第34話 悶々と葛藤する平日の朝

週が明けて、平日の月曜日。

だが登校する必要はない。

というか今日は体育祭の振替休日である。


ちゅんちゅんと、小鳥のさえずりが窓から届く。

外はよく晴れていて、清々しい朝だ。

予報では気温もさほど上がらないようだし、散歩でもすればきっと爽快なのだと思う。

けれどもオレは、目が覚めてからずっと自室のベッドでゴロゴロしていた。


怠惰に寝転びながらスマートフォンを触る。

画面に表示されているのは体育祭の画像だ。

オレと上園さんがペアを組んで踊っている。


「やっぱり美人だよなぁ」


画面の彼女を眺めながら、オレは自然と独りごちた。

昨日の告白を思い出す。

こんな綺麗で人気もある子がオレなんかに告白してくるなんて、未だに現実とは思えない。

でも現実だ。


「……ふぅ、どうしよう」


オレは昨日からずっと悩んでいた。

さて、なんと返事をしたものやら――



上園さんについて考える。

そもそもオレは彼女のことをどう思っているのだろう。

上園さんは美人で優しくて明るくて、割と非の打ち所がないクラスメートだと思う。

そんな彼女に好意を持っているのは確かだ。

とはいえ恋愛対象として見たことは一度もない。

あくまでこれは友達としての好意なのである。


思うのだが、恋愛対象として見ていない相手とは付き合うべきではない。

それは不誠実な行為だ。

となると、この告白はやはり断るべきか――


いや、でもなぁ。

オレは告白を断った場合の上園さんの気持ちを想像する。

きっとたくさん悲しませてしまうだろう。

それは嫌だ。


それに今現在は恋愛対象として見ていなくとも、これから先どうなるのかは分からない。

だったらしばらく返事は保留にしておきたい。

そう考えてしまうのは、やはり彼女に悪いのだろう。


「うーん、どうすりゃいいんだよ……」


だんだん行き詰まってきた。

もう何が正解なのか、恋愛初心者のオレには判断がつかない。



もう一歩踏み込んで、自分自身の気持ちを考えてみる。

上園さんがオレを恋愛対象として見ていることは理解し難いなりに理解した。


ではオレは?

オレには恋愛対象として見ている女性はいるのか?


――その答えは『いる』だ。


オレには内心では薄々気付きながらも、これまでなるべく深く考えないように努めてきた想いがある。

認めてはいけない想いだ。

けれどもこうして自分自身の内面に深く向き合うと、認めざるを得ない。


オレは、萌ねえに恋をしている。


この淡い恋心の発端を遡れば、十年前に辿り着く。

日々を萌ねえと共にしていた当時のオレは、彼女を姉のように慕いながらも、同時に恋していた。


それは例えば幼児が保育士のお姉さんに「将来は結婚して下さい」なんて伝えるような未成熟な恋。

けれども恋は恋だ。

そこに良し悪しなどない。


つまり萌ねえはオレの初恋の相手なのだ。

その恋心が再会したことで蘇りつつある。


だって無理もないだろう。

萌ねえときたら、振る舞いはあの頃とさほど変わらずスキンシップは激しいまま。

それなのにあの頃と違って容姿だけはあり得ないほど綺麗になっている。

正直、触れられる度にドキドキする。

もっと近付きたくなる。

こんなの惚れるなと言われても無理である。



とはいえ注意深く考える必要がある。

オレが隠し持ったこの恋心は、正直あまり良くないものだ。

だってこの想いは今の生活を壊しかねない。


萌ねえにとってオレはあくまで『弟』だ。

保護対象であり、恋愛対象ではない。

オレは気にしないが歳の差だってあるし、そうでなくとも彼女とオレとでは、何から何まで全く釣り合わない。


だからこれは実ることのない恋――

隠し続けなければならない。

決して想いを告げてはならない。

告げたが最後、姉弟のようなオレと萌ねえの関係は終わってしまう。

そんなことオレたちは望んでいない。

だからオレは、この禁忌じみた感情に蓋をする。

そうして己の恋心に気付かないフリを続ける。



ふと思う。

もし上園さんと恋人同士になれば、このどうしようもない、行き場のない想いを忘れることが出来るのだろうか。


――いや、ダメだ。

そんなのはダメに決まっている。


オレは思い付きを即座に否定した。

上園さんは萌ねえの代用品ではない。

そんな不純な動機で彼女の告白を受け入れるなんてあり得ない。

じゃあやはり断るか?

いやでも――


思考が堂々巡りを始めた。

これ以上考えても、いまは結論が出せそうにない。

何度目になるか分からないため息を吐く。


「……ふぅ、やっぱり気分転換に散歩でもしてこようかな……」


オレはベッドから起き上がった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


軽く朝の身支度を済ませてから家を出る。

萌ねえはモデルの仕事で先に出ているので、鍵を掛けるのも忘れない。


さて、どこを散歩しよう。

近所の公園でのんびりするか。

それとも河川敷を歩くか。

はたまた少し遠くまで足を伸ばしてショッピングモールを冷やかしに行くか。


そんな風にあれこれ考えながらマンションを出ると、ばったり上園さんに出会でくわした。


「あ、小鳥遊じゃん!」

「う、上園さん……」


言葉に詰まる。

突然のことにキョドったオレは、視線をあちらこちらに彷徨わせる。

上園さんが吹き出した。


「――ぷっ、あはは。小鳥遊すっごいキョドってる! 面白いー!」


お腹を抱えて笑う彼女は、普段通りだ。

昨日の告白なんて無かったんじゃないかと思うほどの平常運転。

オレは不貞腐れながら言う。


「う、うるさいな! 仕方ないだろ。だって昨日の今日で……色々考えてたら……」

「うん、分かってるって。ちゃんと考えてくれてるんでしょ? 小鳥遊は真面目だもんね」


微笑みかけてくる彼女にドキドキする。

やっぱり凄く綺麗だ。


「それよりさ、あーしコンビニで買い物してきた帰りなんだけど、アンタはどっか行くの?」

「べ、別に目的はないけど……晴れてるし近所を散歩でもしようかなって……」


オレの返答に、また彼女が吹き出す。


「ぷっ……。近所を散歩って何それ! お爺ちゃんじゃん! あはは」


笑いながら隣りに並ぶと、上園さんはさりげなく腕を組んできた。

左腕をオレの右腕に絡め、体重を預けてくる。

その大胆な行動にドギマギしていると、


「ね? 散歩、着いてっていい?」

「……い、いいけど、本当に適当にぶらぶらするだけだから、楽しくはないぞ?」

「大丈夫だって! あーし、アンタと一緒ならその辺を歩いてるだけでも凄い楽しいし!」


笑顔で言い切られると、何も言い返せなくなる。

照れてしまったオレは言葉を濁す。


「……うっ……まぁオレも、一人で歩くよりは二人の方が楽しいかも……?」

「じゃあ決まり! そうだ、コンビニでジュース買ってあるよ? 1本しかないけど半分こすれば問題ないっしょ。公園で飲もうよ!」


半分こ?

それはもしかすると間接キスになるヤツでは……。

緊張で喉が渇く。

半分こなんて陽キャの上園さんは慣れてるかもしれないけど、オレにはハードルが高い。

オレの考えていることを察したのか、上園さんが言ってくる。


「あ、でも誤解しないでよ? あーしジュースの回し飲みとか、女子同士でしかしないから」

「じゃあ何でオレと?」


これでも一応は男子なのだが。


「小鳥遊はいーの。だってあーしの好きな男子だし」


上園さんがいつになく大胆だ。

オレは赤くなって上手く喋れなくなる。

彼女は微笑みながら、オレの肩に頭を預けてきた。

歩きながら話す。


「……ねえ、昨日の告白のことだけどさ。悩んでるんでしょ? でも、しばらく返事はしなくていいから」

「え? なんで?」


こういう告白って、なるべく早く返事をした方がいいものだと思うのだが……。

上園さんが続ける。


「だって小鳥遊はさ、あーしのことまだ恋愛対象として見てないっしょ? なのに返事をかしたらフラれちゃいそうじゃん」


……鋭い。

もし急いで答えを出さねばならないなら、断らざるを得ないと考えていた。


「だから返事はまだずっと先でいい。あーし、これから絶対アンタを振り向かせてやるから! あーしに惚れたら返事をちょうだい」


上園さんの言葉に、思わず苦笑する。

つまりこれは『絶対に断るな』という念押しである。

無茶苦茶な話だ。

けれども実に彼女らしいとも思う。


「……わかった。まだ返事はしない」

「ん、それでいいよ。でもあーしのこと好きになったら、ちゃんと言うこと!」


上園さんがぎゅっと手を握ってきた。

手のひらが少し汗ばんでいる。

もしかすると、普段通りを装いながら彼女も緊張しているのだろうか。


ともあれオレは、結論を先延ばし出来たことにホッとしていた。



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孤児になりましたが姉みたいな幼馴染に引き取られて可愛がられています。十年ぶりに再会した美人姉は絶大な人気を誇るトップモデルになっていました。 猫正宗 @marybellcat

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