第33話 男女ペアダンスでの告白
体育祭、午後の部が始まった。
プログラムは順に、騎馬戦、大玉転がし、創作ダンス、クラス対抗リレーと進行していく。
このうちオレは騎馬戦に馬として参加したのだが、開始直後に騎手がはちまきを奪われてしまったので早々にリタイアとなった。
もう少し頑張って、萌ねえに良いところを見せたかったのでちょっと悔しい。
また大玉転がしでは、レーンから大きく逸れた大玉が保護者観覧席に突っ込むというアクシデントがあったものの、むしろこういうハプニングはこの競技ならでは。
怪我人もなく、盛り上がりつつ無事に終了。
続いて創作ダンス。
課題曲は世界的なヒットソングとなったYOASOBUの『アイドリング』で、メロディーや歌詞に合わせて各クラスごとに生徒自身が考案したダンスを披露した。
この競技では各クラス毎の特色がよく現れた。
アイドリングの軽快なメロディーに何故かムーディーなチークダンスを合わせてくるクラスや、ヒップホップさながらに激しく踊りまくるクラスと、見ていて飽きない。
オレたちB組はというと、身体能力の高い運動部のクラスメートが中心メンバーとなり、前転・側転・バク宙など激しいアクションをふんだんに組み込んだアクロバティックな創作ダンスを披露して、イベントを大いに賑わせた。
クラス対抗リレーではB組のアンカーに選出された上園さんが、ゴール手前で他クラスの生徒3人をごぼう抜きして一番にゴールテープを切った。
さすが上園さん、大活躍である。
こんな彼女と友だちだなんて、オレも鼻高々だ。
◇
すべての競技が終わった。
残すは総合順位の発表と、その後の男女ペアダンスのみ。
そして順位の発表――
「一年生の部、優勝は総合624点を獲得したB組です! おめでとうございます! 皆さま盛大な拍手をお願い致します!」
おめでとう!と歓声が飛び交う。
万雷の拍手が巻き起こった。
こうして祝われるとオレみたいにさほど活躍出来なかった生徒でも、やっぱり嬉しくなるものだ。
活躍できた生徒なら尚のことだろう。
そしてB組一番の功労者は上園さん。
これは間違いない。
オレは彼女のそばまで小走りで駆け寄って、声を掛ける。
「やったな、上園さん! 優勝だって!」
「う、うん……」
上園さんがオレから目を逸らした。
目線を斜め下に向けて、何かを言いあぐねている。
どうしたのだろう。
ともかく優勝を喜んでいるようには見えない。
「もしかして、嬉しくない?」
「う、嬉しいよ? そんなん当たり前じゃん! でも、今はそれどころじゃないって言うか……」
なんとも煮え切らない態度だ。
別のことに気を取られているように見える。
上園さんが続ける。
「あ、あのさ! あーし、この後のペアダンスでアンタに話したいことがあるの!」
「話?」
「う、うん。大切な話だから……今度こそ誤解されないように、ゆっくりと話したい」
何の話だろう?
そう言えば午後のプログラムではオレと上園さんはほとんど接点がなかった。
けれどもこの後のダンスではオレたちはペアを組む。
その時なら落ち着いて話もできるだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
休憩時間を挟んで、男女ペアダンスが始まった。
これが体育祭のフィナーレを飾るプログラムだ。
ペアダンスは前半と後半に別れている。
前半の『オクラホマミキサー』ではクラス全員が大きな輪を作り、一定のステップごとに次々と男女のペアを変えながら踊っていく。
軽快なリズムに合わせて、クラスメートたちが踊っている。
体育祭の感想を述べ合いながら笑っている。
それはオレも同様で、ペアの相手と話が弾む。
入学以来、こんなにクラスメートと仲良く話せたことは初めてなので、とても嬉しい。
遠くでは萌ねえが、踊るオレに手を振りながらカメラを構えていた。
次の相手は斉藤さんだ。
「えっと、斎藤さん、よろしくな」
「た、拓海く――じゃなくて小鳥遊くん! こここ、こちらこそよろしくお願いします!」
斉藤さんは何故か鼻にティッシュを詰めていた。
もしや花粉症対策だろうか。
少し前にピークは過ぎたとは言え、まだまだ花粉症は辛いもんな。
背後に回って手を繋ぐ。
すると彼女は、
「あわわわわわわわ……! 拓海くんがわたしの手を握って――」
なんか凄いキョドってるな。
白いティッシュがみるみる赤く染まっていく。
これは――鼻血⁉︎
「さ、斎藤さん⁉︎ もしかして競技で鼻を打ったとか⁉︎ 大変だ! 保健室に行かないと――」
「ら、
オレは必死に懇願する彼女に押し切られて、そのままダンスを続ける。
斎藤さんは鼻血でティッシュを赤く染めながらも、蕩けそうな表情でステップを踏む。
そうしていると、曲が変わった。
オクラホマミキサーに代わって流れ始めたBGMは『子犬のワルツ』だ。
ここからは特定のペアで踊る後半である。
「っと、時間みたいだ」
「た、小鳥遊ふん! もっとわらしと一緒にダンスを――」
「じゃあね、斎藤さん。ちゃんと保健室に行くんだぞー!」
◇
ダンスの輪が解散され、みんなが特定のペアを組み始めた。
オレも斎藤さんと別れて、上園さんを探す。
「……た、小鳥遊、こっち……」
「あ、上園さん」
上園さんはすぐ近くにいた。
頬を赤く染め、照れたように顔を背けながら手を伸ばしてくる。
オレはその手を取ると、もう一方の手で彼女の腰を抱き寄せ、身体を密着させた。
照れながら話し掛ける。
「なんかこのダンスは、やっぱり恥ずかしいよな」
「う、うん……」
後半の男女ペアダンスには、決まったステップはない。
銘々好きなように踊る。
とはいえ今オレたちがしているように身体を寄せ合い密着させて踊るペアは稀だ。
理由は恥ずかしいからだろう。
まるでチークダンスみたいなこの踊り方は、上園さんが強く希望したものである。
オレたちは照れながら抱き合い、メロディーに合わせて踊り始める。
二人の身長は同じくらいなので、こうして密着すると頬を寄せ合う形になった。
耳元で囁くみたいに話し合う。
「体育祭、楽しかったな」
「う、うん……」
「上園さん大活躍だったよな。B組が優勝出来たのって、半分くらい上園さんのおかげだと思う」
「う、うん……」
どうしたのだろう。
さっきから生返事ばかりである。
心ここに在らずといった感じだ。
もしかして上園さんはオレと踊るのが嫌になったのだろうか?
そんな事を考えていると――
「あ、あんさ!」
上園さんが声を張り上げた。
耳元で小声で話していた所にいきなりボリュームが上がって少し驚く。
彼女は続ける。
「あ、あの、借り物競争の話なんだけど……。『好きな人』って、そういう意味じゃないから!」
ああ、その話か。
なるほど。
オレは先ほどからの上園さんの不安げな態度が腑に落ちた。
つまり彼女は、借り物競争でのアレが告白だったなんて変な誤解をされてないか心配していたのだ、
ならその心配は無用だ。
「言われなくても、ちゃんとわかってる。アレは友だちとして好きって意味なんだろ? そんなに心配しなくても大丈夫だから」
「……やっぱり、全然わかってないじゃん……」
ゆっくりと踊りながら、上園さんは深呼吸を繰り返す。
そして告げてきた。
「――あーしは、小鳥遊が好き」
「ありがとう。オレも友だちとして上園さんが好きだぞ」
「友だちとしてじゃない。男子として好き」
上園さんが変なことを言い出した。
男子として好き?
それだと借り物競争でのアレは告白だったという事になる。
でもそれはおかしい。
何故なら上園さんみたいなスクールカースト頂点に君臨する女子が、オレみたいなミジンコに告白する筈がないからだ。
だから確認してみる。
「えっと、それはどういう意味?」
「ふぅ、鈍いのも大概にした方がいいっしょ。そのままの意味だって」
上園さんが耳元で囁いてくる。
「あーしは、アンタが好き。男子として好き。付き合いたいし、一緒にいたい。デートもしたい。それから――付き合ってもっと仲良くなったら、キ、キスだって……したいし……」
耳に掛かる吐息が甘い。
頭が真っ白になった。
だからオレは、顔を赤くしている上園さんに、バカみたいな質問をしてしまう。
「なんで、付き合いたいなんて言うんだ? なんでオレなんかのこと、好きとか言うんだ?」
「そんなの、あーしにも分かんないよ。好きになっちゃダメなわけ?」
「で、でもオレたち、まだ初めて会ってからそんな時間も経ってないし」
「そんなん関係ないじゃん!」
上園さんは独り言みたいに呟き始める。
「だってそんなの、あーしにも分かんないよ……。小鳥遊のこと気になるんだもん。気付いたらいつも小鳥遊のこと考えてるし、姿が見えたら目で追いかけちゃうし……これって好きってことでしょ?」
上園さんみたいな凄い女子がオレを?
呆然としたまま、彼女の告白に耳を傾ける。
「たしかにさ、最初は見た目がきっかけだったよ? なんか凄い可愛い好みの男子が現れた!
って……でも、それは悪いこと?」
いや、きっかけなんて些細な問題だ。
何も悪くはないと思う。
告白は続く。
「あーし、小鳥遊と話してると嬉しくなる。だからもっと話したくなるし、もっと近づきたい。そう思ったから告白したんだ。でも今すぐ答えを出してなんて言わないから……。ただ、ちゃんと誤解せずにあーしの気持ちを受け止めて欲しい」
オレは混乱したまま考える。
たしかに彼女の言う通りだ。
こんな真面目な告白を受けて、それでも友だちとして好きだなんて誤魔化してはいけない。
誠実に受け止めなければならない。
だからオレは考えた末に答えた。
「ごめん。オレはオレが上園さんのことを女子として好きなのかよく分からない。だから今すぐ返事はできない」
上園さんが少し悲しそうな顔を見せる。
けれどもすぐに笑顔を取り繕った。
「ん。それで良いよ。ゆっくり考えてから返事をちょうだい」
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