第3話 誘惑は照れを込めて

「だから、ぼくは碧依とそういう関係になれるとは思えないんだ」


 ぼくの言葉に何を思ったか、碧依はのっそりと起き上がる。


「ん……これで、満足?」

「えっと?」


 ファイティングポーズだ。覇気がないポーズ。

 ……とりあえず、眠そう。


「……勝負だってこと?」

「ん? 違う。んー……おねがい?」

「わかった、猫なで声だ!」

「正解。……でも不正解」


 うん、ドキドキはしないかな。


「可愛いとは思うけれど、こう、恋に落ちたような感じはないかな」

「く、優兎のウサギ好きめ」

「いきなり毒舌!? というか、ぼくは別にウサギは好きじゃないんだけれど?」

「名前にウサギがいるくせに」

「この流れ今日二度目だよ」

「む、二番煎じだ、にゃあ」

「んー、多分だけれど、照れが足りないんだと思う」

「…………」


 あれ、ぼくはどうして敵に塩を送っているんだろう。まあ本当に敵っていうわけじゃないし。


「突然にらんでどうしたの?」

「違う、じっと見てる」

「うん、見てるね」

「そうじゃない。優兎だけを見てるの」

「ここにはぼくしかいないからね」

「……男の子はこれでいちころだって聞いたのに」

「目を合わせるだけで惚れていたら今頃ぼくの心は傷だらけだよ」

「失恋大魔王?」

「せめて失恋大明神とかにしてほしかったかな。いや、どっちも嫌だけれど」


 まあでも、言っていることは分からなくもない。

 碧依は、客観的に見ればすごくかわいい。そんな碧依に長い間見つめられて、「あなただけを見つめてるの」なんていわれればいちころかもしれない。


 そうすると、ぼくはどうなんだ?

 もしや、衆道……いや、碧依が特別なだけだよね。


 とりあえず碧依のファイティングポーズを調整。こぶしの向きを変える。こう、縦から横、招き猫みたいに感じに。


「うん、ファイティングポーズじゃなくなったね」

「結婚、しないかにゃぁ」

「さっきよりもノリが悪いね、三十点」

「辛辣。わたしの心はガラスのハートなのに」


 それは嘘だろうなぁ。

 繊細な心を持つ人はきっと、猫なで声を作って語尾に「にゃぁ」なんてつけて話をすることはない。

 うん、なんかぞわぞわする。これはきっと、道を踏み外した友人と食い止めなければいけない使命感。

 三十点は辛口だったかもしれないと碧依の頭を撫でる。


 ぼくの手に頭を押し付けてくる碧依は、何を思ったから、きらりと目を光らせた。


「そう言うなら優兎がやってみて」

「え、ぼくが?」


 なんかおかしくない?

 だって碧依がぼくを虜にするために……結婚に同意させるためにやっているんだよね。

 ならぼくがやるのは違うと思うんだけれど。


「優兎、やらないの?」

「えぇ……本気?」

「ウサギさんの本気、見てみたいなぁ」


 棒読みにもほどがある。そもそもウサギって……ウサギだって怒らせると怖いんだぞ。

 えっと、その、繁殖力とか?


 く、なんか変な空気になった気がする。実際にはぼくの頭の中だけが局所的に変な空気になっただけだけれど。


「ぐ……あなただけを、見つめてる……にゃん」

「…………………」

「えっと……碧依? 反応無しっていうのは一番堪えるんだけれど?」

「……優兎、どうしよう?」

「どうかした?」

「なんだかドキドキするの」


 告げる碧依は、いつになく色っぽい。


 ……ああ!

 さっきぼく自身が「照れが足りない」って言っていたじゃないか。

 ぼくの攻撃は照れが入った最強の一撃で、それが碧依にクリティカルヒットしたと?まじで?


「……ねぇ、わたし、優兎のこと好きになった、かも」


 そう告げる碧依は、やっぱり、いつもの何倍もきれいに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が隣にいてくれるなら 雨足怜 @Amaashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説