第28話

 かぐや姫は、俺の言葉を聞いてポカンとした表情を浮かべた。

 俺は少し気まずくなり、言葉を続けた。


「いや、無理にとは言わぬが、そなたのその能力、我々の旅に大いなる力となる気がするのだ。旅の目的は鬼退治だが、そもそもそなたが戦う必要は全くない。我々の旅のサポートをして欲しいのだ。討伐が終わればそなたは京に戻って、また『竹取物語』の続きを進めればよい。どうだ?」


 かぐや姫はようやく何を言われたか理解したようで、途端に顔を輝かせた。


「え!何それめっちゃ面白そう!行く!!」


 あまりの即決ぶりに俺の方が驚いた。


「では善は急げだ。翁に見つからないよう、早くこの屋敷を出た方がいいな」

「そうだね」


 その途端、どこに控えていたのか、翁が俺たちの元へと走り込んできた。


「姫!それに阿倍殿……どちらへ行かれますのじゃ?」


 俺はかぐや姫の代わりに答えた。


「余はどうしてもかぐや姫と結ばれたい。このままもらっていくぞ」


 翁は驚いた様子で俺たちを交互に見た。


「し、しかし……さすがに偽の宝を持ってきて我々を騙した事、いかがなものかと思いますぞ。姫もそれでよいのですか?」

「えー、ちょっと遊びに行くだけだって。いいじゃん!別に」

「遊びにって……姫、さすがにそれはならんぞ!これ以上のお転婆は許さん!まだ残りの貴公子殿たちが控えておる。姫にはやんごとなき方々からの求婚に応える義務があるのじゃ!」

「ちょっと出かけてくるだけだって。それまで待っててもらって」

「そんなワガママが許されるわけなかろう……」

「でも告ってきたの、あいつらの方じゃん。私のちょっとした旅の帰りも待てないような男に興味ないし。愛があるなら待てるでしょ」

「いや……それを言われると……いかんいかん。また言いくるめられるところじゃった。とにかく、行ってはならぬ!」


 かぐや姫は腕を組んで翁に向き直った。


「もぉー、おんじ聞き分け悪いんだから。あ、そうだ」


 かぐや姫は悪戯そうな笑みを浮かべると、両手を翁に突き出した。


「な……姫、何をなさる!?」


 かぐや姫は念を込めるように集中する。


「スマホ、一旦消えて」


 かぐや姫が手に持っていたスマートフォンが徐々に消えていく。


「次、でっかい檻出てきて!」


 次の瞬間、翁を取り囲むように空間に猛獣を入れる檻のようなものが出現し、翁を閉じ込めた。


「な……何じゃこりゃ!?」


 翁は何が起きたかわからない様子で腰を抜かしたが、すぐに立ち上がって鉄格子にしがみついた。


「姫、これはなんじゃ?なぜワシは閉じ込められとるんじゃ!?」


 かぐや姫が翁に少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんね、おんじ。私、しばらくしたらちゃんと帰るから。それまで探さないでね。あと居ない間、留守番よろ」


 そう言ってかぐや姫は十二単を脱ぎ捨て、小袖の身軽な着物姿になった。


「じゃあ、アベちゃん、行こっか」

「あ……!こら、ちょっと、姫!待ちなさい!」


 かぐや姫は俺の手を取って、母家の外へと駆け出した。

 何か吹っ切れた様子で、月夜の庭を踊るように駆け抜ける。

 門のところまで一直線に走ると、桃太郎と牛車が見えてきた。


 桃太郎は驚いた様子で俺たちを見る。


「あれ、ツルちゃん、どしたの?隣のかわい子ちゃん」


 かわい子ちゃんって。

 突っ込むのも面倒なので、俺は無視して紹介した。


「かぐや姫だ。我々の旅に協力してもらうべく、先ほど余がスカウトしてきた」

「え!スカウトなんてしてきたの?」

「かぐやをパーティーに加えても問題なかろうな」

「あたぼうよ!」


 桃太郎は親指を立てて満面の笑みでグーサインを出した。

 久しぶりにそれ見たなオイ。

 あと、あたぼうって……。


 桃太郎はすぐにかぐや姫に向き直った。


「キミがかぐやちゃんか。可愛いすぎて光輝いて見えたわ」

「え、何いきなりウケんだけど。ツルちゃん、この人誰??」


 俺はすっかり紹介を忘れていた。


「そやつが桃太郎だ」


 自分で言って、なぜか俺は言葉に詰まった。

 本当にコイツが桃太郎なのか、正直、俺にもまだわかっていない。


 かぐや姫はそれを聞いて思わず笑った。


「え!?ウソでしょ。ただのヤンキーじゃん」


 俺は急いでかぐや姫の肩を組んで後ろに引っ張り、小声で囁いた。


「……色々と事情があるのだ。とりあえず、今はあやつを桃太郎として見てくれ。見えないかもしれぬが、とにかくそう見てくれ。あと、あまり桃太郎が不審に思うような言動はせんように」

「え、なんかよくわかんないけど、余計な事言わない方がいい感じ??」

「ああ、すまんが頼む」


 桃太郎が俺たちの方に歩み寄る。


「何二人でコソコソやってんの?」


 俺はかぐや姫から離れ、桃太郎に向き直る。


「いや、何でもない。ちょっと口の聞き方を注意しただけだ。ずっと屋敷に閉じ込められていたようだから、どうもそのあたりの常識がないようだ」

「別に俺は気にしないよー」

「それでも最低限の礼節はわきまえる必要があろう」

「もー、ツルちゃん、相変わらずお堅いなー」


 お前が緩すぎるだけではないか。

 ふと見ると、屋敷の方が何やら騒がしくなっている。

 翁が配下の者たちを集め出したようだ。


「とりあえず追手がかかる前に、牛車に乗って屋敷を抜け出そう」

「え、何ツルちゃん、かぐやちゃん攫ってきたの?ツルちゃんもやる時はやるんだね。見直したわ」

「何が見直した、だ。そんなことより、急いで屋敷から逃げるぞ」


 俺は急いでかぐや姫を牛車へ押し込める。

 その時、近くにいた侍たちが牛車の方へと駆け寄ってきた。


「まずいな。道を塞がれるぞ」


 その時、ポチが牛車から勢いよく飛び出し、侍たちに襲い掛かる。


「うわっ!なんだこの犬めっ!」


 侍はポチを振り払うのに必死だ。


「ナイスだ、ポチ!桃太郎、今のうちに」

「よっしゃあ!」


 桃太郎が急いでくびきを牛にかけ、牛車を門へ向かって進めた。


 無事に屋敷の外に出られた俺たちは、うまく小路へと入り込み、追手をやり過ごした。

 道を大きく迂回して大路に出たようだ。


 しばらくしてポチが俺たちの方に走ってきた。

 危うく捕まったかと思ったが、無事に逃げ切れたようで何よりだ。


 だがしかし……少々、というよりもかなり計画が狂ってしまった。

 元はと言えば自分のせいなので何とも言えないが、「阿倍御主人がかぐや姫を御殿から攫って駆け落ちした」という状況を作り出してしまった。

 明日から翁配下の侍たちによる一斉捜索が始まると考えておいた方がいい。

 俺らが根城にしている屋敷までそいつらがたどり着かないよう、何か策を講じる必要があるな……。


 ポチが牛の背中に乗って遊び出したのを見て、かぐや姫が俺に小声で話しかけた。


「ねぇねぇ、さっきのって、どゆこと??あの人、何者なの?」


 かぐや姫は桃太郎を指差して眉をひそめた。


「それが余にもわからんのだ」

「わからないってどゆこと?ツルちゃん、あの人とずっと一緒に旅してるわけじゃないの?」

「いや。余がこのパーティーに加わった時、すでにあやつは桃太郎のポジションにいたのだが、旅の途中である筋からよからぬ話を聞いてな」

「よからぬ話?」


 俺は桃太郎に聞こえていないか警戒しながら、かぐや姫に囁いた。


「どうやら余がこのパーティーに入る前、あやつは本物の桃太郎を倒して今の座についたらしいのだ」

「てか、あの人どう見ても桃太郎じゃないでしょ」


 その意見には俺も返す言葉がない。


「だがその情報も真偽の程は定かではない。そうである以上、あやつが本物の桃太郎である可能性も否定は——」

「いや、どう見ても偽物でしょ」


 かぐや姫、意外と容赦ないな。

 というよりも、俺がそうであって欲しくないという自分勝手な願望を抱いているだけだ。

 その自覚も一応はある。


「……とはいえ、余は別にあやつが何者でも正直構わないのだ。余のも目的は、あくまで桃太郎パーティーの一員として鬼を討伐し、クエスト達成することでより自分の希望に近い異世界へ転生することだ。見たところ、あやつの剣の腕は中々のものだ。鬼退治の観点で言えば、むしろかなり役に立ってくれそうだ」

「え、大丈夫なの!?そんなんで」

「今のところ不審な動きをする気配もない。とは言え、余もあやつを全面的に信頼する訳にもいかぬ。念のため、余が転生者であることも伏せている。そなたも桃太郎には言わぬようにしておけ」

「そういうの、最初に言ってよ。危なく言うところだったし」

「すまぬ。なにぶん、急だったもので話をしている時間がなかったのだ」

「ふーん、まあいいや。でもあの人の正体、気にならないの?」

「ならないと言えば嘘になるが、下手に色々と調べた結果、万一にでもあやつが鬼退治をやめる事態になっては本末転倒だ。代わりの桃太郎を探さなければならないが、それがうまくいくとも限らん。余と目的が一致している以上、腹は探らずあやつとともにストーリーを進めた方が無難だと判断したのだ」


 かぐや姫は何かに気づいたように俺に尋ねた。


「てか、そもそもあの人が桃太郎じゃなかった場合、ツルちゃんのクエスト達成は大丈夫なの?」

「少なくとも桃太郎役とその家来役の者たちが鬼を退治すれば問題ないはずだ。もしダメなら、そもそも余が桃太郎パーティーにいる時点でアウトだ」


 かぐや姫はそこで気づいたようだった。


「ああ!そゆことね。ツルちゃん、桃太郎パーティーの雉ってことね!あれ?でも、元々雉っていなかったの??」


 君のような勘のいい娘は嫌いではないが、俺は適当に嘘をついて誤魔化すことにした。


「余にもわからぬが、とりあえず雉ポジションが空いていたのでそこに滑り込めたのだ」

「ふーん、まあ、私はとりあえず冒険できればいいけど」


 かぐや姫はまた何かに気づいたように俺の目を見た。


「てゆーかさぁ、ツルちゃんって何か私が持ってるみたいな特殊能力ないの??」

「余もいくつか持っているが、主に実戦向きのものが多い」


 そういえば今設定してるロール、何だっけ。

 確かババア倒して魔法使いのロールを確認してから変えてなかった気がする。


「メニュー」


 やはりロールは魔法使いのままだった。

 そう言えば一度も魔法試してなかったな。

 氷の魔法を極小サイズで発動するくらいなら大丈夫か。


「今ここで攻撃魔法を発動する訳にはいかんが、これくらいなら見せられる」


 俺は手のひらを上に向けて、大きな氷の結晶を空中に作り出し、内部を空洞にして魔法の火を封入した。

 これで光る氷のクリスタルの出来上がりだ。

 魔法の使い方は自然と体が覚えていた。

 前世の魔王の記憶が残っていたのだろうか。


「すごーい!!ツルちゃん、何だかエルサみたい!!」


 かぐや姫は氷の結晶を眺めながら目を輝かせた。

 やっぱり可愛い。


「他にも何かできるの??」

「基本的な攻撃魔法ならある程度使えると思うが」

「じゃあ私みたいな特殊能力は??」

「狙撃や各種乗り物の操縦技術、格闘技などはプロ並みにこなせる。そう言えばテイマーの能力もあったな。まだ発揮できる機会もないので確かめてはいないが」

「えーすごい!!何かアクション映画の俳優みたいじゃん」


 俳優というよりむしろ本物の軍人に近いが、改めて見ると本当にこの異世界設定にそぐわないスキルばかりだな……。

 かぐや姫は何かを思いついたように俺に尋ねた。


「そういえばアベちゃんのプレゼント見せたときにツルちゃんが鑑定したってゆってなかったっけ??あれも特殊能力なの??」

「ああ、忘れていた。余には鑑定スキルも備わっている。アイテムの真贋や、付随する属性などを見極められるのだ」

「それって人間にも使えるの??」

「試したことはないが、なぜだ」

「いやだって、あの人が桃太郎かどうか鑑定してみればわかんじゃね??」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る