英雄譚(終) ヒーローたちが掴み取ったいま。


「なぁ、知ってるか? 昨日、雪が降ったんだってよ!」

「地震と竜巻もあったみたいだぜ」

「とんでもねぇよなぁ……まさか、ドラゴンでもいたりして!」

「ないない。アニメの見過ぎだっての」


 聖華学園、中等部、二年二組、ホームルーム前。

 クラスの男子生徒たちは、昨日の災害を口にしていたり、ふわあっと眠たそうにあくびしていたり、我関せずとスマホを眺めていたりする。


 普段と、何も変わらない日常だ。

 この光景の中に戻ってこれたことに、ひろとはほっと安心できる。

 反英雄派閥であるデスペラードとアイスストームの日本支部が壊滅したことで、東京にはようやくの平穏が舞い戻っている。

 これからは自分も、ただの中学生として生活していくことができるだろう。


「ひーくん、おはようなの」

「ユノちゃん、おはよう! ボクたち、同じクラスだったんだね」


 ひろとの隣はずっと空席だったのが、どうやらユノの席だったらしい。

 久々に登校したユノは、もっぱら隣のひろとが目当てである。


「でも、いつもは保健室にいたんだよね。今日は、いかなくていいの?」

「うん……もう、ユノの居場所は見つかったの」

「そっか。なら良かった」


 もちろんユノの居場所とはひろとのことだが、それにひろとは気付く様子もない。


『ふーん、随分と仲がよさそうなのね?』

「あっ……竜殺し、さま」


 ユノがひろとの手を握ろうとすると、ぷっくりと嫉妬顔のジークフリートに睨まれてしまう。慌てて素知らぬフリを取り繕うユノだが、彼女のご尊顔はおっかない。

 ちなみにジークフリートはいつもの霊体化状態のため、周りには見えていない。


「こら、フー。ユノちゃんを脅しちゃダメだよ」

『脅していないわ。ただ、わたしの心の声を出したまでよ』

「ひ、ひーくん……ジークフリートさまが怖いの……」

『そうやって、またヒロに組み付こうとするのね?』

「ひーくん、ひーくん、助けてなの」

『わざとらしいわね、大天使サンダルフォンの因子ちゃん。いまからわたしも実体化して、ヒロに組み付いてやろうかしら』

「ダメなの! ひーくんは誰にも渡さないの!」

「あはは……二人とも、お願いだから仲良くね……」


 苦笑いするひろとにユノは抱き付き、そこでまた「ふーん」とジークフリートにいびられる。とばっちりで、むぎゅむぎゅとユノの胸の感触を味わう羽目になるひろと。それにまたジークフリートは睨み、ユノがわざとらしく身体を寄せる。


 そんな仲がいいのか悪いのか分からない三人の元に、新たな少女も参戦する。


「おい、アレ……高等部の!」

「蓬生先輩だ! 身体はスレンダーなのに、あの乳は反則だろ……」

「重力を無視してるよな……ニュートンですら勝てねえよ……」

「だけどよぅ、どうしてまた、ひろとなんかに?」


 蓬生結菜も、高等部で有名なとびきりの美少女だ。特に彼女の突き出た胸部には、全男子が欲望の眼差しを向けて、しょうもない妄想を膨らませる。


 が、当の本人である結菜は野次を無視して、つかつかとひろとに歩み寄り、


「ひろと。けが、大丈夫?」

「うん、もう平気だよ。心配してくれてありがとう、お姉ちゃん」

「そっか……弟、元気になって、お姉ちゃんも嬉しい……」

『おね――お姉ちゃんッ!!?』


 色々と意味不明な会話ではあるが、この二人の絆は、外野ごときでは崩せない。


「いつでも、頼って。お姉ちゃんは、弟のために頑張るから」

「わっ、わわっ……結菜お姉ちゃん、いまは、その……っ!」


 結菜がロケットのような自分のそれに、ひろとの顔を埋めさせると、ついに男子たちからの憧れの声が噴出した。

 ぶるんぶるんっと音が立つほど弾力に富んだ双山に、揉みくちゃにされるひろと。

 思春期男子なら卒倒しなねないシチュエーションだが、散々、これ以上のことを受けてきたひろとには、それなりに耐性が出来ている。


「それじゃあね、ひろと」


 自称姉が教室を去ると、男子たちはこぞってひろとの周りに群がり始めた。


「おい、ひろと! ユノちゃんといい、蓬生先輩といい、お前はどこでそんなエロいコネを!」


「そうだぞ! 卑怯だ! オレたちにも紹介しろ!」

「クソチビのひろとには、もったいないからな!」

「次は俺が、あの乳を揉みしだくんだ!」


 たちまちクラスの男子から好き放題言われるひろとだったが、彼は昔とは違う。


「言っておくけど、結菜先輩を卑猥な目で見るのは、やめてほしいんだ。冗談だとは思うけど、紹介なんてこともしないよ」


『……はぁ?』


 今までだんまりだったチビにそう言われて、男子たちは明確な敵意を滲ませた。


「はぁ!!? チビが、なぁにイキってんだって!」

「おいおいおい、ぶっ飛ばしちまうぞぉ? いいのかぁ?」

「早く、俺たちのことを蓬生先輩に紹介しろって! ほら、お友達の〇〇君ですって!」


 ひろとは呆れ果てたように嘆息を漏らした。


「はぁ……紹介して、どうするのさ」

「決まってんだろ! おっぱい! おっぱいビーム!」

「いや、マジで彼女作りてぇよな」

「俺も、毎日よしよしされてぇ~! チンコもよしよ~し!」


 ぎゃはははははと、中学生らしい下品な笑い方と、下ネタのオンパレード。

 そんなふざけた対応をされて、ひろとが頷くわけもなく、


「本当に仲のいい友達と、先輩なんだ。そういうのは、やめてほしい」


 ひろとが幾度となく男子たちの要望を拒むと、いよいよ場の空気にはひりつくような緊張が走った。


「おい……なぁ、マジお前さ」

「イキり陰キャきっしょ」

「土下座させて、SNSにさらそうぜ」


 それから男子たちは土下座コールを始めて、一番身体つきのいい男子が、ひろとの胸倉を「おらぁ!!!」と掴む。ギャラリーはぎゃははははと笑い「もっとやれぇ!」とヤジを飛ばす。――だが彼らの悦に入ったイジめは、そう長くは続かなかった。


「おっ……おっ、お、おっ、おおおおおおおおおぉ!!?」


 ひろとの胸倉を掴んでいた男子は、逆に胸倉を掴み返されて宙に浮かぶ。

 とんでもない怪力だ。

 一七八センチはある男子を、ひろとは悠々と持ち上げている。


「イキってんじゃねえぞ、ゴラぁ!!!」


 不意打ちで後ろから別の男子が殴り掛かるも、「痛っ! いいいいぃ、痛って、離せ、分かったから、離せよ!」あっさり腕を捻られてしまった。


「おい、こいつ……」

「ああ……ヤバいだろ、マジで……」

「ガチで強くね? もうチビとか、言わねえほうがいいぞ……」


 そうして二度目の沈黙が訪れ、男子たちは先までとは違う恐怖の眼差しでひろとを見る。ひろとが席に戻るだけで、彼らは大袈裟にビビり散らかす。仮に「焼きそばパン買って来い」なんて命令した、二つ返事でパシられてくるだろう。あっという間に、ひろとはスクールカーストの下剋上を成し遂げてしまったわけだ。


「朝礼を始めます。各自、席に着いてください」


 担任のリリアス先生が来ると、男子たちもバツが悪そうな顔で席に戻った。


 今朝のニュースや、体育祭、期末テストなどの学校行事が迫っていることを振り返っていき、最後に「ひとつ、大事なお知らせがあります」と切り出した。


「――転校生の紹介です。どうぞ、お入りください」


 このサプライズには、意気消沈していた男子たちも大盛り上がり。

 まず男か女かで騒ぎになり、イケメンは殺せ美少女はオレのもんだ、いや俺の彼女だとくだらない言い合いが勃発し、興奮のあまりお猿さんみたくウキウキ言う男子までいた。


 そしていざご対面した、転校生というのは――。


「初めまして。芹澤葵と言います。これから、よろしくお願いします」


 淡く煌めく短めの青色髪に、キラキラと輝いて見える青色の瞳。

 鼻と口は小さく、輪郭もスっと整っている。

 腰回りには魅惑的なくびれがあり……そして何より、全男子を卒倒させる、圧巻の爆乳。高等部の結菜にも迫るほどのそれは、とても中学生とは思えない豊満さを披露している。これに2組の男子たちは、一段と歓喜で溢れ返った。


「わっ……わわわっ、葵さん!!?」


 しかし残念ながら、葵はお猿さんたちなどには眼中になく、


「そして、もうひとつ紹介すると……小峰大翔は、私の彼氏です♪」

『っ!!?』


 男子も女子も、抱き着かれたひろと本人でさえも唖然とした。

 そのわずかな静寂の後、ひろとに過去最大のヤジが飛んだのは言うまでもない。


「おい、ずりぃぞひろと!!!」

「待って、一回、待って?」

「もう、逆に土下座するから、頼むから紹介してくれぇ……っ!」

「ユノちゃんに、蓬生先輩に、そして今度は葵ちゃんまで……?」

「ったく、どこのエロゲー主人公だよ……」

「毎日、絞り取られてそうだよな……何とは言わないが……」


 嘆く男子たちをよそに、ひろとは違う意味で青ざめている。


『あら? てっきり、わたしが《一番》だと思っていたのだけれど。ヒロは、女の子をたぶらかす趣味があるのかしらね?』


 いま隣で鬼のような顔をしているジークフリートに、ひろとは取れるくらいの勢いで頭を振って、


「ちっ、ちがうよフー! これは、葵さんが勝手に――」

「ごめんね、竜殺しさん♪ ひろとくんは、わたしがもらっちゃった♪」

「葵さん! だから、勝手にそういうのは!」

『英雄化しなさい、ヒロ。力をもって分からせるしかないわ』

「フーも、こわいことは言わないで!」


 ドロドロとした三角関係に、ユノもそそくさと割り込んできて、


「ひーくん……ユノは、三番目でも四番目でもいいの。だから……」

「ユノちゃんも! そういうことを言ったら、ダメなんだって!」

「ひろとさん、いまは朝礼中ですよ。他の方も、静粛にしてください」

「すみませんでした、リリアス先生……」

「何より、ひろとさんは、私に『夢』を見せてくださると進言なさいました。彼は、私の婚約者も同然です」


「っ?? あの、リリアスさん、それはいったい!!?」


 ぎゃあぎゃあと、ろくでもない騒ぎを聞きつけて、何処からともなく結菜も参戦する始末。もはや何角関係なのかも分からないくらい拗れに拗れて、あまりのカオスっぷりに、ユノも、結菜も、リリアスも、葵も、ひろとも、ジークフリートでさえも、笑みがこぼれた。


 何だ、こんなに笑うことができたんじゃないか。

 皆が皆、そう思って、変われた自分に、この今の空気に安心する。

 それぞれに芽生えた絆を考えれば、特異な力なんて、ただの要素でしかないのだと思えた。

 何よりも大切なものを、全員が、誤りなく認識できた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東京ジークフリート ―エッチなロリお姉さんと素肌を重ねていたら、大英雄になっていました。陰キャなボクが、お姉さんたちと裸のお付き合いでLvUP、英雄として世界の悪と戦います― ぶらっくそーど @contrast345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画