の様子を調べるところから始めよう」
「そうだねー。それが一番早そう。色々考えてもしゃーないなら、明日に期待だね」
桃太郎が立ち上がってあくびをしながら寝室に向かったので、俺とかぐや姫も床に着くことにした。
翌朝。
かぐや姫が牛車を生成し、俺とかぐや姫、犬、猿が乗り込んだ。
かぐや姫と桃太郎は翁の侍に気づかれないよう顔を頭巾で隠し、一寸法師に言われた通り、藤原氏の邸宅の門前で待機していた。
俺は念のためスナイパーライフルを持ってきていた。
山姥に腕で防がれたくらいなので鬼に効くのかどうかわからないが、それを試してみる価値はあるだろう。
しばらくすると、複数の従者とともに門から豪華な牛車が出てきた。
「ツルちゃん、あれでいいの?」
桃太郎が俺に尋ねた。
「ああ、おそらくあれに藤原の姫君が乗っているだろう。一寸法師も同席しているはずだ。怪しまれないよう、あまり近づきすぎるなよ」
「わかってるって。相変わらず、心配性だなぁ」
桃太郎は前方の牛車から少し距離をとりながらゆっくりと俺たちの牛車を進めた。
藤原氏の牛車は南北に走る通りをしばらく南に進むと、東西の大路との交差点で東に折れた。
俺たちもその後を追う。
牛車はさらに進み、京の門を抜けて東山の方へと向かった。
途中にある大きな川に架かる橋を通り抜け、道なりに牛車は進む。
そのうち道に勾配がついてきて、坂に差し掛かっているのがわかった。
参道に到着したようだ。
簾の隙間から外を垣間見る。
参拝者と思われる人々が数人、俺たちと同じ方向に向かって坂を上っていた。
牛の歩みが遅くなったので少し長く感じたが、桃太郎が突然、牛車を止めた。
前方を見ると、坂の上の門前で牛車から姫君と思われる女性と一寸法師が降りてきた。
「あれだ。間違いない」
桃太郎が驚いた顔で言う。
「あれ、あのちっこい彼が鬼の居場所を探知できるやつなの?」
「そうだ。我々も少し離れた位置から後を追うぞ」
姫君は一寸法師以外の従者を門前に待たせて、そのまま境内へと入っていた。
俺たちも続いて物陰に移動して牛車から降りると、かぐや姫が牛車を解除してスマートフォンを生成し、参道に戻る。
俺は肩にスナイパーライフルをかけていった。
俺たちは怪しまれないよう(頭巾を二人も被っているので怪しさ満点ではあったが)距離を置いて姫君の後を追った。
まだ早朝だったせいか参拝者もまばらで、見失う心配はなさそうなのが幸いだった。
姫君はまず本堂に寄りお参りを済ませると、そのまま寺院の奥の方へと進んでいった。
少し行ったところに古ぼけた小さな鳥居が立っており、その先に急な上り坂が続いていた。
道はそのまま別の神社へと続いているようにも見えた。
姫君は鳥居の前で一礼すると、苔むした急な石段を上り始めた。
俺たちも追跡がバレないよう、その後に続く。
石段を上り切った先にもしばらく鬱蒼とした小道が続いていて、姫君はその先へとどんどん歩を進める。
しばらく行ったところで鬱蒼とした森がふいに開け、小さな古びた社が現れた。
姫君はその社殿の前まで行くと、手を合わせ何やら祈りを捧げた。
しばらくそうした後、姫君は思い立ったように背を向けて、元来た道を戻り始めた。
桃太郎が俺の横から声をかける。
「あれ、彼、鬼と戦うんじゃなかったっけ?居場所を探知できるなら、そろそろ鬼が出てきてもいいいよね」
「もう少し待ってみよう。いずれ出てくるだろう」
「あれー、でもあの姫さん、そのままこっち来ちゃうよ」
俺たちはとりあえず草むらに隠れて、彼らに見つからないようにした。
その時だった。
どこからともなく、グオオーン、という唸り声が聞こえ、ずしん、ずしん、と大地が揺れるような足音が聞こえた。
俺たちは急いで辺りを見回す。
すると、古びた社の裏手から、巨大な怪物が二体、姿を現した。
その怪物は背の高さが社の屋根を超えるほど巨大で、頭に大きなツノが二本。
二足歩行だが、顔は人間というよりもエイリアンのようなものに近く、耳元まで裂けた大きな口は獲物を見つけ喜んでいるように横へと広がっている。
体は鉛色で、表面は爬虫類のような分厚い鱗に覆われている。
「……あれが、鬼か……」
俺は想像していたものと大きく異なる鬼の姿に驚きを隠せなかった。
てっきり、節分の鬼退治で出てくるような、モジャモジャ髪にとんがり角が生え、虎柄のパンツを履いたオッサンのような鬼が出てくるとおもっていた。
俺の隣で、桃太郎とかぐや姫も俺と同じように口を開けたまま唖然としていた。
「……ウソ……なんかめっちゃ強そうなんだけど……」
「いやぁ、思ってたのよりヤバいの来たね」
俺たちはまだ遠くにいるが、問題は姫君と一寸法師だ。
姫君は完全に腰を抜かしてその場から動けなくなっている。
地面をよく見ると、姫君の前に一寸法師が立ちはだかるように仁王立ちしている。
だが、一寸法師もあまりの鬼の巨大さと姿の恐ろしさに、全身が震えている。
……あの一寸法師、あれで大丈夫か?
鬼は手前の一寸法師を見ると、長い腕を勢い良く伸ばしてその小さな体をさっと捕まえた。
そして、問答無用で一寸法師をそのまま口の中へと放り込んだ。
それを見た桃太郎が俺を見て叫ぶ。
「あれ!ツルちゃん、あの彼、食べられちゃったよ!」
「大丈夫だ。これからが一寸法師の本領発揮だ」
俺の昔話の記憶では、確か一寸法師は鬼に食べられた後で鬼の体の中で暴れ回り、降参した鬼が逃げ帰っていくはずだ。
しばらく様子を見ていれば、おそらく鬼がダメージを受けた反応が明確に出るだろう。
……あれ、おかしいな。
あれから少し経ったが、鬼はへっちゃらな様子でその場に平然と立っている。
桃太郎は再び俺の顔を見た。
「ねぇ、ツルちゃん。彼、本当に大丈夫なの?」
「……大丈夫、なはずなのだが……」
まさか、本当に食われて死んでしまったのだろうか。
そうしている間に、鬼は腰が抜けて動けなくなっている姫君の方に目をつけた。
姫君はあまりの恐怖に悲鳴を上げ、失神して地面に倒れた。
鬼はその長い手を今度は姫君の方へと伸ばした。
それを見た桃太郎とかぐや姫は俺に向かって言った。
「あの姫、助けないとやばいよね」
「そうね。隠れてろって言ってもさすがに限界でしょ」
俺も同感だ。
一寸法師はクエスト失敗とみなして、俺たちは姫君を襲おうとしている鬼たちに立ち向かっていった。
そのうち一体が俺たちに気づき、口から炎を吐き出した。
……いや、これ普通に山姥の比じゃないくらいヤバい奴らだろ……。
俺は肩にかけていたスナイパーライフルを構え、手前にいた鬼めがけて連射した。
何となく予想していたことではあったが、ライフルの弾は鬼の分厚い鱗に当たって弾かれた。
あの鱗はこの程度の銃では貫通できないようだ。
俺はすぐにメニュー画面を出すとロールを魔法使いに切り替え、鬼に向かって炎を放つ。
鬼は少しだけ怯んだようだが、あまり効いていないように見えた。
「桃太郎!まず手前のやつから片付けるぞ!」
「任せとけ!」
桃太郎は腰の刀を素早く抜いて思い切り鬼の方へ走っていくと、ものすごい勢いで鬼の大きな足に切り付けた。
「うおりゃあああああっ!!!」
桃太郎は力の限り鬼の足に刀を振り下ろした。
刀は深く鬼の足に食い込み、マグマのように輝く体液が傷口から噴き出した。
「よし!桃太郎の攻撃は有効だ!」
鬼は大きな唸り声を上げて叫ぶと、長い腕を伸ばして力任せに足元の桃太郎へ殴りかかる。
だが、桃太郎は素早い動きで鬼の攻撃をうまくかわして後方へと退いた。
やはりこの男、戦闘にかけては只者ではなさそうだ。
俺は鬼が足を押さえて倒れ込んだところを、すかさず桃太郎がつけた傷口の部分を氷の魔法で攻撃した。
先ほど炎が効かなかったので、逆の魔法で、という単純な発想だ。
だが思いの外、氷の魔法は効いているようで、凍結した鬼の足は動かなくなりそのまま鬼は地面へと倒れ込んだ。
すかさず桃太郎が鬼の首めがけて剣を振るう。
「おらあああっ!!」
桃太郎の刀は深く鬼の首へと食い込み、そのまま首が胴体と切り離された。
切られた首から先ほどと同じマグマのような体液が思い切り噴き出した。
鬼はさすがにそれで息絶えたのか、頭も体もそのまま動かなくなった。
「よし!まずは一匹、倒したぞ!」
「まだもう一匹いるよ。油断しないで」
桃太郎の声に俺は振り向く。
もう一匹の鬼はまさに倒れた姫君を攫おうとしていた。
だが次の瞬間、社の近くに向かっていたかぐや姫がすかさず姫を抱えて遠くへ逃げていく。
「かぐやちゃん、ナイス!」
桃太郎がグーサインを出した。
「あとはこやつを倒すだけだな」
俺と桃太郎は迫り来る鬼へと立ち向かった。
まず桃太郎が先ほどと同じく鬼の足元へ向かって切りかかったが、先ほどの戦闘を見ていたせいか、鬼が腰をかがめて守りの姿勢に入った。
そして、そのまま手を伸ばして桃太郎を掴みにかかる。
桃太郎は鬼の攻撃をうまく避けて、攻撃した手に切りかかる。
だが、さすがに鬼に攻撃は防がれた。
今度は鬼がすかさず桃太郎へ反撃の裏拳を放った。
桃太郎は刀で攻撃を防ごうとしたものの、鬼の攻撃の威力を落としきれずにそのまま林の方へと飛ばされていった。
「桃太郎!!」
俺は叫んだが、俺自身、桃太郎の心配をしている暇はなかった。
鬼は次に俺へと狙いを定め、手を伸ばして襲ってきた。
俺は魔法を使って鬼へ何度も氷の巨大な結晶を放った。
鬼の動きが少し鈍ってきたところで、今度は雷魔法を唱える。
途端に鬼の上空へ暗雲が立ち込め、稲光が鬼を直撃した。
雷撃を食らった鬼は、煙を上げてそのまま動かなくなった。
「これで倒したか」
俺は鬼の様子を伺いながら近づいた。
その時突然、鬼が大きな唸り声を上げたかと思うと、ものすごい速さで腕を伸ばして俺に掴みかかった。
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