第42話 そうじゃないです

 扉を開けて入ってきたのは、短髪になった雪落ゆきおちさんだった。


「こんにちは」

「おう、雪落ゆきおち女史」ヴィントはすっかりいつもの調子だ。「今日のご機嫌はどうだい?」

「いろいろあって、最悪です」だろうな。笑顔で言うことじゃないけど。「今すぐ学校中の人間を殴り倒したいくらいには、悪いです」

「そいつは面白いね」適当に返してるだろ。「まぁ座りな。部員が増えたからな……紅茶を用意したぜ。安心しな、コーヒーも用意してある」

「ありがとうございます」


 雪落ゆきおちさんが席に座って、ヴィントが紅茶を用意し始める。


 今度は……コーンポタージュを用意しておこう。ヴィントに言うのも忍びないので、僕が勝手に持ってこよう。そろそろ真夏だが……問題あるまい。どうせクーラーの電気代は学校持ちだ。


 雪落ゆきおちさんが言う。


「ちょっとお話があるんです」


 目線的に、僕に話しかけているようだ。


「どうしたの?」

「私は、私の初恋の人を探しに来ました」

 

 どっかで聞いたセリフだ。転校初日……といっても数日前だが、そのときに彼女が言っていた。


 だが初恋の人ってのはウソのはずだ。本当は復讐相手を探していて……その復讐は終わったはず。


「まだ探してるの?」

「はい」


 やっぱり殺すつもりになったのだろうか。協力しろ、ということだろうか。


「その初恋は、つい昨日のことです」……あれ……? ほんとうの初恋の話? 「あれから……いろいろ考えました。10年前のこと以外のことを考えながら眠ったのは、はじめてです」


 毎日毎日、恨みをつのらせていたんだろうな。その時間がなくなって、他のことを考え始めたわけだ。


「これからのこと、いろいろと考えました。そしたら最初に浮かんできたのは、あなたの顔でした」

「怒らせた記憶はないけれど」

「私をなんだと思ってるんですか」狂人だと思ってます。殴られそうで怖いです。「ああ……じゃあ、もうストレートに伝えます」

「そうしてください」


 永遠につまらない漫才みたいなやりとりをすることになる。


 雪落ゆきおちさんは深呼吸をしてから、


「私の初恋は……あなたに捧げます。私とお付き合いいただけますと、幸いです」

「……へ……?」

「ストレートに伝えてもダメですか?」

「ダメじゃないけど……」言葉の意味は伝わっている。「それはつまり、僕で良いってこと?」

「そうじゃないです。あなたが良いって言ってるんです」

 

 と、いうわけで……なんでか僕と雪落ゆきおちさんのカップルが成立してしまった。


 本当に人生というのは、なにがあるかわからないものだ。


 最初に雪落ゆきおちさんを見て一目惚れして……こんな結末になるなんて思ってもいなかった。僕みたいな平凡な男が雪落ゆきおちさんとくっつくなんて、思考の片隅にもなかった。


 いったい僕の選択の、なにが良かったのだろう。なにが雪落ゆきおちさんの心に刺さってくれたのだろう。


 本当に分からない。だが……とりあえず僕のことを褒めてやろう。数日前の僕がいたからこそ、こうやって好きな女性と付き合うことができたのだ。


 こうやって毎日毎日……過去の自分に感謝できるような生活が送りたいものだ。


 まぁ……


 無理だろうけれど。

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初恋の人を探しに来ました 嬉野K @orange-peel

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