第2話 恋は袋小路

「難聴系主人公のふりはいいよ。耳はいいでしょ」

「目もいいよ」

「頭がさ……ほら、あれでしょ」

「そこで面倒になるのはやめてほしいなぁ。すごい頭お花畑な人みたいじゃん」

「ゆうとの頭はお花畑~♪」

「なんで歌った?」

「優兎が歌ってほしそうだったから?」

「そっか」

「そう」


 よし、ひとまず落ち着いた。

 で、なんだっけ。

 結婚しよう?


「あの、ぼく17歳だからね?」

「わたしも17歳、それと3か月」

「うわぁ、誕生日でマウントとってきた」

「むふん。わたしが姉だ。敬うとよい」

「すでにぼくは碧依の椅子になっているのに、これ以上が必要なの?」

「ほんとだ。じゃあずっと椅子でいて」

「……それ、まさかプロポーズの続きじゃないよね?」


 ぐりん、と首を巡らせて碧依がぼくを見上げる。アーモンド形の目。こげ茶の瞳は相変わらず何を考えているかわからない。


「プロ―ポーズ、だよ」

「うん、なるほど。……一生椅子で居てって、ドMでも受け入れないプロポーズだと思うよ」

「え?」

「え?」

「……優兎はドエム、違う?」

「違うよ。ぼくのどこをどう見たら嗜虐嗜好になるのさ」

「こうしてわたしの椅子になってくれているところ?」

「……なるほど」


 ドがつくかはさておき、自ら進んで椅子になるあたり、Mの才能はあるのかもしれない。

 そんな才能はいらない。


「料理はせんすだよ?」

「才能ってことね」

「んーん、せんすを磨くの」

「なんかイントネーションがおかしくない?」

「そうして嵐を起こすの」

「それ、もしかして芭蕉扇?あれって団扇だよね」

「……知らない」


 ふい、と顔をそらし、照れ隠しなのか後頭部のぐりぐり攻撃が復活する。さっきから、みぞおちにクリティカルヒットしているんだけどな。


「ねぇ、どうして突然結婚しようって言ったのか、聞いてもいい?」

「んー、どうしただと思う?」

「もしかしてわかってない感じ? ……ぼくのことが好きになった?」

「下僕のように仕えてくれる優兎は、好きだよ」

「それは遠慮したい誉め言葉だなぁ」

「褒めてるって、思っていいの?」

「おおっと、嫌な言葉だな。ぼくは下僕でも社畜根性の染みついたイヌでもないよ」

「ウサギだもんね」

「そうそう僕はウサギ、じゃないんだよなぁ」


 名前にウサギってついているからって安直すぎる。

 保育園のころ、容姿が女っぽいからってウサギ男ってからかわれていたのは忘れてないんだからな。名づけへの両親への恨みは忘れない。


「ん、寂しがりやな、うさぎちゃん」

「寂しがりやの称号は碧依にあげるよ」

「ううん、わたしは、寂しがりやの優兎に構ってあげている、心優しい子なの」

「自分で心優しいっていう子って、たいてい裏があるよね」

「わたしの裏……優兎の女王様?」

「猫にしよう! 言動が猫っぽいし、ね?」


 碧依の女王様らしいところは想像もつかないけれど、これ以上Sっけを出す必要はない。


「むぅ、わたしの一世一代の大勝負がノリツッコミに負けそう」

「結婚って、本気なんだ」

「ん、もちろん。本気でない結婚なんてない」


 むふー、と鼻を鳴らしているところ悪いけれど、ぼくたちはまだ結婚可能な年齢ではないんだよね。


「それで、どうして結婚しようなんて突然言い出したのか聞いてもいい?」

「んー、今日学校で、恋の話になったの」

「恋から結婚に飛ぶなんてなかなかだね」

「しっかり聞く」

「謹聴します」

「よろしい」


 しっかり聞いてほしいならまず体勢から変えるべきだと思うんだけれどね。


「恋は、袋小路だって。一度捕まると抜け出せないって……でも、違うって言ったの」

「恋は袋小路。ありそうな名言だね」

「ここ、重要。……袋小路でも、恋にはゴールがあるって」

「ああ、それが結婚」

「ん」


 恋愛のゴールと聞けば、誰もが結婚を思い浮かべるだろう。僕だって今の理論なら納得できる。

 つまりあれだよね。恋は袋小路で、恋を生き詰めた先には結婚という墓場があるってこと。

 ゴールはあっても袋小路であることは変わってないね。


「でも、わたしは違うと思ったの」

「へぇ、結婚は墓場理論には反対なんだ」

「……墓場で結婚式はあげたくない。優兎は、そういう趣味?」

「ぼくにもそんな趣味はないかな。妥協に妥協して仮装パーティーかな」

「それ、結婚式じゃない」

「ぼくもそう思った」

「……むぅ。脱線、禁止」


 顎を引いて助走をつけての後頭部アタックがみぞおちに刺さる。

 僕もそれなりに衝撃を感じるんだけれど、碧依は大丈夫だろうか。


「……くらくらする」

「そりゃあそうだよ。少しは落ち着いたら」

「落ち着いてはいる。だから、結婚しよう?」

「話が戻ってきたよ。まだ碧依の結婚感を聞いてないかな」

「ん。結婚は、ゴールじゃない、でしょ。結婚生活の、始まり」

「うん、そうだね」

「ゴールって思うから、だらけるの。だから、ゴールをスタートにするの」

「それで、とりあえず結婚しよう、みたいな感じだったの?」

「そう。ゴールは第一歩。だから結婚しよ?」

「新手の押し売りだね……」


 んー、結婚、かあ。

 正直、話に聞いたことはある。今よりもぼくたちがずっと幼い頃だけれど、お互いの両親がぼくたちを結婚させようと画策していたことがある。

 ぼくが反対したらおとなしくなったけれど。光源氏計画とか、完全に違う計画になっていたし。


「……正直に言うとね」

「ん」

「碧依相手に、全くドキドキしないんだ」

「わたしもドキドキしない…………」

「こう、距離感がすでに近すぎるんと思うんだよね。結婚で、まるで関係を後退させるみたいと言うかさ」

「……袋小路からの脱出?」

「恋に落ちていないからちょっと違うかな」


 以心伝心に近いくらいに、ぼくは碧依と仲がいいつもりだ。碧依だって、ぼくのことを兄か弟くらいに思ってくれている。あるいはそれ以上に近い。

 だって普通の高校生は、こうして平然と異性とくっついたりしない。兄弟姉妹でもそうだろう。


「だから、ぼくは碧依とそういう関係になれるとは思えないんだ」

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