第26話 受付スタッフと一悶着

帝都ホテルに到着したオレたちは、早速エレベーターに乗って最上階へと向かう。


オレは高級ホテルなんて初めてだ。

だからシックな内装や足が沈み込みそうなくらい柔らかなカーペットの踏み心地に気圧されてしまう。

隣では上園さんがキョロキョロ辺りを見回しながら、おっかなびっくり歩いていた。


うん。

上園さんはオレと同じ小市民だな。

なんだか安心する。


キュドるオレたちに対して萌ねえは落ち着いたものである。

こういう場には慣れているようで、特に気負った様子も見せずにオレたちを先導して歩いていく。


そうこうしていると、すぐに目当てのレストランに辿り着いた。

受付スタッフレセプショニストが近寄ってくる。


「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。本日はご予約頂いておりますでしょうか?」

「いいえ? 予約はしてないわ」


すると受付スタッフは受け応えをした萌ねえに弱り顔を向けて、


「お客様、誠に申し訳ございません。本レストランは完全予約制となっておりまして――」

「あら? そうなの? でも総支配人さんからこのチケットをもらったとき『予約なんて要らないからいつでも使って下さい』って言われたのよ?」


萌ねえがバックからVIPチケットを取り出して、手渡す。

受付スタッフの顔色が変わった。


「――こ、これは⁉︎ しばしお待ち下さいませ! ただちに係の者に確認致します!」


スタッフさんはインカムで誰かとやり取りを交わしている。

すぐに上役らしき別のスタッフが飛んできた。

チケットを確認し始める。

ちなみに最初に応対したスタッフはまだ若い男性で、後から来たスタッフは初老の男性である。


「……ほ、本物のVIPチケットにございますね。裏面に総支配人や社長の承認印も、しかと押されております……」


ずいぶんびっくりしている。

そんなに凄いチケットだったのだろうか。


初老の上役スタッフは未だキョドり続けるオレや上園さんを眺めてから、怪訝けげんそうに眉を顰めた。

次いで萌ねえに向き直る。


「……お客様、こちらのチケットをどちらでご入手されましたか? 大変失礼かと存じますが、差し支えなければ、身分証などお見せ頂きたく――」


……この態度はアレだ。

どうやら不審に思われてしまったらしい。


物腰や口調は丁寧だけど、客である萌ねえに身分証を見せろだなんて、自分で言った通りかなり失礼な態度じゃなかろうか。


察するに、この初老スタッフはオレたちがチケットを不正入手したなんて疑っているのだろう。

そんなことする訳ないのに。

ちょっと腹立つな。

そうしてオレが軽く憤っていると――



萌ねえが短く嘆息する。


「……ふぅ、まぁ変装しているのはこっちなんだから、仕方がないわねぇ」


オレにお願い事をしてくる。


「ねぇたっくん。少しの間だけでいいから、沙耶香ちゃんに目隠しして欲しいの」

「う、うん」


オレは訳もわからぬまま頷く。

気配を殺して上園さんの背後に忍び寄ると、不意打ちとばかり後ろから両手を伸ばして目を塞いだ。


「――うぇ⁉︎ な、なに⁉︎」


いきなり目隠しされた上園さんは、素っ頓狂な声を上げた。

無理もない。


「ごめん上園さん。ちょっと我慢して」

「急に目隠しして我慢しろとか分かんないって! というか何も見えないんですけどー⁉︎」

「ちょ、ちょっと! 暴れるなって!」


オレは上園さんを大人しくさせようと、背後から抱きしめた。

すると小さく「ぁんっ」と甘い声が漏れて


「……ダ、ダメ! ダメだってば! そんな引っ付いてくんなっ! こ、公衆の面前なんだよ? こういうことはちゃんと誰もいない場所で、二人っきりの時に――」


何を言っているのかよく分からない。

ともかく言い付け通り目隠しには成功した。

オレは萌ねえに向かって頷きで合図を送る。

すると萌ねえも頷き返してから、二人の受付スタッフに向き直った。


「えっと……これで身分証代わりになるかしら?」


萌ねえが伊達メガネと変装用マスクを外した。

素顔を晒す。

そこに現れたのは絶世の美女、M・O・E。

スタッフたちは呆気に取られたあと、ハッとして、


「――お、お客様は、まさか!」

「もしかして、あの――」


萌ねえが人差し指を立てて見せた。

それから「それ以上は言っちゃダメよ」とばかりに指を唇に当てながら、パチリとウインクする。


受付スタッフの顔がみるみる紅潮する。

萌ねえのウインクにのぼせて、すっかり舞い上がっている。


萌ねえはその様子を確認すると、伊達メガネと変装用マスクをつけ直した。

改めて確認する。


「今ので身分確認になったわよね? それじゃあさっきの話の続きなんだけど、そのチケットって予約なしでも使えるものなのかしら? 総支配人さんから直接頂いたものなんだけど……」


受付スタッフが我に返った。

謝罪とばかりに並んで腰を曲げて深々と頭を下げながら応える。


「大変失礼いたしました! そのチケットは政財界の重鎮など特別なお客様をお迎えするためのもの。緊急時の会合にご利用頂くことも想定して、VIPルームは常に空けております!」

「それは良かったわ。じゃあ案内してもらえるかしら? 大人1名と、とっても可愛い高校生が2人ね」

「畏まりました! どうぞこちらへ!」



案内された部屋はやばいくらい豪華だった。

まずとても広い。

そして天井が高い。

頭上を見上げれば豪奢ごうしゃなシャンデリアが吊られているのが目に入る。

その真下には金糸で縁取られた赤いテーブルクロスで飾られたラウンドテーブルが、一卓だけぽつんと置かれている。

スペースの取り方がなんとも贅沢だ。


このVIPルームはレストランフロアから独立した離れの構造になっているため、外部の音が完全にシャットアウトされている。

とても静かだ。


また部屋の形状は円形で、壁代わりに分厚いガラスがぐるりと張られていた。

ここが高層階である事も相俟って、見晴らしが素晴らしい。

いまはもう陽が沈んでいるものの、晴れた日の昼間なら遠くに富士山が見通せるだろう。


「うわぁ! 何この部屋ー! すごっ! こんな見事な夜景見たことないって!」


上園さんがはしゃいでいる。

部屋のあちこちに移動してはスマートフォンで写真撮影をしている。

インスタにでも投稿するのだろう。


「ふふふ。沙耶香ちゃんってば、あんなに楽しそうにして。誘って良かったわねぇ」


そういう萌ねえも楽しそうに笑っていた。

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