第23話 昼休みダンスレッスン

週が明けての月曜日。

余裕を持って家を出たオレは、時間を気にせずのんびりとした歩調で通学路を歩いていく。

まだ早い時刻だから、人気ひとけはまばらだ。


頭上から春の陽射しが降り注いでくる。

空が抜けるように高い。

今日も過ごしやすい一日になりそうだ。

オレは朗らかな陽気に気を良くしながら、昨日と一昨日おとといの休日を思い返す。


この週末はとても楽しかった。

オレは珍しく土日ともに完全フリーだった萌ねえと自宅に引き篭もり、撮りためておいたアニメを観たり、ゲームをして遊んだ。


やはりオタ活は良い。

心が潤う。

萌ねえにはオタク的な趣味はなかったのだけど、オレに付き合って一緒に遊んでくれた。

リングフィットとか楽しいって言ってたな。

アニメを観ている最中なんか膝枕したいと言って譲らなくて、遠慮なく甘えさせてもらった。

萌ねえの膝枕は気持ち良い。



そんな風に週末を反芻しながらてくてく歩く。

すると少し前方。

通学路脇に立っている電柱の影に、何者かが隠れていることに気がついた。

どうやら身を潜めている人物は女の子だ。

女子の制服ブレザーを着ている。


誰かを待ち伏せでもしているのか?

気にせず通り過ぎようとした所で、突然その女子が飛び出してきた。


「た、拓海く――じゃなくて小鳥遊くん! お、おはよー!」


すわ、なんだ⁉︎

びっくりした!

待ち伏せの相手はオレか⁉︎


いきなりの登場に驚きながらも、オレは飛び出してきた女子をかわそうとした。

ぶつかりそうだったのだ。

そうはさせじと女生徒が動く。

バスケ選手顔負けの素早い足捌きと見事なポジショニングで巧みにオレの進行方向をブロックしながら、元気に声を張り上げる。


「い、良い天気ですね! あ、わたしのこと分かります? 同じクラスの――」


彼女には見覚えがあった。

二言ふたこと三言みことしか喋ったことはないけど、オレと同じB組の生徒である。


「斎藤さんだろ? おはよう」

「――はぅ⁉︎ わたしなんかの名前を覚えて⁉︎」


斎藤さんは変な声を漏らして仰け反った。

手で鼻を押さえている。

指の隙間から、赤いものが垂れていた。

あれは、もしかして……鼻血?

心配になって聞いてみる。


「……え、えっと、斎藤さん? だ、大丈夫? なんか、血が出てるけど……」

「大丈夫れふ! 大丈夫れふから!」

「そ、そう? でも学校ついたら保健室とか行った方が良いと思うけど……。オレで良ければ付き添おうか?」

「きゅふぅーん!」


またもや変な声を上げる。


「……ら、らめ……これ以上はらめれふ。興奮し過ぎて鼻血止まんないれふ……。でも拓海ふん、優しい、ああ……!」


斎藤さんはハァハァと息を荒げながら、奇妙な独白をしている。

変態チックな表情でダラダラと鼻血を流しながら独り言ひとりごちる彼女の姿は、正直怖すぎた。

ドン引きである。


「……も、もう無理っ。限界れふ……! くっ……無念れふけど、離脱しまふ! た、たく――小鳥遊ふん! それではっ……!」


斎藤さんが走り去っていく。

オレは小さくなっていく背中を見守りながら、首を傾げた。

いまのは何だったんだろう?

ぶっちゃけかなりビビった。


でもオレは気を取り直して、こう思うことにする。

理解不能な部分は多々あれど、ともあれさっきのはクラスメートとの会話には違いない。

会話できたのは良い傾向だ。

きっとこれは契機。

今日こそはクラスのみんなと仲良くなって会話を弾ませ、ぼっち脱却してみせるぞ……!


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


――ダメだった。


やはり今日もクラスの男子はどこかオレに余所余所しく、女子も誰も話し掛けてきてくれない。


ならばと陰キャなりに勇気を振り絞って、こちらから喋り掛けてもみた。

そうすると何故かクラスメートたちはオレの背後に視線をやって、おどおどしながら去っていくのだ。


そんな時、オレの後ろにはいつも上園さんの気配があった。

まぁただの偶然だと思うけど。

ぼっち脱却への道のりは遠い――



いまだぼっち脱却ならずのオレは、相変わらず昼になるとそそくさ校舎裏にやってきてぼっち飯を食べる。

持参した萌弁もえべんの蓋を開いた。


……うん。

なんだ。

まぁ知ってたんだけど、今日も激しく食欲を減衰させるグロい見た目だ。

しかしこの弁当の本質は見た目や味ではなく、込められた愛情にこそある。

いただきますをしてから、躊躇せず頬張った。

最近ではオレも慣れてきたもので、奥歯をジャリジャリ鳴らしながらもスムーズに食事を進めていく。


そうしていると、飽きずに今日も上園さんがやってきた。

萌弁を一目眺めて表情を引き攣らせる。


「……うげぇ。小鳥遊、アンタ今日もすごいもん食べてるねぇ」


うげぇとはなんだ。

失礼極まりない。

オレは腕で不躾ぶしつけな視線から弁当を庇いつつ釘を刺す。


「これはオレのだ。あげないぞ?」

「要らんわ! 誰がそんなん欲しがるかっての!」


よく言うわ。

以前お前が萌弁を強奪して吐き出したこと、まだオレは忘れてないぞ。


「それで、何しにきたの?」

「だから前から言ってんじゃん。ぼっちのアンタが可哀想だから、読モもやってる超綺麗なこのあーしが一緒にご飯食べてあげてんの。感謝しなさい」

「自分で綺麗とか言う?」

「実際あーし綺麗なんだし、別にいいじゃん」


まぁ確かに上園さんはとても美人だ。

だが美貌だけで言えば更に遥か上をいく萌ねえと同居生活しているオレである。

見た目でなびいたりはしない。

むしろ上園さんの美点は陽キャな振る舞いに反して野良猫に餌やりをしたりなど心が綺麗なところなんだから、どうせならそっちを誇れば良いのに。


「ところでさ、今朝のホームルーム傑作だったねぇ。斎藤のやつなんか、この世の終わりみたいな顔してたし!」


上園さんがイシシと笑う。

いま心が綺麗って内心で褒めたばかりなのに、とても意地が悪そうな顔だ。


彼女が話しているのは、朝のホームルームで行われた男女ペアダンスの組み合わせ発表のことである。

オレと上園さんがペアを組むと発表された途端、そこかしこから無念の声が溢れた。

オレは一部男子から怨嗟の視線を向けられる。

それに加えて何故か女子の一部が絶望感や悲壮感を漂わせながら崩れ落ちた。


オレは何か間違えてしまったのだろうか?

不安になる。

なんかこう、今回の件でぼっち脱却への道が更に険しくなった気がしないでもない。



食事を終えてまったり食休みをしていると、上園さんが急に提案してきた。


「ね、小鳥遊。午後の授業までダンスの練習しよっか?」

「練習? それはちゃんと体育の授業でやるんじゃ――」

「いいから、いいから!」


彼女はオレの手を取ると有無をいわせず立ち上がらせる。

スマートフォンでダンスの曲オクラホマミキサーを流して、踊るよう促してくる。


「ほらほら! ちゃんと踊って」

「で、でもオレ、どうやれば良いのか全然分かんないし」

「じゃあ、あーしが合わせてあげるから」


上園さんが背後に回って、後から手を伸ばしてきた。

オレの手をキュッと握ってくる。

彼女はスマホから響いてくる軽快なリズムに合わせて、ステップを踏み始めた。

どうやらこうして、踊り方を教えてくれるらしい。

流されるままオレも踊り出す。

けれども後ろが彼女で前がオレでは、男女逆のポジションだ。


「こうやってステップを踏むの。……はい、いち、に。いち、に。……ここで、こうして、はい、ターン!」

「うわ、うわわっ」

「ふふふ。アンタ踊るの下手ねー! 普段運動とか何もしてないっしょ?」


上園さんは楽しそうだ。

さすがモデル志望だけあって、ダンスが様になっていた。

姿勢がよく振りも凛としている。

逆にオレはダンスなんてほとんど踊ったこともないせいで、足元がおぼつかない。

すぐに蹴つまずいて、上園さんを巻き込んで転んでしまった。


「――うわっ!」

「きゃ⁉︎ ちょ、ちょっと小鳥遊――」


もんどり打ってから、重なりあって地面に倒れる。

オレは上園さんを下敷きにしていた。

彼女の柔らかな身体に触れる。


「ご、ごめん!」

「待って!」


直ぐに起き上がろうとするも、上園さんに抱き止められてしまった。

彼女は頬を赤くし、顔を背けて呟く。


「……もうちょい……もうちょいだけ、このままで良いから……」

「でも」

「い、いま起きられると、痛いの! だから、だからもうちょっとだけ……」


変な倒れ方をしたせいで、身体の何処かを痛めてしまったのだろうか。

心配だ。

オレはしばらく彼女に言われるまま密着して動かず、様子見を続けた。






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