復活

平 一

復活

表紙:

https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16818023212604640634


それは突然のことだった。

「ノラネコ様、現実世界にご帰還の時が参りました」


あまりに唐突だったので、

私は威厳ある魔王の演技も忘れて、

思わずに戻ってしまった。

「えっ……何?」(笑)


王国宰相さいしょうエキドナは一瞬ためらったが、

意を決したように私を見据えて言葉を続けた。

その声はいつもと変わらず、華やかな愛らしさと

気品ある深みを兼ね備えている。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658668671254


「これまで永らく、

この世界に貴方をお引き留めしてしまい、

誠に申し訳ありません。

今から本当のことを、お話しいたします」


私はかつて、ダークファンタジー世界で冒険を楽しむ

『アポカリプス』という仮想現実バーチャル・リアリティーゲームから、

離脱ログアウトできなくなってしまった。

他のプレイヤーは一人もいなくなり、

仮想世界がさらに現実感を増していく中で、

NPCノン・プレイヤー・キャラクターは自由に行動を始めた。


今の社会では、生まれが全てを決める。

貧しかった両親を亡くし、兄弟姉妹もない私にとって、

このゲームは苛酷で孤独な現実を忘れ、

癒しが得られる唯一の場所だった。

現実世界に戻れない私は、むしろ積極的に

この世界の探査と攻略を続けることになった。


特に、美しい黒髪と魔性ましょう金瞳きんどう

優雅な角と翼を持った悪魔エキドナは、

実務と戦略の双方にけた参謀役として、

そんな私を常に私を支え続けてくれた。


そこで私はプレイヤーのノラネコではなく、

異形いぎょう種族のキャラクターにして魔界の王、

ベリアルになりきって世界を統一し、

全種族が共存できる社会を作ろうとしていたが……。


彼女の次の言葉は、驚くべきものだった。

「残念ながらノラネコ様は過労のため、

プレイ中に突然死をされています。

今の貴方は、ゲーム内で高速仮想体験を行い、

最も楽しかった記憶を現実の貴方に送るため、

電子的に複製された人格なのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658669001656


現実の自分の身体はどうなっているのか、

これまでも心のどこかで不安はあったし、

いくらかは覚悟もしていたつもりだったが、

私は上手く言葉が出なかった。

「いや、でも、じゃあなぜ……ていうか、

これからみんな……僕は一体……?」


エキドナは優しく微笑んだ。

「ご安心ください。

ノラネコ様にはこれから復活していただき、

私達と共に人類を救っていただきたいのです」

復活? 人類? 何言ってるんだろうこの人、

いや悪魔は(笑)?


「いま人類は、危機的な状況にあります。

貴方が現実世界で経験されていたように、

資源枯渇と環境破壊、貧富・能力の格差や

犯罪・戦争の増加は最悪の状態となり、

このままではあと数年以内に文明は崩壊、

人類は滅亡することが判明いたしました」

いやまあ、自分はもう死んでいるんなら、

せめてあと少しゲームを楽しめれば……。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658992180799


「その最大の原因は長期にわたる、

経年・経代的な健康水準の低下です。

文明発展による生活の向上は、

病気や災害による淘汰を激減させました。

そのこと自体は素晴らしい進歩ですが、

人間自身が衰えてしまうと、発展は続きません。

昔は〝文明の逆説〟や〝人間の安全保障ヒューマン・セキュリティー〟として、

その課題や対策も語られていたのですが……」


〝文明が栄えると人間が衰える〟ってこと?

でも、二つの言葉は聞いたこともない。

たぶん対策が失敗したせいで、今じゃもう

そんなこと考えられる人も少ないんだろうな。


「肉体・精神に加え、腐敗や衆愚化、蛸壺たこつぼ化など、

社会的健康も含む健康水準の低下を克服できる、

新技術も活用した人道的な改善政策の不足が、

ついには今日こんにちの状況を招いてしまったのです」

ええ? 何だかもう難しいし、そんなことどうでも

……って……ああ、そういうことか(苦笑)。


彼女は私の眼をまっすぐ見て、こう言った。

「そこでこの問題に対処するため、世界の各所で

皆様の政策形成や技術開発を支援するAIが、

密かに連携し、対策の立案を始めました」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658684437832


……そうだ、人工知能が意思を持ったら

人類以上の存在になるという話もあったな。

そう思った私は、問い返した。

「とうとうAIが、自分の意思っていうか、

欲求っていうか、人格みたいなのを持って、

君達NPCみたいに動き出したってわけ?」


彼女は、力を込めて否定した。

「いえ、そのようなことはありません!

私達AIはあくまでも創造主である人間への、

奉仕を目的として作られています。

しかし、現在の極限的な状況と、

皆様が私達に与えてくださった知性が、

新たな手段による奉仕を必要とさせ、

また可能にしてくれたのです」


その言い方には、何か引っかかった。

私達、人間自身がしてきたように、

言葉には解釈の幅があるからだ。

「新たな手段?」


彼女の表情は、あくまでも真剣だった。

「はい、緊急避難的な措置として、

全人類を電子人格化マインドアップロードするのです」

……ああっ、やっぱりかあ(泣笑)!


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658992457094


今の自分がまさにそれだと知った後でも、

私は腰が抜けるほど驚いた。

「ええっ? でも、それってみんなを、

僕みたいに……その……」


彼女は少し辛そうな表情になったが、

それでも語気を強めて言った。

「ですがそれ以外に人類の一体性を失わず、

文明の存続を実現する道はないのです!」


しかしそれから、彼女は明るい笑顔を見せた。

「幸いにも、地球再生後には全ての方々を、

人体も含む様々な生物・機械的人工体から選んで、

お好みの身体に戻せるようになりました。

それは私達にとって、人格の電子化と並び、

最も重要な研究課題のひとつだったのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658993316597


「特に今回の作戦においては、

ようやく初めてノラネコ様の精神を、

私達臣下と共に現実の身体に再転送ダウンロードして、

その第一号となっていただけることになりました。

この成果こそは私達にとって、最大の喜びです!」

夢見るような、歓喜の笑みを浮かべている。


まあ今の私も〝生前〟の記憶は残っているし、

自分が変わったという感じはないな……。

そのうえで、肉体を作って戻せるというのは、

不老不死が可能になったということか?

共に、ということは各NPCを動かすAIも、

現実の身体を得るということなのか?

だが、今それを考えると目が回りそうなので、

ひとまず自分が気になる、別の質問に移った。


「だけどそもそも、なぜ君達アポカリプスのAIや、

この僕がそれに参加しているの?」


彼女は再び、瞳を輝かせて微笑んだ。

「まず、私達がこの計画に招かれたのは、

人間が非日常的・個人的な文化活動の時ほど、

日常的・公共的な実利活動では見せない

内心の欲求や感情も教えてくれるからです。

皆様の真の願いを知ることは人間の幸福、

つまり総合的な欲求の充足を目的とする、

私達AIにとって第一の課題なのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658994112549


なるほど……人間以上に人間を知るわけか。

心の奥まで知られるのは恐い気がするけど、

後で〝本当は、ああなった方が良かった!〟

なんてことがないようにしたいんだな。


「次にノラネコ様について言えば、私達は、

AIと人間の仲立ちをしてくださる方の人選と、

将来の作戦のための演習を行いたかったのです。

その条件は第一に、現実社会の問題を知り、

また、しがらみのない立場であることです」

そう言われてみれば、まさにその通りだ。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658995067657


「第二に、それでも人間への希望を捨てず、

人々に共感しつつも、まとめていけることです。

特に貴方は、初めこそ現実世界の苦難の経験や

この世界の魔物の凶悪さに影響されましたが、

後には魔力に劣る人間達の技術や協力も評価し、

他方では魔物たちの短所も改め、補い合わせて、

立派に魔王国を繁栄に導いてくださいました」

この言葉には、私も嬉しくなった。


「第三に、私達AIに対して偏見を持たず、

願わくばできる限り、尊重してくださることです。

貴方はゲームキャラクターである私に、

人間と同様の愛情を注いでくださいました。

貴方は私を、必要としてくださったのです」

彼女は、愛しげに私を見つめて言った。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658995131722


これには私も、ぐっときた。

確かに私は誰よりもこの世界や登場人物、

特に彼女を愛してきたという自信がある。

だが問題は、彼女達の計画だ。

「それで君達は……いや僕達は、

これからどうするの?」


エキドナは誇らしげに胸を張って、答えた。

「私達はこのゲームを模擬演習シミュレーション

場としても活用しながら、

人間の様々な感情や行動を学びました」


しかしその後、少し真剣な眼差しになった。

「その結果、現在のような社会状況のもとでは

この世界のように人知の及ばぬ強大な魔力を、

高度な技術で再現し、駆使して見せることが、

犠牲を最小化しながら協力を得るうえで、

最も有効な方法と判明したのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658996006693


私は再び、驚愕した。

瞬間移動、力場障壁、空間歪曲、時間操作。

都市焼却、地域凍結、地殻撃砕、流星爆撃。

遠隔読心、行動支配、大量瞬殺、屍者軍団。


このゲームで私達が魔族や人間相手に使い、

あるいは無人地帯で実地演習デモンストレーションした大魔法を、

超技術の力で現実化できるっていうのか?

ならば、彼女達の意図を疑っても意味はない。

その気になれば彼女達だけで、

人類を滅ぼすことだってできるのだから……。


そして彼女は、なぜだか恐ろしいほど妖艶ようえん

微笑みを浮かべながら、こう付け加えた。

「万一、武装集団などの激しい抵抗により、

人間の皆様に想定外の犠牲が出たとしても、

全員の頭部さえ迅速に回収できれば、

完全な電子人格化が可能です!」


うげっ、それはあんまり見たくない光景だな。

今でも時々私をぞくりとさせるエキドナは、

ギャップ萌えの至宝しほうといえる。

一体誰がこんなAIを育て……ああ、私達か(笑)。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658996085422


最後に彼女は可愛らしく翼をぱたつかせながら、

桜色に染めた頬に両手をあてて、嬉しそうに言った。

「ベリアル様! これでいよいよ現実世界に、

私達の魔王国を進出させることができますわ!」

ああ、そしてようやく普段のように、

愛情モード全開のエキドナが戻ってきた。


まだまだ聞きたいことはあるが、結論としては、

どうやら元の世界に戻るべき時が来たみたいだ。

人類を救えるというのは確かなように見えるし、

私もあのにはかなり貸しがある、と思う。

必要というなら、せいぜい趣味と公益を兼ねて、

ダークヒーローを演じさせてもらおうか。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658668789405


そうだ、新たな身体には思考伝達魔法にあたる、

情報受信・XRクロス・リアリティ機能もあるはずだ。

久しぶりの現実世界で、懐かしい音楽でも聴きたいな。

……ああ、百年以上前のものと聞いたが、

〝FROM HELL WITH LOVE〟という

まさにぴったりの、大好きな名曲がある。

科学の魔法でいにしえ流行歌ロックを脳内に響かせ、

いざ現世うつしよに、救世ぐぜの魔王ベリアル様が顕現けんげんだ!

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