エピローグ
「大変だったんだね〜」
多くのことがあり過ぎた午前を過ぎて、その日の夜。
あんなことがあったというのにもう目を覚ましたキシガミくんは、その日のうちに保健室を抜けて寮のベッドの上で事の経緯をボクに話してくれていた。
突発的に決まった処刑に指導教諭の介入。そして塔の守護者である黒竜との戦い。何より、キシガミくんがかの『勇者姫』の息子であったという事実。
聞くたけで腰がいくつも抜け飛ぶ話の数々に、ボクはしばし開いた口が塞がらなかった。
でも同時に、妙な安心感もあった。
それはその全てが、もう既に終わったことなのだということ。
真夜中に叩き起こされたときは何事かと思ったし、この数日で少しは仲良くなれたルームメイトのことを心配もした。
でもやはりボクはまだまだ未熟者で。上級生でもクリア困難なダンジョンやら、勇者の資格を持つ教員との戦闘やら、伝説と謳われる
それらはボクが思い描く平穏な学生生活とはとてつもなくかけ離れてて。事態に気がついた正午前には全て終わっていたという事実に、キシガミくんの心配と同時にボクはホッと胸を撫で下ろしてしまっていた。
薄情だとは思うけど、入学したばかりで勇者のゆの字も知らないボクにはとても無理な話だ。
やっぱり、キシガミくんはすごいな。ボクもいつかは、キシガミくんの十分の一程度でも活躍してみたいな。なんて、そんな他人事のようなことを内心考えてしまっている。
情けないけれど、平穏感謝! 平和感謝! 何もないのが世界で一番!
そんなことを考えていたからなのだろう。
「邪魔をするぞ!!」
ボクの平穏が、扉と共に蹴破られた音がした。
「なっ!?」「ん?」
両者真逆の反応をして、突如現れた来訪者(襲撃者?)へと目を向ける。
そこにあったのは──、
「ふむ……。随分と殺風景な部屋だな」
細く長い金糸の髪を振り撒いてに、室内を見回す紫紺の瞳。見た目こそ幼く見えるが、どこか威厳のようなものをその端々に感じさせる奇妙な少女。今日の昼間、倒れたキシガミくんを護らんとしていた少女のその人だ。
そしてそれは、今朝キシガミくんが会いに行った人物でもあるということで……。
それはつまり、ボクら勇者候補生にとっても、いずれ相対すべき最強にして最大の敵──、
「ま、魔王っ!?」
魔王、ルークスリア・A・ディアボロス、その人だった。
「なんだ、魔王か」
しかし驚愕するボクとは違い、キシガミくんは何でもない友人のように声を掛ける。
「ふむ。目を覚ましたとは聞いていたが、存外元気そうだな、ユーシャ」
「ああ、おかげさまでな。お前も、何事もなかったみたいで安心した」
「我を誰と心得ている。我は魔王なるぞッ!!」
部屋に入るなり普通に会話を始める二人。
ボクがおかしいのだろうか。
片や勇者姫の息子で勇者候補生。片や世界の敵にして敵対種族の首領、魔王。本来相容れぬはずの二人が、死闘の末やっとの思いで生き延びることができたばかりだというに、日も変わらぬうちにこんななんでもない会話を繰り広げているだなんて。
そしてそれよりも、もう一つ気になることがある。
「あ、あの〜……」
消え入りそうな声で、恐る恐る手を上げる。
「む? なんだ、そこにいる生物は」
ボクに視線を向けた途端、南極の流氷をそのまま変化させたような冷たい視線へと切り替わる。
背筋が凍る。キシガミくんは普通に接しているが、やはりまともな生物が相対していい存在じゃない。その絶対零度すら下回る冷たい視線を浴びせられただけで、下手をすれば気絶してしまう。
「同居人のハイネだ。頭がいい」
「同居人だと? このうさぎ小屋のような部屋に住んでいるだけでも驚きだというに、さらに同居人までいるというのか? 馬鹿な!」
「バカじゃない」
「あのジジイ、よもや生徒をこのような劣悪な環境に押し込めているとは……。何を考えて我に学生などと言ったのかと思えば、つまりこの苦行こそが我に対する罰……」
部屋の様子に驚いた様子で、魔王は何かをぶつぶつと呟き始める。
「あ、あのぅ、お取り込み中のとこ悪いのですが……、それでこれはどういうことなんでしょう……?」
しかしそんなことよりも、気になったのはボクがちらりやった視線の先。そこにはせっせと室内に大荷物を運び込み、あちらにこちらにと荷解きを始める栗色の髪をしたメイドさんの姿が。
いや、メイドさんが学生寮にいるという事実にも驚きなのだが、それよりもそのメイドさんが何をそんなにせっせと働いているのか。
「む? ああそれか。なに、簡単なことだ。今日から我も、ここで住まうのだ」
「……………………………………………………………………………………はい?」
思わず、素の声が出てしまう。
「ん? なんだ、そうなのか?」
「ああ。想像よりも少々……いや、かなり手狭だが、まぁ問題はなかろう!」
「ん、ああ。大丈夫だろ」
「いや、いやいやいやいや……!!」
さすがに、さすがにダメでしょ、これは。
「ん? なんだ
ひ、ひぅっ。こ、怖い!
「あ……ありま……………………せん………………。……け、けど。さ、さすがに男子寮に女性はまずいのでは…………ないかなぁ……、なんて……」
それを聞いて、魔王はキョトンと瞳を丸くする。
「? ……それの何が問題だ?」
「い、いえ、男子寮と女子寮をわざわざわけているのですから、さすがにそこは……」
「よくわからんが、貴様も女ではないか」
「え゛」
急に何をおっしゃるのかこの魔王さまは。
「いやいや、違うぞ魔王。可愛い顔をしているが、ハイネはれっきとした男だ」
キシガミくんもキシガミくんで、どさくさに紛れて何を言っているだ。へへ。
「なんと! このような筋肉の一つもない、骨と皮だけの男がいるとは!」
「き、筋肉はこれからちゃんと鍛えて少しずつ──
「そんな
「あ、あーー、いいですから! ボクのことはもういいですから!」
藪蛇を引きそうだったのでここはそうそうに引き上げる。触れぬ魔王に祟りなし。
「ふむ。確かに、あのジジイからは別の部屋を宛がわれたが、我は子供ではなく魔王だ! 己の住む場所くらい己で決める」
「それがここってわけか」
「無論だ、ユーシャよ。経緯はどうあれ、貴様は傲慢にも我をあの塔より追い出したのだ。その責任、取らぬとは言わせんぞ?」
「そうか。なら仕方ない。いいぞ」
「キシガミくん!?」
なにをまた勝手にOK出してるんだこの人は。
「問題ない。コイツは確かに魔王で悪魔だが、ちゃんといいやつだ。安心して大丈夫だ」
「い、いや、そういう問題じゃ……」
「ふむ、いいやつというのは少々不服だが、貴様に免じてここは大目に見てやろう。だがしかし、貴様は別だぞ小童よ。まだ文句があるのなら言ってみるがよい?」
ひ、ひえぇ~~~~~~~~……。
「ただし、一つ条件がある」
「む、条件?」
「き、キシガミくん?」
たじたじと何もできないでいるボクを他所に、キシガミくんは魔王に向けて人差し指を立てる。
「……ふむ、いいだろう。言ってみるがいい」
「部屋の主はコイツ、ハイネだ。ハイネの言うことにはちゃんと従うこと。それが条件だ」
「ほう……」
キシガミくんからゆっくりと移動した視線がボクに突き刺さる。
あ、死ぬんだ、ボク。
「ふむ。お前が言うのなら仕方ない」
「…………へ?」
「ほれ、何をしている小童よ。我の入居が決まったのだ。盛大に宴を催すぞ」
「え……? え……?」
「ではマロン」
「はい、お嬢さま」
キョトンとするボクを置いてけぼりに、さっきまで大荷物をいくつも運んでいたメイドさんが今度は食事の準備に取り掛かる。
「ぴ、ピザ……!?」
「おお」
「に紅茶……?」
「おお」
珍しい取り合わせに淡々と進む宴の準備。そして、
「ふふふ……、やはり夜の宴と言えばこれであろう……。ではこれより、『我を歓迎するための接待マ◯オパーティー大会』を始める」
「いえー、どんどんぱふぱふー」
珍しい取り合わせの料理と飲み物に、奇妙な面子。そしてどうやら始まってしまうらしい自主開催の歓迎会に、ボクはやはりついていくことができず、キシガミくんの顔を見る。
「え、え? き、キシガミくん、これは……?」
「仕方ない。付き合ってやってくれ、ハイネ」
「え、えぇ……。でも……」
あんなことがあった後だっていうのに。
それが顔に出ていたのだろうか。キシガミくんは付け加えるように言う。
「口には出さないが、アイツはアイツで今が楽しいらしい。その証拠に……」
何やら暖かい目でキシガミくんが見つめる先には、楽しそうに見たことのない古そうなゲーム機を準備している魔王の姿が。
「あんなに楽しそうにゲームをやろうとしてる魔王は、初めてだからな」
「…………」
たぶんキシガミくんは気付いてないんだろうけど、そう言うキシガミくん自身も、ここに来て初めての笑顔を見せていた。
「……まぁ、いっか」
いろいろと悩んでいたボクは、とりあえず今目の前にある未知のゲームをプレイすることに決めた。
いろいろと考えるのは明日からでも遅くはないだろう。
なんたってボクたちは、まだ入学したての勇者候補生なのだから。
勇者になるその日まで、束の間の平和を楽しむとしますか。
今はただ、この一時を。
魔<姫>王を守護るは勇者の役目! ことぶき司 @kotobuki7777
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