第32話 鈍感男子のもどかしい距離

これはどう反応すれば良いんだろう。

オレが唇を向けてきた上園さんに困惑していると、一部の男子生徒からブーイングが上がった。

同時にヤジも飛んでくる。


「――待て待て待て、待てー! 抜け駆けすんなー!」

「小鳥遊、お前協定違反だぞ、自重しろー!」

「っざけんな! 上園沙耶香は俺ら一年みんなのアイドルだろうがー!」

「うおおお! 好きだ、上園ぉぉ!」


一年の男子連中が声を枯らさんばかりの勢いで叫んでいる。

上園さん、凄まじい人気っぷりだ。

でも抜け駆けすんなとか言われても困る。

というか何の話だろう?

もしかして、ぼっちなオレの預かり知らぬところで上園さんのファンクラブが結成されていて、そこでは抜け駆け禁止の紳士協定でも結ばれているのだろうか。

上園さんの人気ならあり得る……。

まぁその割にはどさくさ紛れに告白しているヤツもいるみたいだけど、男子同士の協定などそんなものだ。


とか考えているうちに一部の女子からもブーイングが飛んできた。


「やめてー! 拓海くんを取らないでー!」


あれは――斎藤さん?

必死になって声を張り上げる彼女を見ると、「嫌、嫌、嫌、やめてー!」とか「拓海くんはわたしのよー!」とかオレには理解の難しい声が届いてくる。


ブーイングはやがて大合唱になる。

上園さんがハッとした。

我に返って慌てだす。


「――ま、待った! いまのなし! さささ、さすがにキスはまだ早いっしょ!」


いや早いとか遅いとかの問題ではない。

そもそもキスをするつもりがない。

そういう行為は恋人たちがするものだ。

そしてオレと上園さんはクラスの席やマンションの部屋がお隣りで何かと縁はあるものの、恋人同士ではない。

言わばただの隣人だ。

そもそもぼっちのオレとスクールカーストトップの彼女でははなから釣り合うはずがないのである。

よくて友人――


そこまで考えてから、オレはようやく気が付いた。

友人?

そうか……。

『好きな人』ってそういう意味だったのか。

上園さん、キミってやつは――


オレは得たばかりの気付きを、審判役の生徒に説明する。


「あ、あの! オレ分かりました! 上園さんは友達として・・・・・オレのことが好きって言ってくれているんですよ!」


そう。

上園さんはオレをただの隣人ではなく友人として認めてくれていたのだ。

オレに友人ができた。

つまりオレは、いつの間にかぼっちではなくなっていた訳だ。

ありがたい話である。

審判役の生徒が頷き、聞いたばかりの説明をインカムで本部に伝達する。


「……えっ? 違っ! あーしちゃんと、恋人になりたいって意味で――」


上園さんが何か言おうとしたが、大音量の放送がそれを遮る。


「――おっと、ここで新しい情報が届きました! 好きな人は好きな人でも、友人として好き! そういう意味とのことです! これは上園沙耶香さん、日和ひよってしまったかぁ⁉︎」

「だ、だから違うって! あーしはちゃんと――」

「それでは生徒諸君と保護者諸氏、再度ご判定下さい! OKなら盛大な拍手をお願い致します! NGならブーイング!」


パチパチと大きな拍手が巻き起こった。

その音と歓声が、上園さんの言葉を掻き消した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


借り物競争も無事終了し、これにて体育祭午前の部のプログラムはすべて完了だ。

昼休憩となった。

オレは萌ねえの姿を探して、校庭をさ迷い歩く。


「拓くーん! こっちこっちぃ!」

「あ、いた」


萌ねえを見つけた。

手を振ってオレを呼んでいる。

見れば上園さんのご両親も一緒だ。

保護者スペースの一角にレジャーシートを広げ、みんなで仲良くお弁当箱を並べて座っている。


合流すると萌ねえが紹介してきた。


「えっと、拓くんはこうして直接お会いするの初めてよね? こちら302号室の上園さんご夫妻。さぁご挨拶して」


促されるままぺこりと頭を下げた。

挨拶を交わす。


「こんにちは。オレ、303号室の小鳥遊拓海って言います。よろしくお願いします」

「上園です。拓海くんだね? こちらこそよろしく」

「まぁまぁ! 随分と可愛らしい男の子じゃないー! これはうちの子が夢中になっちゃうわけねー」


上園さんのお父さんは丁寧な物腰で、お母さんは朗らか、かつチャーミングな笑顔で挨拶を返してくれた。

第一印象に違わず、感じの良いご夫婦のようだ。


「そういえば、拓海くんは沙耶香と同じ1年B組みたいだね?」

「あっ、はい。そうです。席も隣りだし」

「へえ、そうなのね? ところで学校での沙耶ちゃんはどう? あの子ってば家では学校の話をしてくれなくて――」


上園母がよよよと泣き真似をした。

けっこう愉快な人らしい。

娘とのコミュニケーションには手こずっている模様だが、相手は年頃の娘なんだしさほど気にすることもなかろう。

時間が解決してくれる問題だ。

なんて考えながら、学校での上園さんの様子を説明していく。


彼女は人気者ですよ。

友だちも沢山いて、元気に過ごしています。

まぁかくいうオレも、その友人のひとりなんですがね。

よく昼ごはんとか一緒に食べます。


ご両親は興味深くオレの話に耳を傾けている。

話していると萌ねえがお昼をすすめてきた。


「たくさん運動してお腹減ったでしょう? 私、おじゅうを持ってきたのよ? 食べて食べてー」


ほう、つまりは萌重もえじゅうか。

パカっと重箱の蓋を取る。

目に飛び込んできたのは、いつもの萌弁より豪華な品々だ。

これなんか伊勢海老を使ってる。

原形は留めていないが。

こっちは元は雲丹うにあわびだったものか?

萌ねえ奮発したなぁ。

見た目はやはりどれもグロいけど、大きい分だけいつもよりも愛情がたくさん詰まっている気がした。

躊躇せずに箸を伸ばして、もしゃもしゃむさぼる。


萌ねえは上園さんご夫婦にもすすめる。


「もし良ければどうぞ食べて下さいね。私、あまりお料理が上手じゃないから、美味しくはないと思うんですけど、それでもよければ」


ご夫妻は若干引いていた。

頬を引き攣らせながら「……ははは。そ、そうですね……」なんて曖昧に返してくる。

こういう所は娘とそっくりだ。


基本的に上園家の方々はみんな良い人間たちだと思うのだけど、萌ねえの手料理に対する態度だけはちょっと失礼だと思う。


っと、そういえば肝心のその上園家の娘さんはどうしているのだろう?

聞いてみる。


「えっと、上園さん――じゃなくて沙耶香さんは一緒じゃないんですか?」

「沙耶香? 呼んだのだけど、あの子ってば友だちと食べるからって、何処かに行っちゃって」


なるほど、そういうこともあるだろう。

オレは気にせず食事を続けた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


一方、その頃――


沙耶香はひとりで食事を摂っていた。

場所はいつもの校舎裏である。


サンドイッチのビニール包装を剥がし、小さく口を開けて齧り付く。

唇でむしながら、彼女はさっきまでの出来事を振り返る。


勇気を出して告白したのに、伝わらなかった。

友だちとして好きだなんて、あれはそんな意味じゃなかった。

かなりストレートに想いを伝えたつもりだったのに、どうして上手く伝わらないのだろう。

もしかすると、拓海は鈍感なんじゃないか?

もどかしくなる。


「ううううー」


思わずうめいた。

誰に問うでもなく、沙耶香は独り呟く。


「あーあ、せっかく頑張ったのになぁ。……あーし、頑張ったよね?」


彼女が両親との昼食を断り、ひとりで校舎裏へとやって来た理由は、ここなら拓海がお昼を食べにやってくるかも知れないと考えたからだ。


けれども拓海はやってこない。

彼なら萌華や上園家の両親と、昼食の真っ最中だ。

そのことを知らない沙耶香は、いつも拓海が校舎裏へと歩いてくる方向を見ながら呟く。


「……小鳥遊、来ないかなぁ……」


もしやって来たら、ちゃんと誤解を解くのに。

借り物競争で『好きな人』として借りたのは、自分なりの精一杯の告白だったと伝えるのに。


悶々としながらパックの野菜ジュースにストローをさして、チューっと吸う。

しかし待てども待てども、拓海はやってこない。

仕方がないので、沙耶香は気持ちを切り替えた。


「……ぅし! 済んだことを気にしてもしゃあないっしょ! まだチャンスはあるんだしね!」


沙耶香は考える。

体育祭の最後には男女ペアダンスがプログラムされている。

そして自分と拓海はペアで踊る相手だ。

伝わらなかった想いは、きっとそのときに――


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