第31話 借り物発表は大変です。

待機スペースで応援していると、上園さんが走って戻ってきた。

かと思うとオレのすぐ目の前で足を止める。


上園さんは何を考えているのか、競技中だというのにゆっくり深呼吸を繰り返して、弾んだ息を整え始めた。

この間にも周囲では別クラスの出場選手たちが、目当ての借り物を探して走り回っている。

オレは焦った。


「上園さん、なにしてんの! 早く借り物を探さないと!」

「……すぅ……はぁ……。あ、あのさ……!」


ようやく呼吸を落ち着けた彼女が、斜め下に視線を逸らせる。

上園さんは瞳を潤ませていた。

唇に指先を添えて、もう一方の指では髪先をくるくると巻いて解く。

どうやら何かを言いあぐねているらしい。


「どうしたんだ? のんびりしてたら先を越されるぞ。早くしないと――」

「わかってる。それはわかってるけど……」


いつの間にか上園さんは顔を真っ赤にしていた。

熟れたトマトみたいに赤い。

熱でもあるのかと心配になるほどである。

本当にさっきから一体どうしたのかと尋ねると、彼女はキレ気味に叫ぶ。


「う、うっさい! 今からアンタに……告は……するんだから、そりゃ顔くらい赤くなるっしょ! うううー、もうっ、いいから一緒に来て!」


上園さんがオレの手を掴んだ。

そのまま有無を言わせずゴールに向かって走り出す。


「ちょ⁉︎ いきなり何を――うわっ」


オレは強引に手を引かれて危うく転びそうにながらも、なんとか体勢を立て直す。

走りながら抗議する。


「待てって! さっきから何なんだよ⁉︎ じっと立ち止まってたかと思えば、急に手を引っ張ったりして! ちゃんと説明してくれ!」

「うっさい、うっさい! とにかくアンタがあーしの借り物なの! わかったら黙って走りなさい!」



手を引かれて走りながら考える。

ふむ、オレが借り物とな?

『ぼっち』とでも書かれていたのだろうか?

いや流石にそれはないか。


ともあれきっと上園さんが引いた用紙には、複雑な要件の借り物が指定されていたのだ。

それでさっきはあんな風に立ち止まって、オレが借り物として成立するかをじっくり考え込んでいたわけだ。


しかし上園さんくらい判断力に長けた子がこれほどまでの長考を要するなんて、彼女の握っている紙にはどんな借り物が書かれているのやら――


結局オレと上園さんは6着でゴールに駆け込んだ。

一学年6クラスなので順位としては最下位となる。


好成績をおさめられなかったことは誠に遺憾だ。

とはいえ勝負は時の運。

とくにこの競技の場合は借り物の難易度が順位を大きく左右するのだし、さしもの上園さんと言えどもそれ次第ではこの結果もやむなしである。



ところで借り物競走では、全員がゴールした後に借り物のOK/NG審判が行われる。


これは出走者が持ってきた借り物がちゃんと指定通りかを確認するための作業だ。

その判断は全校生徒や観覧に来た保護者たちに委ねられている。


審判役の生徒が、1着の選手から用紙を受け取った。

そこに書かれてある内容をインカムで大会本部に伝達すると、放送部が大々的に発表する。


「1着の借り物は『ハンカチ』。ハンカチです! 生徒や保護者の皆さま! OKなら盛大な拍手を! NGならブーイングをお願い致します!」


1着の出場者がハンカチを振ってアピールする。

パチパチと拍手が起こった。

オレも拍手をしながら、隣で何故かずっと真っ赤になったままの上園さんに話しかける。


「うーん、ハンカチとはまた簡単な借り物を引き当てたなぁ。運が良い。上園さんだってアレを引いてたら絶対1着だったよな!」

「……ぅ、……ぅん……」


上園さんは耳まで赤くしながら、気もそぞろだ。

キュッと下唇を噛んでいる。


そうしている間にも借り物発表は進んでいく。

次は2着の選手だ。

下位ほど発表が後回しにされる理由は、きっと後に向かうほど借り物がネタ的で入手困難になる傾向が強いからだろう。

つまり『お楽しみは最後』にというわけだ。


「2着の借り物は『サングラス』! この辺りはまだ入手しやすいか? 生徒の皆さん、保護者の皆さま! どうぞご判定下さい!」


サングラスをかけてアピールする選手に拍手が送られ、問題なくOK判定。

続く3着は『携帯ゲーム機』。

そして4着は『唐揚げ』。

やや難度は上がりつつも無難な借り物が続き、やはり問題なくOK判定が下され、5着まで順番がやってきた。

発表される。


「5着の借り物は『柴犬』! おっと、ここに来て難易度が跳ね上がったぞ!」


生き物かぁ。

これは確かに難しい。

というか良く借りてこれたなぁ。


「判定は如何に? では5着の選手は借り物をアピールして下さい!」


5着の選手がぬいぐるみを頭上に掲げた。

イヌなんだかネコなんだかクマなんだか、よく分からないぬいぐるみで、見ようによってはカワウソにも見える。

途端にブーイングの嵐が巻き起こった。

5着の生徒も最初からおふざけのつもりだったのだろう。

頭を掻きながら笑っている。

周囲からも笑いが巻き起こった。


「あはは、これはNGだ。やっぱり生き物を借りてくるのは難しかったかぁ」


って、よく考えたら借り物として連れてこられたオレだって生き物な訳だが、まぁそれはそれ。


「これで5着は失格だから、オレたちの繰り上がりだな……って、上園さん?」


上園さんはオレの話を聞いておらず、顔を赤くしたまま、ぎゅっと目を閉じていた。

うつむいている。

小声でぶつぶつ何事かを呟き、


「……恥ずかしくない、恥ずかしくない、恥ずかしくない、恥ずかしくない――」


ずいぶん集中している。

周りが見えていないようだ。


「……ちゃんと出来る、ちゃんと出来る、ちゃんと出来る、ちゃんと出来る――」


オレはしゃがむと、ぶつぶつ言っている彼女の顔を下から覗き込み、大きめの声で話し掛けた。


「上園さんー! 次、上園さんの番だぞ!」

「きゃっ⁉︎ な、なに⁉︎」

「いや、だから次、発表する番だって。ほら――」


審判役の生徒が上園さんに手を伸ばし、用紙を提出するよう促している。

彼女は一度深呼吸をすると、小さく握った片手を心臓に当てて、もう片方の手で紙片を手渡す。


「――こ、こここ、これ! これがあーしの借り物が書いてある紙だから……!」


指先が震えている。

上園さんは茹でタコみたいになって、顔から湯気を出しながら紙を渡した。

受け取った生徒が紙を開く。

彼はそこに書いてある文字に目を落としたかと思うと、次の瞬間バッと頭を上げてオレに顔を向けた。

ガン見してくる。


紙片と、オレと、赤くなって目をつむる上園さんを何度も交互に見たかと思うと、慌てて本部に伝達する。

するとすぐに放送があって――


「――きたぁ! 来ました! 来ましたっ! 6着の選手――上園沙耶香さんが、本競技の目玉を引き当てましたー!」


放送部の女子生徒は興奮して大音量かつ早口気味だ。

マイクにふんふんと鼻息が乗っている。

全校生徒や保護者たちが「何だ、何だ?」と騒ぎ始めた。

放送は続く。


「6着、上園沙耶香さんの引き当てた借り物は、なんと――『好きな人』! 好きな人です!」


グラウンドがどよめいた。

注目が一斉に集まってくる。


「さぁそれでは上園さん! 借り物『好きな人』をアピールして下さい!」

「――ア、アピール⁉︎」


上園さんがキョドりだす。

こんな彼女は珍しい。


「アピールって何したらいいの⁉︎ す、好きな人だから……キ、キキ、キス⁉︎ こ、こんなみんなの前で⁉︎ えええー⁉︎」

「さあ、どうぞ!」


煽られた上園さんはすっかりテンパっている。

というかさっきからなんだ。

頭が追いつかない。

――えっ?

上園さんってオレのこと好きなの?

んな訳ないだろ!

そうだよな⁉︎

助けを求めるみたいに隣を見る。

すると上園さんはギュッと目を閉じ、キスをせがむみたいにオレに唇を向けていた。





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