第24話 またしても鉢合わせる。

一日の授業をすべて終えて放課後。


まっすぐ帰宅したオレは、リビングでのんびりと配信アニメを視聴中だ。

やはりアニメは良い。

今期は特に『ダンジョン酒』が面白いと思う。

その内容を端的に説明すると、全員呑兵衛のんべえなパーティメンバーがダンジョンに樽ごと酒を持ち込み、モンスターを狩って肴にして飲んで酔って騒ぎまくるという異色のファンタジーアニメなのである。


何というかモンスターを材料にしたゲテモノ料理がどことなく萌弁もえべんに似ていて、それを美味そうに食べるキャラに共感してしまう。



しばらくすると萌ねえが帰ってきた。


「――たっくぅん! ただいまぁ!」


視聴を中断し、玄関まで迎えにいく。


「おかえり。今日はモデルの仕事?」

「ええ、そうなの。キャンセル出来なかった残り仕事なんだけどね。スタッフさんが仕事減らしてる私を今のうちに撮り溜めておくんだって張り切っちゃて……。もうくたくたよぉ」


萌ねえが、ぐでんと伸びた。

寝転んだまま外出用変装マスクと伊達メガネを外すと、猫撫で声で「疲れたから運んでぇ」なんて言ってくる。

まったく、仕方のない姉だ。

けれども疲れているんだったら仕方がない。


「いいよ。はい、どうぞ」


オレは両腕を広げて見せた。

さぁいつでもどうぞ、と待ち受ける。

すると萌ねえはいそいそと起き上がり、靴を脱いで嬉しそうに抱きついてきた。

受け止める。

萌ねえはオレに顔を寄せてささやいてくる。


「……拓くん優しい。じゃあリビングまでお願いします……」


こんな風に頬をぴったりくっ付けて囁かれると、吐息が耳を掠めてくすぐったい。

でも何というか、それが心地良い気もする。

甘くてむず痒い気持ち。


オレはこくりと頷いてから、リビングまで彼女を引きずっていく。

これは言わば他愛もないじゃれ合いだ。

けれどもそれがよほど楽しいのか、萌ねえはずっと楽しそうにしている。

そして萌ねえが楽しそうだと、オレも楽しい。

オレは彼女をソファに座らせてから、並んで一緒に腰掛けた。



隣り合わせにもたれ合い、肩を触れさせながらまったり流れる時間を楽しむ。


オレはふとリビングの壁掛け時計を見上げた。

時刻はもう17時半。

普段ならそろそろ夕飯の準備を始める頃合である。


「なぁ萌ねえ、晩ご飯どうしよっか?」

「んー、お腹は空いてるんだけど、今日は自炊するのも億劫な気分ねぇ。……あっ、そういえば――」


萌ねえはソファから腰をあげて自室に向かう。

すぐにまた戻ってきた。

何かを取ってきたようだ。


「これ何だと思う?」


見せられたのはよく分からないチケットだった。

でも話の流れからして夕食に関係するものだろう。

ということは、


「えっと、レストランの食事券とか?」

「さすが拓くん、正解よっ。これは帝都ホテルのレストラン食事券。以前、帝都ホテルの広告のお仕事をしたことがあるんだけど、その時に総支配人さんから頂いたのよー」

「……え? 帝都ホテルって、めちゃくちゃ高いって有名な、あの高級ホテル?」

「そうよ。凄いでしょう? しかもこれ、特別な相手にしか渡さないVIPお食事券なんだって! 普通には出回らないんだから」


そりゃ凄い。

萌ねえがちょっと自慢げなのも分かる。


「せっかく貰ったんだし、使わなきゃ損よね? だから今日のお夕食は帝都ホテルで豪華ディナーにしましょう」


オレとしては特に反対する理由もない。

そんなわけで、今晩は萌ねえと二人で外食となった。



ドレスコードに合わせて着替えを済ませ、オレたちはマンション303号室のドアを開ける。

萌ねえはドレス姿だ。

着ているドレスは派手さはないものの綺麗な刺繍が随所に施された落ち着いた色合いのもの。

萌ねえによく似合っている。


廊下に出て「さぁ出発だ」となった丁度そのタイミングで、お隣り302号室のドアが開いた。

中から誰か出てくる。


「あ、小鳥遊⁉︎ ぐ、偶然じゃん。えっと後ろの女の人は――」


現れたのは上園さんだった。

しかし様子がおかしい。

固まっている。

ドレス姿の萌ねえを前にして、わなわな震えて仰天状態だ。

何か呟いている。


「うわ……ドレス? す、すごっ……! え? き、綺麗すぎ……」


オレは焦った。

ちょっと待て。

まさかバレてないよな?


背後にいる萌ねえバッと振り返る。

慌ててその顔を確かめる。

萌ねえはちゃんと外出用変装マスクと伊達メガネを着用していた。


……よし。

これなら大丈夫だ。

これなら萌ねえがM・O・Eの中の人とは誰にも分かるまい。


でも、それなら上園さんは何を驚いているのだろう。

尋ねてみると、


「いや、綺麗すぎて驚いてた……」

「綺麗? マスクとメガネ付けてるのに?」

「そんなん付けててもスタイルとか姿勢とかで大体は分かるっしょ! アンタのお姉さん――萌華さんって言ったっけ? 前と全然雰囲気違うじゃん! オーラ出てるもん! こんなん絶対只者じゃないし……!」


ふむ、鋭い。

まぁ前はマスクにゴーグルを装着した部屋着姿だったしな。

今のドレス姿とは比べ物になるまい。

というかまずいな。

身バレだけは避けなければならないのだし、今後上園さんには要注意だ。

とかオレが考えているそばから、萌ねえが話し掛ける。


「こんばんは。えっとたしかお隣りの沙耶香ちゃんよね?」

「え、うん。そうだけど」

「今からどこかに出掛けるの?」

「えっと、今日あーしん、親が留守だからご飯なくて、だからコンビニでサンドイッチでも買ってこようかなって」

「あらあら、そうだったの。でもあなたくらいの年頃の子が、晩ご飯がサンドイッチだけだと足りなくなぁい?」

「……別に。これでもあーし事務所モデル目指してるから、スタイルには気をつけてるんで――」


オレはハラハラしながら二人のやり取りを見守る。

というか萌ねえは急に上園さんにこんな話をして、どういうつもり何だろう?

M・O・Eの事がバレたら大変困るし、オレとしては正直あんまり接触して欲しくない。


なんて心配している側から、萌ねえが変なことを言い出した。


「じゃあこうしましょう! 私たち、これからレストランのディナーに行くんだけど、沙耶香ちゃんも一緒に来ない?」

「え? な、何であーしが……」

「ね、お願い! 実はね、拓くんの学校での様子を教えて欲しいのよぉ! だからお食事しながらお喋りしましょうよ? あ、もちろんディナーはお姉さんの奢りよ! ……というか食事券まだあるのよねぇ」


止める間もなく話が進んでいく。

萌ねえの提案を受けた上園さんは、オレをチラチラ見ている。


「え、えっと、小鳥遊とディナー? そ、それは嬉し――」

「ちょっと、萌ねえ⁉︎ それは――」

「ね? 沙耶香ちゃん、良いでしょう?」

「……う、うん……別にいいよ。あーしも一緒にディナー行ってあげる」


ぐぬぬ、何故こんな事に……。

オレは照れ顔でそっぽを向く上園さんと、無邪気に喜ぶ萌ねえに挟まれながら、頭を抱えた。

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