大陸横断クラブ

海虎DX

第1話 ルート66

目覚めたらそこは見知らぬ場所だった。俺はさっきまで毛布の中でスヤスヤ寝ていたはずだが、今は見知らぬ道で、パジャマのまま突っ立っている。明らかに現実離れしすぎている。だが、肌に当たるそよ風や草木のざわめく音がこれが現実であると俺に伝えている。しおれた花々に香色の雑草達が揺れている姿が絶え間なく広がる姿は大都会で失った豊かさやゆとりを取り戻させてくれるように感じた。


だがここは何もない草原などではなく現実世界であるということがすぐわかる。そばにはアスファルトで舗装された道が通っているのだ。すぐそこに66と書いた盾の形をした青色の看板も経っている。ここは現実である。

さらにはその上に『ROUTE』と書いているのでここは英語圏の国であるとわかる。GeoguesserをYouTubeで見ていて良かったと感じさせられた。だが今はやりの異世界転生の可能性は看板と道路のせいでさっぱりなくなってしまった。威厳を全く感じさせられない女神もいなければ都合のいいパイオツカイデーのチャンネーもいない、全く夢がない状況に俺はいる。


さて、ここが異世界ではないとしても、更なる問題が発生する。それはここはどこで、なぜここにいるのか、そしてどうやって帰るのかということである。まあまさに絶体絶命。人一匹たりとも近くにいないし車は今数十分待ってみたが一切通らない。もし通ったとしてもヒッチハイクはここの治安がわからないから怖い。家に帰れるかどうかよりもまずは生き残ることができるかという問題が発生してくる。やばい。


とにかく何か打開策を見つけるためにも、俺は道路沿いを歩き始めた。先ほど見た看板の文字からここは国道だと思われる。そして自分の知識の中で国道と先ほどの66という文字から、ここはアメリカなのではないかと思っている。さらに言えばここはかの有名な『ルート66』なのではないかと思われる。ルート66はイリノイ州シカゴと、西部のカリフォルニア州サンタモニカをつなぐ米国の黄金時代のアメリカンドリームの象徴として米国人にとっては特別な意味を持つ道路だ。ほぼアメリカを横断する巨大な道路である。

たしか、ルート66は州間高速道路の発達によりその役目を終えてしまった道路であり、国の発展を支え、多くの人の憧れを集めたためにルート66は「歴史街道」となったのだ。すごく偉大な道路だ。観光名所になっているはずなのでいずれ誰かが通るはず。そうすればヒッチハイクして、波乱万丈な旅の末、生きて帰れる。この謎の瞬間移動からの奇跡的な生還…。本にすればバカ売れ間違いなし、印税だけで俺は生きていけるかもしれない…!


そういったくだらないことを考えながら歩いていると、殺風景な景色から一点、なんと牧場?を発見した!くすみがかったシックな色のフェンスと干し草の俵、典型的なアメリカの牧場のイメージ。マインクラフトとかで作りがちな牧場。

そしてそこには麦わら帽子をかぶった白人男性がそこにいるではないか!何たる幸運…何たる奇跡…!あまりにも順調に行き過ぎてもはやこの状況を楽しみまくっていていた俺はウキウキな気分でそこにいた男に話しかけた。まあ英語は喋れないけどまあ何とかなるだろうと俺は高をくくっていた。


「ハロー!遭難ヘルプ!瞬間移動!」

「…」


顎と口がすべて繋がっている立派なひげでオーバーオールを着たその男は黙りこくって、じっと俺を見た。


「……」

俺は困ってしまった。英語が喋れないにしても、人がいたなら何とかなるだろうと高をくくっていたのだ。だがこの男はそんな俺の希望的観測を裏切りやがった。


「……アイキャントスピークイングリッシュ……OK?」


俺がそう言うと男は俺をじろじろと見始めた。そして彼は俺と目を合わせて話すと決心したようで、ゆっくりと口を開いた。


「…Vadon, teranthar skrathos entor?」


…は?

「えーと……あなたの言っていることは理解できません……」

俺がそう言うと男は眉をひそめて再び話し出した。


「Vadon, entor svärdsligt? Ich gehört dir nicht. Gber mein Mund ist gestreckt.」男が何を言っているか全くわからない。本当に何語を話しているのかさえも不明だ。一言も知っている単語が出てこないので英語ではないことだけはわかる。俺のあのOne Piece考察チャンネルばりの完璧な推理はすべて的外れだったのか?どうやらここはアメリカではないらしい。さっきのルート66の看板は何だったんだ?全く。


「Do, natürlich. Iass man sichkann…」

「いや、あのもういいから道教えて……ワッツ?」


言葉がわからなくてもボディランゲージで何とかならないか俺はそう試みた。身振り手振りで自分は困っています、助けてくださいと示す。食べ物をください、飲み物をください、道がわからない。そういったことを身振り手振りで全力で表現してみた。すると男は俺が困っていることを理解してくれたのか、頷き始めた。すると


「Not so gut. Ich möchte kein Hause, weil mein? Ja!」


男はまくしたてると建物の奥に引っ込んでしまった。俺の願いは叶わなかったが、困った時の助け合いの文化はここでも生きているようで安心した。

俺は牧場の端にある石に座って待つことにした。さてこれからどうすべきか。今まで俺の人生は俺の命がピンチの時ほど奇跡が起こり、うまくいっていた気がする。トイレットペーパーが切ないトイレに入ったときも買い物帰りで袋にトイレットペーパーがあったときも、食べていたパンを落としてそのパンが縦に立った時も、そして今回もそう。きっとまた奇跡は起こるはず。そう信じて待つことにした。


どれくらい経っただろうか、太陽が頭の頂点に到達して、ギラギラと地表を照りつけた頃、男がやってきた。

男はわけのわからない言葉をしゃべりながら、その手には布にまかれたパンと干し肉のようなものを持ってきてくれた。

「Win dem Moment」

「ア……メルシー……」

この男の話す言語は相変わらず分からないが、とりあえず歓迎されているということは分かったので素直に笑顔でお礼を言った。男は俺の横に座ると持っていたパンをちぎって渡してくれた。俺はそのパンを受け取って口に運ぼうとしたその時、その後ろから大きな生き物が後ろから近付いてきたのが感じ取れた。そういえばこの牧場のスペースは妙に広く、牛でもいるのかと思ってはいたが、その気配は全くなかった。牛の顔でも見ながら遅めの朝飯を食ってやろう。


俺はその気配を感じてゆっくりと振り向くと、そこには体長6メートルくらいの緑色をした巨大な豚とサイを混ぜたような生き物がいた。


俺は驚いてパンと干し肉を落としてしまった。その様子に驚いた化け物はぼーっと俺の顔を見つめている。俺の横にいる男は慣れているのか全く動じずに俺をじっと観察しているように感じた。そしてサイはゆっくりと俺の方向を見ると、俺に大きな顔を近づけた。俺は恐怖で動くことができなかった。


「Wie bekomme ich heute Nacht.」

男はサイの頭を撫でてまた何かを言った。するとその緑色の豚?はゆっくりと頭を下げて俺から離れた。のそのそ歩いてくその生き物はどう考えてもこの世に存在しているはずのないフォルムと色をしている。男は俺が落とした干し肉とパンを拾って俺に渡す。俺はそれを受け取るとパンだけをゆっくりと口に運び、しっかりと噛んで味わった。


「あ、硬いけどうまい」


俺がそう言うと男はまた喋り始めた。何を言っているかは全然わからないが、その声のトーンから喜んでいることはわかった。牧場の奥へと戻ったデカブツは干し草を食べている。巨大な尻尾をブンブンと振り回しているのが妙にかわいく見えた。だが俺はここに長くはいられない。


「俺、そろそろ行くよ。」


俺は男に向かって言った。男はゆっくり頷く。俺の言葉を理解できたのだろうか。俺は立ち上がり、笑顔でありがとうと伝え牧場を去った。牧場を出てから少し歩いて、後ろを振り返る。牧場がどんどん小さくなっていった。俺はまた歩き始める。


さて、食糧を手に入れて危機的な状況を脱した…はずなのだが。どうやらこの場所は俺が思っていたような場所ではないようだ。さっき放牧されていた化け物、男の喋っていた謎の言語、これらから考えても明らかにここは地球ではないだろう。明らかに。


ここがアメリカだという推理が外れたと思いきや、まさかここが地球ですらないなんてあまりにもイかれた話だ。言葉は通じないしなんか化け物が牧場で放牧されている。夢でも見ているのか、俺は。迷い込んでしまった。


俺は異世界に迷い込んでしまったのだ。

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