第30話 体育祭

午前のプログラムは50メートル走に始まり綱引き、玉入れ、スウェーデンリレー、部活対抗リレー、借り物競走と続いてゆく。


このうちオレは、全体競技である綱引きと玉入れに参加して、個人競技では借り物競走に出場する予定だ。


グラウンドでは50メートル走の参加者が、スタート位置で待機している。

この競技は各クラスでも特に足の速い者が選手に選ばれる傾向があり、また一番目のプログラムということもあって注目度が高い。

なので走者もやる気満々だ。

スタートを今か今かと待ち侘びている。

オレはB組の応援ブロックでソワソワしながら、クラスメートたちと一緒にそれを見守っている。


スターターピストルが撃たれた。

パァン!と軽快な音が青空に響いたのに合わせて、走者が一斉に駆け出す。

わっと歓声が上がった。

体育祭のスタートだ!

生徒や保護者から声援が飛び、放送部のアナウンスがイベントを盛り上げる。


B組の50メートル走代表は、男子は陸上部の早川くんで女子は上園さん。

両名ともに一着でゴールに駆け込み、幸先の良いスタートとなった。



その後もプログラムはつつがなく進む。


綱引きも玉入れもスウェーデンリレーもB組は好成績をおさめて現在一年生で首位を独走中だ。


こうなると「体育祭なんかでマジになるのダサいよねー」なんて斜に構えていた一部の生徒も、ほんのりやる気を出してくる。

クラスに一体感が生まれつつあった。

その流れで気分の高揚した男子たちが声を掛けてくれたりして、ぼっち脱却を目指すオレとしては嬉しい限りだ。


やはり体育祭はこうじゃなきゃな。

こういうイベントは生徒間の仲間意識の醸成に一役買ってくれるものだ。

オレみたいなぼっちには大変有意義なのである。


ならばと考える。

オレも活躍して目立つことで、もっとクラスメートとの会話の糸口を掴みたい。

そんな風にやる気を出してはみたものの、オレは綱引きでも玉入れでも目立った活躍はできなかった。

なので借り物競走はがんばろうと思う。



午前の部の目玉はやはり部活対抗リレーだろう。


これは基本的に順位を競い合う類いのプログラムではないものの、見栄えがして派手なので大いに盛り上がる。

各クラブ活動の部員たちが扮装――というかスポーツに合わせた服装(たとえば柔道部なら柔道着、サッカー部や野球部ならユニフォーム)で走るのだ。

中でも水泳部は目立つ。

水着で走るのだから、そりゃあもう目立つ。

競泳用のブーメランパンツを履いた男子部員がグラウンドを駆けていく姿は滑稽で、観るものの笑いを誘った。

水着で走らされる女子部員は不憫だったが、こればかりは仕方がない。


ところで部活対抗リレーには文化部も参加する。

なので華道部なんかは着物で走っていたり漫研や現代仮装文化研究部通称コスプレ部はアニメやゲームキャラのコスプレ姿で参加したりと、見ていて飽きない。

その中には今期アニメでオレ一推しの『ダンジョン酒』のコスプレをした生徒もいたりして、個人的には満点をあげたくなる。

ただコスプレとは言え甲冑を着込んで走るのは、かなり大変そうだった。

まぁそれを言えば剣道着を着て走る剣道部もどっこいどっこいな訳だが、あちらは運動部でこちらは文化部。

体力の差は否めないのである。

とまぁそんな諸々はあったものの、部活対抗リレーは大いに観覧者を沸かせた。



借り物競走の順番がやってきた。

午前の部で最後のプログラムだ。


この競技に出場するB組の選手は、まず男子はオレ。

そして女子は上園さんである。


オレは隣に立っている上園さんを横目で眺めながら、ここまでの彼女の活躍を思い返す。

この子は凄い。

50メートル走での一着に始まり、ここまで帰宅部なので不参加だった部活対抗リレーを除いたすべての競技に参加して好成績を収めている。

スウェーデンリレーなどは最終走者アンカーとして400メートルの長丁場をずっとトップを維持したまま走り切り、大変オレたちを盛り上げてくれた。

ガチで活躍しまくりだ。

B組の好成績にすごく貢献している。


オレは唸った。

上園さんを見ていると、天は二物を与えずなんて言葉は嘘なんだなと思わざるを得ない。

だって見た目が綺麗なだけでなく陽キャのくせに性格は良いし、更には運動神経まで抜群。

ほら、三物も与えられている。


とか考えていたら、上園さんが話し掛けてきた。


「小鳥遊、がんばろうね!」

「ああ、目指すは一着だ」

「おー、気合い入ってんじゃん! これはあーしも負けてらんないなー」


いやキミの場合は別に気合い入れなくても普通に一着取っちゃうんじゃないの?

なんて思うものの、口にはしない。

せっかくのやる気に水を差しても良いことなんてないのだ。


進行役の生徒が声を掛けてくる。


「一年生男子の出場選手は位置についてください」


オレの番だ。

緊張で鼓動が速くなっている。

上園さんに見送られてスタートラインに着くと声援が飛んできた。


「拓くーん! ファイトよぉ!」


萌ねえである。

遠くで応援してくれている彼女に頷いてから、腰を落とす。

号令と同時に飛び出した。

まぁまぁのスタートが切れた。

けれどもその後が良くない。

別クラスの走者に次々と抜かれていく。

自慢じゃないがオレは足が遅いのだ。

って本当に自慢じゃないな!

しかしこれは借り物競走。

足の速さだけが決定打になる訳ではない。

オレは抽選箱(借り物の記された紙が沢山入っている)の置かれている長机までどんけつで辿り着くと、箱に手を突っ込んで用紙を一枚引っ張り出す。

広げて見ると『カメラ』と書かれてあった。


カメラと言えば萌ねえだ!

今日は朝から散々撮られまくったことを思い出す。

瞬時に判断して走り出した。

他のクラスの生徒たちの用紙には一体何が書かれてあるのか、みんなまだ困惑していたり周囲をキョロキョロするばかりで誰も走り出していない。

これは一着いけるんじゃないか?


萌ねえの元に辿り着いたオレは短く叫ぶ。


「萌ねえ、カメラ!」

「わかったわ! 任せて!」


瞬時に返事がきた。

さすが萌ねえだ。

まさに以心伝心である。

なんて感心していた矢先、萌ねえは何を勘違いしたのかカメラを構えてオレを撮影し始めた。

パシャパシャ。

激しくシャッター音の雨を降らせながら、萌ねえが言う。


「――ああ、とっても素敵よ! 汗をかいて、そんなに息を弾ませて……。がんばってる拓くんを見てると、私、すごく応援したくなっちゃう!」

「違うって! カメラ貸してっ」

「ええカメラね? ああ横顔も素敵! 次はポーズも決めてくれるかしら?」

「そ、そうじゃなくてー!」


撮影に夢中になった萌ねえに、オレの言葉は届かない。

結局オレは借り物競走でも活躍できなかった。



「……あ、あはは。瀬戸さんなんか凄かったね。まぁ元気だしなよ」


上園さんが慰めてくる。

オレは少ししゅんとしていた。

一位を取って目立ってぼっち脱却するというオレの戦略が……。


「ま、まぁある意味目立ってたよ? 『競技中なのに、なんか凄い美人と撮影会を始めたヤツがいる』って」

「……そんな目立ち方したくない」


進行役の生徒がやってきた。

次は一年生女子に準備するよう伝えてくる。


「あーしの番だ。じゃあ行ってくるね」

「ん、がんばってな」

「おー任せとけー! アンタの分まで勝ってきてやるっしょ!」


頼もしい限りだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


スタートラインについた沙耶香は、号令と同時に力強く地面を蹴った。


よし、上手くいった。

これは完璧なスタートだ。


彼女は内心ガッツポーズを決めながら、ぐんぐん加速して他の生徒を引き離す。

一番で抽選箱まで辿り着くと、そこから用紙を一枚引き抜いて、広げた。


そして固まる。

書かれていた借り物の内容に困惑したのだ。


「……え、ちょ、何これ……⁉︎」


何度も確認する。

しかし書いている内容は変わらない。


『好きな人』


用紙にはそう書かれていた。

好きな人……?

沙耶香の脳裏には、拓海の姿が思い浮かんでいた。


「えっと……でも、これは……! この内容で小鳥遊のこと借りてきたら、そんなの告白と同じじゃん!」


沙耶香はちらりと後ろを振り返る。

視線の先には自分に声援を送っている拓海がいる。

思い出すのは、今朝彼が言ったばかりのあの言葉――


「……好きなら好きって言わなきゃ……」


うん、その通りだと思う。

無意識に緊張していた沙耶香は、ごくりと生唾を飲み込んだ。

手のひらが汗ばんでいく。

心臓がドクンドクンと早鐘を打ってうるさい。


しばらくの逡巡。

手汗のせいで少し湿り気を帯びた抽選用紙を握りしめて、やがて沙耶香は覚悟を決めた。

拓海に向かって走り出す――

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