増え続ける【鎖】

次の日、俺も乃愛さんも家に帰る事にした。


「そのモコモコの服。可愛かったよ」

「ありがとう。また、次も着ようかな」

「いいね。次は、旅行とかに行こうか?ちゃんと離婚してからだけど」

「そうだよね。ちゃんと離婚してからじゃないとね」

「うん。じゃあ、帰ろうか」


相手が不倫をしてるからって、同じ事をするのは違うと思った。


「でも、手ぐらいは繋いだりしたいかな」

「私も……繋ぎたい」

「じゃあ、時々デートしよう。五駅先ぐらいなら見つからないかも」

「うん。遠くにデートに行きたい」


俺と乃愛さんは、デートの約束を交わす。

離婚したら、堂々と乃愛さんの隣を歩こう。


「それじゃあ、先に帰るね」

「気をつけて」

「うん。帰ったら連絡するね」

「待ってる」


付き合いたてのカップルみたいに胸が踊る。

ずっと忘れてたけど、幸せってこういうのだったのかもな。

乃愛さんが、ホテルの部屋を出て30分がたった。

俺は、ようやくホテルから出る。


亜香里は、愛している彼がいると言っていた。

俺は、もう亜香里には必要ない人間だ。

帰りの電車の中で考えていた。

亜香里を嫌いになる方法を……。

だけど、思い付かなかった。


「ただいま」

「諒哉……今までどこに行ってたの?」

「亜香里……。帰ってたんだな」

「昨夜、遅くに帰ってきたらいなかったよね」

「あぁ、ホテルに泊まったんだ」


俺は、キャリーバッグから服を取り出して洗濯機に入れる。


「女でしょ?女が出来たんでしょ?」

「何でそうなるんだよ。だいたい、亜香里は俺なんか必要ないだろ?」

「必要とか必要ないとかじゃないでしょ?私達、夫婦なんだから」

「夫婦は所有物って意味じゃないだろ?」

「諒哉は、私の所有物よ!」


亜香里の言葉に怒りがこみ上げてくる。

だから俺は、ずっと人間としてじゃなく物みたいに扱われてきたんだ。


「俺は、亜香里の所有物じゃない!」


洗濯機をバタンと閉めてスイッチを押して立ち上がる。

初めて亜香里を嫌いになれるかも知れないと思った。


「あのね、諒哉。女が出来ようが勝手だけど。私は離婚はしないから」

「レスのまま、俺を縛り付けるつもりか?」

「性欲ぐらいどうにかすればいいじゃない。その為に、誰かを抱くのは許してあげる。だけどね、私と離婚するのは許さない」

「どうしてだよ。男がいるなら俺と離婚すればいいだろ?」

「諒哉は、理想の夫じゃない。優しくて、安定した収入があって、暴力だってふるわない。諒哉と離婚なんてしたら、両親が悲しむわ」


亜香里は、俺の手を握りしめてくる。


「諒哉は、一生私のもの。その為に不妊治療しましょう」

「えっ?」

「子供が欲しいんでしょ?だったら、不妊治療しましょう」

「レスを解消する気はないって事か?」

「あるわけないじゃない。悪いけど、諒哉とするのは無理。でも、子供がいないと諒哉は、すぐに私を捨てていなくなるでしょ?」

「俺を縛り付ける為に子供を作るのか?」


亜香里は、おかしそうに笑う。


「言ったでしょ?諒哉と離婚したら、両親が悲しむって。諒哉と離婚しないでいいなら、何だってするわ」

「嫌だと言ったら?」


亜香里は、テーブルの上に置いてある水の入ったカラフェを割った。


「そしたら、諒哉に殺されそうになったって言うわ」


カラフェの割った破片を頬に当てて俺を睨んだ。

その目を見て気づいた。

俺は、一生見えない鎖に繋がれて。

このまま飼い殺されていくんだと……。


「危ないから、そんなのおろせよ」

「諒哉が離婚しないって言うならおろしてあげてもいいわ」

「離婚……しないから」


亜香里は、床に破片を落とす。


「いっ……」


弾かれた破片が右足の甲に跳ねて刺さった。


「大丈夫?今、手当てするから」

「大丈夫だから……」

「でも、一人じゃ無理でしょ?私が……」


ピリピリ……。


「大丈夫だから……。亜香里は、電話に出て」

「わかった。もしもし……今日?今日はね」


嬉しそうに電話をしながら亜香里はいなくなる。


「最悪だ」


俺は、足の甲に刺さった破片を抜く。


「死ぬまで飼い殺しか……」


手当てをしないまま、カラフェの欠片を片付ける。

床にポタポタと落ちる血が、まるで俺の心みたいだ。

自分の裏切りは許せても、俺の裏切りは許せない。

亜香里が俺を縛り付ける理由は、【愛】ではないだろう。


「袋がいるよな……」


キッチンでビニール袋を取る、ついでにキッチンペーパーをロールごと持っていく。


「諒哉……。私、出掛けるから」

「わかった」

「フフフン♪フーンフフン♪」


亜香里は、鼻唄を歌いながらご機嫌のようだ。

さっきの電話の相手とデートなのだろう。


「来週、仕事休みとって」

「ら、来週?どうして」

「さっき話したでしょ?不妊治療するの」

「でも、子供はいらないんじゃないのか?」

「いるわよ。諒哉を繋ぎ止める為に……」


亜香里はスリッパでバリバリとカラフェの破片を踏みつける。


「このスリッパって凄いよね。破片が足に刺さらないんだから……」

「裏がラバー素材だからだろ」

「じゃあ、これも捨てといて。あのね諒哉。人には役割があるのよ。諒哉は、私と一生一緒に暮らすって神様に誓ったでしょ?神様だけじゃなく両親にも……。その約束は、守らなくちゃね。じゃあ、行ってくる」


亜香里は、嬉しそうにしながら出て行った。


「ほうき……」


洗面所にほうきが置いてある。

俺は、それを取って破片を片付けた。

終わると掃除機で入念に取り、コロコロをかける。

俺が離れようとすると亜香里は、新しい【鎖】を増やしていく。


ブブッ……。


【夫が何か気づいたのか、別れないと言ってきて。子供の事は、治療を始めたいみたい。だけど、レスは、解消するつもりはないみたい。ごめんなさい。こんな事……送って】

【大丈夫。俺も今、同じ事を言われたから……】


俺も乃愛さんもこの【あい】から逃れる事は、一生出来ない。


逃れられないなら……。

どうか……。

神様……。


祈るような気持ちで送ったメッセージに既読がつく。

乃愛さんから何て返事がくるかわからない。

だけど、送った事に後悔はない。




【明日、会えないかな?】




これは、不倫する理由になりますか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レスは不倫する理由になりますか?♡諒哉編♡ 三愛紫月 @shizuki-r

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ