第25話 ドレスの同級生とスーパーカー
ホテルディナーに招待するとなると、ドレスコードに合わせて着替えてもらう必要がある。
萌ねえから
「うわぁ……! これすっごい高そうなドレスじゃん! ホントにあーしが、こんな服を借りちゃっていいの?」
「いいの、いいの。ああ、沙耶香ちゃん、とっても似合ってるわよぉ? 可愛い……ね、拓くんもそう思うわよね?」
萌ねえはまるで新しい着せ替え人形を手に入れたばかりの
上園さんを眺めては無邪気に喜んでいる。
そんな萌ねえに
「……な、なに? そんないやらしい目つきでジロジロ見んなし!」
上園さんが慌てて後ろを向いた。
オレの視線から身体を隠したいのだろう。
でもそうすると大きく開いたドレスの背中が丸見えになって割とセクシーなのだが……まぁそれを伝えるのも野暮と言うものだろう。
あとで萌ねえに羽織るものでも用意してもらおう。
上園さんは耳が真っ赤になっている。
オレは観察を続ける。
たしかにこうしてドレスで綺麗に着飾った彼女からは、学校での陽キャ的振る舞いとはまた違った魅力が感じられた。
大人びて淑女然としている。
オレは素直に頷いて、思ったままを述べる。
「うん、よく似合ってると思う。いつものブレザーも可愛くていいけど、上園さんはスタイルが良いからドレス映えするよな。すごく綺麗だ」
「――き、綺麗⁉︎」
上園さんが変な声をあげた。
かと思うとあわあわしながら顔を赤くして、
「べ、べべ別に……! ア、アンタに似合うとか綺麗とか言われても、ぜぜ全然嬉しくないし……!」
そう言う割に思いっ切りニヤけている。
表情緩みっぱなしだ。
きっと彼女のこの切り返しだって照れ隠しなのだろう。
素直じゃないなぁ。
萌ねえが言う。
「じゃあ私、車を回してくるから二人はマンションの前で待っててねー」
◇
言われた通りマンション前で待っていると、真っ赤なスポーツカーがやってきた。
排気音が凄い。
ぶるんぶるんと空気が振動している。
オレみたいな小心者は、こんなに喧しいと近所迷惑で怒られやしないかと心配になる。
この車はランボルギーニという車種で、一台あたりのお値段は数千万円もするらしい。
運転席の窓が開いていく。
そこから萌ねえがひょっこり顔を出した。
「お待たせー」
「――うぇ⁉︎ こ、この車、瀬戸さんのなんですか⁉︎」
「ええ。可愛いでしょう?」
「可愛いというより、カッコいいというか……。それ以前に普通にビビるっしょ!」
……そうだよなぁ。
驚くよなぁ。
上園さんと同じくオレだって初めてこの車を見たときは驚いた。
だって普段の生活では特に浪費癖もない萌ねえである。
だからてっきりオレは彼女の所有する車も、軽自動車あたりだと思っていたら、まさかのスーパーカー。
しかもランボルギーニ。
上園さんは初めて目にした高級車をベタベタ触りながら、呟く。
「……ふわぁ……。めっちゃ高そう……。これ幾らくらいするんですか?」
「お値段? さぁどれくらいだったかしら?」
曖昧な萌ねえに少し呆れてみせてから、上園さんはオレに確認してくる。
「ね、アンタのお姉さん何者なん? こんな高級車を乗り回してるくせに値段も知らないなんて、浮世離れし過ぎっしょ!」
まぁそうだな。
それについては苺谷さんも言っていた。
萌ねえはこれまで学校もほとんど行かず、同世代の友人も作れずにずっとモデル活動に専念していた。
なので世間慣れしていない所がある。
だから一緒に生活するなら、それとなくフォローしてあげて欲しい、と。
上園さんが続ける。
「名前は瀬戸萌華さんよね。たしか前に苺プロの所属モデルをしてたとか言ってなかったっけ?」
……ちっ、覚えていたか。
「でもいくら苺プロの事務所モデルだからって、よっぽど上の方のモデルじゃなきゃこんな車買えないっしょ? それくらいあーしでも分かるし」
「え、えっと、それは……」
オレは返答に詰まった。
萌ねえの身バレに注意するよう釘を刺される以前に、上園さんには色々喋ってしまっている。
オレは過去の自分の軽率な発言を恨んだ。
ともかくここは誤魔化すしかない。
「あ、あー! えっとその話なんだけどさ。上園さん、ごめん! 全部オレの勘違いだった!」
「勘違いって?」
「んっと、萌ねえが所属してた事務所は『ストロベリープロダクション』じゃなくて『ストロープロモーション』……だっけかな? なんかそん名前だったみたい!」
「ストロー? そんなモデル事務所、聞いたことないけど……」
「な、なんか弱小事務所だったみたいだから知らないんじゃないか? それに結構前に事務所自体潰れてるし! あ、それと萌ねえなんだけど、色々あって今はもうモデルやってないんだってさ!」
「……ふぅん」
上園さんは釈然としない様子だ。
これはちょっと誤魔化しが苦しかったか?
強気で押せば何とかなると思ったが、どうやら甘かったらしい。
萌ねえが割り込んでくる。
「二人ともさっきから内緒話をしてどうしたの? さぁ早く乗って乗って」
ふむ。
続きはまた今度にするか。
萌ねえについてはゆっくり誤魔化していこう。
それはそうとして――
オレは早く乗れと急かしてくる萌ねえに、平坦な声色で突っ込む。
「乗れって言われても、その車二人乗りでしょ?」
「あ、あら?」
助手席をみてから後部を振り返る。
だがそこに後部座席は存在しない。
「えっと……拓くん。どうしよう?」
「どうしようもないんじゃない? 車置いてきなよ。タクシーで行こう」
しかし萌ねえはおっちょこちょいだな。
まぁそんなところも魅力的なんだけど。
萌ねえは情けない顔をしてオレと上園さんに謝ってから、ランボルギーニを駐車場に戻しにいく。
結局、帝都ホテルへはタクシーを拾って向かうことになった。
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これ書きながら「ランボルギーニ売って生活費の足しにしていれば、高級マンションから引っ越さずにすんだのでは?」とか思ったのですが、萌華のことだから拓くんの通学時間を優先して結局は引っ越したのでしょうね。
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