第30話

 俺の身体が緑に光る。

 かぐや姫は俺の顔を見て一瞬、衝撃を受けた表情になったが、すぐに声を上げて笑い出した。


「え!何その顔、どしたの!マジウケんだけどっ!!ゴルゴかよ!」

「仕方があるまい。このロールの特性なのだ」

「てか声、低っ!!」


 かぐや姫は腹を抱えて笑い出した。


「……そこまであからさまに馬鹿にされると、正直イラっとするのだが」

「あ!ごめんごめん、そういうつもりじゃ……プハッ!!」


 かぐや姫は顔を上げて再び俺の顔面を見るなり、堪えきれない様子でまた吹き出した。


「いや……マジでごめん……や、やっぱダメだ」


 かぐや姫は笑いすぎて泣き出した。

 顔がゴルゴなだけだろ?

 正直、この程度でそこまでウケるか?

 いや、でも10代は何をやっても笑える年頃か。


「時に、かぐやはゴルゴを知っているのか」


 俺は転生70回目辺りのガンシューティング系MMORPG『FULL METAL SOLID』の異世界へ転生した時、ミッション攻略でしばらくタッグを組んでいた転生者のオッサンにゴルゴの話を聞かされていたのでたまたま知っていた。

 だが、転生前は女子高生だったらしいかぐや姫は、一体どこで知ったのだろうか。


「あー、なんかパパが好きでさ。パパのアカウントの電子書籍で一気読みしたの」


 なるほど、そういうルートがあるのか。


「てか、ツルちゃん何でわざわざゴルゴに変装したワケ??」

「変装ではない。このロールに設定を変更すると、勝手に顔と声だけ変わるのだ」


 俺はロールのスキル詳細を確認する。

 確か、使えそうなのがあったはず……。


 見つけた。

 俺はスキル一覧の「その他 兵器取扱い」を開いた。


----------

■スキル詳細


○スキル名称:その他 兵器取扱い


○詳細:

・複数の兵器全般を取り扱うことができます。取り扱い可能な兵器は以下です。

 ・銃火器(詳細はこちら→)

 ・爆発物(詳細はこちら→)

 ・刃物(詳細はこちら→)

 ・電子機器(詳細はこちら→)

 ・無人偵察機(ドローン)(詳細はこちら→)

----------


 やはりあった。最下段にドローンの文字。

 俺は操縦設備を確かめる。

 ドローンの操作方法は問題なく頭に入っているようだ。


「試しに飛ばしてみるぞ」


 俺はコントローラーを操作すると、ドローンが空高く舞い上がった。

 もう夜になっていたが、位置を示すライトが点灯していたのでどこにいるかは一目瞭然だった。

 ドローンのカメラには赤外線検知機能も付いているようで、液晶画面には京の街に灯るわずかな火が見えた。


「よし、とりあえず試運転ができることは判った。明日、鬼ヶ島へ向けてこいつを飛ばしてみよう」


 その時、ちょうど桃太郎が見回りから帰ってきた。


「この辺りに追手らしいのは居なかったわ。とりあえず今日は大丈夫っしょ……って、ツルちゃん、その顔どしたの!?」


 すっかり忘れていたが、ゴルゴのロールのままだった。

 さすがの桃太郎も俺のゴルゴ顔を見て引いたようだった。


「操縦桿を握っているとこういう顔になるのだ」

「え、声もオッサンみたいになってんだけど!大丈夫!?」

「……先ほど興奮して声を出しすぎたようだ。今、元に戻る」


 俺は桃太郎に隠れるように厠へと走り込み、ロールチェンジして戻ってきた。


「先ほどは失礼した」

「あれ?顔と声戻ってる」

「余は鶴に変身できる能力があるのだぞ。それくらい容易いわ」

「へぇーそんな特技もあるんだね、ツルちゃん。どんだけ引き出し持ってんの」


 自分で言っていて無茶苦茶な理由だと思ったが、桃太郎が感心したような顔で俺を見ていたのでまあいいだろう。


「桃太郎よ、改めて感謝する。こちらもかぐやの案内と明日の作戦会議を終えた」

「え、明日もなんかするの?」

「ああ、二日後の鬼調査の前に、できる限り鬼たちの情報を集めておきたい。かぐやが調査のための道具を生成できことが判ったので、こいつを鬼ヶ島まで飛ばそうと思う」


 俺はドローンを指差した。


「へぇー!すげえじゃん!何これ」


 桃太郎は興味津々にドローンを見回す。

 反応を見るに、本当にこいつを知らないようにも見えた。


「これは無人で動かせる偵察道具だ。手元の道具で遠隔操作ができるものだ」

「へー、こんなものがあるんだね!すげぇや、かぐやちゃん!」

「まあね、これくらい余裕、余裕」


 かぐや姫は得意げに桃太郎の方を見た。


「かぐや、もうスマホに戻して良いぞ。また明日頼む」

「オッケー」


 かぐや姫はドローンを消し、改めて自分のスマホを生成した。

 俺は桃太郎とかぐや姫に向き直った。


「調査は進めるとして、足元の問題は翁の追手たちからどう逃げ切るかだ。当初の予定では余が阿倍御主人の振りをして京の外へ逃げ、皆の視線をそちらへ誘導するはずだったが……とりあえずは牛車を動かしてかぐやが阿倍邸に連れ去られたように偽装したが、さすがにバレるのも時間の問題だからな」


 かぐや姫が少しうつむいた様子で言った。


「なんか、ごめんね。私のせいで」

「何を言うか。そもそも余から言い出したことだ。そなたが責任を感じる必要は何もない」


 桃太郎も俺に賛同する。


「そーそー。それよりかぐやちゃんが入ってくれたことの方が大きいって。まあ、明日くらいは何とかなるっしょ」


 桃太郎は気楽な様子で俺に答えた。


「明日はなるべくこの屋敷から出ないようにして、ドローンで鬼ヶ島調査に時間を割こう」

「そうだね」


 かぐや姫が大きくうなずいた。




 翌朝、俺たちは陽が昇る前に起き、鬼ヶ島調査作戦を開始した。

 都の人々が起きてからドローンを飛ばすとまたよからぬ噂が広がる可能性があったので、人気のない早朝から動くことにしたのだ。


 かぐや姫が生成したドローンを、俺がゴルゴのロールで空へと飛ばした。

 モニター越しに京の街並みがどんどん遠ざかっていく。

 目視でギリギリ確認できる程度の高度までドローンを上げ、進行方向を北へと向けた。

 事前にスマートフォンの方で確認した鬼ヶ島の位置に向けて、俺はドローンを操縦した。

 ここから鬼ヶ島までの距離とドローンの飛行速度から考えて、昼頃には着くはずだ。


 ドローンが無事に京を抜けて北の山あいに入ったあたりで、桃太郎が暇を持て余している様子で俺に言った。


「ツルちゃん、じっとしてるのだりぃから、町の様子見てくるわ」

「なるべくここでじっとしている方がいいと思うが。昨日言った通り、今日は翁の配下どもがかぐやを探し回って京の町をうろついているかもしれん。うぬは門前の侍たちに顔を覚えられているかもしれんだろ」

「いやー暗かったし、大丈夫だと思うよ。それに見つかるようなヘマはしねーから」

「まあ……なら好きにすればよい。だが、絶対にここだけは見つからぬようにしてくれ」

「わかってるって。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」


 桃太郎はスタスタと歩き出した。

 ポチと猿は庭で走り回っている。

 俺は改めてドローンの操縦に専念することにした。


 ドローンを飛ばしてしばらくは、カメラに映る前方の景色に延々と続く緑の山が映し出されていた。

 俺が操縦を始めてからしばらく経ち、太陽も徐々に高くなってきた。

 最大速力で飛ばしていたが、上空の風の影響か思ったより飛行速度が出なかったせいで到着が少し遅れそうだ。

 その時、前方の景色が徐々に開けて青い海原が見えてきた。

 入り組んだ入江の辺りには小さな村落が転々と見え、大きな入江の東側にはそれなりの規模がある港町らしきものが見える。


 横で見ていたかぐや姫が叫んだ。


「あ!ツルちゃん、海だよ、海!」

「ようやく海岸まで着いたな。予想より少し時間を食ってしまったようだ。そなたの魔力は大丈夫か」

「ちょっと待ってね。確認してみる」


 かぐや姫がメニューを開いて自身のステータスを確認する。


「まだ700くらいは残ってるよ」

「そうか。であれば鬼ヶ島までは何とか持ちそうだな」


 京の都から海岸線までの距離をさらに3倍したあたりに鬼ヶ島のピンは刺さっていた。

 ざっくり計算で片道距離であれば残り魔力で十分だ。


 その辺りで外回りに行っていた桃太郎が門を抜けて屋敷へと戻ってきた。


「あ、桃ちゃん、おかえり!」

「かぐやちゃん、ただいまー!どう?鬼ヶ島着いた?」

「いやー、まだかかりそう。ちょうど海に出たあたり」


 桃太郎も俺たちのところへ来て画面を覗き込む。


「へー、北の方ってこんな感じなんだ」

「このままずーっと北の方へ進めば鬼ヶ島だよ」

「確かにまだ時間かかりそうだねー。着くまで寝てるかな」


 俺は目だけ桃太郎に向けた。


「時に京の街中の様子はどうだったのだ」

「ああ。ツルちゃんの予想通り、阿倍ちゃん家の前にかぐやちゃん家のじーちゃんと侍が押しかけて、阿倍ちゃん家の家来たちと揉めてたねー」

「昨日、牛車を移動させておいて正解だったな。阿倍の家来たちはいきなり身に覚えのない濡れ衣を着せられて感情的になるだろう。翁もかぐや姫を攫われたので、心中穏やかではないはずだが、さすがに双方、事を荒立てることを良しとはしないだろう。冷静になったところで本当にかぐやと阿倍氏が行方不明になっていることに気づく。ここの根城が見つかるまで、あと数日といったところかな」

「まあ鬼ヶ島の位置も判ったし、明日鬼の調査が終わったらそのまま京から出れば良くね?」

「そうするしかあるまい。そもそも鬼関連の調査に数日かかると思っていたが、思いの外、早く片付いたからな」


 俺はドローンの操縦に戻った。

 桃太郎があくびをしながら俺に確認する。


「鬼ヶ島まであとどれくらいで着きそう?」

「まだかかるから、それまで休んでいていいぞ。今日はこれ以上特にやることもない」

「了解―。じゃ、なんかあったら起こしてね」


 桃太郎はそう言って寝室の方へと向かっていった。


「かぐやも手持ち無沙汰だろう。着いたら教えるから、休んでいていいぞ」

「あ、じゃあ私は犬と猿と遊んでるね」


 そう言ってかぐや姫は池の方へとかけていった。


 俺はしばらくドローンの操縦を続けた。

 かぐや姫も遊び疲れて眠くなったらしく、寝室へと引き上げていた。

 日が傾きかけてきた辺りでようやく鬼ヶ島があると思われる付近の上空に到着したので、俺は桃太郎とかぐや姫を起こしに行った。


 二人が揃ったところで、俺は画面を見ながらドローンを再び動かした。


「ここからもう少しで鬼ヶ島が見えるはずだ」

「いよいよだねー」

「でも、なんか前の方に何にも見えないよ??」


 確かにかぐや姫の指摘通り、前方の海上には水平線まで果てしなく海原が続き、島の影一つ見えない。


「もう少し進めば何かわかるかもしれん。それとも、実はかなり小さな島なのか?」


 俺はさらにドローンを北に進めた。

 地図上では、そろそろ鬼ヶ島上空あたりに来ていてもおかしくないはずだ。

 それでもなお、眼下の海面には島らしきものは何も見えない。


「おかしいな……すでに鬼ヶ島の真上のはずだが」

「もしかして、マップのピンが間違ってたとか??」


 首を傾げるかぐや姫の後ろから、桃太郎が割り込んだ。


「あれ、ツルちゃん、そういえば俺と会った時に鬼ヶ島の場所知ってるって言ってなかったっけ?」


 そういえばそんなハッタリをかましたことを俺も今思い出した。

 今さら掘り返されても困るが、適当にごまかすしかないか。


「余は噂で聞いていただけだ。同じくこの辺りだと言っていた記憶がある。だが余も実際に上陸した訳ではないから、見るのはこれが初めてだ」

「なーんだ、そういうこと」

「近づいて探せば何か見つかるかもしれん。もう少し海上の様子を見てみるか」


 俺はドローンの高度を徐々に下げていく。

 海面の波が見えるくらいまで降下した、その時だった。

 徐々に辺りの海面が光を帯び、細かく振動しているように見えた。


 次の瞬間、海面を突き破って強烈な光のビームのようなものがドローンに向かって発せられた。


「何だっ!?」


 ドローンは片側のプロペラを撃ち抜かれて操縦不能になった。


「……何が起きたんだ!?」


 カメラに映る映像はグルグルと回りながら、空と海とを交互に映している。

 ドローンが回転しながら真っ逆さまに海へと墜落しているようだ。

 さらに映像から見える海上が再び光る。

 最後に見えたのは、先ほどと同じ光のビームがカメラの真正面から放たれている映像だった。

 その後カメラからの配信は途絶え、画面は真っ暗になった。


 桃太郎とかぐや姫も何が起きたかわからない様子で画面に釘付けになったままだった。


「なに……今の」


 俺もその様子に驚き言葉を失ったままだったが、冷静さを取り戻した。


「海面からビームが放たれていたな。まさか、あれは鬼の攻撃か」


 桃太郎は俺にうなずいた。


「少こいつを敵と見なして攻撃してくるようなやつ、あんな海のど真ん中で他にいないんじゃね」

「ということは……まさか……」


 俺は唾を飲み込んだ。


「鬼ヶ島は海中にあるということか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る