第27話 極上料理とマスクの理由

料理が運ばれてきた。

席に着いたオレたち三人には、個別の給仕さんが一人ずつ付いている。

彼らはうやうやしく一礼してから丁寧に皿を置いていく。


「こちら本日の始まりの一皿。オマール海老・帆立貝柱のミキュイと日向夏ヴァニラ風味のクレームドオマールにございます。添えておりますキャビアはお好みで乗せてお召し上がり下さいませ」


うん。

分からん。


まぁきっとそうだろうなとは思っていたが、やはり料理名を聞かされても何のこっちゃさっぱりだ。


そもそもこれはどこの国の料理なんだろう。

フランス料理?

配膳された料理を眺める。

透明感のある白磁の大皿に、剥いたオマール海老と生の帆立が小ぢんまり盛り付けられており、赤と黒、2色のソースが控えめにかけられている。


見た目には大変美味そうだ。

というか絶対美味い。

けれどもいかんせんこういった高級ディナーを食べた経験がないせいで、勝手が分からず固まってしまう。


上園さんはどうだろうか。

横目でチラッと盗み見た。

すると彼女もオレ同様マナーが分からないようで、あわあわしながら手にしたフォークとナイフを無意味に上げ下げしていた。

ゼンマイ仕掛けのオモチャみたいな動作だ。

やっぱり上園さんはこうじゃなくっちゃな。

ああ、安心する。

オレが変な仲間意識を覚えていると、


「――まぁ、美味しい! 拓くん、このお料理ものすごく美味しいわよ!」


萌ねえが料理を絶賛した。

よほど美味しかったのだろう、爛々と目を輝かせながらオロオロしているオレたちを促してくる。


「二人とも、さっきから固まってどうしたの? このお料理すんごく美味しいわよぉ? さ、食べて食べて」


萌ねえはそう勧めながら、自分も料理を頬張っている。

オレはそんな気取らない振る舞いに緊張をほぐされ、肩の力が抜けた。

意を決してナイフとフォークを掴み、料理に向ける。


「よ、よし……食べるぞ!」

「あ、あーしも、食べちゃっていいの⁉︎」

「い、いいに決まってる! だからオレが食べたら上園さんも食べるんだぞ」

「わ、わかった……!」


オレは海老と帆立をひと口サイズに切り、ソースを絡めてから口に運んだ。

舌に乗せた瞬間、ホタテがまるで抵抗なくするりと溶けて、ほどけた海老の繊維と口内で絡まり合う。


――めっちゃ美味い!


初めて食べた高級ディナーは、想像を遥かに超える美味だった。



その後も料理は次々運ばれてくる。


パートブリックで包んだ阿波尾鶏と伯耆キノコのパテ、黒トリュフのヴィネグレット。


春キャベツとスペインガリシア栗豚のグリエ、トピナンブールのグラタン。


デザートはミルキィベリーのコアントローフランベ、グラス・ア・ラ・ヴァニーユ。


どのメニューも言葉の意味はさっぱりだけど、食べてみると全部めちゃくちゃ美味かった。


特にメインの肉料理はまるで芸術品のように美しいサシが入った蕩ける肉質の神戸ビーフ。

これは絶品だった。

まさに美食の極みである。


萌ねえやオレももちろんだが、上園さんなんて運ばれてくる皿を全部スマホ撮影しつつ料理にも舌鼓を打ち、その美味に大騒ぎだ。

楽しみまくっている。


そうしてオレたちが三人とも思う存分極上の料理を堪能し、お腹も満たされてきて会話も弾んできたころ、上園さんがボソッと呟いた。


「……ところでさぁ……」


萌ねえを見ながら切り出す。


「あーし、瀬戸さんにちょっと聞きたい事あんだけど……」


やはり来たか。

オレは想定しうる質問群に対し脳裏に回答パターンを複数思い浮かべながら、身構える。

萌ねえが応える。


「どうしたの、沙耶香ちゃん? 何か気になる事でもあるの?」

「うん、あるよ。なんで瀬戸さんって、食事中もマスクを外してなかったの? なんか特別な事情があったりすんの?」


実は今日のディナーの最中、顔を晒す訳にいかない萌ねえは、ずっとマスクを付けっぱなしだった。

もちろん食べてる間もだ。

料理を口に運ぶ際はマスクを少しだけ浮かせて、空いた隙間にフォークを差し込みながら食事を摂っていたのである。

これを不自然に思われない筈がない。

とはいえその質問なら問題ない。

事前にちゃんと回答を用意してあるし、萌ねえとも既に打ち合わせ済みだ。

オレは代わって応える。


「そっ、それはあれだ! 萌ねえは口の周りに消えない怪我があって、その古傷を人に見せたくないから食事中でもマスクは外せないんだ……!」

「――えっ?」

「――えっ?」


同時に発せられたふたつの声が重なった。

上園さんと萌ねえの声だ。

二人は驚いた表情でオレを見つめてくる。

というか上園さんはともかく、なんで萌ねえまでそんな不思議そうな顔をしているのだろう。

オレ、ちゃんと説明したよな?

もしマスクを外さないことを誰かに疑問に思われたら「マスクで怪我を隠してるから」って答えるって約束したよな?

なのになんで「……そうなの?」みたいな顔でこっち見てんだ。

さては萌ねえ、オレの話、全然聞いてなかったな……。


そんなことを考えていると――


「……うっ、うぅ、ご、ごめっ――ごめんなさい!」


急に上園さんが泣き出した。


「あ、あーし、知らなくて、瀬戸さんに嫌なこと思い出させるみたいな質問しちゃって――」


上園さんは口元を手で押さえつつ、ぽろぽろと涙をこぼしながら痛まし気に萌ねえを見ている。

一方の萌ねえは、突然泣き出した彼女にオロオロしている。


つか、なんで泣いてんだ?

さっきの会話に上園さんが泣くような要素なかったよな?

混乱するオレに彼女は、


小鳥遊たかなし、全然わかってない! 女子が顔を怪我するってどんだけ苦しいと思ってんの⁉︎ 人によっては自暴自棄になって本当に死んじゃうんだから! アンタも弟ならそれくらい理解してなくちゃダメっしょ!」


あー、なるほど。

そういうものか。

正直、全然思い至らなかった。

上園さんが続ける。


「それに瀬戸さんだよ⁉︎ 元は絶対綺麗だった筈っしょ! それなのに――はっ⁉︎」


喋りながら何かに気付いたようだ。

ワナワナと肩を震わせて呟く。


「……た、たしか小鳥遊……瀬戸さんは『とある事情があってモデルを辞めた』って言ってたよね? もしかして、その事情が……顔の、怪我……?」


上園さんが悲痛な顔をみせた。

両目から流れる涙もいとわず席を立ち、萌ねえの席まで駆ける。

そして上園さんは萌ねえの手をしっかり握って、


「瀬戸さん! 辛かったよね……。分かるよ、あーしもモデル志望だからマジ分かる……! がんばってがんばって、やっとモデルになったのに顔の怪我で引退なんて……酷い。そんなの酷すぎるよ!」

「う、うーん? えっと、そうなの……かしら?」

「大丈夫、強がんなくてもいいよ! あーしで良かったらいつでも話聞くし! 一人で抱え込んじゃダメだから!」


上園さんは本気で萌ねえを励まそうとしている。

なんか誤魔化すためとは言え、嘘を吐いたことが申し訳ない。


それはそうとして、オレは萌ねえの手を握って励ます彼女を眺めながら思った。


……うん。

やっぱ上園さんってめっちゃ良い子だよなぁ……。




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