第28話 マッサージの才能がありました。

両親の死から今日で四十九日が経過した。


日付は五月の終盤。

つい先日まで春だったというのに、ここ最近は日に日に暑さも増してきて、日中など半袖でも汗ばむことが多くなってきている。

季節はもう初夏。

今度の週末には体育祭の開催が予定されていたりする。


放課後になって学校から帰宅すると、オレを待っていた萌ねえがリビングから手招く。


「おかえり拓くん。こっち来て一緒にお線香をあげましょう」

「ん、わかった」


通学カバンを置いて萌ねえのもとへと向かう。

リビングには小さな仏壇が設置してある。

その仏壇の前に座布団をふたつ敷いて、オレたちは並んで正座した。

まず萌ねえから位牌に手を合わせる。


「……小鳥遊の叔父さん、叔母さん。拓くんのことは私に任せて、どうか安らかな旅を――」


オレも倣って手を合わせた。

心の中で両親に語り掛ける。


――なぁ、オヤジ、お袋。

二人にもう会えないのはやっぱりまだ寂しいよ。

でも大丈夫だ。

見ての通りこうしてオレの隣には、いつも萌ねえが一緒にいてくれる。

おかげでオレは塞ぎ込まずに、何とか笑顔でやれている。

だから心配いらない。

迷わず成仏してくれ――


オレは両親の魂が現世を彷徨わず、きちんと極楽に旅立てるようにと真剣に願う。

そうしていると、ふいに背後にふたつの気配が感じられた。

オレには感覚的に分かる。

これは悪いものではない。

むしろ暖かなものだ。

両親に似たそれらの気配は、オレの肩にそっと手を添えると、すぅっと消えていった。



ところで今日は四十九日ではあるが、親戚を集めての法要は行っていない。

その理由は萌ねえの意向にある。

萌ねえはカンカンに怒っていた。


なんでも以前から萌ねえと親戚の間には結構な確執かくしつがあったらしいのだが、そこに更にオレに対する酷い仕打ちが加わって、萌ねえは完全に堪忍袋の尾が切れたらしい。


萌ねえは「アイツらの顔なんて二度と見たくないわ!」なんてぶちギレだ。

なので親戚たちとは最早絶縁状態。

寄り集まっての法要など、断固拒否なのである。


とまあ萌ねえは大変お冠である。

だがオレはというと別段親戚連中に思うところはなかったりする。

けどそれは、もしかすると、オレの代わりに萌ねえがこんな風に怒ってくれたからかもしれない。

ありがたいことだと思う。


ところで、日常ではおっとりタイプの萌ねえが眉を吊り上げてぷりぷり怒っている姿はとてもレアで可愛かった。



さて、そろそろ晩御飯を作る時間だ。


仏壇の前で長く正座を続けていたオレは、キッチンへと向かうべく座布団から腰を浮かせた。

刹那、稲妻のごとき痺れが走る。

足がビリビリして上手く立てず、オレは萌ねえを押し倒す形で倒れてしまった。


「――きゃ⁉︎ た、拓くん⁉︎」

「ご、ごめん、萌ねえ!」


倒れた拍子に豊かな胸に顔をうずめてしまう。

萌ねえに抱きつくのはいつものオレの習慣ではあるが、この時は慌てた。

怪我をさせていないか心配したのだ。

けれども焦るオレとは対照的に萌ねえは落ち着いていて、


「あんっ、拓くんてば、足が痺れちゃったのかしら?」

「そ、そうなんだ。ごめん、すぐに起きるから!」

「あら、慌てなくていいのよ? どうせまだ痺れたまんまでしょう。だったら、しばらくこのままで……ね?」


たしかにまだ足の痺れは抜けていない。

ならばお言葉に甘えよう。

オレは萌ねえの体温を堪能する。

萌ねえの身体は細いのにふにゅっと柔らかくて、こうして引っ付いていると気持ちが良いのだ。


しばらくすると萌ねえが提案してきた。


「そうだ。ねえ拓くん。なんならマッサージしてあげましょうか? そしたら痺れも早く治るも知れないわ」

「……うん? マッサージ?」


言うや否や、下敷きになっていた萌ねえがたいを入れ替えた。

オレをうつ伏せにして、腰に馬乗りになる。

そのままマッサージを開始した。


「どう? 凝ってる場所はない?」


萌ねえはまず最初にオレの肩を揉んできた。

痺れているのは足なのに、なぜか足はスルーである。

多分言ったそばから忘れてしまったのだろう。

この姉はそういう所ある。

萌ねえは次に背中をぐいぐい指圧して、最後に肩甲骨の間から背骨のラインに沿って指をスライドさせていく。

筋肉が揉みほぐされて気持ちが良い。

血流が良くなるのを感じる。


そういえば最近体育祭に備えて、授業で組体操やリレーやペアダンスの練習をたくさんしているので、身体が凝っていた。

軽く筋肉痛気味だ。

だからマッサージがとても気持ち良い。

うっとりしてしまう。


「……ぅ……ぁ、そこ、気持ち……ぃ……あっ」


思わず喘いでしまった。

蕩けた顔で涎を垂らすオレをみて、萌ねえが舌なめずりをする。


「ああ、可愛いっ……拓くんすごく可愛い……! ここが良いの? 気持ち良いのね? だったら私がもっと気持ち良くしてあげちゃう……!」


なんか変なスイッチが入ってしまったらしい。

萌ねえは息を荒げ、頬を上気させながら、オレのシャツに手を突っ込んできた。

素肌をじかに撫でながら全身を隈なくマッサージしていく。


「ぁ、ぁ、そこっ、そこは……ぁっ」

「――はぁっ、はぁっ、拓くぅん! 顔がふにゃふにゃになってるわよ? 可愛いんだからぁ!」


調子づいた萌ねえはより激しく揉んでくる。

二の腕やふくらはぎは言うに及ばず、手のひらや指の先まで丹念に指圧してくる。

しかもそれが強過ぎず弱過ぎず、絶妙な力加減なのだ。


「……あっ、あっ、萌ねえっ、萌ねえ……!」


オレは萌ねえが満足するまで、たっぷり揉みほぐされた。



長かったマッサージがようやく終わった。

ざっと一時間近く揉まれていただろうか。


正直とても気持ち良かった。

萌ねえはマッサージの天才だと思う。

機会があればまた揉んでもらいたい。


そんなことをぼうっと考えながら全身を火照らせてぐったり脱力していると、満足気な顔をした萌ねえが話し掛けてくる。


「そうそう、拓くん。今度の土曜日なんだけど、たしか学校の体育祭なのよね?」


まだ極上の指圧の余韻が抜けないオレは、気怠げな吐息と一緒にゆっくりと頷く。

萌ねえが続ける。


「良かったぁ。あのね? 私、今度の土曜日はスケジュール空けることが出来たの。だから保護者として体育祭を参観しに行くわねー」

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