第29話

 俺はそれを聞いて、一瞬、思考が止まった。

 そうだ。俺は馬鹿か。

 鑑定スキルを使えば、桃太郎の正体がわかるかもしれない。

 いや、やってみないとわからないが、少なくとも早く試すべきだった。

 クソッ、俺としたことが。

 何という手抜かりだ。


 固まる俺を見て、かぐや姫が心配そうに声をかける。


「あれ、ツルちゃんどしたの??」

「……いや、そなたの言う通りだ。というか完全にその発想が抜けていた。余は阿呆だ」

「え!なんでそんないきなりテンション下がってんの!?ちょっと大丈夫!?」

「自分の至らなさに腹が立つ」

「いやいや、そんなになることないでしょ!」


 かぐや姫が本気で心配し出したので、俺は気持ちを切り替えた。


「とりあえず鑑定スキルが人に使えるか試したいのだが、かぐやで実験しても構わぬか」

「え?別にいいけど……」


 俺はロール設定画面を開いた。


「ロールチェンジ 鑑定士」


 途端に俺の身体が緑の光に包まれる。


「何かツルちゃん光ってるー!かっこいい!何それ!?」

「余は複数ロールを持っているので、使うスキルを変える時にロールチェンジする必要があるのだ」

「そんな仕組みもあるんだ」

「そなたもレベルアップすれば、もしかしたら『月人』以外のロールが手に入るかもしれん」


 月人みたいなチートスキルの塊のようなロールがあればそれも不要だろうが。


 俺はかぐや姫を鑑定にかけてみた。


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鑑定結果:


キャラクター名:「なよ竹のかぐや姫」

レベル:50

設定ロール:月人

ステータス異常:なし


体力:550 / 550

魔力:380 / 860

攻撃力:780

防御力:500

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 できた。

 しかもこれ、他人のステータス丸わかりじゃん。

 あー……マジ何で早くこれに気づかなかったんだ。


 天を仰いだ俺を見て、かぐや姫はまた心配そうに問いかけた。


「何、どうしたの!?ダメだった??」

「いや、成功した。クソッ、何で早く気づかなかったんだ……今さら気づいたのがますます悔やまれる」

「まーまーいーじゃん!」


 かぐや姫は慰めるように俺の肩を優しく叩く。

 俺は早速、桃太郎を鑑定にかけるため牛車の前に手をかざした。

 その時突然、牛に乗って遊んでいたポチが桃太郎との間に嬉しそうに割り込んできた。


----------

鑑定結果:


キャラクター名:「ポチ」

レベル:15

設定ロール:弐号機

ステータス異常:発情


体力:50 / 100

魔力:20 / 20

攻撃力:30

防御力:70

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 クソッ、ポチめ。

 余計な魔力を使ってしまった。


 俺は改めて桃太郎に向けて鑑定をかけた。

 今度は邪魔する者は間にない。


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鑑定結果:


キャラクター名:Unknown

レベル:Unknown

設定ロール:Unknown

ステータス異常:Unknown


体力:Unknown

魔力:Unknown

攻撃力:Unknown

防御力:Unknown

----------


 ……どういうことだ……?


 俺は改めて桃太郎に向けて鑑定をかけた。

 だが、表示される結果は同じだ。


 かぐや姫が俺の横から鑑定結果を覗く。


「あれ?何これ。ウンク……ノゥ……?」

「『アンノウン』だ。未知、という意味だ」

「え、何でこんなことになるの?」

「それは余が聞きたいくらいだ。一体、どういう事だ……」


 そうこうしているうちに、牛車は俺たちが根城にしている廃墟の屋敷にたどり着いた。


「え!!こんなところに暮らしてんの!?」


 かぐや姫は屋敷を見て驚いた表情を浮かべた。

 無理もないだろう。外から見れば、ただの廃墟だ。


「中に入ればわかる。暮らすのに十分な設備は整っているぞ」


 俺はかぐや姫を牛車から降ろし、自分も後から降りる。

 貴族の装束を脱ぎ捨てて元の姿に戻ると、桃太郎が俺に声をかけてきた。


「追手が来るかもしれないから、もう少し屋敷の外で見張ってるわ」

「悪いな。ついでに隙を見てこの牛車を阿倍家の邸宅前に移動してもらえると助かる」

「ここに置いておくと見つかったら面倒だもんね」

「それもそうだが、おそらく今、阿倍御主人がかぐや姫を御殿から攫って駆け落ちしたと思われている。牛車が阿倍氏の邸宅前にあれば、翁はかぐや姫が阿倍の屋敷へ連れ去られたと勘違いするはずだ。それを利用して、翁の目をしばしの間、阿倍家へ向かわせよう」

「なるほどね。じゃあ、隙見て阿倍ちゃん家の近くに置いとくよ」

「すまぬな」

「いいってことよ。ツルちゃんはかぐやちゃんを屋敷に案内しといて」

「もちろんだ」


 俺はかぐや姫とポチを引き連れて屋敷へと戻った。

 母家では猿が待ち侘びたようにキーキーと唸っていた。


「あ、ちゃんと猿いるし。一応、『桃太郎』の家来は揃ってるんだね」

「一応な。そして、ここが我々の仮住まいだ。ようこそ」


 俺は厨や寝室を案内した。

 かぐや姫は驚いた様子で屋内を見回した。


「何でこんなピンポイントで現代風なん??」


 至極もっともな疑問だ。


「ここは元々そなたを狙っていた山姥が暮らしていたらしいのだが、どうやらそやつも転生者だったようだ。生活拠点にするために設備を色々と整えたのだろう」

「ヤマンバの特殊能力なのかな」

「まあ、そんなところだろう」


 札の話をするとややこしくなるので、俺は適当に誤魔化しておいた。

 そのまま俺は食料が貯蔵してある部屋へ行った。


「ここが食糧庫だ。山姥が備蓄していた米やら味噌やらが置いてある」

「暗いからスマホのライトつーけよっ」


 かぐや姫が突然何かに気づいたように声を上げた。


「あ!やばい!今ので思い出したけど、おんじ檻に閉じ込めたままだった!!」

「そういえばそうだったな。というか、これだけ離れてもまだ効力は続いているのか?」

「うん。ツルちゃんに能力のこと言われて気づいたんだけど、作ったものがまだあるかどうか何となくわかるの」


 よく考えれば物資維持のために魔力が消費され続けているわけだから、それが何らかの感覚として捉えられているのだろうか。

 これでまた一つ判ったが、物質生成のスキルで作られた者はかぐや姫本体との距離は関係なく存続できるらしい。少なくとも、京くらいの広さであれば問題なさそうだ。


「急いで解除しないと……えーと」


 かぐや姫は何かを探すように目をつぶった。


「でっかい檻、消えて!」


 俺には何が起きたか確かめようがないが、かぐや姫の様子を見る限り解除は成功したようだ。

 かぐや姫が手をかざして再び念じる。


「スマホ出て来て!」


 ポンッ!という音とともに、スマートフォンが空中から落ちてきた。


「あーやっぱこれないと死ぬわー」


 かぐや姫は嬉しそうにスマートフォンをいじってライトを点灯させた。


「うわっ、すごい米俵」

「奥に味噌樽もあるぞ」

「こんだけあったらしばらく暮らせそうだね」

「だがそれほど長居はするつもりはない」


 俺はかぐや姫にこれからのプランを伝えることにした。


「二日後に『一寸法師』の物語が動き出す。あやつが仕えている姫が清水の寺へ詣でるのを見計らって、我々は後ろからついていく」

「え?鬼ヶ島行くんじゃないの??てか、一寸法師もいるの??この世界」

「ああ。実は我々桃太郎パーティーの誰も鬼がどういったものか知らないのだ。そこで余が鬼の登場する物語を探したところ、『一寸法師』の存在に気がついた。そこについて行けば我々も鬼を観察することができる。そもそもどういった生き物で、弱点はあるのか、どの程度の規模の組織なのか……その辺りをまずは探りたいのだ」


 かぐや姫は不思議そうな顔をして俺を見た。


「でもあの桃ちゃん、強いんでしょ?とりあえず鬼ヶ島に行って、目についた奴を片っ端からぶっ飛ばせば行けるんじゃね?」


 ……この娘も桃太郎と同じ発想か。

 脳筋しかいないのか、この世界は。

 とはいえ「月人」の強さがあればあながちそれも不可能ではなさそうで、俺は何も言い返せない。

 先ほどはなぜか桃太郎のステータスが確認できなかったが、俺が知らないだけで奴は何か強力なロールやスキルを保持しているのだろうか。


 かぐや姫がスマホをいじりながら俺に話しかける。


「そういえば鬼ヶ島ってどこにあんの?」

「それもこれから探さなければならないのだ。まずは噂話を京で確かめた上で、方向の見当をつける。その後でそちらの方角へ進み、海岸の近隣の村々で聞き込みをして——」

「あ、あった!」


 かぐや姫がスマホをいじりながら声を上げる。

 俺はその言葉の意味が理解できず、思わず固まった。


「……あった?」


 かぐや姫はスマホの画面を俺に見せた。

 地図アプリ上にピンが突き刺さっており、「鬼ヶ島」と表示されている。


 恐るべし、スマホ。

 よく考えれば、こいつを使えば一発か。

 そもそも誰が位置情報とか登録してるんだ?(いや、そんな細かいことを言い出すとキリがないか……)

 とりあえず見つかったのだ。

 それなら一つ手間が省けたと喜ぶべきだ。


 俺は地図アプリを確認する。

 京から北側にしばらく進むと海に出るらしい。

 海岸からそのまま海を北上してしばらくいくと着くようだ。

 海岸からはかなりの距離がありそうだった。


 俺はマップを拡大してみる。

 鬼ヶ島自体の大きさや地形がわかれば、討伐戦のヒントになるかもしれない。

 ところが、どんなに拡大しても島の影が見えない。

 航空写真(どうやって撮ったのかは知らない)のモードに切り替えても、やはりピンが刺さっている位置には島の痕跡すらない。


「かぐや、このピンが刺さっている場所、何もなさそうだが」

「え?ウソでしょ」


 俺はかぐや姫にスマートフォンの画面を見せた。

 かぐや姫は画面を見て首を傾げる。


「あ、ホントだ。ただの海のど真ん中に刺さってるね。ちょっとスマホ貸して」


 かぐや姫は俺からスマートフォンを受け取ると、すぐに何やら捜査し始めた。


「あれー、やっぱりここにしかピン刺さらないねー。検索アプリで調べたけど、情報も全然出てこないし」

「少なくとも海上に刺さっているのであれば、そこに鬼ヶ島があるのかもしれんな。何らかの理由でアプリに表示されないだけかもしれん。アプリで島の情報を得ようと思ったが残念だ」

「じゃあやっぱり、まずは北に向かいながら聞き込みかなー」


 とはいえ、かぐや姫にこれほど便利なスキルが備わっているのなら、何か他に情報を知る手がかりはないものか……。


 その時、俺に天啓が舞い降りた。


「かぐや、試しに生成してもらいたいものがあるのだが」

「え、いいけど……どしたの急に??」

「空中を移動できる何か……例えばヘリコプター……いや、大き過ぎると体積制限に引っかかるかもな、それにわざわざ人が乗る必要もないか」

「何ブツブツゆってんの??」

「そうだ。映像をリアルタイムで送れて位置も判る軍用の小型ドローンのようなものは作れるか」

「え??それどんなの」

「スマホで調べてみてくれ」


 かぐや姫は、早速俺がいう通りネットで検索を始める。


「あ、あった。これか」


 画像と必要な設備を見て、大方のイメージを掴めたようだった。


「じゃあ、行くよ。スマホ、一旦消えて!」


 スマホが徐々に消滅した後、かぐや姫は再び念じる。


「映像をリアルタイムで送れて、えーと何だっけ……あ、位置も判る軍用の小型ドローン!出てこいっ!」


 ポンッ!という音と共に、目の前の地面にドローンと液晶タブレット付きのコントローラー設備が出現した。


「おお!これだこれ」


 俺は早速こいつを試してみることにした。


「ツルちゃん、これ操縦できんの?」

「余のロールを使えばいけると思う」


 俺はメニューのディスプレイを出してロール設定に移る。


「見た目と声が少々変になるが、気にせんでくれ」

「え??なになに、どゆこと??」


 かぐや姫がにやつきながら俺に視線を送るが、俺はそれを無視した。


「ロールチェンジ ゴルゴ」

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