第29話 好きなら好きと言わなきゃと言うお話

今朝は雲ひとつない晴天で、この時期にしては珍しく気温もさほど上がっておらず、絶好のイベント日和となった。


今日は体育祭の開催日だ。


生徒一同は校庭に集められ、校長先生のありがたい訓示を聞かされている。

皆、退屈そうにあくびを噛み殺している。

そんな中、オレは背伸びをしたりキョロキョロと首を回したりして、保護者の観覧スペースに見知った顔を探す。


「あ、いた」


萌ねえを見つけた。

伊達メガネとマスクで変装しているが、そんな事関係ないくらい目立つのですぐに分かった。


うーむ。

やはり来てしまったか……。


まぁ分かっていたことだ。

身バレが怖いのでそれとなく体育祭には来ない方が良いんじゃないかと伝えてはみたのだが、そのくらいで大人しくしている萌ねえではない。

それどころか一眼レフカメラまで持参して、撮影する気満々である。

まったく、あんな本格的なカメラをどこから手に入れてきたのだろうか。



そうこうしている内に開会式が終わり、生徒たちは各クラスの待機スペースへと向かう。


萌ねえは1年B組のスペースの近くまでやって来てオレに手を振ってくる。


「拓くーん! こっちこっちー」


嬉しそうに大きく腕を振ってはしゃぐ萌ねえに、オレも照れながら手を振り返す。

クラスメートたちが、そんなオレと萌ねえを交互に眺めながら何事かを囁きあっていて、ちょっと気恥ずかしい。


「はい、笑って笑ってー」


萌ねえがこちらに向けてカメラを構えた。

何度も繰り返しシャッターを切りながらご満悦だ。

そうしていると上園さんが隣にやって来た。

あははと笑いながら話しかけてくる。


「瀬戸さん、ずいぶんご機嫌みたいだね!」

「うん、今日のこと楽しみにしてたみたい」


萌ねえは自身は学生時代に体育祭みたいなイベントにはほとんど参加できなかったから、オレには楽しんで欲しいと言っていた。

その割にオレより萌ねえの方がイベントを満喫している気がしないでもないが、それはそれ。

身バレは怖いが来ちゃったからには、開き直って萌ねえにも楽しんでもらいたいと思う。


とはいえ――


「な、なんか瀬戸さん、目立ってない?」


オレもそれは気になっていた。

いつの間にか、萌ねえの周囲には人集りが出来ていた。

通りすがる生徒や保護者たちが、近くで足を止めるせいだ。

これは多分、萌ねえがスルーできない存在感を放っているせいだろう。

だって顔を隠しているとはいえ、見るからにスタイル抜群すぎるし、シルエットなんかもう別次元なのである。

どんな角度からどう見ても美人。

オレにはよく分からないが、服装も洗練されていて華やかで、これで注目されない訳がない。


でもこの人集り、大丈夫かなぁ?

ハラハラしていると、上園さんが深く長いため息をついた。


「……はぁ、小鳥遊は良いよねぇ」

「なにが?」

「だって瀬戸さん、超美人じゃん! こんな綺麗な保護者だと自慢っしょ! ウチなんかアレだよ、アレ……」


上園さんが嫌そうな顔でとある方向を見遣る。

その視線の先には善良そうな中年の夫婦がいて、温和な笑顔でこちら――というか上園さんに手を振っている。


「えっと、あの人たちは?」

「うちの親」


上園さんは吐き捨てるみたいに呟いた。

ああ、なるほど。

あちらが上園さんの……。


オレと上園さんはマンションのお隣同士だが、引っ越しの挨拶は萌ねえが全部やってくれたので、オレは上園家の方々と面識がなかった。


「あとでご挨拶しなきゃな」

「い、いいよ、別に! うちの親なんかほっとけば良いっしょ! ……ったく、来んなって言ったのにさぁ」


上園さんは不貞腐れている。

めちゃくちゃ不機嫌そうだ。

そんなに両親に観に来られるのが嫌なのだろうか。

尋ねてみると、


「――嫌に決まってんじゃん! あー、もうっ。今からでも帰らせようかなぁ。ほんっと腹立つ!」

「腹が立つ? なんで?」

「だって何回も来んなって言ったのに観に来るんだよ? マジ信じらんない……ありえないって!」


愚痴っている内に止まらなくなってきたのか。

上園さんがヒートアップしていく。


「家で大人しくしてれば良いのにさぁ! うちの親なんか瀬戸さんと違って、地味でダサくてキモいし、出てくんなっつの!」

「……キモい?」


オレは小首を傾げた。

そして改めて上園家のご夫妻を観察する。

さすが上園さんの生みの親だけあって容姿もよく、服や髪も清潔だ。

それにあんな柔和な笑みを浮かべて娘に手を振ってくれるなんて、良いご両親じゃないか。

全然キモくない。


「……親が嫌いなのか?」

「そんなん嫌いに決まってるっしょ! 当たり前じゃん! あんな親なんかさっさと死ん――」


そこまで口にしてから上園さんはハッとした。

オレがつい最近、両親を事故で亡くしたことに思い至ったのだろう。

彼女はバツの悪そうな顔で言う。


「……ご、ごめん! あーし、別にそんなつもりじゃ――」

「うん、大丈夫。ちゃんと分かってるから」


言った通り、オレはちゃんと分かっていた。

だって上園さんは良い子だ。

だからこうして言葉や態度でご両親を毛嫌いしてみせても、本心ではきっと違う。

単に思春期で親に反発しているだけである。


上園さんは、ご両親のことが本当は好きなのだと思う。

そして親の愛情に甘えている。

だからこそ、こんなに遠慮のない悪態がつける。


きっと上園さんも内心ではそう分かってる。

だって陽キャなのに良く気がつく子だからな。

けどそんな彼女でも、理解していないことがある。

それは――


「……親と仲良いとか恥ずかしいもんな。分かるよ。でもさ、後悔するような態度は取らない方が良いんだよ。これは本当に」


上園さんは黙って聞いている。

オレはなるべく感情を抑えて、淡々と続ける。


「普通、親はいつまでも一緒にいてくれるものと思うよな? オレもそう思ってた。でもそうじゃないんだ。いつ突然いなくなるか分からない。だから好きなら好きって言わなきゃ」


別れは突然訪れる。

その時になって後悔してももう遅い。

こればかりは経験しなきゃ分からないことだ。

悪態ばかりついていたら必ず後悔する。

でもオレはそんな思いを上園さんに味わせたくない。


オレは萌ねえを見た。

笑顔を向けてくれている。

いつも有り難う。

感謝しているし、大好きだ。

この想いはしっかり言葉にして伝えていきたい。



気付けば上園さんが、肩を落としてしゅんとしていた。

湿っぽくなってしまった。


あー。

これは完全にオレのせいだな……。

説教くさすぎた。

反省だ。

気まずくなってしまった空気をどうやって明るく戻そうかと思案していると、


「……『好きなら好きって言わなきゃ』か……」


上園さんがぼそっと呟く。

唇に小指を添えて、潤んだ瞳を向けてきた。

彼女がオレをみる視線には熱が篭っている気がして、少し気圧される。


「……そ、そんなじっと見てどうした?」


ぼうっとしていた上園さんが、我に返った。

誤魔化すみたいに、慌てて頭を振る。


「あ、あーし、ちょっと親んとこ行ってくる。ほら、好きなら好きって伝えなきゃなんだよね!」


上園さんはクラスの待機スペースを離れると、親御さんの元へと向かった。

照れくさそうにしながらも、邪険にするような態度は控えて談笑を始める。

オレは彼女たちの団欒を眺めながら、言いたいことがちゃんと伝わってくれて良かったと思った。



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仕事が会計関係なもので、確定申告シーズンの現在は超多忙です。

平日の残業に加えて、この三連休も全部休日出勤……。

なるべく頑張って執筆していこうと思いますが、しばらく更新ペースが落ちるかもしれません。

ご容赦くださいませ_(._.)_








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